時は始業式の日から数日後、放課後の中庭の片隅に長机を広げて昨年度の機関誌を1冊置き、机の正面には「文芸部」の紙を張り付けてパイプ椅子に座る。
周囲は我が部へ入らないかと誘う声と新入生があちこちきょろきょろと見まわしながら各ブースを行き交い、賑やかな様子を見せている。
そう、ここは仮入部受付兼部活説明会の会場だ。
─文化祭とまではいかないけど、ちょっとした青空フリーマーケットみたい。今日は晴れてよかったね。
──本当にね。文化系の部活こそ室内で説明の方がよさそうなのに、雨天の日しか許してくれないなんて。
─いちばん人が入りそうな体育館は運動部が使ってるからね。
──運動部の方が待遇がいいのはどこの学校も同じなのかな?
文化系って少数精鋭になりがちだから、多数派には淘汰されてしまうのかも。
─運動部が待遇がいいというより、スポーツは基本的にチーム戦が多いからその関係で多数派にはなりそう。
──なるほど、言われてみればそうね。
文芸部のブースはあまり人も寄り付かず閑古鳥が鳴いている。
部室棟からも他のブースからも少し離れた木陰に陣取ったので、狙い通りの結果だった。
─本当に誰も来ないね。
──5月にはSOS団になるのに、人がいっぱい寄ってきたら困るもの。
でも廃部寸前の部活が新入生を呼び込まないのは不自然だから、できるだけ人が寄り付かないように工夫したの。
─人は来ないけど、吹き抜ける風は気持ちいいね。これ、カエデかな?
──カエデの中でもトウカエデね。街路樹にありがちな品種。盆栽に使われることもあるよ。
─こんな大きい木を盆栽に?
──剪定と植え替えで小さく保つの。鉢植えの中の小さな世界を表現するには、人の手の工夫が不可欠。
─結構大変そう……。
──自然を不自然に凝縮して理想の世界を表現するのが盆栽。
より良いものを目指すなら、それ相応の手間暇がかかるよ。
─おねえちゃん、もしかしてやったことある?
──少しだけ。木の自然な成長を自分の手で剪定するの、あんまり好きじゃなかったな。
─大変だったんだね……。
木に想いを馳せるのはいったんやめて、辺りを見渡した。
──それにしても、本当に人が来ない。
こんな人除けをしているとはいっても、今日は二人は来ると思っていたのに。
─他の部活を見てるのかな?
──涼宮ハルヒの方はそうかも。
全部活の仮入部をするはずだし、まだ運動部を見て回ってる可能性は十二分にある。
─もう一人は?
──宇宙人の長門有希。原作では唯一の文芸部員だった。
誰もいない文芸部で、SOS団が集結する前までずっと一人きりで部室で本を読んでいた。
─そっか、先輩たち5人が卒業して僕が入部していなかったら文芸部には誰も残らないんだ。
──そう考えると不思議だよね、部員が誰もいない部活なのに、どうやって文芸部の存在を知ったんだろう?
─先生の説明?
──それか部活案内の紙かな?全部活の一覧が載った紙、渡されてなかった?
─よく覚えてないな、入学して間もないころでしょ?
多分その時は剣道部に入ることしか考えてなかった気がする。
──そうだね、リハビリも多めに行っててドタバタして私も記憶があやふや。
─おねえちゃんもあやふやじゃ、この場で真相は究明しようもないね。
その長門有希ってどんな見た目なの?
──ショートカットで、今は眼鏡だね。無表情の綺麗な娘で、小柄だったはず。
─ここから見えるショートカットの眼鏡の子は……、ミステリー研究会と漫研と手芸部の前だね。
──うーん、どの娘も違う。もっと静謐で人形みたいな雰囲気なの。
─人形みたいな子、かぁ……。たしかに見渡す限り見当たらないね。
──誰かの影になってたりしないかな?
─それともこれから来るとか?
人がいるいっぱいところではなく新校舎側に目を向けようとすると、木々がざわめいた。
突風で機関誌がパラパラとめくれて机から落ちそうなところを空中でキャッチすることはできたが、勢いで前に動かした足が砂を蹴りあげ、目に砂が入ってしまった。
─目がゴロゴロする。
──ああ、擦らないで。目を洗いに行きましょう。
機関誌は……置いていくと飛ばされるかも。
持ったまま行きましょう。ついで何か重しになりそうなものも取って来ましょう。
─その辺の石じゃダメ?
