「もう少しで玄界に着きますよ」
「そうか。悪いなナッシュ、わざわざ寄り道してまで送ってくれて」
俺が船の中でそう謝罪する。
「そう言わないでください。ナオツグは私達を解放して尽くしてくれましたから、このくらいは当然です」
優男のナッシュは小さく笑いながらそう返してくる。
「そう言ってくれると助かる。それともし何か困ったら玄界に来い。俺はいつでも助けに行くからな」
「気持ちはありがたいですが、ナオツグに頼り過ぎていたので自分で解決してみます」
「そうか。泣き虫だったお前も大人になったんだな」
「いつの話をしているんですか?」
互いに笑いながら過去を話す。クソッタレな事があった近界生活だったが、仲間の出会いは決して悪くなかった。
と、ここで船に機械音が鳴り響く。どうやら到着したようだ。
「到着しました。門を開きますのでお元気で」
「ああ。アリーナとエリナに宜しくな」
「はい」
最後に拳をぶつけて俺は開かれた門を潜る。すると暗い空間から明るい空間に変わる。
青い空、鉄筋ビル、コンクリート、自動販売機、電信柱……
(間違いない……帰ってきたんだ。しかしあの巨大な建物はなんだ?)
正面から離れた場所に超巨大な建物がある。目視だから正確な大きさは変わらないが、幅は400メートルくらいあるだろう。
壁にはエンブレムがあり……
(ボーダー?あんな巨大な建物を建てるなんて日本政府が作った施設なのか?しかしMikado cityと書かれているし三門市みたいだ……っ!)
そこまで考えていると直感が警告を伝えてきたので首を横に動かすと、背後からさっきまで首があった場所にトリオン弾が通る。
(トリオン攻撃?この世界にもトリガー技術が出来たのか?いや、それよりも……)
振り向くと……
「人型近界民発見。交戦を開始します」
女子2人がいる。片方はトリオン弾を50近く浮かばせて、もう片方は日本刀の形の刃トリガーを持っている。
(しかしさっきの一撃は単発だったし、俺を狙ったのはコイツらじゃない)
それを踏まえると、俺を狙った人間は地形条件や俺の直感を考えると……あのビルの屋上だな。
(とりあえず今の地球の情勢がわからないし、コイツらを無効化してから聞きだすか)
いきなり狙撃を仕掛けた相手に優しさを見せる訳にはいかないからな。
「絶牙」
言いながら俺は自分の刃トリガーを顕現してから、一振りする。
剣を振り切ると同時に目をつけたビルの屋上に移動して、狙撃銃を持った帽子を被った女子がいた。
「っ!いつの間に……!」
「それを答える義理はない。とりあえずトリオン体は解除させて貰う」
俺は即座に女子の首を刎ねる。生身の身体に戻ったら情報を聞き出す。
しかし女子の首を刎ねてから数秒後、トリオン体は爆発と同時に光が巨大な建物に向かっていく。
(なるほど。あの建物はトリガー関係施設のようだ。で、トリオン体が破壊されても生身の身体はあの建物に逃がせるわけか)
負けても逃げられるなんて随分と便利な機能だ。しかし俺にはあまり関係ないな。
「絶牙」
俺は先程までいた場所に向かって一振りして元の場所に戻り、目を見開いている2人のうち、一番近くにいた弾を浮かばせている女子を切り刻む。
同時にトリオン体が爆発して、生身の女子が煙から出てくる。
「玲?!」
「な、何でベイルアウト出来ないの……!」
「それを答える義理はない。それよりも聞きたいことがある」
言いながら俺は絶牙をレイと呼ばれた女子の首に突きつける。
「ひっ!」
「玲に手を出すな!出したら「勢いは買うが、お前が距離を詰めるまで15回は殺せるぞ」っ!」
刀を持った女子を脅して黙らせる。基本的に女を斬るのは好きじゃないが、いきなり狙撃を仕掛けてきたからな。
「安心しろ、聞きたいことが終わったら解放してやる」
「……聞きたいこと?」
レイは震えながら質問をする。
