「ん…んぁ……?」
(あれ?なんだか重力の感じ方が変じゃない?これは…横になってる?今日はいつだっけ?どっからだっけ?まぁいいや。まずは起きて現状確認……。)
何故だか最後に使った枕より心地よく感じて、名残惜しいく感じて休眠状態を維持していたいところだが、現状把握を優先するために目を開けて上体を―――起こそうとした。
「あだっ!」
「うにゃっ!」
目を開けて起き上がろうとしたところ、桃色の何かとぶつかり、柔らか枕へリターンする。
せっかく甘い誘惑を振り切って起き上がったというのに、なんて残酷な事をするのだろうか。
これにはさしものアヤもにっこり…ではなくムッとする。そんな自分の努力を無駄にした相手に文句を言うべく再度、強靭な意思*1でもって起き上がる。
「はぁー!?あーしがせっかく超絶美少女に黄金の精神とかいう、天が二物を与えた究極最強の意志力で、魅惑で誘惑的な枕から逃げきったというのに、それを邪魔するのはどこのどいつですかー!?」
”なんて自尊心の高い娘なんだろう…。”
「良かった、元気そう。」
ブチギレながら起き上がると、まず視界に入ったのは先生とシロコっさん。呆れ顔の先生には後で紅茶に下剤を仕込んで粛清するとして、気になるのは視界の隅っこで額を抑えて蹲っている桃色の塊。
それを見てスーパーA.IのA.Y.Aちゃんに搭載された超高性能な脳味噌は色々な失敗を悟る。
「ギョワァァァ!!
「おおー、若いからかおじさんと違って元気だね~?色々君には聞きたかったけど、今ので聞きたいこと増えちゃった。」
「アヤがおかしくなった…やっぱり強く頭を打ったから?」
得体の知れない圧を出し、にっこりと笑うホシノに対して、さらにエラーを重ねるポンコツAIのA.Y.A。深くトラウマを刺激されたせいで取り繕うことは出来ず、小さい地雷を踏み抜く。
姦しい少女を目の前にして、現状を正しく判断で来ているのは先生のみという、カオスなワールドが出来上がってしまっていた。
「魅惑で誘惑的な枕って…私の膝枕そんなに良かったですかー?」
「はい゛!すごくよ゛かったです!またお願いします!」
”私もぜひお願いしたいです。”
「そこはおじさんの特等席だからダメだよ~?」
”そんなぁ。まぁしょうがないか。とりあえず現状を軽く説明しておくよ。”
このままでは話が進まないと思った先生が、アヤが気絶している間に進んだ事、分かった情報などを共有していく。それによりアヤは己の失敗を悟るが、とりあえず先生が生きているので問題ないと些事として聞き流していた。この少女からすれば現在時刻さえ分かれば序盤に限り、説明など殆どいらないからだ。
だが現状が分かっても、アビドス組の…特にホシノの様子がおかしいことが分からない。何か失敗しただろうか?まるで分らない。先の模擬戦は確かに想定外ではあったが、手札のカードは一切見せていなかったから余計に。
本気で彼女を倒すのならば手札を2枚切らねばならないが、そんなことをするメリットは今現状はない。勿論たった2枚で本気になったホルスを沈められるかというのは、不安が残るのだが。
「…つまりアビドスには莫大な借金がございまして、それが復興の妨げとなっている……現状それを解決することが難しく、お困りになっているということでしょうか。」
”そうだけど今更取り繕っても遅いと思うよ?”
