マイねぇと遊んでいたら、大田さんに呼ばれた。
何だろうと大田さんのもとに行くと、先日同様見知らぬ人が大田さんの傍らにいた。
しきりに俺を観察する謎の男。中年のサラリーマン風の風体をしており、じっと俺のことを見つめている。正直、厩務員さん以外でこんなジロジロ見つめられたのはじめてだから、少し落ち着かないな。
「撫でてみますか?」
「いいんですか!? では……」
サラリーマン風の男性は恐る恐ると俺の身体に触れる。最初はポンポンと軽く叩いてる感じだったが、しばらくすると顔や首筋と色々なところを撫でまわしてきた。結構気持ちいいな。
「大人しいんですね……」
「ええ、ナリタタイシンは気性の荒い馬でしたけど、この子は結構大人しいんですよ。普段は放牧に出るやいなやすぐに走り回るけど、私達が声をかけるとすぐに戻ってくる」
「なるほど……相当賢いんですね」
「ええ、とても。ただ、ナリタタイシンの産駒は中々買い手が見つからないんですよね……産駒も走りませんし、競りにだしても売れ残ってしまうかもしれない……昨年の種付もロマンハートだけだと聞いてますし、おそらく最後の子になるでしょうね……」
「ナリタタイシン最後の子……」
サラリーマン風の男の人に説明口調となる大田さん。いや、賢いだのなんだの褒められるのは悪い気しないけど、走らないだの売れ残るだのは酷くない? 俺、一応この牧場の仔馬の中では一番早いんよ? というか、毎日走ってると言うのに走らないとはこれ如何に?
ブルルッ……
「おっと、なんか不機嫌になっちゃいましたね」
「どうどう、落ち着け〜しゅう〜」
天野さんが俺を落ち着かせようとポンポン首を撫でる。まあ、別に不機嫌になっだけじゃないけど、事実と異なることは言わないでほしいものだ。
「はは、いい子だ」
俺が落ち着いたことを確認すると、天野さんはそのままブラッシングに移行する。やはり、この人のブラッシングいいな。気持ちいい。
「気持ちよさそうですね」
「実際、天野のブラッシングは馬たちの間でも評判ですからね」
そう言いながら、大田さんも俺に近づいて俺の頭を撫で回す。
「……この子はナリタタイシンに一番近い馬なのだと思ってるんですよ」
「一番近い……ですか?」
「ええ。この子は走らせると後ろから差してくるんですよ。まるで、追込を理解しているかのように……」
「追込ですか……この年の馬は前へ前へ行きたがるものだと思っているのですが、大田さんが教えたりしたんですか?」
「いえ、どうやらこの子が自分で見つけたみたいなんですよね。まるで、このかたちが自分に合っていると言わんばかりに……」
「すごいですね……」
そりゃそうだ。追込はウマ娘ナリタタイシンの代名詞。俺自身、前へ行こうとするよりこの形が一番肌に合ってると思うし、現にこの形にしてから同い年の馬に負けなしだ。
年上のえーねえともいい勝負できるくらいだし、この形が一番いい。
そう、俺が自慢げになってる間にも大田さんは話を続けている。
「何より努力家。負けん気はこう見えて私の牧場の馬たちのなかでは一番強い。子馬同士のかけっこをよく見るのですが、誰かが自分と競ろうものなら、負けるもんかと言わんばかりに加速するんです。間違いなく、当牧場で一番の有望株です」
「そうなんですか……負けん気が強いって、本当にナリタタイシンみたいなんですね」
当然よ。俺はナリタタイシンの子なのだから。父親に似て当たり前だ。
最後の子だというのならば、俺がナリタタイシンの名を貶めるわけには行かない。そう思ってずっと努力してきたのだ。舐めんな。
「……そんな凄い馬を本当に俺なんかに紹介していただいていいんですか? そもそも、俺……馬主になってまだ十年にも満たない新米で実績もなにもない。これほどの馬なら、それこそ他の有力な馬主さんに……」
あ、この人馬主さんなのか。まあ、ナリタタイシン最後の子というネームバリューは凄そうだし、畏れ多い感じがするのも無理はなかろう。俺が誇らしげにそう思っていると、大田さんは苦い顔をして話始める。
「実は有力な馬主ほど断られるんですよ。ナリタタイシンの産駒自体走りませんしね……。タイシンの馬主である山地さんにも渋い顔をされてしまいました……」
……えぇ、なんで? ナリタタイシンよ俺の親。それなのに断られるものなの? ナリタタイシンほどの名馬の子供ならよりどりみどりな気がするんだけど、違うの?
……ひょっとして、俺本当に売れ残りそうなレベルなの? ま、不味いかもしれない。こ、ここは何かしらのアピールをする必要があるのか?
「……そんな子が売れ残ってしまうのは忍びない。日の目を浴びてほしい。そう思っているのです。だから、どうか……」
そう言いながら、大田さんは男性に頭を下げる。それを見た男性はあたふたしてそれを制する。
「頭を上げてください! ……むしろ、本当に俺なんかでいいんでしょうか?」
「ええ……もし、本当に買っていただけるのなら……是が非でも」
男性は改めて俺の方に向き直ると、もう一度俺の顔を撫で始める。その目には何やら決意が宿ってるように見えた。
「……わかりました。買います。一億で……買わせていただきます」
一億!? そんなにお金出すの!? とんでもねえ大金じゃん!
俺がそう思っていると、大田さんは涙を流して馬主さんの手を取った。
「ありがとうございます、森沢さん……」
「こちらこそ、こんな素晴らしい馬を紹介してくれてありがとうございます。責任持って、この子と一緒に戦っていこうと思います」
「ありがとうございます……よかったな、しゅう〜」
ぶるるっ……
天野さんがブラッシングを終わらせるとともに心底うれしそうな表情で俺を撫で回す。
この人が俺の馬主さんになる人なのか……。俺は改めて馬主さんと向かい合う。馬主さんもまた、笑顔で俺の鼻先に触れた。
「はじめまして。俺は
森沢さんはそう言いながら、しばらくの間俺のことを撫で回してくれた。
森沢大信
38歳
元地方馬主。
元々叔父が地方馬主をやっており、9年前に叔父の死と共にそれを引き継ぎ馬主となる。
1999年の高知競馬にてナリタタイシンの産駒(オリジナル)で「黒潮皐月賞」「黒潮菊花賞」を取っており、
今回の一億は複数の馬を買うための資金だったが、その縁を感じて主人公の購入を決意した。
中央馬主の資格を得たのは4年前。中央での勝利数は未だゼロ。
通算勝利数
中央0勝 地方166勝