「この度はセンリ様のこと、まことに御愁傷様でした」
黒いスーツに身を包んだ保険会社の男が、アパートの玄関口で折り目正しく頭を下げる。これまで何度も繰り返してきたのが窺える、年季の入った一礼だった。
「……
男が頭を下げた先にいたのは、彼が取引していた男性の娘。今年で十九歳になる彼女は、明るい栗色の毛先を弄りながら問うた。切れ長の瞼と長い睫毛の奥から放たれる光に気圧され、男の頬が一瞬引きつる。
ご遺族を前に悲しみ以外を浮かべるとは何事か。もしも上司と共に来ていたら、帰りの車内でどやされていただろう。幸い今この場にいる社員は彼だけで、彼女の視線も男ではなく、広々とした駐車場の一角に止まる巨大な輸送車を捉えていた。
「はい。『死亡時特約』に従い、
「ありがとうございます。あ、まずは上がってください」
思い出したようにトラックから目を離し、娘は部屋まで男を案内した。
「では、ご本人様確認をさせていただきます。フルネーム、被保険者様との続柄。それから──」
一通り相続の説明が終わると、娘はハキハキと名乗る。
「
「はい……はい。ありがとうございます。被保険者様の登録内容と合致しました。最後に、お渡しする内容及びセンリ様の遺言を改めてご確認ください」
「ふ~。やっと終わりが」
「お手数おかけいたします」
やや疲れた様子で息を吐いたマリは、差し出されたタブレットに映し出された文章を、着慣れないブラウスの首元を正しながら読む。ようやく見られた年相応な振る舞いに、男も少し緊張を解いた。
「これで、やっとあいつらを殺せる」
「はぇ?」
故に彼は、物騒すぎる言葉に間抜けな声を堪えられなかった。
「あ、すいません。お父さん、結構として頑張ってたんですけど、お金はこんなもんか~って」
「え、えぇ。私も心苦しいのですが……」
そもそもパイロットの方は加入をお断りさせていただく場合もございます。命を落とされるリスクが大きいですから。という今は不要な言葉を男は飲み込んだ。
「まあ、重たい持病持ってるのと変わらないですもんね」
今から約百年前、突如として天から降り注いできた「ゾディアクス」によって、火星にまで足を伸ばそうとしていた人類は地球に押し込められた。
現在はゾディアクスと共に観測されたイドラ粒子を用いた兵器「イドラ」が開発され、粒子の毒性に耐性を持った人間がそれに乗り込むことで攻勢を水際で食い止めている。
「こうやって、いつ死ぬか分かんない」
「乱暴に言えばそう、なりますね。とはいえセンリ様は、パイロットとしては破格のご契約内容でしたよ。大変優秀な戦績でしたから」
「そうなんでしょうね。──はい、間違いありません」
壊れかけのイドラ一機と、保険金の六百万ミダス。それが、センリの死に付けられた値段であった。
「サインする前に、イドラを直接確認させてもらっても?」
「もちろんです」
二人は駐車場の奥に停められた輸送車まで移動する。トレーラー部分だけで高さは優に五メートル以上あり、分厚い鈍色の側壁が外界の干渉を拒絶していた。
男がトレーラーにタブレットをかざすと小さく電子音が鳴り、トレーラーの右側が鳥の翼のように上に開いていく。
「──」
マリは微かに息を飲む。中から姿を現したのは、窮屈そうに膝立ちで丸まったイドラ。エッジの効いた胴体の背面に大きなブースターを備えた高機動型で、純白だった塗装には剥がれやくすみが目立つ。一本角のような頭部センサーも中ほどで折れ曲がっていた。
武装は腰の後ろにマウントされた変形式の粒子突撃銃刀【紫電】のみ。職人気質なセンリを表すようなシンプルさだった。
「機体は中破状態。ご遺体も見つからず、さらに蓄積されたセンリ様のパイロットデータが何者かによって抜き取られていました。申し訳ございませんが、動作はリセットされてしまっています」
「あー……。そういう盗難被害、聞いたことあります」
引退あるいは死亡したパイロットの操縦データはそのまま後継者に引き継がれるか、製造元に回収され次世代のイドラ製造に活用される。
しかしセンリのようなベテランパイロットのデータはイドラの手軽な強化パッチとして裏で高額取引されている。それ目当てに戦闘後のエリアをうろつく火事場泥棒もいるほどだ。
「分かりました。ん、しょっと」
男の説明に頷いてからマリはイドラによじ登り、慣れた様子で足、腰、胴、腕、頭の各パーツを目視で確認していく。パイロットとしての知識を蓄えるべく、イドラ整備工場でバイトに勤しんだ成果であった。
「えーっと、関節は大丈夫そう。コックピットは、どうにか開閉だけね」
イドラ粒子のブレードで叩き斬られたのか、首から胸にかけて大きな裂傷が見られる。コックピットが格納される下顎の装甲も相当の熱と衝撃を受けて歪んだのだろう、開閉の際に軋みを上げる。この斬撃がセンリの死に繋がったことは容易に想像できた。
コックピットに乗り込んで照明を点けたマリは黒いシートにぴったりと背中をつけ、気付く。このままでは重要な機器に手が届かない。
「お父さん、背高かったもんね」
シート位置の調整レバーに手をかけ、それが父の痕跡を消す行為だと気付くマリ。しかし先ほど読んだセンリの遺言にはそんな彼女を見透かしていたように「機体を継いだ時には、必ずお前の都合を優先しろ」と言いつけがあった。
「……安心して、お父さん。私がお母さんを守るから」
亡くなった父にそう返事をして、マリはレバーを引く。くぐもった駆動音と共に前進したシートが、マリの背を押した。
「導いて、【ポラリス】」