大心を宿して   作:はんたー

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馬名と厩舎と……

 2005年6月。

 森沢さんの来訪から早数ヶ月。

 俺はえーねえも通った次のステップに移っていた。

 いわゆる、競走馬になるための訓練を受け始めたのだ。

 馬具を取り付けて人を乗せたり、ゲートに入ってそこから勢いよく飛び出す練習なんかをするようになった。

 

「えいの時も思いましたけど、やっぱり古いですね……。ほんとうは設備の整ってる育成牧場に預けたほうがいいんでしょうけどね……」

 

「森沢さんから頂いた一億で借金はある程度返せたが、まだ資金難だということにかわりはないからな……」

 

「ごめんな、しゅう……」

 

 少し悲しそうにしてた大田さんと天野さんが印象にのこった。俺はここでも十分だと思うんだけどな……。

 二人以外の厩務員さん達もちょくちょく手伝ってくれるし、坂路だったりゲートだったりと今まで触れたり走ったりしなかったものに触れるのは新鮮だ。

 

 

 そうして、時は過ぎて2006年2月。

 あれよあれよと俺が2歳位になった時のこと。

 馬具に慣れ、人を背に乗せ、ゲートを出る練習もこなせるようになった俺は手綱に引っ張られて牧場に止まっていた大きい車のなかに連れられた。

 大田さんによると、この車は馬運車という種類の車だそうだ。そういえば、マイねぇもえーねぇもこれに連れられているのを見たな……。

 これでレース場まで行くということなのかな? そう思いながら乗り込むと、扉がバタンと閉められ、車が出発する感覚が俺を襲った。

 車窓の隙間からちらりと外を覗くと、大田さんが手を振って俺を見送っていた。牧場はどんどん小さくなっていき、やがて完全に見えなくなる。

 こうして離れるとなると、感慨深いものを感じるな。

 マイねぇに走り方を見てもらったことや、えーねえと一緒に競争してたことが昔に感じられる……いや、実際昔なんだろうけど。

 

(さらば、わが牧場)

 

 さて、こうして俺は牧場をでたわけだが、いきなりのピンチが俺を襲っていた。

 

(うげ〜、なんか酔ってきた……)

 

 前世では車やバスの類いは散々乗ったはずなのに、今世では馬の体故なのか 、はたまた馬運車という未知の車故なのかはわからないけど、結構酔いそうになるな……。足元が揺れるたびにふわっと身体が浮く感覚がどうしょうもなく気持ち悪い。

 しかも、途中でフェリーに乗って海を渡ったし……ていうか、俺の牧場って北海道にあったのね。何気に初めて知ったわ。

 

(まあ、慣れるしかないか……)

 

 今後、馬運車に乗ることも増えるだろうし、何事も慣れが一番だ。しばらくは我慢しよう。

 

「よ〜し、ごはんだぞ〜」

 

 こんな時に頼りになるのが厩務員の天野さんだ。なんか、俺と一緒に馬運車に乗ってくれて、こうして到着までの間世話をしてくれる。世間話なんかもしてくれるから、気を紛らわすのにもちょうどいい。

 天野さんのお話によると、俺が行くのは滋賀県の「りっとうトレーニングセンター」という場所で、そこに競走馬になるための訓練をしてくれる「調教師」と呼ばれる人がいるらしい。

 りっとうは西日本の競馬の中心とも言うべき場所で、すごい馬がたくさんいるとのことだ。……俺、滋賀県まで行こうとしてたのね。北海道からだと、そりゃ時間かかるわけだよ……。

 

「しゅうの新しい名前は向こうについてからのお楽しみだって森沢さん言ってたけど、楽しみだな〜。しゅう、ちゃんと新しい名前憶えるんだぞ」

 

(……新しい名前か……)

 

 しゅうといつも呼ばれていた俺だけど、それは幼名という仮の名前。正式な名前は馬主さんがつけてくれるのだと天野さんは言う。

 

(正式な馬名か……どんな名前になるんだろう?)

 

 やっぱり、タイシンの後継者ってことで、「ナリタタイシン二世」とか? いや、おじいちゃんであるナリタブライアンだということを考えると「スーパーナリタ〇〇」とかになるかもな。

 ……あれ? そういえば、オルフェとかドリジャとかって史実だとステゴの子供なんだっけ? 黄金一族言われてるのを聞いてそこは朧げに知ってるけど、それを踏まえると全然関係ない名前になるということも十分あり得るのかな? 

 まあ、何にしても楽しみだな。そうこうしていると、馬運車が止まる感覚がした。

 フェリーに乗った感覚とは違うな。

 

 ガタッガタンッ! 

 

 馬運車の扉が開くと、そこは牧場とはまるで違う景色だった。

 ────広い。

 間違いなく、俺の故郷の牧場より広いし、設備も整ってるように見える。

 

「さあ、しゅう。ついてこい〜」

 

 天野さんに引かれて地面に降り立つ。

 そこには俺の馬主となった森沢さんと、白髪混じりの老人が静かにこちらを見つめていた。

 

「きたな、しゅう……いや、“マグナアニマ”」

 

 まぐなあにま……? それが俺の名前ってことか? 

