俺の未勝利戦。そして、スイープ師匠とマイねぇの京都大賞典から早一週間が経過した。
だと言うのに、俺の興奮はなかなか冷めない。それだけ凄いレースだった。
スイープ師匠とマイねぇの激突は俺にとんでもない衝撃を与えたものだ。
(これが……重賞に出る馬のレベル)
まず第一に全体的にレベルが高い。未勝利戦で戦った相手など、言っては悪いが比べることもおこがましいレベルだ。
新馬戦に出ていた馬達もそうだ。ドリームジャーニーは別にしても、当時一番人気だったデスコベルタちゃんですら、比べものにならない。
今思えば、デスコベルタちゃんが煽っていたという古馬も大したことないレベル……多分、未勝利とかそこら辺だったのではなかろうか?
実は、京都大賞典が始まる前のレースも暇だったので見ていたのだが、500万下と呼ばれるレースは正直レベル低めに感じた。なんせ、古馬の中に俺でも勝てるかも……と明確に思える馬が何頭もいたのだから……。
その反面、師匠達のでてた京都大賞典とその裏でやっていたもう一つのGII「毎日王冠」はとてもレベルが高かった。
京都大賞典は俺に衝撃を与えたスイープ師匠本気の追込もそうだし、マイねぇの抜け出しのタイミングも凄かった。トウショウナイトさんやインティライミさん、ローゼンクロイツさんも負けはしたが少なくとも今の俺との力の差を感じるレースだった。
毎日王冠にしたって、マイねぇを破ったという皐月賞馬「ダイワメジャー」にヴィクトリアマイルを勝ったというスイープ師匠のライバルの一人「ダンスインザムード」。この二頭が抜きんでてるのは言わずもがな、他も滅茶苦茶強えと感じたものだ。そう思える大接戦だった。
『あ、勿論トップオブツヨシさんも強かったですよ』
『ああ……ま、まあ、楽勝よ……』
そう言うのは俺より1歳年上でダービー経験者のトップオブツヨシさん。実はこの人も当日別のレースに出ていたのだ。
トップオブツヨシさんが出ていたレースは1000下の「堀川特別」。この人はそのレースで二着とハナ差で何とか勝利した。
『まあ、差されそうにはなったけど……そこはスイープトウショウとの併走が役立ったな。あのレベルの気迫は感じなかったから、焦らずいけたわ……』
『ふむ、やっぱり師匠は凄いんですね……尊敬するわ……』
『……あの我儘ネーチャンを師匠呼びして尊敬してるのお前くらいだぞ』
『全くだよ……よく、あんな女を尊敬なんてできるよね……』
そう言うのはトップオブツヨシさんと同い年の「ゲイリーマスター」さん。この人はスイープ師匠を怖がっており、以前俺に関わらないほうがいいという助言をしていた一頭である。
『そんなに怖いですか? スイープ師匠』
『怖いと言うか、関わり合いたくないんだよ。我儘で人間にも迷惑かけるし、気に食わないことがあればすぐに拗ねるし……』
『全くだ。そこら辺は牧場時代から変わらないからな……』
そう言うのはスイープ師匠と同期の「トウショウアスロン」さん。トウショウの名前がついてることから察せられると思うが、スイープ師匠と同じ牧場出身らしい。
なんでも、師匠を含むこの人達の馬主は「株式会社トウショウ」という会社が営んでるらしく、彼女らの生まれた牧場の経営もそこ。だから、その牧場出身の馬は基本的には皆トウショウが付くんだとか。
しかし、同じ牧場出身で同い年のアスロンさんですらこの反応……本当にスイープ師匠って避けられてんだな。
『僕なんか、話しかけたら無視されたし……あのお姉さん怖いよぅ……』
『よしよし、泣くな妹よ……全く、可愛い妹と比べあの女……同じ血が入ってるとは思えんな』
俺と同い年でアスロンさんの妹である「シリウストウショウ」ちゃんもこんな反応だ。
無視されたくらいでここまでショック受けるか? いや、そこは俺が例外なのかもしれないな。俺はウマ娘を通じてスイープトウショウがどういう馬かある程度知ってたから、正直イメージ通りだという印象しか持ってなかったが、案外こっちが普通の反応なのかもしれない。
ちなみに同じ血が入ってるというのはそのまんまの意味で、スイープ師匠とアスロンさん兄妹のご先祖様に「トウショウボーイ」という馬がいるらしい。
このトウショウボーイ……聞いたことがある。
俺の牧場の厩務員。過去馬大好き天野さんが言っていたすげー馬の一頭だ。皐月賞に宝塚記念、高松宮記念に有馬記念を勝っているGI4勝の名馬。なんと、あの「ミスターシービー」と「ダイイチルビー」お父さんでもあるというのだから驚きだ。実馬のことはよくわからんけど、世代的に多分ウマ娘化するとしたら、レジェンド枠なんだろうな。
(まあ、それは一旦置いといて……)
正直、弟子として師匠がここまで露骨に嫌われてるというのは思うところがある。
スイープ師匠がこんなふうに誤解されてるというのは俺としても何とかしたいところだ。ここはスイープ師匠のいいところを言ってイメージアップを図ったほうがよさそうだな。
『でも、スイープ師匠は滅茶苦茶走りが上手いんですよ』
『いや、それは皆知ってるよ。そうじゃなくて、人間性の話だろ』
に、人間性ときたか……馬だからなんか言い方違う気もするけど……。
『え、えっと……面倒見がいい!』
確かにスイープ師匠は我儘なところもある。でも、案外面倒見が良かったりもする。俺にいろんな事を教えてくれるしな!
