異世界配信 ~スマホ一つで地球へ配信しながら元の世界を目指します~   作:JOJI

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第6話 迷い人

 

 

 

 

村長は静かに立ち上がると、壁一面に並ぶ本棚へ歩み寄った。

 

 古びた本が隙間なく収められた棚を指先でなぞり、一冊、また一冊と背表紙を確かめていく。

 

部屋には紙をめくる音だけが静かに響いていた。

 

 やがて、一番上の棚から革張りの古い本を取り出す。

 

「……これじゃな。」

 

 机の上へ置かれた本は、長い年月を感じさせるほど色褪せていた。

 

 表紙には読めない文字が刻まれているが、不思議と意味だけは頭へ入ってくる。

 

「これも読める……。」

 

 村長は静かに頷いた。

 

「やはり、文字は理解できるようじゃな。」

 

 ゆっくりと本を開く、乾いた紙の匂いが部屋へ広がった。ページをめくるたびに、古い挿絵や見慣れない文字が現れる。

 

 そして、一枚の絵で村長の手が止まった。

 

「……これを見なさい。」

 

 差し出されたページへ視線を落とした瞬間、伊織は息を呑む。

 

「……え?」

 

 そこには、一人の人物が描かれていた。

 

 服装は今の異世界人とは明らかに違う、丈の短い上着に、見慣れた形のズボン。

 

 そして、その右手には――

 

「……スマホ?」

 

 いや、違う。

 

 絵で描かれているせいか細部までは分からない。折り畳まれているようにも見えるし、板のようにも見える。

 

 スマートフォンなのか、ガラケーなのか、それすら判別できなかった。

 

 だが、一つだけ確かなことがある。

 

「あれは……地球の物だ。」

 

 コメント欄でも驚きの反応が一気に広がっていた。村長は本へ目を落としたまま、静かに口を開く。

 

「この本は、今からおよそ五百年前に記された記録をもとに作られたものじゃ。」

 

「五百年前……?」

 

 伊織は思わず聞き返す。

 

「そんな昔に……。」

 

 村長はゆっくりと頷く。

 

「この旅人も、自らを『別の世界から来た』と名乗ったそうじゃ。」

 

 部屋が静まり返る。カジートもメリーナも言葉を失い、伊織だけがその絵から目を離せなかった。

 

 五百年前、そんな時代に地球の道具を持った人間がいた。

 

(そんな馬鹿な……。)

 

 もし本当に五百年前なら、スマートフォンなど存在しない。いや、それ以前に携帯電話そのものがない。

 

 だとすれば――。

 

(地球と異世界の時間は……一致していない?)

 

 伊織の背筋を、冷たいものがゆっくりと走った。

 

「…少し、読ませていただいても良いですか?」

 

「勿論だ、じっくり読んでくれ」

 

伊織は本を手に取った、本の分厚さからしてそれほどページ数は多くなさそうだ。本のタイトルは『迷い人』と書かれている。本を開くと数行の文字と絵が書かれており、次のページも同様のようだ。

 

「これは、絵本?」

 

「そう、これは子供向けに書き直された絵本じゃな。数年前に離れ街の古本屋で売れ残っておったのを買ったんじゃ。」

 

「なるほど…」

 

伊織は本の文字を目で追い始める。

 

 

 

 

 

ある日、空より1人の旅人が現れた。

 

旅人は見た事もない服を着ていた。

 

誰も知らない言葉を話していた。

 

手には黒い板を持っていた。

 

旅人は言う。

 

「私は別の世界から来た」と。

 

村人は得体も知れぬ旅人を恐れた。

 

しかし旅人は、困っている人を助けた。

 

空を見て雨を予言した。

 

村人と橋を直した。

 

知恵を絞り病人を助けた。

 

畑を豊かにした。

 

旅人は知恵を貸し、人々を何度も助けました。

 

村人は聞いた。

 

「旅人さんは何処から来たんだい?」

 

旅人は答えた

 

「私は別の世界から来た」と、誰も信じなかった。

 

人々は旅人が道に迷っているのだろうと思い、旅人を『迷い人』と呼ぶようになった。

 

人々はいつしか迷い人を受け入れていた。

 

迷い人も人々との暮らしを楽しんでいた。

 

しかし、迷い人は人々に最後まで

 

「私は別の世界からやってきた」

 

と言い続けていました。

 

誰も信じなかった。人々は言いました

 

「迷い人は不思議な夢を見たんだろう」

 

 

ある時、迷い人の元へ王様の使いがやってきた。

 

「王様があなたの噂を聞いて会いたがっている」

 

そうして、迷い人は王の都へ招かれた。

 

その後、迷い人がどうなったのかは誰も知りません。

 

もしあなたの町に迷い人が現れたら、どうか優しく迎えてあげてください。

 

 

終わり。

 

 

 

「……終わり?」

 

思わず最後のページをめくる。しかし、その先は白紙だった。

 

「……これだけ、なのか。」

 

コメント欄も落胆の色が見えるコメントが流れる。

 

「肝心な所が何も書かれていない…」

 

この人は地球へと帰れたのか?

