創作だし、細かいことは気にせんでください
「よし、生まれたぞ!」
私の最初の記憶は薄暗い部屋で自身を見る謎の存在と母。
身体の水を拭き取られ、そのまま立てるようになるまでだいぶ時間がかかったことを覚えている。
「よしよし、まいはいい子だな〜」
「まい」と名付けられた私はしばらくの間牧場で生活した。母と引き離され、荒んだこともあったが、人間たちのサポートもあり立ち直ることもできた。
「まい、また怪我してるのか……」
私は身体がだいぶ弱かった。食欲もほかの馬に比べて少なく、競走馬としてデビューできるかどうかとまで言われていた。正直、この時の私は自分の気持ちに身体が追いついてない感覚があった。
「まいのお父さんはこのトウカイテイオー! まいと同じで脚部に不安があったんだけど、それでも皐月にダービーを勝って二冠馬になって、最後は有馬で大復活をしたんだ!」
支えになったのは天野の話だった。天野は暇つぶしだが何だか知らないけど、顔も知らない私の父や祖父の話をよくしてくれる。
「そして何より、まいはテイオーの子供ってだけじゃなくてシリウスシンボリの孫でもあるんだぞ。テイオーの父親であるシンボリルドルフと同じ牧場なんだけどな、この馬も凄いんだよ。なんと、海外で一年も遠征したんだぞ」
トウカイテイオー、シンボリルドルフ、シリウスシンボリ。曾祖父さんには凱旋門賞とやらを勝って世界一に君臨したラインゴールドに日本のトップだったというスピードシンボリ。私は顔も見たことないご先祖様に大いに憧れたものだ。
私もいつか、このご先祖様達に顔向けできる凄い競走馬になりたい。今思えば、どれだけ難しいかも想像できてなかった自分に恥ずかしくなる……。
それでも、それが私の原点だったと思う。
「元気でな〜、まい〜……」
競走馬としての訓練を施された私は「ラフィアンレーシングクラブ」と呼ばれる場所に引き取られた。
伝説の三冠牝馬「ラフィアン」の名前から取ったというこの法人所属の馬となった私は美浦の厩舎に引き取られた。
そこで特訓して、2歳の秋に晴れてデビューを迎えることもできた。ここから私の競走馬生活は始まる。私は偉大なご先祖様の血を引いている。牝馬だからって甘く見るな。オークス……いや、ダービーだって勝ってみせる! そう意気込んでいた。
……だが。
『……五着はマイネベレーザです』
新馬戦の結果は五着。結構走る特訓をしたというのに、結果はこのザマだ。
気づけばとっくに憧れのダービーは過ぎ去っており、愕然としたのを覚えている。
自分に落胆したね。私はこの程度なのか? いや、まだだ。まだやれる筈……そう思って次走、次次走と頑張った。
『三番人気のマイネベレーザ、4着に沈みました』
3歳最後の未勝利戦……そこでも惨敗した私は馬主がクラブから個人に変わり、地方で走るようになった。
地方は中央に比べ、あまり強くないというのが率直な印象だ。地方で二勝したころ、私は晴れて中央に戻ることができた。
『マイネベレーザ一着!二着に……』
中央初戦の「500万下*1」。私はそこで私は見事に初勝利を飾った!