「おじさんも仮面付けられるのは好きじゃないなー。なんだか
”多少はね。少なくとも皆の前での言動が本性じゃなくて、仕事するときだけにする言葉使いって事くらいは。”
「ふーん。じゃあこっちの状況説明は終わったし、今度はそっちの番ね。嘘つかないで心して答えて欲しいなー?単刀直入に聞くよ。―――君、何者?」
静寂。いつもの軽い言葉使いで発したホシノの一言に、その場にいた人間すべてが世界から音が失われる錯覚に陥る。そしてそれは質問を投げつけられた少女も同じであり、あからさまな動揺が見て取れた。最初から疑いを持っていたホシノはそれを見逃さず、さらに詰問していく。己を納得させるために。
「な、何者ってアヤちゃんは、連邦捜査部シャーレの完璧美少女事務員なんですけど!それ以上でも以下でもないんですけど!」
「やっぱりそっちが素なんだね。いやね、君さ、あまりにも体重が重すぎる。
「先輩、女の子にその言い方はちょっと…。」
「それは、ごめん。言い方を変えるね。なにを隠し持ってるの?」
これはマズった。この言い方は私の体重が見た目通りじゃないって気が付いてるっぽい。あれかな、気絶して運び込むときにでもバレたかな。確かにこの身体は器として使うには丁度いいからと、名もなき神々の王女…のちに先生と出会うアリスの失敗作をかき集めて作った模造品だしね。
神々の王女という用途は模造品であっても神と親和性が高い。それは内なる神でなければ猶更だ。
余談だが、私が狐の容姿を取り入れているのは、これも器として、使者としての親和性が高かったりするというのもある。
しかし彼女…アリスとの決定的な違いは完成品と失敗作という事ではなく、「神秘と魂の有無」。
人が人足らしめるのは、魂の活動があるが故。ではその魂の活動とは何か。
これは単純だ。「生を謳歌する」。ただこれだけだ。その生を謳歌するためには、食べて、寝て、繁殖する。そういった様々な欲を満たすことが必要となる。
だからこそ魂には肉体が必要で、肉体には魂が必要なのだ。生命の相互補完と言ってもいい。片方なくしては生物足りえない。これはそうゆう問題なのだ。
では私はどうなのか。この世界由来の存在でない為、神秘は1mmも備わっていない。
しかしこれは問題ない。目の前のしかめっ面のアホが該当するからだ。
肉体は完全な形でなくても、生命として世界に認識されるが、魂だけは不定であってはならない。
だからこそ分霊であり、化身としての役割を持っていた私は、このキヴォトスにおいて生命と定義されていない。私には権能でテクスチャは弄れても、テクストは弄れなかったのだ。この繰り返される世界で、私だけが記憶を保持できているのは、生命と定義されていないおかげでもあるのだが。
閑話休題。
バレてしまったようだけど、まだ決定的な部分に気が付いたわけでないっぽい。であれば問題ないね。今までも体重には遅かれ早かれ誰かしらにバレるし、対策も用意してある。
ふふふ、数多失敗してもその失敗に対して対策を講じてある。あたいってばサイキョーね☆
「女の子に重いとか酷いっ!これが男だったら責任取って結婚してって言うけど、女の子同士だから勘弁してあげるし!あーしの寛大な心に感謝してほしいんですけどー!」
「…いいから答えて。」
「あーはいはい分かりました、分かりましたってば!そんな睨まないでよちゃんと教えるからぁ!」
「んー、そうだなぁ。先生―――は何か嫌だし…ノノミさんとセリカさん、あーしの両足引っ張って?んでシロコさんは私の体押さえてほしーんですけど。」
「何する気?」
「だからそんなカッカしないでってば!剥げるよ?」
「は?」
「ぎゃぁぁ!まじごめんなさいもう生意気言いません!!だから早く引っ張って!とりまそれで分かるから!」
私の指示に困惑しながらも3人は言われた通りに動く。するとガチッという音が鳴り響き、両足が太もものあたりから
「きゃぁぁぁ!!あ、足!取れちゃった!ごめんなさい!」
「び、びっくりしましたー!これは…義足?なるほどー、ホシノ先輩の言う重いってこの事だったんですねー☆」
「ん、確かに上半身だけの方は見た目通りの重さしかないかも。でもちょっとホラー。」
突然のスプラッタにパニクるセリカをよそに、納得の声を上げる2年生組。尚、アヤネは無言で気絶してしまい、先生が横にして休ませる。
今までのループ経験から私の重量過多は絶対バレる。ならばと生み出したのがこのトカゲの尻尾作戦だ。体内のナノマシンを圧縮して、脚部に集めてから切り離す。これで中身がスカスカになった上半身は軽く、密度の上がった足は見た目からは想像できない重量になる。
一応辻褄を合わせるために、同じ形のものをミレニアムで作ってもらっている。使っていないが。
そしてこれには自分で言い出したこととはいえ、人が明確に隠している事情を、無理やり暴いてしまったせいでホシノの顔が曇る。先生も自分の事のように悲しそうな表情をする。
(そんな顔しなくたっていいじゃん。どうせ嘘なんだし。嘘を嘘とばれにくくするには一部真実を混ぜるといいって、マジ真理よねー。)
