異世界配信 ~スマホ一つで地球へ配信しながら元の世界を目指します~   作:JOJI

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第11話 魔力感知

 

 

 アントの街を出た頃には、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。荷馬車の揺れに身を任せながら、伊織は何度もスマホの画面を開いては閉じる。

 

 そこには、新たに追加された【魔法】の項目。

 

 魔法適性。

 習得魔法。

 魔法図鑑。

 魔法補助。

 

 どれも気になるものばかりだったが、約束通り詳しく確認するのは村へ帰ってからにすると決めていた。

 

「そんなに気になる?」

 

 隣に座るメリーナが、くすりと笑う。

 

「はい。やっぱり魔法って憧れますから。」

 

 子どもの頃にゲームや漫画で見た光景が脳裏に浮かぶ。

 

 炎を放ち、空を駆け、傷を癒やす。

 

 そんな力が、本当に自分も使えるようになるかもしれない。そう思うだけで胸が高鳴った。

 

____

:それ

:それな

:魔法に憧れない男子はいない

:女子も入れて

:男子だけじゃないんよな

:魔法使いたい

____

 

「ふふっ。その気持ちはよく分かるわ。でも、魔法は焦って覚えるものじゃないの。」

 

 メリーナは優しく微笑みながら続ける。

 

「魔法は、まず自分の魔力を知ることから始まるのよ。」

 

「自分の……魔力。」

 

「ええ。剣なら体を鍛えれば振れるようになるけれど、魔法は自分の内側と向き合わなければ使えないわ。」

 

 伊織は静かに頷いた。カジートとの剣術修行も、基礎の素振りから始まった。魔法にも、きっと同じように積み重ねるべき基礎があるのだろう。

 

「村へ着いたら、明日から始めましょう。」

 

「よろしくお願いします!」

 

 勢いよく頭を下げると、メリーナは少し照れたように笑った。

 

 その日の夕方、三人は無事に村へ帰り着いた。買ってきた荷物を家へ運び込み、夕食を囲みながら街での出来事を振り返る。

 

 配信を終えた伊織は、ベッドへ横になると、魔法への期待を胸に静かに目を閉じた。

 

 

 

 ──そして翌朝。

 

 澄み渡る青空の下、家の裏庭には心地よい風が吹いていた。

 

 木漏れ日の中で待っていたメリーナは、伊織の姿を見ると穏やかに微笑む。

 

「それじゃあ、今日から魔法の修行を始めましょう。」

 

 その一言に、伊織は自然と背筋を伸ばした。

 

 「よろしくお願いします!」

 

____

:来たー!

:待ってた!

:首が長くなっちまったよ

:魔法!

:よろしくお願いします!

:いあ!いあ!くとぅるふ ふたぐん!

:ウィンガーディアム レヴィオーサ!

___

 

 すでに配信を開始し大人数の視聴者がなだれ込んできた。スマホをカジートに持ってもらい、メリーナと魔法の修行を始める。

 

 メリーナは庭の芝生へ腰を下ろすと、自分の隣を軽く叩いた。

 

「まずは座りましょうか。」

 

「えっ?」

 

 思わず間の抜けた声が漏れる。

 

「魔法の修行って、いきなり魔法を撃つんじゃないんですか?」

 

 そう尋ねると、メリーナはくすりと笑った。

 

「ふふっ。いきなり走れる赤ちゃんはいないでしょう?」

 

「……確かに。」

 

____

:正論だった

:まず基礎から

:スポーツも同じだしな

:魔法も基礎練あるんだ

:RPGじゃないんだからw

:頑張れ~

____

 

 二人は向かい合うように芝生へ座る。朝の柔らかな風が木々を揺らし、葉擦れの音だけが静かに響いていた。

 

「じゃあ伊織、まず質問ね。」

 

「はい。」

 

「魔法って何だと思う?」

 

 突然の問いに、伊織は少し考え込む。

 

「えっと……魔力を使って火を出したり、水を出したりする力……ですか?」

 

 メリーナは優しく頷きながらも、小さく首を横へ振った。

 

「半分正解。」

 

「半分?」

 

「火を出したり、水を生み出したりするのは『魔法』という現象。そして、その現象を起こすための力が『魔力』なの。」

 

「現象と……力。」

 

「少し例えてみましょうか。」

 

