「へぇ、随分と立派な基地だな」
ハルちゃんに殴られてから謝った俺はボーダーの基地に入るが、中は研究所みたいな内装だった。
「ウチのエンジニアは優秀だからな」
「それもあるだろうが、4年でこれだけの基地を作ったって事はマザートリガーがあるんだろ?どうやって手に入れたんだ?」
「マザートリガー?ナオくん、それ何?」
ハルちゃんは不思議そうな表情を浮かべる。
「ん?ハルちゃんは知らないの?ジン、もしかして情報規制されてた?」
「まあね。知ってるのは上層部とエンジニア、後は世間から認知される前から在籍してたボーダーのメンバーだけだね」
「そりゃ悪かったな」
「別に良いよ。話を戻すけどマザートリガーは4年半ほど前に手に入れたよ。昔のボーダーに技術提供をしてくれた国が滅びそうになって、敵に奪われるくらいならってボーダーにくれたんだ」
「4年半前……もしかしてアリステラか?」
「お、知ってるのか?」
「アリステラ出身の奴隷仲間を故郷に返そうとしたら滅んでたからな」
「奴隷仲間?!ナオくんどういう事?!拉致されてから奴隷だったの?!」
ハルちゃんが目を見開いて聞いてくる。
「まあな。俺を拉致した国はディボロって国だが、拉致した人間を奴隷扱いとして粗悪なトリガーを持たせて最前線で使い潰してたな。しかも男は憂さ晴らしによる拷問で死ぬこともあったし、女は肉便器扱いで子供を身籠ったら兵士にする為に取り上げられていたし……って、ハルちゃん?大丈夫か?」
ここでハルちゃんが真っ青になってよろめいているし、よく見れば背後にいるレイとクマガイも似たような表情だ。
「ちょっと刺激が強過ぎたな。お前にとっては過ぎた過去だろうが、普通の女子は拒否する内容だぞ」
ここでジンが俺の頭を軽く叩いてくるが、ハルちゃん達の反応を見る限り間違ってないのだろう。そう考えると今後奴隷生活の内容は話さない方が良いだろうな。
俺は価値観の違いにため息を吐く事をしか出来なかった。
会議室は先程以上に重い空気となっていた。モニターにて迅達の監視をしたのは間違っていた。
帰還者、井口直次の口から語られた経験談はほんの一部であるが、想像を絶する悍ましさを宿していた。
拉致された人間の扱いが悪い事は薄々予想していたが、ここまで酷いものであるとは思わなかったのだ。
特に大半の女性隊員の顔は真っ青になっていた。好きでもない男に孕まされるだけでも想像したくないのに、孕んだ子供は人を殺す兵士にする為に取り上げられるなんて、女の尊厳を全て壊しているようなものだ。
「す、すみません加古さん……おえっ」
「双葉!しっかりしなさい!」
「うっ……」
「氷見、鳩原と黒江を医務室に連れていけ。運んだら戻ってこなくて良い」
「了解」
「真衣と杏も付き添ってあげなさい」
「ん」
「わかりました」
「お前も行ったらどうだ?」
「……大丈夫よ二宮君。隊長として聞かないわけにはいかないでしょ」
中でも酷いのは黒江双葉と鳩原未来だった。2人は嘔吐してしまい、隊長の加古望と二宮匡貴はすかさずフォローに回る。
つい最近まで小学生で、中学生に上がって性知識を知ったばかりの黒江には耐え難いものだった。
鳩原は大切な弟が拉致されている。そんな中で男に対する憂さ晴らしの為の拷問の存在を知った事で、弟が拷問されると考えてしまい、限界を迎えてしまった。
嘔吐して会議室から出ていく2人を馬鹿にする者は居なかった。2人の気持ちは痛いほどよくわかるからだ。
「……これから彼に事情を聞く。本来ならば近界に関わる事であるから、君達にも聞いてもらうべきだが、我々上層部が先に聞き取りをする。遠征試験についての話は機会を改める」