──汚れるでしょう。部室の分厚い本とかでいいんじゃない?
─わかった。素早く戻って来よう。
機関誌を小脇に挟んで目を洗い、部室からハードカバーの本を持ち出して中庭に戻る間にかかった時間はおおよそ10分。
夕方の撤収時間まで中庭にいたが、その間に涼宮ハルヒも長門有希も他の入部希望者も来ることはなかった。
******
原作キャラとの邂逅ができなかった翌日、HR前に後ろの席のクラスメイトに声を掛けた。
「ねぇ、去年の入学式の時に部活動一覧の案内とか配られてたっけ?」
声を掛けた相手は僕より少し背の高い明るめ髪色の男子生徒だ。
去年は違うクラスだったのでよく知らない。
鶴屋も別のクラスだったので、話し相手がいない僕はとりあえず後ろの席の人に声を掛けたという状況だ。
見知った顔は半分くらいいるが、去年は剣道部の復帰のために無我夢中でクラスメイトとあまり話さなかった。
剣道部を辞めた頃にはクラスのグループがもう形成されきっていて、気軽に話す友達がこのクラスにはいないのだ。
「はぁ?……えー、たしかそうだったはずだ。そう、僕はその一覧を見てコンピ研に入ったのだからな!」
──コンピ研。
……もしかしてこの子コンピューター研究部の部長?どこか既視感がある気がするはずね。
─コンピューター研究部って原作にも出てくるの?
──そういえば話してなかったね。話したのは主にSOS団との関わりだったから。
そう、コンピューター研究部はSOS団結成当初に涼宮ハルヒにパソコンを強奪されるの。
涼宮ハルヒの傍若無人を象徴するエピソードの一つだよ。
─強奪。
こうして脳内で会話している間にもコンピューター研究部の部長は入部した時から時系列順に部長の座を手に入れる経緯について語っている。
そして春休み明けの話題になったところで、新しい機種を買おうとしていると言った。
「新たに型落ち直前の現行最新機種を安く買うことにしてな。部員みんながそれぞれ春休みにバイトして稼いだお金と新年度の予算を合わせて、ようやくもうすぐ買えるんだ。楽しみだな、この機種は今部室にあるモデルに比べてCPUもメモリもGPUもハイスペックで、これからのゲーム開発も捗るようになるんだ」
─まさか、この機種が強奪されるの?
──よくわかったね、銘。そうだよ。
─そんな、こんな努力の結晶が奪われるなんて。
──ちなみに部室は隣の隣。
─ご近所さんか、気付かなかった。このパソコン、守れないかな?
「そのパソコン、いくらなの?」
「22万」
「ワープロより高いね」
─代わりに買うのは……怒られるかな?
──怒るというか、必要性を感じないでしょうね。
おじいちゃん達にはワープロもパソコンも同じだと思う。
衝動買いには高いし、説得はかなり骨じゃないかな。
─内緒でお小遣いを貯める、にも流石に時間が足りないな……。
──後日弁償するのは検討の余地ありね。
でものちの展開を考えると、コンピューター研究会との因縁は必要……。
せめて強奪場面を少しでも丸く収められるよう、計画を練りましょう。
「当たり前だろ、ワープロなんて化石とは格が違う」
「えぇ……。僕のワープロは現役だよ」
「ワープロ持ってるのか」
「うん。乾電池で動くやつ」
「ということはモバイルか?」
「そうだよ。持ってきてるけど、見る?」
「見せてくれるなら見てやろうじゃないか」
「OK」
鞄を開けて中のものを取り出そうとがさごそすると、ガラガラと教室前方の扉を開ける音がした。
もうHRが始まってしまう。
視線を戻すと、コンピューター研究会の部長はすでに前のめりだった姿勢を正してHRをしっかり聞く態勢になっていた。
─そういえば、コンピューター研究会の部長の名前は?
──原作には名前が出てこなかったの。
─名前は1時限目が終わってから聞こう……。
──昨日、自己紹介をしていたのに。脳内会話の弊害ね。
二人して後ろの席のクラスメイトの名前を覚えていなかった僕たちは、失礼を承知であとで名前を聞くことにした。
******
放課後、職員室に文芸部の鍵を取りに行こうとすると鍵がなかった。
掛けるものを失ったフックだけがひっそりと残されている。
─鍵がない……。
──どこからどう見ても我が部の鍵はないね……。
まさか、そんなことある?