ここからだ。ここから私は勝ってみせる。ここから、勝ちまくって、ご先祖様に誇れる自分に────
そう思って頑張ってはみたが、一つ上のクラスに進むとまたも連敗するようになってきた。
少しずつ着順は上がっていくが、中々勝ちきれず、やっと勝てたのはそれから一年後くらいのことだったか……。
「1000万下*2」」でなんとか勝利を納めたが後に進んだ「1600万下*3」」はまたもなかなか勝ちきれず……。
この時の私は正直すっかりレースに冷めていた。
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そうこうしているうちに私は5歳を過ぎ、6歳も間近という年になった。
ご先祖様に誇れる競走馬になる? このザマで? まさに恥だ。所詮子供の戯言だったのだ。そう思っていじけてる時、放牧で牧場に帰っていた時、後ろからいきなりいきなり声を掛けられた。
『あの、中央で走ってる競走馬ってホントですか?』
『あん?』
妙な子供がいた。何やらキラキラした目をしてやがる。
『どうした坊主? なんか用か?』
隣の柵は幼駒用のエリアとなっているのだが、話しかけられたことは一度もない。
正直、私たちは一つの柵で関係も完結しているため、あまり関わることはないのだ。
『俺、しゅうって言います! 一人前の競走馬になるため、走りを教えてください!』
『……はあ?』
あの時は本当に困惑した。私も幼駒時代は競走馬に憧れを抱きもしたが、こんなふうに声をかけたことは一度もない。
そもそも私は誰かに何かを教えられるような器でもない……。
『……悪いけど、私はそんな大層な馬じゃない。他所に頼んでくれ』
『えー……でも、他の馬に聞いたら、中央で走ってるお姉さんに聞いたほうがいいって言ってたよ』
そう言われて思い出す。そもそも今この牧場、私以外に中央走ってる競走馬がいない。他は皆大体地方だ。
勿論、私も放牧で帰ってきてるだけだから、ここ出身の競走馬が全て地方行きという訳でもないが、現状は私一匹だな。
そういう意味だと、コイツが私を見出すのも当然なのか……私は溜息をつきながら、少しだけ走り方を教えてやった。
『こう?』
『っ!?』
しゅうは私のアドバイスを真剣に聞いて、僅か数日でしっかりものにしやがった。私がこのくらいの年の時、ここまで走れなかったぞ……。
『マイねぇ?』
『あ、あぁ……なんでもない。いい感じじゃないか』
『ふふん、でしょ! なんてったって、俺は父親のナリタタイシンみたいな凄い馬になりたいからね』
しゅうもまた、私と同じでご先祖様に憧れたってのが競走馬に憧れた原点らしい。
だが、私としゅうは明らかに違う。まず、頭がいい。そもそもこの年の馬は母親と離されて嘆いているか、慣れたとしても競走馬云々抜きにしてのほほんとしてるのが殆どだ。
そこは私も例外じゃない。競走馬に漠然とした憧れは抱きつつも、現役にアドバイスを求めたりなんてことはしなかった。
何より努力家だ。私も努力はしてきたつもりだったが、こんな四六時中走り回るなんてことはしなかった。
しゅうは疲れを感じても少し休んだらすぐに練習に戻りやがる。それも他馬のように思い思いに駆けてるんじゃない。目的があって、それに向かって駆けている。
まさに本物の競走馬になる可能性を秘めた存在だ。私なんかと比べられるような相手じゃない。
『は、はは……』
『マイねぇ?』
既にコイツは同い年では敵なし。幼駒でありながら、1歳上の馬とも平気で併走しやがる。
ああ、そうか。こういうヤツが上に行くのか。そりゃ、私みたいな似非競走馬じゃあ、勝ちきれなくて当然だ。
『一着はマイネベレーザ! 念願のオープン入りを果たした!』
ごちゃごちゃと考えながら走った次の競走で私は勝った。だが、勝った喜びなんてものはなかった。
『マイねぇ、オープン入り? ってのしたんだよね!』
『……なんで知ってんだよ』
『他のお兄さんとかお姉さんが噂してたから……おめでとう!』
それでも、コイツは私を祝福してくれた。これだけの才能があると言うのに、いまだに私なんかを尊敬してくれている。
私は偽物の競走馬かもしれない。それでも、コイツのキラキラした目を潰したくはない。そう思って、次走に挑んだ。
『ダイワメジャー一着! 皐月賞馬ここに復活だぁ!』
初の重賞「ダービー卿チャレンジトロフィー」。そこで私は怪物を見た。
ダイワメジャー
昨年の皐月賞勝利馬。
私より二つも年下のそいつは圧倒的な走りで完全に私にとどめを刺した。わかってはいたさ。コイツは去年、私が出れなかったクラシック……「皐月賞」を制した化け物なのだと……それでも、こんなに差があるのか?
