ガルバニア鉄鋼公国の神の遣いと苦労人   作:犬山

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第3話・必要経費って勝手に取っていくもんじゃないだろ

 

その夜、キースを襲ったのは、勝利の余韻などでは断じてなかった。

胃をきりきりと苛むような、あまりにも現実的で、おぞましい『数字の暴力』だった。

 

「――少佐、大変です! 中央銀行の預かり金から、説明のつかない巨額の引き落としが発生しています!」

 

第三防衛砦の執務室。深夜にもかかわらず、砦の主計兵(経理担当)が青ざめた顔で駆け込んできた。彼が差し出してきたのは、公国中央銀行から電信(ワイヤー)で届いたばかりの、公的資金の監査報告書だった。

 

キースは手渡された紙片を、血走った眼で凝視した。

そこに記されていたのは、キースが前線司令官として管理を任されている、第三防衛砦の「軍事運営予算」の数字だ。兵士たちの給与や、鉄騎兵(ゴーレム)の燃料たる蒸気触媒の購入費が含まれた、砦の命綱である。

 

その莫大な国家予算の項目に、見たこともない奇妙な暗号列と共に、真っ赤なマイナスの数字が刻まれていた。

 

用途の欄には、軍の規格には存在しない [AMMO: -4,200 C] という無機質な暗号コード。

それを見た瞬間、キースの背筋に冷たいものが走った。それは、昼間にあの漆黒の鉄塊が虚空へ消え去った直後、自分の使い古した平凡な電信端末の画面に、一瞬だけ文字化けのように浮かび上がった不気味な文字列に酷似していたのだ。

 

理由はわからない。ただ、あのバケモノの出現と連動して、中央銀行の金庫から一瞬で、かつ強制的に巨額の金が引き抜かれたことだけは確かだった。

 

かなりの金額ではある。だが、明細の他の項目を見る限り、今回はあの異形の機体に目立った負傷がなかった(あるいは、あれ以上暴れ回らなかった)おかげで、これでも比較的「軽め」の出費で済んでいるようだった。

 

「……必要経費のつもりかよ、クソッタレが」

 

キースはこめかみを強く押さえ、毒づいた。

いきなり現れて敵をすり潰し、勝手に消えたと思ったら、なぜか自分の古い端末を経由して、砦の口座から謎の金額を毟り取っていく。もし次の戦闘で、あのバケモノがもっと狂ったように暴れ回ったらどうなる。万が一にでも機体を大破させて、さらに跳ね上がった『謎の金額』をこちらの財布に押し付けてきたらどうなる。

あいつが現れるたびに、こちらの都合も無視して金が吸い上げられるのだ。こんな原因不明の呪いが続くなら、この砦は戦う前に破産する。

 

そこへタイミングを見計らったかのように、公国を支配する「機械神の教会」からの呼び出しがかかった。

 

 

 

拒否権などない。キースは外套を羽織り、重い足取りで砦の地下深く――教会が管理する不気味な地下聖堂へと足を運んだ。

地下聖堂の最奥、鈍く光る巨大な蒸気パイプと不気味な祭壇が設置された密室で、彼女は待っていた。

 

「――お待ちしておりました、キース殿。今日は本当に、大変な一日でしたね」

 

教会の巫女、セシリアは、昼間の狂乱が嘘のように静かな、しかし拒絶を許さない聖職者の笑みを浮かべ、穏やかに世間話を切り出してきた。

 

「そんな退屈な労い(話)を聞きに、わざわざ夜更かししたわけじゃない。用件がないなら、俺はさっさと部屋に帰って寝るぞ」

 

キースがそっけなく背を向けようとすると、セシリアの微笑の温度が、すっと下がった。

 

「……本日現れた、あの漆黒の鉄塊。我が教会では、あれを『神の代弁者』としてお迎えすることとなりました。あれは機械神様の御心を体現する、聖なる御使いなのです」

 

「神の、代弁者ねえ……」

 

キースは振り返り、鼻で笑って聖堂の古い石柱に背を預けた。

 

「悪いが、あいつの存在は俺たち軍人からすりゃ謎だらけだ。言葉も通じなきゃ、どこから来てどこへ消えるかも分からん。だがまあ、あんたらがそれを『神の担当』だって言い張るんなら、それは完全に教会の領分だ。軍部の俺が口を挟むことじゃないな」

 

そう言いながら、キースは外套のポケットの中で、先ほど主計兵から受け取った電信の明細紙に触れた。指先に伝わる紙の感触。中央銀行から引き落とされた、あの理不尽な謎の金額が脳裏をよぎる。

 

あいつは教会の領分。神の使い。

だったら――。

 

キースはふと、目の前の巫女の顔を見つめ、あえて探るような低い声で尋ねた。

 

「なあ、セシリア。さっきも言った通り、あいつのことは謎だらけだが……一つだけ確かなことがある。神の使い様がこの世界で動くには、それ相応の『経費』がかかるらしい」

 

「……経費、ですか?」

 

「ああ。もし、その神の代弁者様が動くたびに、莫大な費用がどこからか請求されるのだとしたら――お前たち教会は、それを全面的に『補充』する準備があるのか?」

 

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