司令の城戸は会議室に残った人間にそう告げる。事情聴取をするのはボーダーの為に避けれないが、今以上に悍ましい話が出る可能性もある。
よって先に上層部が聞き取りをして、話せる部分と話せない部分の取捨選択を行う予定だ。
この命令にA級隊員は全員反対しなかった。何せ各部隊に最低1人は気分を悪くしている隊員がいるのだから。
戦闘員が全員退場する中、城戸はモニターに映る綾辻と那須と熊谷に内部通信を入れる。
「綾辻隊員、那須隊長と熊谷隊員は護送を迅に任せて上がってくれ。那須隊長は開発室に向かいたまえ」
『……那須、了解』
『く、熊谷、了解』
城戸の命令に対して、那須と熊谷から震えながらも了承を得られる。残りは綾辻だが……
『……嫌です』
ハッキリと拒否をする。
『私は8年前、ナオ君が居なくなって凄く辛かったです。ナオ君に何があったかはわかりませんが、帰ってきた以上、ずっとナオ君の側にいるため、全てを知らないといけないんです』
モニター越しからでもわかるくらい強い眼差しが向けられる。これは何があっても引き下がらないだろう。
「……わかった。許可する」
「正気ですか城戸司令?!」
城戸の判断に根付は驚きの声を上げる。広報担当の綾辻がこれからの話を聞いて精神的にダメージが入る可能性がある。
「彼女は引く気がないようだ。仮に私が拒否しても、彼女が本人に直接尋ねるのは間違いない。それならば我々が居るところで話を聞いてもらい、精神的に悪影響となったら、スケジュールを見直せば良い」
最悪なのは自分達の知らない場所で2人が話をして、広報活動に支障が出る事だ。
「わかりました。今回の件は一任します」
根付が頷いた時、ちょうど迅達が会議室がある階層に到着するので、上層部はモニターを切って迎える準備を始めた。
「失礼します。実力派エリート、只今参上しました」
「失礼します」
「邪魔する」
ジンが元気よく会議室に入るのでハルちゃんと俺もそれに続く。部屋にはおっさんが6人いるが組織の理事で、額に傷がある人が理事長だろう。
「ご苦労、まずはかけたまえ」
座るように言われたので一礼してから座る。
「界境防衛機関『ボーダー』の司令をしている城戸正宗だ」
「井口直次だ。先程そこのジンからボーダーの支援がないと互いに不幸な未来が待っていると言われたが、その件についてだから教えて欲しい」
「先程君が那須隊長に質問した際に話題に上がったが、4年前にこの世界にトリオン兵が突如現れて甚大な被害が出たのだ」
「確かボーダーはその時に世間に認知されたと聞いたが、どのくらいの被害が出たんだ?」
いきなり襲われたのは知っているがどのくらいの被害が出たのかは聞いてないからな。
「東三門あたりは殆ど壊滅状態で、犠牲者は1200人以上、行方不明者……拉致被害者は400人以上だ」
「何だと?!」
まさかそこまでの被害が出ていたのか?!てっきり100人くらいかと思って……っ!
俺はここで嫌な予感を感じてハルちゃんを見る。
「……なあハルちゃん。俺の家族は生きてんのか?」
俺の質問に対してハルちゃんは悲しそうな顔に変わるが、やがて意を決した表情になり……
「……ナオ君の家族は……5人全員、死んだよ」
…………は?
「なんだよ、それ?」
父さんも母さん、姉さんと兄さん、妹の佳奈、全員が死んだだと?
俺は家族にもう一度会う為に、近界で奴隷になっても生きて生きて生き抜いたのだ。
で、今日ようやく帰ってこれたのに、心の支えとなった家族は全滅……
「あはっ……あはははははははははははははは!近界で沢山失ったのに、まだ失うものがあったのかよ!もう笑うしかねぇよ!」
それを認識した俺の目からは涙が溢れ、ただ泣きながら笑うことしか出来なかったのだった。