しかし、そのことを告げても皆怪訝な顔をするだけだ。
『例えば?』
『えっと……追込を教えてくれたり……』
『それ以外は?』
そ、それ以外ときたか! えっと……差しとかも教えてくれる? いや、それだと大して変わらんしな……。
『…………』
『ほらないじゃないか』
や、ヤバい。このままではスイープ師匠が誤解されたままになってしまう! 俺は必死に頭を回転させ、思い浮かんだことを口にする!
『で、でも、怪我から戻ってきてすぐの重賞でマイねぇに勝つくらい凄いですし!』
『それは競走能力だろ』
『てか、マイねぇって誰だよ』
『うっ……』
だ、駄目だ……思い浮かばない……いや、まだだ。探せば絶対にあるはずだ!
えっと、スイープ師匠は我儘で皆の調教を遅らせたり、放牧の時間に帰らずにじっと突っ立ってたり、厩務員さん困らせたり、生沿さん困らせたり……。…………。……………………あれ?
いや、さっきも言ったけど面倒見がいいという美点があって……あと……えっと……あ、追込とか差しとか滅茶苦茶すごい! 末脚がヤバい!
『……だいぶ考え込んでるな』
『スイープと積極的に関わってるコイツでさえこれって……やっぱ駄目だわあの女』
スイープ師匠のいいところを言おうとすればするほど、なかなか出てこない……。
『……あと、可愛い?』
『……はい?』
『いや、なんていうか結構可愛らしいと思うんですよね、スイープ師匠。見た目は勿論、仕草とかも』
『そ、そうか?』
俺の言葉に先輩方はキョトンとした顔をしている。というか、実際問題可愛いと思うんだよな、師匠。
俺自身、今の感性が馬よりになってるからか分からんけど、女性の馬は結構な美人さんに見える時がある。マイねぇは綺麗な人、えーねえや師匠は可愛らしい人って感じに見えるのだ。
まあ、客観的に見てそう思うってだけで、だからどうというわけでもないのだけど……。俺にとってマイねぇやえーねえはお姉さんで、師匠は師匠なのだ。
『……あ、アンタ一体何を言ってんのよ』
『え? ……あ』
声した方を振り向くとそこには顔を真っ赤に(馬目線で)したスイープ師匠がいた。プルプルと恥ずかしそうに震えてる。なんか新鮮だな……と場違いな感想を抱きながら現実逃避する。
『あ、アンタそんな目で私のこと見てたわけ!? 馬鹿じゃないの!』
『あ、いえ……す、スミマセン……でも、皆にもスイープ師匠の良さとか知ってほしいし……』
『余計なお世話よ! この
ぷいっとそっぽを向いて叫ぶ師匠。まさか聞かれるとは思わんかった。
これはどう弁明すれば……って、うん?
『……師匠、今俺のこと』
俺がそのことに気づくと、師匠はハッとしたような顔をして、赤かった顔をさらに真っ赤に染め上げた。
『うるさいうるさい! いいから今はどっかで走り込みでもしてなさい!』
『は、はい!』
取り敢えず、俺は師匠に言われた通り走り込みに行く。チラリと師匠をみると、気恥ずかしさを誤魔化すように視線を外してさっきまで駄弁っていた他馬を睨みつけている。
『……で、あんたらはさっきまで散々私のこと言ってくれてたわね』
『え? え〜と……』
『文句があんならコソコソせずに堂々と言いなさい!』
『ひぃ!?』
スイープ師匠の剣幕に気圧されるトップオブツヨシさん達。普段なら心配もするのだろうが、正直今の俺はそれどころではない。
(師匠に……弟子なんだって認められた!)
今の俺にとって、それは何よりも嬉しい言葉だ。
『ふふふ……』
俺は漏れ出す笑みをとめることができない。
今までみたいな「自称」じゃない! あんな凄い走りをする人に、弟子なんだって認められたんだ!
『よし! 頑張るぞ!』
認められたのならば、今まで以上に頑張らねば。
スイープトウショウの弟子として、ナリタタイシンの息子として、次の重賞は恥ずかしくないレースをしたい! 俺は万感の思いを込めて、芝生の上を駆け出した!