「第一の質問だ。あの建物の壁にあるエンブレムについてだ。ローマ字でmikado cityと書かれているが、アレは弓手町がある三門市で合ってるか?」
「っ!何でそれを……っ!もしかしてこっちの世界の人間なの?」
どうやら当たりのようだ。つまり俺は間違いなく元の世界に帰ってきたようだ。
「ああ。俺は日本人だぞ」
『ああ。俺は日本人だぞ』
「マジか。単独で近界から帰ってきたのかよ」
ボーダー会議室にて、そんな呟きが漏れる。
つい先程まで上層部とA級隊員による遠征試験に関する会議をしていた最中、防衛任務中だった那須隊から人型近界民が現れたと報告があった。
那須隊に拘束命令を出してから情報共有をしているとモニターに映った男が黒い剣を振ると、突如200メートル以上離れた場所にいた日浦茜の前に現れて、そのまま撃破した。
それだけなら超高速で移動するトリガーかと思ったが、那須と熊谷の元に戻って那須を撃破すると、どういうわけか那須はベイルアウト出来ずに生身を男に曝け出してしまった。
それにより殺されるかもしれないと会議室が荒れる中、男が質問を始めると別の意味で荒れだした。
ローマ字、弓手町、三門市、日本人とこちらの世界の専門用語を次々に言ったのだ。明らかにこの世界の人間であるのは間違いない。
『んじゃ第二の質問に入るぞ。俺は8年前に拉致されたが、いつの間にこの世界にトリガー技術が導入されたんだ?』
次の質問に会議室の空気の空気が重くなる。まさか旧ボーダーが発足される前に拉致された人間が戻ってくるなんて予想外である。
「8年前……まさか」
そんな中、小さい声が会議室に響く。
「綾辻、どうかしたか?」
「あ……嵐山さんすみません。8年前に行方不明になった幼馴染がいたので、もしかしてと思いました」
声の主の綾辻遙はモニターに映る男を見る。雰囲気はまるで違っているが、8年前に拉致と聞くと幼馴染の事を思い出してしまう。
『4年前よ。4年前にトリオン兵が現れて、当時のボーダーが退治して、世間にトリガーが認知されたわ』
『なるほど。4年であんな基地を作るとはアレを手に入れたか……まあ良い。詳しい事はゆっくり調べるとして、最後の要求だ。これが終わったら解放してやる』
『………何かしら?』
モニターに映る那須の顔に緊張が走る。同時に会議室にも緊張が走る中……
『今から弓手町駅に案内しろ』
予想外の要求をする。
『ゆ、弓手町駅?そんな事で良いの?』
『この世界の街なんか殆ど覚えてないからな。覚えてるのは弓手町駅のすぐ近くのデカい茶色のマンションに住んでいたくらいだよ』
「っ!やっぱりナオ君だ!」
綾辻は椅子から立ち上がって声を上げる。
「それは本当かね?」
「間違いありません!ナオくん……井口直次くんは4年前、私が住んでいた部屋の隣に住んでましたから!今から会いに行かせてください!」
城戸司令の言葉に綾辻は必死な表情で頼み込む。
「落ち着け綾辻。君の気持ちはわかったが、まずは彼の動向を判断してからだ」
綾辻を宥める忍田本部長。
先に仕掛けたのはこちらだが、生身になっている那須に剣を突きつけている以上、慎重に事を運ばないといけない。
「……はい、わかりました」
綾辻は不満を抱くが言っている事は事実なので逆らわずに椅子に座り直す。
『あの、残念だけど弓手町駅は廃止になったの。ボーダー基地が出来てから、立ち入り禁止区域が出来たんだけど、弓手町駅も含まれていたのよ』
『つまりそこに住んでた人……俺の家族も引っ越したと?』
『弓手町駅の近くに住んでいたなら間違いないわ』
那須の言葉に綾辻は口籠る。何故なら彼の家族は……
『じゃあ仕方ない。代わりに警察署か市役所に案内しろ。拉致された人間が帰ってきたと説明すれば捜索に協力してくれるだろうからな』
綾辻が暗い顔をする中、次の要求が放たれる。
「っ!本部長!今直ぐナオくんの所に行かせてください!それだけは止めないとマズいです!」