 メリーナは足元に落ちていた細い枝を拾い上げた。

 

「ランプに火を灯すには何が必要だと思う?」

 

「油……ですか?」

 

「ええ。でも、油だけでは火は点かないわ。」

 

「あ……。」

 

「火を灯す方法を知っていて、初めて明かりになる。」

 

 枝を地面へ戻し、伊織へ穏やかな笑みを向ける。

 

「魔力は燃料。魔法は、その燃料を使って世界へ働きかける技術。だから、魔力量が多いだけでは優れた魔法使いにはなれないの。逆に魔力量が少なくても、魔力を上手に扱える人は強い魔法使いになれるわ。」

 

 昨日、魔法協会で見た四つの紋章が脳裏をよぎる。

 

 赤、青、緑、黄。

 

 あれは得意不得意を示すものだったが、それだけですべてが決まるわけではないらしい。

 

「なるほど、魔法は積み重ねが大事なんですね。」

 

 伊織がそう呟くと、メリーナは嬉しそうに微笑んだ。

 

「その通り。魔力は誰の中にもある。でも、それをどう扱うかは知識と経験で変わるの。だから焦る必要はないのよ。」

 

 その言葉に、伊織の肩から少し力が抜けた。魔法も剣術と同じだ、一歩ずつ積み重ねていけばいい。

 

「じゃあ、いよいよ最初の修行を始めましょう。」

 

 メリーナはゆっくりと目を閉じる。

 

「まずは、自分の魔力を感じること。魔力感知よ。」

 

「感じる……。」

 

「魔力は特別なものじゃないわ。今この瞬間も、伊織の体の中を流れているの。」

 

「えっ、今もですか?」

 

「ええ。でも普段は意識していないだけ。」

 

 メリーナは自分の胸にそっと手を当てる。

 

「心臓が動いていることを、普段から意識して生活している人はいないでしょう?」

 

「そうですね。」

 

「でも耳を澄ませば鼓動は聞こえるし、走れば速くなったことも分かる。」

 

 伊織は静かに頷く。

 

「魔力も同じ。普段は気付かないだけで、誰の中にもちゃんと流れているのよ。」

 

____

:なるほど

:分かりやすい

:心臓みたいなものか

:気付いてないだけなのね

:魔力ってそういうイメージなんだ

:真似してみよ

____

 

「じゃあ、始めましょう。」

 

 メリーナに促され、伊織はあぐらをかいて座り直した。

 

「まずは目を閉じて。」

 

 言われるまま、ゆっくりと瞼を閉じる。

 

「深呼吸をして。」

 

 大きく息を吸い、ゆっくり吐き出す。朝の澄んだ空気が肺を満たしていく。

 

「焦らなくていいわ。まずは外の音を聞いてみて。」

 

 風が木々を揺らす音。

 

 枝でさえずる小鳥の鳴き声。

 

 遠くから聞こえる村人たちの話し声。

 

 薪を割る乾いた音。

 

 目を閉じていると、普段は気にも留めない音が不思議なくらい鮮明に耳へ届いてくる。

 

「次は、自分の呼吸。」

 

 吸って、吐いて。吸って、吐いて。ゆっくりと、その繰り返しを意識する。

 

「そして、鼓動。」

 

 耳を澄ます。静かなリズムで脈打つ心臓。

 

 ドクン……ドクン……と、自分の命が確かにそこにあることを教えてくれる。

 

「ここから先は、自分の体の中へ意識を向けてみて。」

 

 メリーナの穏やかな声だけが耳に届く。

 

「血液でもない。呼吸でもない。もっと温かくて、ゆっくりと体中を巡っているものを探すの。」

 

 伊織は神経を研ぎ澄ませる。胸の奥、腕、指先、足の先まで意識を巡らせる。

 

(……分からない。)

 

 もう一度、集中する。

 

(温かいもの……。)

 

 しかし、感じられるのは自分の鼓動だけだった。十分ほど経っただろうか、伊織は静かに目を開く。

 

「……駄目です。何も分かりません。」

 

____

:まあ初日だし

:そんな簡単じゃないよな

:俺も無理だわw

:寝てないだけ偉い

:ここからだ!

:俺たちに魔力はあるのか?