 

帰る方法は?

 

この人は結局何者なのか?

 

伊織が今知りたい情報はこれである。そんな様子の伊織を見て村長が言う。

 

「子供向けの絵本じゃからな、恐らく原本を簡潔にまとめたものじゃ。」

 

「原本?」

 

「昔、この本はもう少し分厚かったと聞く。しかし売れず、ほとんど処分された。今では現物を見ることはほぼない。」

 

「じゃあ…。」

 

「じゃが、王都の大図書館なら話は別じゃろう。」

 

「王都…」

 

この迷い人も絵本では最後に王様の元へ招かれた、王都と名のつくなら王様がいるかもしれない。もしかするとこの話の起源はこの地域なのかも、ならその原本にはもっと詳細な情報が書かれているはずだ。

 

「なら、王都へ行きます!」

 

「待ちなさい。」

 

そう宣言する伊織を村長が止める。

 

「君はこの世界の事を何も知らん。」

 

「っ…!」

 

「王都までどれほど離れているかも。」

 

「貨幣の価値も。」

 

「魔物の危険も。」

 

「身分を証明する方法も。」

 

「何一つ知らぬ。」

 

村長が指折り数えるように一つ一つ区切り訳を話す。そして、村長の話にカジートも割って入る。

 

「王都までは歩いて一月以上だ。街道を通っても魔物は出る、護衛なしじゃ無茶だな。」

 

「馬車を雇えても、2週間はかかるわ。」

 

続けてメリーナも付け足すように話す。

 

「1ヶ月…」

 


:遠っ

:やば

:毎日20km歩いても一か月か…

:そんなに歩けるのか?

:ざっと計算しても500kmくらいある?

:やべぇ

:東京から名古屋くらい?

:車欲しい〜


 

「王都へ行くこと自体は反対せん、ただし今のままでは無理じゃ。」

 

「まずはこの世界を知ること。」

 

「身を守る術を学ぶこと。」

 

「旅の資金を用意すること。」

 

「そして信用を得ること。」

 

村長が、一つ一つ丁寧に伊織に必要なものを教えていく。

 

「王都へ入るだけなら誰でもできる。しかし、大図書館はそうはいかん。誰にでも貴重な文献を見せる訳ではない。」

 

「な、ならどうすれば…」

 

「王都の大図書館は、貴族や学者、それに一定以上の実績を持つ冒険者や騎士なら閲覧が許される。」

 

「平民が目指すなら冒険者ギルドで、冒険者になるのが早いわね。」

 

「冒険者ギルド…」

 


:冒険者ギルド来たー!

:いよいよ、異世界ものっぽくなってきた!

:ワクワクする!

:ゲームぽい

:メインクエスト発生的な?


 

「カジート、お前さんまだ剣の腕は鈍っておらんな?」

 

「当たり前だ。」

 

カジートが不敵な笑みを浮かべながら、伊織に言う。

 

「坊主、まずはこの村で生き残る術を覚えろ。生きて王都へ着かなきゃ意味がねぇ。」

 

「……分かりました。」

 

伊織は少し考えて答える。ついこの前に魔物相手に死にかけた事を思い出した、あの魔物に勝てるくらいにならないと俺なんて道中ですぐにくたばるだろう。

 

村長が棚から一枚の羊皮紙を取り出し机に広げる。

 

そこには、

 

* 王都

* 村

* 街

* 山脈

* 森

* 海

 

だけ描かれている。分かりやすいように文字と線で区切られているため、パッと見で判断が付きやすい。

 

「これは、王都領圏内の地図じゃ。ここが今いるメルヴェ村。」

 

そして、村長がすーっと指を動かす。幾つもの村と街と山を越して、大きな枠を区切られた場所を指す。

 

「ここが王都じゃ」

 

その距離を見る、思わず声を失う。一本の街道が、幾つもの街と山脈を縫うように王都まで続いていた。

 

村長は地図から視線を外し伊織に微笑みかける。

 

「焦る必要はない。急いだ旅人ほど、途中で道を見失うものじゃ。迷い人も、一歩ずつ積み重ねて王都へ辿り着いた。君も同じじゃ。」

 

村から王都までは、想像していたよりもずっと遠かった。

 

(帰るためには……まず、この世界で生きていかなきゃいけない。)

 

その時、伊織はようやく理解した。

 

異世界での本当の生活は、今ようやく始まろうとしていた。

 

 




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