2005年3月。
えーねえが牧場から姿を消して一月が経った。
いつもなら隣を走っていたはずの場所が空いている。
たった一ヶ月しか経っていないのに、妙に広く感じるな。
大田さん曰く、馬主さんに引き取られて競走馬として走るため、トレーニングセンター略して『トレセン』という場所で訓練を受けているらしい。……ウマ娘のトレセン学園って、そこが元ネタだったのか。思っても見ないところで知れたな。
『こっちとしても、えーねえに負けてはいられないな』
俺は走る。僅かに存在するほかの子馬たちをぶっちぎり、ひたすらに走りまくる。
『うお、しゅうはやすぎ……』
『む、むりー……』
俺以外の2頭の子供は後方に沈み、結構な差をつけて一着を取る。
それにしても根性ないな。俺より大きいのに、全然手応えがない……やっぱりえーねえはよかったな。俺が競争するって言うと、必ずと言っていいほど一緒に走ってくれたし、子馬たちのなかでも一番関わり深かった。
他の子達は正直あんまりなんだよな……なにせ、レース誘っても全然走ろうとしないし、たまにこうして一緒に走ってもすぐにぶっ千切ってしまう。
えーねえみたいに少しアドバイスをしようとしても、全然聞こうとしない……。
『あーつかれた』
『おう、お疲れ。でも、まだ時間あるし、もう一回走らない?』
『えー。めんどうくさいし、やだよ。てんとうむしでもさがそ』
『いや、馬なんだからレースでどう走るか考えようぜ』
なんていうか、不安になるな……。これでレースやっていけるのか? まあ、別にいいけど。
『まあ、仕方がないさ。やる気のないやつはとことんまでやる気がでないからな……厩舎に行ったら少しは変わるかもだが……』
ふと、隣の放牧地から声が聞こえる。振り向くと、そこには見覚えのある馬がいた。
『あ、マイねぇ! 久しぶり!』
『おう、元気してたかい? 坊主』
そう言って隣の放牧地の柵から覗き込むように現れたのは、マイねぇこと「マイネベレーザ」さん。この牧場出身でクラブ法人? の競走馬らしく、身体が弱いながらも頑張り続け、オープン入り? というものを果たしたお姉さん。放牧の際はこちらに戻ってきて、昔っから俺の走りを見てくれる、今でも頼れる姉貴分だ。
ちなみに御年6歳。馬の6歳ってどれくらいなんだろう?
『今、なんか変なこと考えなかったか、坊主?』
圧がすごい……。こ、これは謝らないといかんな……。
『いえ、申し訳ございませんでした……』
『よろしい……しかし、相変わらずだな、お前。同い年だともう勝負にならんか……』
『まあ、皆やる気ないからな……』
マイねぇもさっき言ってたが、ここの同い年って走ることへのやる気があんまり感じられないんだよな……。
えーねえの存在のありがたみがよくわかる。いつも俺と走ってくれたし、全力で勝負もしてくれた。
『だが、そのやる気も含めて才能だろ。私は向こうで色々な馬を見てきたが、坊主の歳でそこまでやる気があるのも珍しい』
『……そうかね? 競走馬になるんなら、普通なんじゃないの?』
競走馬……というか、ウマ娘ってスポ根ものだし、実際の競走馬もやる気に満ち溢れてるものだと思ってるんだよな。いや、シングレの地方トレセン学園みたいなのもあったけど、少なくとも中央トレセン学園のウマ娘とか基本的にやる気に満ち溢れたりしてるイメージがあるからな……。
『普通なら、会って早々に走りを見てくれとか言わないだろ……それも乳離れが済んだばかりのガキがさ……』
懐かしい話だ。離乳後、母の元から離れた俺は正直少し孤立してたように思う。元人間の感性からか、ほかの馬が興味を示す虫とか花とかあんまり興味ないし、悲しくはあったけどお母さんと離れた他の同い年みたいに泣き叫ぶこともなく、仕方がないことだと受け入れて競走馬になるために走りの練習ばかりしてた。
そんな時、1歳年上のえーねえから、隣の柵の放牧場には現役の競走馬がいるから話が聞けるかもと言われて興味を持ち、一番近くにいた馬に声をかけた。それがマイねぇだったわけだ。
『あの時はびびったぞ。不貞腐れてたらいきなり声かけられて、走り見てくれとか言われてさ』
『いや〜、こっちから話しかけないと現役競走馬のアドバイス聞ける機会とか作れないなって思ったもんで……』
基本的に放牧地は年齢毎に分けられている。1歳から2歳くらいまでの馬は一緒くただが、現役の競走馬はまた別の柵の放牧地に入れられてるのだ。
他の牧場ではどうかはしらないけど、少なくともここはそうなっている。独力だと限界あるからな……他の馬たちは知識がふんわりしてるし、
『まあ、でも……そんな坊主のおかげで私ももう少し走ろうかと思えたんだけどな』
『ん? なんか言った?』
『いや、なにも』
今、小声で何かをポツリと言ったような気がする。少し考えてると、やれやれと言ったふうにマイねぇは首を振る。
『いいかい、坊主……』
『ん?』
マイねぇは慈しむように俺を見つめる。
『お前は間違いなく才能がある』
『え? なに、急に?』
『いいから聞け』
困惑する俺に構わず話続けるマイねぇ。
『知っての通り、私は身体が弱い。それでも、頑張って頑張って頑張り続けて、とうとうオープン入りを果たした。だが、同時にこれが私の限界なのだとも思うんだ』
『……そんなのわかんないじゃん。なんか、マイねぇらしくなくない?』