____

 

 メリーナは優しく微笑んだ。

 

「大丈夫。一日でできる人なんて、ほとんどいないわ。」

 

「え?」

 

「魔力感知は、魔法を学ぶ誰もが最初につまずくところなの。」

 

 そう言うと、メリーナはそっと伊織の右手を両手で包み込んだ。

 

「少しだけ、私の魔力を流すわね。」

 

「……はい。」

 

 次の瞬間。じんわりとした温もりが、手のひらから腕へとゆっくり流れ込んできた。

 

 熱いわけではない。冷たいわけでもない。春の日差しのような、どこか心地よい温かさ。

 

「これが……。」

 

 思わず息を呑む。

 

「そう。今、伊織が感じているもの。それが魔力よ。」

 

 初めて触れた、自分ではない誰かの魔力。その不思議な感覚は、ほんの数秒で静かに消えていった。だが、その温もりだけは、いつまでも伊織の胸に残り続けていた。

 

 それから、一時間ほど魔力感知をしたが成果はなかった。

 

 それから数日間――

 

午前は剣術の基礎と村の仕事。午後はメリーナとの魔力感知、そしてカジートとの組み手。夜はエルビから歴史や常識を学び、寝る前には配信で地球のみんなと少しだけ雑談をする。

 

そんな忙しくも充実した毎日が続いていた。

 

 【魔法】の欄にあった【魔力感知補助】、これを取得すればもっと早く習得できるのかもしれない。だけど最初はそれに頼らずに自分の力でやってみたいと思って我慢した。

 

 

 数日が経ったある日

 

 いつものように芝生へ腰を下ろし、ゆっくりと目を閉じる。

 

 風が頬を撫でる。鳥たちのさえずり。遠くから聞こえる村人たちの笑い声。それらを一つひとつ受け入れながら、伊織は深く息を吸い込んだ。

 

 吸って。

 吐いて。

 吸って。

 吐いて。

 

 呼吸はもう乱れない。鼓動も、自然と感じ取れるようになっていた。さらに意識を体の内側へ沈めていく。

 

 胸の奥。

 腕。

 指先。

 足先。

 

 何度も繰り返してきた感覚を、ゆっくりとなぞっていく。

 

(今日も……駄目か。)

 

 そう諦めかけた、その時だった。

 

 胸の奥で、小さな何かがふっと灯ったような気がした。

 

(……え?)

 

 それは熱ではない。冷たさでもない。春の日差しのような、どこか懐かしく、優しい温もり。その温もりは胸から腕へ、指先へ、そして足先へと、一本の細い川のようにゆっくりと流れていく。

 

(これ……。)

 

 鼓動とは違う、血液とも違う。確かに自分の体の中を巡っている"何か"。

 

 伊織は息を呑んだ。

 

「……感じた。」

 

 思わず漏れた小さな呟きに、隣で見守っていたメリーナが静かに目を開く。

 

「どうしたの?」

 

「温かいものが……体の中を流れています。」

 

 恐る恐る言葉にすると、メリーナは嬉しそうに微笑んだ。

 

「ええ。おめでとう、伊織。それが、あなた自身の魔力よ。」

 

 その一言を聞いた瞬間、胸の奥からじわりと喜びが込み上げてきた。異世界へ来てから初めて、自分自身の力を感じ取ることができた。

 

 たったそれだけのことなのに、今まで積み重ねてきた努力が報われたような気がした。

 

____

:おおおおお!!

:きたああああ!!

:おめでとう!!

:努力が報われた!

:俺まで嬉しい

:魔法使いへの第一歩だ!

____

 

 伊織はゆっくりと両手を見つめる。何も変わってはいない。それでも、自分の中には確かに魔力が流れている。その事実だけで、この世界が少しだけ近くなったような気がした。

 

 メリーナは満足そうに頷き、静かに立ち上がる。

 

「これでようやく、本当のスタートラインね。」

 

「スタートライン……。」

 

「ええ。魔力を感じられるようになって、初めて魔法を扱う準備が整うの。」

 

 そう言うと、メリーナは悪戯っぽく笑みを浮かべた。

 

「次はいよいよ、魔力を動かす練習。そして、その次は――」

 

 一拍置いて、優しく告げる。

 

「初めての魔法を使ってみましょう。」

 

 その言葉に、伊織は思わず拳を握り締めた。

 

 「はい!」

 

 剣に続いて、今度は魔法。異世界で新たな力を手にする日が、すぐそこまで来ていた。

 

 

 




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