(あいつは二歳も……年下で……それでも、私のずっと先を走っている)
何が違う? 才能か。 血統か。 努力か。
……全部だ。
私は、最初から届かない場所を目指していたんだ。
前走の天皇賞秋では最下位との触れ込みだった。ならば自分でも勝てるかもと一瞬でも思ってしまった。
ただただ格が違う。それをありありと思い知らされた。
『あー、負けた! 惨敗よ! でも、次は勝つわよ!』
その思った時、一頭の馬が吠えた。その馬は今回のレースで最下位……私よりも下位の順位だった馬だ。
『無理無理。お前は次もビリッケツだよ』
『何ですって!? 今回は……そう、前回ダート行っちゃったから調子上がんなかっただけよ! 次は勝つからね!』
私よりも下だったのはこの「ダイワエルシエーロ」という馬。
コイツについては天野から聞いていたから知っている。去年の「優駿牝馬」を勝ったオークス馬だ。天下の「優駿牝馬」を勝っておきながらも、今年は惨敗続きだと聞く。ダイワメジャーの言う通り、今回なんかビリッケツだ。
だと言うのに、この気の持ちよう。たった一回で心が折れた私とはえらい違いだ。
コイツラはしゅうがいずれ成るであろう……本物の競走馬だ。私みたいな似非とは違う……。
『はは……はははははっ……』
こういうやつだからこそ、コイツラは大舞台を勝ち抜いてきたのか。本当に完敗だよ。
よくわかった。私はあんたらとは違うただの凡人だ。
『……ここまでなんだな、私……でも』
同じ牧場のあいつは違う。あいつはきっと大きくなる。凡人の私と違って将来コイツらに負けない競走馬になるはずだ。そう思わなきゃやってられない。
だから、私は次の放牧でアイツに夢を託すことにした。
自分はもう強くなれない。だから、将来のあるアイツに私の分まで走ってほしい。私の代わりに夢を叶えてほしい。……そう、思ってのことだった。
『坊主は才能がある。これでも、長い間この界隈に身を置いてたんだ。私が保証する。坊主は私と違ってきっとうまくいく。だから、アレだ。どうか私の分まで走ってくれ……』
これは偽りない本音だ。坊主ならば……しゅうならば、きっとダイワメジャーにだって届く立派な競走馬になれる。だが、しゅうは悲しそうな目でこちらを見つめるだけだった。
『もう少し頑張ってほしいな……』
しゅうは私の目を見ながらそう言う。しゅうは私があきらめていることを察して悲しんでいるのだ。だが、私の心はそれを理解して、ますます落ち込んでいった。
正直、これ以上どう頑張れと言うのだ。私は凡人で化け物どもには追いつけない。だから、コイツに夢を託して諦めようと……。
『ねえ、マイねぇは本当に折れちゃったの? もう走らないの?』
ああ、そうさ。私は折れた。あの化け物の走りを、それでも折れない輝きを間近で見て自分が惨めになった。こんな私がこれ以上走れるわけがない。
『俺のお父さんは身体は小さいけど、凄く強い馬だったらしいよ。負けん気の塊で、病気になっても勝つこと諦めずに走って、勝ってきたんだって言っていた』
そいつは才能に溢れてたってだけだろ。私にはもうそんな負けん気なんてない、勝つことなんて無理なんだよ……。だから、大人しく夢を託されてくれよ……。
『だからさ、マイねぇも諦めずに頑張ろうよ』
ああ……コイツはこんな情けない私をまだ尊敬してくれている。こんなに弱音を吐いてる私をまだキラキラした目で見ている。
『そうすれば、きっと勝てるよ。何より、マイねぇはあのトウカイテイオーの子供でシリウスシンボリの孫なんだしさ!』
その言葉は私の原点であり、汚点。自身が特別な馬の子だから、活躍できると漠然と思い描いていたあの頃を思い出す。走って走って走り続けて、いつか無くしてしまった原点。
今ならわかる。親が偉業を成し遂げた所でその子どもが凄いわけじゃない。凄い奴は一握りの天才だけ。私は凡人で天才ではなかった。
だというのに、コイツは私を信じている。ご先祖様の顔に泥を塗ってる私をまだ信じてくれているんだ。
『そうだな……簡単に諦めちゃ、偉大な親の顔にドロ塗っちまうことにもなるしな……。悪いね、カッコ悪いとこ見せちゃって』
そうだ。コイツにはカッコ悪いところを見せたくない。この可愛い弟分の前でくらい、誇れる姉貴分でいよう。私はそう決めた。
