もうもうと立ち上る白煙に見え隠れするポラリス。その様子を、上空から一機のイドラが観察していた。
「まず助けてから話を、と思ってたけど……。間違いない、『
彼の愛機【サトリ】の優れた感知機能が、内地の方角に数機のイドラを捉える。
「内地の連中やな。何で僕より遅いねん……」
その動きのトロさをボヤきつつ、ナズマはポラリスに接触するために高度を下げる。
「──上!」
しばし初陣の感慨に浸っていたマリは、モニターに表示された生体反応で我に返った。振り返ると、ピアノ線のような細い光を幾筋も従えたイドラが降下してくる。全身を覆う黒と紫の装甲は「羽織袴」と呼ばれた旧日本国の伝統衣装を模しており、腰回りを白く太い帯状の装甲が引き締めている。巨大な日本人形とでも言うべきシルエットであった。
光の筋の正体は、頭部に搭載されたワイヤー兵装【五月雨】。数十本のワイヤーにイドラ粒子を通して束ねることで、ゾディアクスの捕縛や寸断は勿論、周辺の探索など様々な用途に使用できる。
「サトリ? しかもあの白ベルト、最新モデル……」
『よう勉強しとるねえ』
「ぅわっ!?」
想定外の距離から肉声が聞こえ、マリは跳び上がる。
『お、届いた届いた。やっぱ粒子適性が高い子は話しやすいわぁ』
「粒子通信……。頭のワイヤーから?」
『せや』
凄いやろ? 通信越しにドヤ顔が見える口ぶりのナズマに、マリはクールダウンの済んだ頭で冷静に問う。
「まあ、凄いけど。どちら様?」
『こーれは失礼。僕は雲飼ナズマ、
「外地部隊の大手? 何で私の名前知ってるわけ」
『エイジス損保の根越さんは知っとるやろ? あの人に救援を頼まれたんよ。随分と心配しとったから、後で連絡しときや』
「……ハイ」
ナズマにとってはネゴシの心配などどうでも良い話だったが、マリには思いの外鋭く刺さった。バツの悪そうな返事に性根の素直さを感じつつ、ナズマはポラリスをつぶさに観察する。
『で、君のイドラは……よう墜落せんと頑張っとるねぇ。装甲はボロボロ、ケーブルもズタズタ、スラスターの出力も不安定になっとるし』
ボーダーブレイクも解除された今、ポラリスは再び機能不全に陥っている。マリは当然のようにこなしているが、その辺のパイロットでは反重力場を安定させることすら難しい状態であった。
あっさりと損傷具合を診て取ったナズマに、マリは少し不信感を和らげる。
「分かるの?」
『僕、一応イドラに関する研究者でもあるんよ。雲飼って苗字は聞いたことあるやろ?』
「雲飼……
雲飼天道。イドラの初期設計にも大きく貢献したイドラ粒子研究の第一人者で、一万ミダス紙幣の肖像にもなっている。
『その人な、僕のお祖父ちゃんやねん。その後を継いで……ってほど優秀やないけど。僕もイドラに携わっとるっちゅうわけ』
「へぇ……。で、そんな凄い人が何の用?」
『君、ウチの会社に入ってくれへん?』
ようやくナズマは本題に切り込む。
『イドラの修理も就職も一石二鳥。どや?』
「……理由を聞かせて」
『君にパイロットの才能があるからやん。他に何があんねん』
「嘘」
『えっ』
「って言ったら流石に失礼だけど。何か隠してるでしょ」
イドラ粒子による通信は声だけでなく、意思そのものをも伝播させる。マリの粒子適性は、ナズマの言葉に覆われた本音をおぼろげながら感じ取っていた。
『……かなわんなぁ』
ナズマは深く息をつき、自身の目的を語る。
『笑わんといてな。僕、夢があんねん。宇宙に行くってね。お祖父ちゃんと約束したんよ』
マリは、黙って続きを促した。
『宇宙には、地球の比じゃない量のイドラ粒子が存在しとる。そこを探索するには君みたいな……
「革命種。私が?」
『さっきのボーダーブレイクで確信した。君の粒子適性は常軌を逸しとる』
天道が健在だった時代には、まだ存在する可能性がある止まりだった革命種。しかしイドラ粒子適性を持つ者の増加に伴いその信憑性は増し、最近の研究者間では誕生も間近、あるいは既に誕生していると囁かれてきた。
『革命種は人類とイドラ粒子を結びつける存在や。能力が完全に開花すれば本人だけやない、
「人類全体、を……」
祖父が追い求めていた存在が、目の前に現れた。絶対に、他に取られるわけにはいかない。ナズマはコックピットを開け、その身を晒す。稲妻のようなメッシュの下には、やんちゃそうな口ぶりを裏切る優しげな眼差しがあった。
「頼む、ウチに来てくれ! ウチは外郭防衛の大手や、待遇は保証する。君にとっても悪い話ではないはずや」
「……」
とある可能性に考えの至ったマリはやや長い黙考の後、意を決したように自身もコックピットから出る。風を振り払うように栗色の髪をかき上げた後、強い意志を込めて瞳の中央にナズマを捉えた。
「革命種の力について。一つだけ教えて」
「僕の知識と権利の範囲なら、何でもええよ」
「『人類全体をイドラ粒子に適応させる』ってことは、粒子中毒も治せるの?」
母ナユタの治療。現在の技術では、今以上に悪化しないようイドラ粒子から隔離するのが精一杯。しかし、根本的な治療が望めるのなら。
「分からん。治療できない根拠はないけど、今の段階でできるとはよう言わん」
「……そう」
ナズマの言葉に、最初のような誤魔化しは感じられなかった。
できないとは言われなかった安堵と、何も分からなかった落胆が入り混じったマリの相槌に、どこか悔しさを堪えたような口調で謝罪が返ってくる。
「ごめんなぁ。けど嘘はバレてまうし……大事な人なんやね」
「うん。正直に答えてくれて、ありがとう。治せる可能性はあるのよね」
「何も試してないから否定材料はない、ってだけやけどね。ただ」
「ただ?」
「どのみち今の技術で粒子中毒は治らん。そして君が革命種として花開くためには、イドラ粒子にぎょーさん触れるしかない。この二つは確実に言える」
粒子適性は、イドラ粒子に繰り返し触れることで高まるということが分かっている。革命種といえど人間である以上、それに関して例外ではいられない。
さらに、今のマリが母親の治療に役立てる可能性はゼロだ。マリはその事実をもう一度嚙み締め、頷いた。
「分かった」
「お。来てくれる気になった?」
「お母さんを助けたいの。それに繋がるなら」
「立派な目標やん。僕も協力さしてもらうで」
「それは、あなたの夢のため?」
「そらもう。僕の夢を叶える一番の近道や、キリキリ働いてもらうで」
おどけた調子に戻った声と共にナズマはコックピットに戻り、サトリの右手が差し出された。それをポラリスがガッチリと握り返す。
「お世話になります」
「こちらこそ、よろしゅう」
遅まきながらやって来た内地部隊に捕まる前に、二人は急ぎその場を離れ、外郭部に向かった。