マイねぇは確かに身体が弱く、この牧場に来る時はいつも疲れてる様子が見てわかるほどに疲弊してることが多い。
それでも負けじと頑張ってきた努力の人だ。柵越しで黙々と練習してた様子を見てきたからそれはよく分かってるつもりだ。そんなマイねぇがあきらめを口にするというのは予想外なんだけど……。
『……初のG3……ってもわかんないか。結構レベルの高いレースにでたんだ、私』
『G3……えっと、重賞ってやつだっけ?』
『そう、そこで私は完膚なきまでにボロ負けしたんだよね……』
マイねぇが参加したレースは「ダービー卿チャレンジトロフィー」というレース。そこで、「ダイワメジャー」という馬とかちあい、完膚なきまでに負けてしまったのだと言う。
ダイワメジャー……聞いたことのない馬だな。ダイワということは、ダイワスカーレットと関係ある馬なのかな? ウマ娘化していない馬はよくわからんけど、長年レースに出て戦ってきたマイねぇがここまで言うのならば、強い馬だと言うのは間違いない。
『なんていうか、本当にボロ負けだった。競走馬になって5年間。色々戦ってきて、やっとオープン入りしたってのにさ……追っても追っても差が縮まらない。勝てる気がまるでしなかった……』
俺はじっとマイねぇの話を聞く。その言葉からは口調でわかる悔しさと……諦めの感情が滲み出ていた。
『本当、情けない話だよな。たった一戦で心が折れちまったよ……ああいう奴がこの先も勝ち上がっていくんだろうなって痛感した』
『…………』
『私はここまでだと思ってしまった。でも、坊主はこれからだ』
マイねぇは語り続ける。俺はそれを真剣に聞いていた。
『坊主は才能がある。これでも、長い間この界隈に身を置いてたんだ。私が保証する。坊主は私と違ってきっとうまくいく。だから、アレだ。どうか私の分まで走ってくれ……』
マイねぇ……大分ナーバスになってるな。これについては俺はとやかく言うことはできそうにない。何故なら、俺はまだ一度もレースで走ったことがない子供だからだ。実際にレースで走ってるマイねぇの苦悩はまだわからないし、慰める方法もない。
……でも、欲を言えば。
『もう少し頑張ってほしいな……』
『……』
『ねえ、マイねぇは本当に折れちゃったの? もう走らないの?』
正直もったいない。俺は心底そう思う。まだ、リアル競走馬のことはよく分からない。でも、重賞のレースに出ることが大変だということは何となく分かる。
大田さんたちはせめて1勝とよく口にする。重賞を勝ってほしいという話もしてるけど、声音はどことなくあきらめの気持ちが込められてる気がする。
ウマ娘では、G1含め簡単に勝っているイメージがあるけど、現実はそうもいかないというのは流石に察せられる。それでも、マイねぇには現実に押しつぶされてほしくない。
『俺のお父さんは身体は小さいけど、凄く強い馬だったらしいよ。負けん気の塊で、病気になっても勝つこと諦めずに走って、勝ってきたんだって言っていた』
これは暇してた厩務員の天野さんが語ってくれたことだ。俺の父親、ナリタタイシンは皐月賞を、鬼脚と呼ばれる凄まじい追込で勝ったということを菊花賞は肺の病院の影響で下から2番目だったけど、そのでも次に出走したG2レースでは勝利したのだということ。
ウマ娘では勝って当たり前。現実ではどうだったという話をあまり知らなかった俺にとって、その話はとても興味深かった。まさに、ゲームと同じ根性の馬。それが俺の実馬「ナリタタイシン」への評価だ。
『だからさ、マイねぇも諦めずに頑張ろうよ。そうすれば、きっと勝てるよ。何より、マイねぇはあのトウカイテイオーの子供でシリウスシンボリの孫なんだしさ!』
これは以前、マイねぇが教えてくれた事だ。マイねぇだって、ウマ娘の顔役とも言える凄い馬の子供なんだから、諦めるのは勿体なさすぎる。
『そうだな……簡単に諦めちゃ、偉大な親の顔にドロ塗っちまうことにもなるしな……。悪いね、カッコ悪いとこ見せちゃって』
『いいってことよ。次は頑張ってね』
『ああ、応援しててくれよ』
マイねぇはまだ少し不安げな口調だけど、それでもさっきよりは大分吹っ切れてる感じがする。
これなら大丈夫かな? 仲良くなった馬が悲しい顔したりすると、俺も嫌な気分になるし、何事もポジティブが一番だ。
『あれ? だれだろう、あのひと?』
『ん?』
他の子馬の喧騒を耳にし、子馬たちが見つめる方向に顔を向ける。確かに誰かいるな。
目の前にいる男はずっと俺のことを見つめていた。
天野輝明
29歳
主人公の牧場の厩務員
借金持ちの牧場で働いてるため、転職した方がいいと自身でもわかっているが、牧場の馬たちの行く末が心配でギリギリまで持ちこたえようとしている。
馬達に父親や母親の経歴を話したりしてる。おかげでここの牧場の馬達は会ったこともない父親に詳しい
マイネベレーザ
こちらも無名の実在馬
相変わらず本来の世界線とは異なり主人公の牧場で生まれている
現実では2歳時に骨折し、そのまま予後不良となってるっぽいが今作の世界線だと偉大な父のあとに続かんとオープン入りまで頑張ってる。オープン入りした馬はこの牧場だとこの馬のみなので現状一番の出世株。G3でダメジャーとぶち当たり、心が折れかけてるが、主人公と話してもう少し頑張ってみようと改めた。
子供好き。