『次は頑張ってね』
『ああ、応援しててくれよ』
その日、私は久しぶりに自分から走りたくなった。ダービーはとっくの昔に終わった。 オークスにも出られなかった。 今さら名馬にはなれないかもしれない。
それでもいい。あの子が胸を張って「マイねぇは凄い競走馬なんだ」と言えるように、私はもう一度だけ、前を向いて走ろうと思った。
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数ヶ月が経過した頃、転機が訪れた。
私の調教師が定年退職し、新しい調教師のもとで訓練することになった。どうも、つい最近騎手をやってた新米調教師らしい。
「君がシリウスの孫か……いや、面影ある。気に入った」
調教師の“
元々脚部不安があった私だが、厩務員も丁寧な人だった。朝昼晩とマイクロレーダーで丹念に治療してくれて、嘉藤さんも初めての管理馬とのことでとても懸命に調教してくれた。
「重馬場が得意みたいですね。たぶん、フランスの芝とか走れそうです」
「こっちとしても、憧れのシリウスシンボリの血を引く馬が海外で勝ったらと思うととても嬉しいんですよ。それが嘉藤さんのお手馬ってんならなおさらです」
「……しかし」
「こっちとしても、あの騒動で嘉藤さんがどんな思いをしたかはわかってるつもりです。マイネベレーザはシリウスシンボリの代わりじゃない。でも、彼の血を引いてるのは間違いない。私も馬主として現地について行って全力でサポートします。期間は一ヶ月半。今年度はレースもG1ではなく、G3を目標にします。そこで好走できなければ、それ以上は諦めて国内に専念します」
嘉藤さんの元、オープン戦を勝利した私に舞い込んできたのはまさかまさかの海外遠征。嘉藤さんは海外遠征に少しトラウマがあるらしく、難色を示していたが、最終的には厩舎全体でバックアップするかたちに落ち着いた。
初めての海外。だが、不思議と不安はなかった。見知らぬ人も大勢いるが、知ってる顔も大勢ついてきてくれてるってのはありがたい。
天野も一ヶ月くらい休みを貰ったとかでついてきたわけだしな。
「しゅうももうすぐデビューするんだ。仲良かったよな? 覚えてるか? お前も先輩として負けるなよ」
ポンポンと首筋を叩く天野。ああ、忘れるわけないし負けるわけにもいかない。
アイツは絶対に早いうちに頭角を現す。そう確信している。
『
だからこそ、こんな所で負けられない。こんな所で負けちゃ、アイツに誇れる競走馬にはなれない。
『私はアイツの……誇れる姉でありたいんだ』
『
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アレから数ヶ月。
しゅうはマグナアニマという名を与えられ、新馬戦でデビューしたという話を聞いた。
結果は2着だったが、その末脚は参加してたメンバーの中でも一番の速度を記録していたらしい。
「多分初めてのレースってこともあったんだろうな」
全く、情けない。私が必死の思いで誇れる姉貴分であろうと頑張ってんのに、お前が出鼻をくじかれてどうするのやら。
しょんぼりしているのかと思ったが、存外元気だ。だが、闘志が尽きてるわけでもない様子。この調子なら、今日の未勝利は大丈夫だろう。
『マグナアニマ、抜けた! そのまま半馬身差でゴールイン!』
ほらな。思った通りだ。
『ふん、まだまだね』
スイープトウショウはそう言うが、あの走りはそうそうできるもんじゃない。少なくとも、私が3歳時に戦ってきたどの競走馬よりも遥かに強い。
流石はしゅう。私が見込んだ本物の競走馬だ。
────そして、それは今日戦うこの女も同じ。
『……さてと、次は私の番ね』
そう言いながら、スイープトウショウは立ち上がり、気合を入れる。
スイープトウショウ……秋華賞、宝塚、エリザベス女王杯と憧れのG1をいくつも勝ってきた正真正銘女王様だ。
『やってやる……』
上等だ。私はもう折れないと決めた。
何より今回はアイツが見てるのだと分かっている。
余談
マイネベレーザが欧州GIII勝って牧場はそこそこ注目もらってきてる状況
借金はマグナアニマの一億で返してるので、
少しずつではあるが、黒字にはなってきてる状況