ドッ!
俺は一所懸命となって足を伸ばす。
今日の調教は併せ馬。俺は目の前の相手を追い越さんと、ひたすらに脚を伸ばす。
(くっ、もう少し……もう少しのハズなのに……)
だが、なかなか追いつけない。後少しのところまで来ていると言うのに、見た目以上に大きな差を感じる。
こっちは脚をためて一気に追い込んでいるというのに、ずっと前を走っていた相手のほうがまだまだ余裕そうだ。
カチッ!
タイマーの音がする。それと同時に俺達はスピードを緩やかに落とす。
ぐぬぬ……結局半馬身差で向こうの勝ちか。相当に悔しいぞこれは……。
「お疲れ、マグちゃん」
ポンポンと首筋を叩く由紀さん。だが、俺はムスッと目の前の相手を睨みつける。
『そう睨むな。なかなかいい走りだったぞ』
『……ありがとうございます。シーイズトウショウさん』
併せ馬の相手────“シーイズトウショウ”さんは満足げな笑みを浮かべて俺を見据える。
『それにしても、2歳でこれとは恐れ入る。将来は大成するだろうな』
シーイズトウショウさんはこの厩舎のボス的存在だ。厩舎の馬の纏め役で皆からかなり慕われている。スイープ師匠と対等な関係を築いている数少ない馬の一頭でもある。
メインは短距離。GIこそ勝っていないものの、GIIを2勝にGIIIを3勝している実力者。今年から施行された“サマースプリントシリーズ”の初代チャンピオンでもある凄い人だ。
スプリンターズステークスは残念な結果に終わったが、それでも3歳の時の桜花賞はアドマイヤグルーヴに先着しての2着、今年の高松宮記念は3着と好成績を残している。
そんな人と併せ馬をすることができるのは幸運だ。何せ、他の2歳馬でそんなことしてる奴いないし、目の前で直の走りを見れるのは相当有意義だ。
でも、欲を言えば先着したかった……なかなかに悔しいぞ。
今回は5ハロン……大体1000メートルの併せだということもある。相手の得意距離で走ったわけだから、次はこっちの得意な距離……大体中距離ぐらいの併せをしたいな……。
『まあ、でもいい特訓になりました。ありがとうございます』
『ああ、こちらこそ。さっきも言ったが本当にいい走りだった。これなら、もしかしたらクラシックもいけるかもな』
クラシック……それは3歳の若馬限定で争われる、最も伝統と格式が高い5つのG1レースのことだ。ダービーに菊花賞、そして由紀さんの夢であり、俺の父親ナリタタイシンが制覇した皐月賞もそれに該当してる。
そもそも出走するだけでも大変なレースらしく、数千いる競走馬の中から僅か10〜20頭くらいしか参加もできないらしい。
たが、その厳しい出走条件も勝ち続ければクリアできる。ならば、まずは目の前のレースに集中しなければならないだろう。
『……マグは次は重賞なんだったか』
『はい。GIIIのレースです』
俺の上で由紀さんと鶴田さんも話しているが、次のレースは俺にとっても初の重賞「京王杯2歳ステークス」だ。
ウマ娘ではG1レースすら普通に勝つから知らなかったことだが、本来ならばGIII以上のレースは勝つことすら難しいのだという。現にこの厩舎に重賞を勝った馬は師匠にシーイズさん以外、アサカディフィートさんの三人しかいない。1978年から2006年まで30年続く鶴田厩舎の歴史から見ても20に満たないというのだから驚きだ。
『重賞は今までの戦いとはレベルが違う。2歳でもそれは変わらん。新馬戦や未勝利と同じに考えるなよ』
『もちろん! わかってますよ!』
重賞に出るには条件があると言う。ちらっと聞いた話によると、レースで勝利した際に貰ったお金の総合的な金額で決まるらしい。レースでの賞金は三着までしか出ないとの話もあったし、出てくる馬は少なくとも今までのレースで好位の成績を収めたエリート揃いと見ていいだろう。
(もしかしたらアイツも出るかもしれないな……)
新馬戦で走ったあの馬の事を思い出していると、トコトコと二頭の馬がやってくる。次の馬の調教の時間だな。
『あ、マグナさん! シーイズさん!』
やってきた馬の一頭はフジノラウリオンちゃん。もうすぐデビューだし、気合は入ってる様子だ。もう一頭は気だるげな牝馬。多分、