「私も賛成ですな!熊谷くんに連絡を!」
慌てるのは綾辻に根付メディア室長。直次のやろうとしている事は本人からしたら真っ当なことだ。
しかしSNSが盛んなこの時勢で、警察署や市役所でその事をして漏れたら、世間は直次にあらゆる情報を聞き出すだろう。
加えて帰還者が出たとならばボーダーにも4年前の大規模侵攻で拉致された被害者を取り戻せと騒ぎ、下手したらアンチボーダーは直次に他の拉致被害者を見捨てて1人でのうのうと帰ったと悪意をぶつける可能性もある。
綾辻からしたら漸く会えた1番の友達が悪意に晒されるなんて耐えられない。
「や、それは心配ないと思うぞ。何せ……会議を欠席したアイツが来たみたいだからな」
林藤玉狛支部長がタバコを吸いながらそう答えると……
『悪いんだけど、その前に会って欲しい人がいるから付き合ってくれないかな?』
呑気な声と共にぼんち揚を食べる男が笑いながらモニターに映っていた。
…………コイツは強いな。
突如現れた男を見て警戒する。拉致されてから相当鍛えたが、目の前の男はかなりの手練と判断出来る。腰に差しているのは十中八九黒トリガーだろう。
絶牙を使えば負けるとは微塵も考えてないが、互いに同じトリガーを使ったら負けるかもしれない。
「迅さん……!」
「やぁ熊谷ちゃん。後の件はこの実力派エリートに任せてよ」
「ひゃん!この非常時でもお尻を触らないでください!」
ドゴッッッッ!
ジンという男はクマガイの尻を撫で、クマガイがぶん殴る。生身ならかなり痛そうだ。というかいきなり女の尻を触るか。
「よくもくまちゃんのお尻を……!」
そして俺に絶牙を突きつけられたレイは黒いオーラを出しているし。
「相変わらず健康的なパンチだ」
「茶番はそこまでにしてくれ。それで?付き合ってくれというのは?」
「君の立場はこっちではかなり複雑でね。ボーダーの支援がないと君もボーダーも不幸な未来が待っているんだよね。だからあの基地に来て欲しい」
「未来ね……未来視の副作用を持ってるからか?」
「おっ、わかったね」
「俺の絶牙も未来視の副作用持ちだったからな」
未来を見たから託す意味で黒トリガーになって、俺が適合したから使わせて貰っている。
「まあ良いだろう。案内してくれ」
「おっ、随分素直だね」
「これは俺の直感だが、アンタからは敵対意思は見当たらない。ただ他の連中が危害を加えるなら殺すからな」
いくら同郷の人間でも容赦するつもりはない。
「それはもちろん徹底させるよ」
「なら良い。行くぞ」
言いながら絶牙を振るう。同時にこの場にいる4人は巨大な基地の前に立つ。
「っ!いつの間に基地の前に?!あんたの黒トリガー、どんな効果を持ってるのよ!?」
クマガイという女が聞いてくるが……
「教えるわけないだろ。アレ、監視用のカメラだろ」
壁についてあるレンズを指差す。カメラの知識は殆どないが、住んでいたマンションにもあったし、同じものだろう。
「それよりこっから案内しろ」
「りょーかい……おっと、これは予想外だね」
するとジンは楽しそうに俺を見てくるが、何か面白い未来を見たのか?
疑問に思いながらも入口に向かうと、いきなりドアが開き……
「ナオくん!」
黒い服を着た女子が俺に抱きついてくる。俺をこう呼ぶ人は確かお隣さんの……
「お前、ハルちゃんか?」
「そうだよ。ハルちゃんだよ……!」
目の前の女子は肯定するが……
「本当にハルちゃんなのか?俺の知るハルちゃんはお前みたいな上品な女じゃなくて暴れん坊だぞ」
いくら何でも変わりすぎだろう。
「8年もあれば誰だって変わるよ」
そう口にするが……
「でも喧嘩したら負けを認めるまで噛みついて、俺が音痴と言ったら金玉をぶん殴って、俺達男子が路地裏で立ちションしようとしたら「それは言わないでよ馬鹿ァァァァァァ!」ああ、このパンチ、間違いなくハルちゃんだな」
こうして8年ぶりに帰還した俺は昔馴染みに殴られるのだった。