─誰かが間違えた、でもないよね?
──この新学期、新体制の部活なんていっぱいあるからその可能性もある。
でも、文芸部の鍵を勝手に持ち出された可能性だってある。
一応その辺の先生に確認してみましょうか。
「先生、文芸部の鍵知りませんか?」
一番鍵置き場に近い席の先生に話しかけると、めんどくさそうにこちらに振り返った。
「知らないよ、先生の後ろに目はない」
「ですよね……」
「部室で確認すりゃいいだろ。他の部との取り違えだったら誰か聞きにに来たら伝えておく」
「お願いします」
「それ以外は自分で探しな」
「はい、ありがとうございました」
──案の定の結果ね。部室に急ぎましょう。
─昨日会うかもしれなかった二人のどちらかがいるのかな?
──誰もいない文芸部室に入りそうな方が、可能性としては高いでしょうね。
足早に部室棟へ向かい、2階の文芸部室の扉を開けるとその娘はいた。
長机の左奥でパイプ椅子に座り、ハードカバーの本を読んでいるショートカットに眼鏡の少女。
宇宙人──情報統合思念体が造った対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスの長門有希だ。
─肩書き長いね。
──それはそう。やっぱり彼女だったね。
長門有希は扉を開けた人間を一拍ののちにこちらを一瞥し、栞を挟んで本を机に置いた。
立ち上がって1枚の紙を手に取ると、扉の方に歩いてきて僕にその紙を差し出した。
入部届だ。
「長門有希」
差し出されたその紙を両手で受け取る。
そこにはたった一言と同じ機械的な文字が入部届に記入されていた。
──なるほど、昨日部室に放置したままの白紙の入部届に名前を書いたようね。
─でも昨日は誰も来なかったのに、どうして?
「入部希望者?」
長門有希はほんの少し顔を下に向けた。
「どうやって文芸部を知ったの?」
「……」
無感情な瞳が僕の瞳をじっと見てきた。
その瞳はそれを知って何になるのかとでも言っているような気がする。
「昨日の仮入部受付には誰も来なかったのに」
「誰もいなかった」
─すれ違っちゃったか。
──目を洗いに行った間に来ていたみたいね。
「ごめんね、風で目に砂が入っちゃって、目を洗いに席を外してたんだ」
「そう」
「どうして文芸部に?」
「……」
─沈黙が多いね。
──原作開始当初のこの時期は特にそう。そういう娘なの。
「本は好き?」
この言葉には頷いて肯定してくれた。
「書くのはどう?」
首を横に一度振って、また僕の瞳をじっと見てきた。
──銘、自己紹介。
─あ、そっか。質問攻めになっちゃったね……。
「質問ばかりでごめん。僕は枕木銘。2年の文芸部の部長。文芸部は年に一回以上本を書く活動をしてる。でも読む専門も大歓迎だよ。よろしくね」
長門有希はまた小さく頷き、最初に座っていた椅子に戻っていた。
閉じた本を開いて続きを読み進めようとしているが、これだけは聞かなければならない。
「ところで鍵は?」
開いた本をいったん膝に置いて、長机の右奥側を指さした。
そこにはちゃんと文芸部という札が付いた鍵があった。
「ありがとう。職員室に行ったらなかったからびっくりしたんだ。入部希望者の君が持って行っていたみたいでよかった。自由に使ってね」
コクリと頷くと、彼女は読書を再開した。
僕は長机の右手前の椅子に座ってワープロを開いた。
─さて、何を書こうかな。
──始まりの物語の続きはまだ日があるから間に合うはず。
それより今日は作戦会議をしましょう。
─そうだね。宮本のためにできることを計画しよう。
僕たちは白紙のページにGWバイト計画を書き始めた。
GW明けが水曜日になる2003年を基準年と仮定してパソコンの値段を決めさせていただきました。
2003年4月時点で17インチの最新機種は22万〜27万円前後程度らしいです。
銘のワープロは2000年7月発売の物を設定しています。
都合上、コンピューター研究部の部長の名前を「宮本」にしました。
特に名前に意味はありません。
新学期時点で「まくらぎ」の後ろにいそうな名前です。
クラスメイトの名前は呼ばせてください。