『セフティーちゃん、挨拶挨拶!』
『どうも、セフティーオーラです……』
『ちょっと、挨拶はちゃんとやりなよ!』
女の子……セフティーオーラちゃんはぶっきらぼうな挨拶をする。それに対し、ラウリオンちゃんがプンスカと怒りながら注意する。
『この子はつい三日前にここに来たからまだ慣れてないんですよ……ごめんなさいマグさん、シーイズさん』
『いや、別にいいよ……』
『ああ。生まれ故郷を離れたんだ。暫くは慣れないだろうが何かあったら言うといい』
『いえ……別に私ここの厩舎じゃないですし……』
『む、そうなのか? 珍しい』
『珍しい?』
シーイズトウショウさんの言葉に疑問を覚える俺。何でも、基本的に調教やらなんやらは一つの厩舎で完結するものらしく、他の厩舎と合同で行うことは滅多にないのだと言う。言われてみれば、確かに俺も併走トレーニングとか同じ厩舎の馬達としかやったことないや。
『何でもこっちの調教師の
『なるほど……ちなみに、ラウリオンと仲がいいのは?』
『仲いいってほどじゃ……ただ、同じ育成牧場でちょっと話したりしてただけっすよ……』
『またこの子はそんな事言って……ごめんなさい、悪い子じゃないんです……』
そう言いながら謝るラウリオンちゃん。育成牧場……というと、確か生まれ故郷の牧場とは別に競走馬の訓練を受ける牧場だったかな? 俺は行ってないからよく分からんけど。
『……ところでさ』
『……なんすか?』
ずいっと顔を近づける。そんな俺に対し、セフティーオーラちゃんは警戒したように一歩下がる。その顔からは少し緊張が感じられる。
『セフティーオーラちゃんの父親って誰?』
『……はい?』
俺のひとことにぽかんとするセフティーオーラちゃん。それに対し、また始まったと言わんばかりに首を振る二人。
『マグ先輩……血統マニアなんですよね……』
『まったく、そもそも私たちは父親がどうとか興味ないんだけどな……マグはなぜか来にするんだよ』
何を言う。俺は競馬はブラッドスポーツと呼ばれてると聞いたことがある。血統は重要なファクターなはずだ。
実際、夏の短距離女王であるシーイズトウショウさんの父親はあの「サクラバクシンオー」だしな。
『えっと……あんまり興味ないけど……確か「エアシャカール」とか言う名前だった気が……』
『エアシャカール!?』
ウマ娘化してる馬きた────!
こういうの聞くとテンション滅茶苦茶上がるわ! そうか、この子はエアシャカールの子なのか……これは将来走りそうだわ!
『よし、俺が色々と教えてあげよう!』
「わ、マグちゃんどうしたの?」
俺がコースに戻ろうとすると、由紀さんは困惑したように手綱を引く。
でも、すみません! 今回はもう一走りだけさせてほしい! 別の厩舎の馬と走る機会なんてそうそうないし、ましてはあのエアシャカールの娘さん! 是非とも走ってみたい!
「う〜ん、もうちょっと走りたいのかな?」
「シーイズトウショウに先着されたのが悔しかったのかもな……」
鶴田さんはそう言いながら軽く俺の身体をポンポン叩いて観察する。
「……馬体は大丈夫そうだし、軽くならいいだろう。マグナアニマにとってもいい経験になるかもしれん」
「だって! よかったね、マグちゃん」
よし! お許しがでたぜ!
興奮する俺に呆れながらため息をつくシーイズトウショウさんはそのまま厩務員さんに手綱を引っ張られていく。
『元気なものだな。まあ、ほどほどにな……』
坂路に戻ろうとUターンする俺とは異なり、そのまま馬房に帰ろうとするシーイズトウショウさん。欲を言えば、彼女とももう一度走りたかったが、まあ仕方ない。ワガママ言ってんのは俺だしな。
『さあ、走ろうぜ!』
『ちょ、待ってくださいよマグさん!』
『な、なんなのこの人……』
俺はコースに入るや早速駆け出す。それに対続いて二人もコースを駆けていく。
ああ、楽しい。最初は困惑したものだけど、今なら言える。馬になってよかったと。
俺は笑みを浮かべながら、先に行かせた二人を抜いて、コースを駆け抜けるのだった。