ガルバニア鉄鋼公国の神の遣いと苦労人   作:犬山

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第1話・神の遣いってなんだそりゃ

プロローグ

ガルバニア鉄鋼公国の最前線、第三防衛砦の司令室は、文字通り「死の臭い」に満ちていた。

 

「第二、第四装甲小隊、共に沈黙! 繰り返す、魔導信号(シグナル)ロスト! 救援を……、クソ、もう持ちません!」

「右翼の蒸気圧、限界突破! 隔壁を閉鎖しろ! 中にまだ生存者がいる? 構うな、防衛線が崩壊するぞ!」

 

剥き出しの魔力チューブが過負荷で弾け、火花と煤煙が通信室の空気を黒く染める。

指揮官であるキース・ヴァルター少佐は、狂ったように点滅する戦況モニターを、血走った眼で睨みつけていた。モニターが映し出すのは、国境の深い山林を文字通り「蹂躙」しながら進撃してくる、獣化帝国の前衛部隊――三頭の巨大な合成魔獣、そしてそれを囲むように進軍する改造歩兵の群れだった。

 

獣化帝国側からすれば、これは本格的な侵攻ですらない。こちらの防衛能力を測るための、ほんの「小競り合い(牽制)」程度の兵量に過ぎない。

だが、その程度の戦力に対してすら、ガルバニアの誇る「機械人形(ゴーレム)」たちは、ただのブリキ細工のように踏み潰され、引き裂かれていた。

 

「……これが、現実か」

 

キースは拳を机に叩きつけた。あまりの悔しさに、奥歯から血の味がする。

公国を支配する「機械神の教会」の神官どもは、いつも偉そうに『我が国の鉄の技術は世界一であり、機械神の加護がある』と抜かしていた。だが、いざ実戦となればどうだ。教会から軍部に貸し出された機械人形(ゴーレム)は、不格好な魔力チューブを剥き出しにした、蒸気と鉄の塊に過ぎない。重く、鈍く、魔獣の圧倒的な生物的スピードの前には、格好の的にすらなっていなかった。

 

モニターの向こう、最前線のぬかるんだ泥を蹴立てて、第二小隊の『鉄騎兵(アイゼン・ハウンド)』が咆哮を上げていた。キースが訓練学校時代から目をかけていた、若き操縦士ニコルの一機だ。

 

「うおおおおおッ! 墜ちろ、化け物どもがァ!」

 

ニコルの絶叫と同期するように、鉄騎兵の背部ボイラーから狂ったような量の黒煙と蒸気が噴き出す。圧力レバーを限界まで引き絞り、過給圧で軋む鋼鉄の右腕。そこにマウントされた巨大な超振動杭(パイルバンカー)が、激しい火花を散らしながら、突撃してきた合成魔獣の胸元へと突き立てられた。

 

ドンッ! と、肉と骨を粉砕する重低音がモニター越しに響く。

「やったか!?」というオペレーターの悲鳴のような歓声。しかし、硝煙の向こうで笑ったのは、胸を深く抉られたはずの魔獣だった。

 

痛覚を持たない合成生物は、傷口から紫色の腐血を撒き散らしながら、その巨大な三つの顎(あぎと)を同時に開いた。

 

「ア、ガ――」

 

ニコルが次弾の装填レバーを引くより早く、魔獣の筋繊維に編み込まれた無数の触手が、鉄騎兵の剥き出しの魔力チューブを引きちぎった。心臓部への魔力供給が途絶え、ボイラーが悲鳴を上げて逆流する。駆動力を失い、ただの「重い鉄の箱」と化した機体を、魔獣の硬質な爪が容赦なく一文字に引き裂いた。

 

バギィィィィィンッ!!

 

装甲板のボルトが四方に弾け飛び、リベットが激しい銃弾のように周囲の泥へ突き刺さる。超高圧の蒸気が破裂し、鉄騎兵のコックピット・ブロックは、中にいる人間の肉体ごと、ペシャンコに圧し折られて沈黙した。

 

「クソが……! どいつもこいつも、犬死にさせるために育てたわけじゃないんだぞ……!」

 

戦力差は明白だった。これ以上ここに留まれば、砦の兵士は全滅する。

キースが、全軍撤退の苦渋の決断を下すため、マイクを掴み、大きく息を吸い込んだ――その時だった。

 

「――あ」

 

司令室の最上段、一段高く設置された「特別席」から、場違いに可憐な声が漏れた。

そこにいたのは、今回の防衛戦の『戦勝祈願』のために教会から派遣されていた、若き巫女セシリアだった。煤煙すら寄せ付けない純白の法衣を纏った少女は、これまで戦場の凄惨さに怯えて震えていたはずだった。

 

だが、今の彼女は違った。

 

ガタガタと、まるで外部から強大な電流を流し込まれたかのように、セシリアの華奢な身体が不自然に痙攣を始める。

「おい、巫女様!? どうした!」

キースが振り返った瞬間、セシリアの首が、骨の鳴る音を立ててあり得ない角度で跳ね上がった。

 

その目は完全に白目を剥き、網膜の奥で、淡い青色の光――この世界の魔導光とは明らかに異なる、どこか無機質で冷徹な「電子の光」が明滅している。

彼女の喉から発せられたのは、少女の愛らしさなど微塵もない、何千もの機械の駆動音を合成したかのような、耳障りで、冷酷な二重音声(ステレオ)だった。

 