 

「それがしゅうの馬名ですか? どんな意味なんですか?」

 

 天野さんがおれの手綱を引きながら、森沢さんに問い詰める。すると、ポリポリと森沢さんは頬をかき、俺の馬体に手を乗せる。

 

「ラテン語でね。マグナは「偉大な」、アニマは「魂」。ナリタタイシンという偉大な馬の魂を引き継いだ後継者になってほしい……そう願ってつけたんだ」

 

 ほほう? そんな由来が! 

 最初はどういう意味か分かんないからちょっと困惑したけど、滅茶苦茶かっこいいじゃん! 

 

 ぶるるっ

 

「おっ、しゅうも気に入ったみたいですね。よかっな〜、しゅう〜」

 

 ワシャワシャと俺を撫でる天野さん。落ち着いたのを見計らって、隣に佇んでいたおじいさんも俺の方に近づいてきた。

 

「はじめましてだね、マグナアニマ。私は鶴田智昭。栗東で調教師をやっている。今後、キミの担当となるんだ。よろしくね」

 

 ほう、この人が俺の調教師……ウマ娘で言うところの「トレーナー」か。よろしくお願いします。

 

「お、頭を下げた……賢いね」

 

「そうなんですよ。この子、初めて会う人にはお辞儀する礼儀正しい子なんですよ」

 

 天野さんが自慢げに言う。褒められた俺も少し気恥ずかしさを感じ、再度嘶いた。

 

 

 

 

 ****************************

 

 

 

 その後、鶴田さんとその助手さんに連れられ、天野さんともお別れをした。天野さんが涙を流しながら手を振っていたのは印象に残ったな。

 

「まずは入厩予定の馬房に入れるぞ」

 

「はい」

 

「さ、今日からここが君の家だ。遠慮なく入ってくれ」

 

 鶴田さんに促され、俺は新しい馬房の中にはいる。

 馬房の中はきれいに掃除されている。居心地も良さそうだ。うん、悪くない。

 

「輸送熱は……出ていないな」

 

「脚元も問題ありませんね」

 

 馬房に入った俺は早速競走馬になるための訓練────ではなく、健康チェックをさせられた。

 ……なんでぇ? 

 

「特に問題はなさそうですね……」

 

「そうか……この小さい馬体だと異常も起きやすいと思ったが、杞憂だったな……」

 

 小ささ関係ないやろ! 舐めんな! 

 ただでさえ、長時間拘束されてウズウズしとるというのに! 

 

「どうどう、落ち着け……」

 

「う〜ん、エネルギーが有り余ってるんですかね? 走りたそうにしているのか……?」

 

「だが、長距離輸送の後だし、無理はさせられんからな……取り敢えず、本格的な調教は明日からだな……」

 

 そ、そんな……ここに来たらすぐに競走馬になるための第一歩が始まると思ってたのに……。

 文句のひと言でも言ってやりたい気分だが、言葉が通じるわけでもないし、仕方がない。明日頑張ることにしよう。

 ……それに、言われてみると確かに疲れはあるのかもしれない……。ウズウズと走り回りたい気分ではあるが、同時に眠気もある。走れないっていうのなら、この場所に慣れるためにもう寝たほうがいいのか? 

 そんな事を考えていると、調教から帰ってきたであろう一頭の馬が馬房に戻ってきた。

 

「どうだった?」

 

「今日は何度か立ち止まったりしたものの、比較的真面目に走ってくれましたよ……いや、いつもこうならいいんですけどね……」

 

『ふう、疲れたわね……ん?』

 

 ふと、目が合う。何だろう、この馬。女の子みたいだけど、今までに会ったどの、馬とも違う……なんていうか、圧がすごいと言うか、どちらかというと小柄なのにすごく強そうに見える。

 

『何よ、ジロジロ見て……あんた誰? 新入り?』

 

『あ、はい。俺はしゅう……じゃなくて、マグナアニマって言います』

 

 お姉さんは睨みつけながら問いかけてくる。俺はその圧にビビりながらも自己紹介をする。

 

『ふうん。あっそ、まあ興味ないけどね』

 

『おい! そっちが聞いてきたんでしょうが!?』

 

 ふんとそっぽを向くお姉さんに思わず声を荒げる俺。何だこの人? 訳がわかんねえ……。

 

『あ、帰ってきた……』

 

『今日は機嫌悪そうだぞ……』

 

『目を合わせるなよ……』

 

 周囲の馬房の馬たちは目の前のお姉さんを恐れてる様子。一体何者なんだこの馬────

 

『私は“スイープトウショウ”。今日は大目に見てあげるけど、口答えとかしたらただじゃ済まさないわよ』

 

 超大物きた────!!?? 

 

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