『――天の座より、マッチングサーバーに接続。世界認識(ワールド・ロード)完了』

 

「な……なんだ、この声は……!?」

オペレーターたちが耳を塞ぎ、恐怖に顔を歪める。部屋全体の計器類が、一斉に不規則なエラーログを吐き出し始めた。

 

『――特殊ミッションを生成。対象:ガルバニア領内における敵性生物(ネームド・ターゲット)の駆除。難易度:C。初期報酬:30,000クレジット。弾薬費・修理費は別途精算。これより傭兵の募集を開始する――』

 

セシリアの身体から、圧倒的な質量を感じさせる「圧力」が放射される。それは神聖な魔力などではない。もっと実務的で、事務的で、命の重さなど1ミリも考慮していない、冷徹な『システム』の息吹だった。

 

『――エントリーを確認。レイヴン、がミッションを受託。これより、神託の機体を現地上空へ転送(スポーン)する――』

 

カチリ、と。

まるで世界のスイッチが切り替わったかのような、奇妙な静寂が数秒だけ戦場を支配した。

直後、セシリアは糸が切れた人形のようにガクリと床に崩れ落ちる。激しい恐怖の後にやってきた、陶酔を伴う狂信の笑みをその顔に浮かべながら。

 

「き、キース殿……! 神託です! 機械神様が、我が教会の祈りに応え、天より『神の代弁者』を遣わされました! 救世主が、今ここに降臨します!」

 

「救世主だと……?」

 

キースは、突如として司令室の机の上で駆動を始めた自分の『携帯端末』に目を落とした。

そのガラス画面に、見たこともない文字列が、恐ろしい速度でスクロールしながら浮かび上がっていく。

 

[CONNECTING...]

[USER_ID: KO_KO_SEI_A]

[LOAD_OUT: WEAPON_CHECK_OK]

[MISSION: START]

 

キースの額から、嫌な汗がじわりと伝い落ちた。

この文字列から受ける印象は、教会の言うような「聖なる神の光」などでは断じてない。これは――もっと冒涜的で、命をただの『数字』としか見ていないナニカだ。

 

「……何が、来るんだ」

 

キースが窓の外、硝煙の向こうの空を見上げた、その瞬間だった。

 

大気が、文字通り「破裂」した。

 

音速の壁をぶち抜いたような絶大な衝撃波(ソニックブーム)が砦を揺らし、窓ガラスが一斉に粉々に砕け散る。

何もない上空、高度数百メートルの虚空に、光の粒子が爆発するように集まったかと思えば、次の瞬間には、そこへ数トンの鉄塊がいきなり“物理的に出現”していた。

 

その機体を見た瞬間、キースは息を呑んだ。

 

ガルバニアの機械人形(ゴーレム)のような、武骨な蒸気のロマンなどそこにはない。至高魔導皇国の精密な魔導具とも違う。

それは、あまりにも細く、装甲を極限まで削ぎ落とし、ただ「速度」と「殺戮」のためだけに洗練された、歪なまでに鋭利な、漆黒の異形――。

 

現地の兵士たちも、敵である獣化帝国も、突然空中に現れたその「未知の怪物」に、ただただ圧倒され、動きを止めていた。

 

その、漆黒の怪物が動いた。

背部にマウントされた、巨大で不気味な「鉄の筒」が、機械的な駆動音すらなく滑らかに跳ね上がる。照準を合わせるような予備動作すら一切ない。ただ、銃口が地上の魔獣へと向けられた、その瞬間だった。

 

――カツン。

 

キースの手元の端末が、冷たく、不気味な電子音を鳴らす。

 

[SYSTEM: AP 100% / BOOST OUTPUT MAX]

[TARGET: UNKNOWN BIOWEAPON]

[STATUS: READY... FIRE]

 

直後、世界から「音」が消えた。

 

閃光、ではない。それは空間そのものを焼き裂くような、狂おしいほどの「青白い光の帯」だった。

火薬の爆発音も、魔導の詠唱もない。ただ、空気が激しく電離するバリバリとした怪音と共に、光の槍が地上の合成魔獣へと突き刺さる。

 

ズドォォォォォンッ!!!

 

一瞬遅れて、鼓膜を狂わせるほどの爆音と、地響きが砦を襲った。

着弾の衝撃波だけで国境の山林が文字通り「扇状」に吹き飛び、巨木が消し飛ぶ。さっきまでニコルたちを蹂躙していた、あの強固な皮膚を持つ巨大魔獣の一頭が――上半身を丸ごと「消失」させていた。肉が弾け飛んだのではない。あまりの高熱と質量によって、文字通り蒸発したのだ。

 

「な……に、を……?」

キースの思考が完全に停止する。大砲(カノン)? いや、こんな威力の火器がこの世にあっていいはずがない。城壁を穿つための要塞砲を、あの細い鉄塊は「手持ちの道具」のように扱ったのだ。

 

挨拶も、宣戦布告も、何の一言もない。

物理法則を嘲笑うかのような不気味な無音のまま、黒い機体が、地獄のトップスピードで地上へと急降下を開始する。

 

これが、キース・ヴァルターと、画面の向こうの「名もなき狂人」との、最悪のすれ違いの始まりだった。

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