「ごめん。知られたくないこと無理やり言わせて。」
”私も配慮が足りなかったね、ごめん。でもこうして教えてくれたことを私は嬉しく思うよ。”
口々に謝罪をするが私にとっては好都合。このついでに色々納得させちゃおう。
え?人の心がないんかって?自分人じゃないんでどうでもよろし☆
「あー、まーじ知られたくなかったんだけどー。だからロングスカートとか好んで着てたんだけどー。シャーレの椅子も、長時間座ってるとしんどくなるから、寝転んで仕事してたんだけどなー!あー、ポテチ1カ月分の山とか、急に見たくなってきちゃったんですけどー!あーどっかにないかなー!!」
「……くっ!」
「いろいろ事情に対して同情したのに、屑に見えてきたせいでそんな感情も引っ込んだんだけど……。」
セリカさんや、それはどうしてだい?ポテチはあればあるほどいいでしょうが。
ま、同情的に思うのも勝手だけど、この程度の事で一々感傷的になっていたらこの先来るかもしれない悲劇で動けなくなっちゃうよ?だからこの場合は悲しそうな顔をするんじゃなくて笑い飛ばすのが正しいのさ、ねぇ小鳥遊ホシノ。
なんて無理だろうね。心優しい彼女たちはこれすら嘘だとは気が付けない。だから私は先生を生かすためにその優しさに漬け込む。私にそんな人に本来備わっている優しさなどないから。
あー、似たような事は
「人が人である限り、あなたの思考には真の意味で辿り着けない」だっけか。分かったようなことを言いやがって糞が。
「じゃあ足返して?先生の足に対する視線が、欲情的で変態っぽくてまーじキモリだからー。あ、逆向きとかやめてよ?やったらひどいかんね!」
静かになってしまったホシノに目もくれず、短くなった足をバタバタさせて再装着をせがむ。
すると興味を持ったシロコっさんが付けたり外したりする。…君はもう少し人の心を学ぶべきだとあーしは思うのだ。
「それでー?あーしに聞きたいことってそれだけな感じー?」
完全にしょぼくれたホシノに挑発的に声をかけるが、自責の念からか元気はなく、追加の質問はなかった。その後も、この場の空気が完全に死んでしまっていたせいで、これ以上の会議などできるはずもなく、その日は解散となった。
尚、先生と私は、シッテムの箱に記録された最短安全ルートを取って、今度は遭難することなくシャーレへと帰る事が出来たのだった。
余談だが、帰ってきた際にこの数日で、仕事が溜まっていることを恐れていた先生ではあったが、アビドスに赴く前にやった地獄の量は、この数日不在になるのを見越して先に進めた分だと伝えると、泣きながら感謝していた。はっはっは、もっと感謝しろ愚民が。
次の日。私たちは昨日進める事が出来なかった話し合いをするために、またアビドスを訪れていた。すると学校へ向かう途中、セリカを先生が発見するのだが、相手はまだこちらに気が付いていない。それを好機と捉えたのかは分からないが、一人住宅街を歩くセリカに先生は忍び足で後ろから近づいていった。
”おはようセリカ!今日も可愛いね!!”
「きゃぁぁぁあああ!!??」
”おわぁぁああ!?”
案の定、突然耳元であいさつされて驚くセリカ。そしてまだ一年生とはいえ、この荒廃したアビドスで生き残ってきた実力の高さを見せつけられてしまう。
先生の行動に驚いたセリカは、半ばパニックになりながらも反射的に後方へ回し蹴りを放ったのだ。しかし先生はある程度予想していたのか、おっさんの体で許す限りの速度を使い、ぎりぎりでその回し蹴りをしゃがんで回避する。
(うーん、中々いい蹴りだけどスカート短いんだから足技は…ああ、そういえばスパッツ履いてたっけ。)
「ななな、なにすんのよ!!」
”やぁ、おはよう。今日もいい足だね。学校に向かってたんだけど、途中でセリカ見かけたからさ。あいさつしただけだよ。今日もいい足だね。”
うっわ、キモすぎ。セリカさんはびっくりしすぎて、何言われたか頭で整理しきれてないけど、私は聞き逃さない。2回も言うなんてそんなに大事な事なの?コイツ足大好きすぎかよ。
そしてイオリさんの足だけじゃないのか。いや、あれはあれで別格なんだろう。どの世界でもあの褐色の足だけは先生愛してたし。
「おはようございます。先生がお話しした通り、私どもは学校へ向かう途中でございました。先生の悪戯を擁護するつもりはございませんが、よろしければご一緒にいかがでしょうか。」
「え?ああ、おはよう。足は大丈夫なの?」
「お気遣いいただき、ありがとうございます。しかしご心配には及びません。何年も経ちますので、あのようなことには慣れておりますゆえ。」
「そ。ならいいけど。それと私は一人でいたいの。一緒に登校するほど仲がいい訳じゃないから勘違いしないでくれない?」
そう言ってツカツカと離れて行ってしまうセリカさん。確かこの後は先生が彼女に付きまとって、バイト先を特定する日だ。であれば先生に危険はまずないとみていい。……先ほどみたいにちょっかいかけすぎなければ、だけど。
ならばと突然降って沸いた問題に対処するために、先生を彼女に押し付けてその場を離れることにした。―――残念だけど今はやらせないよ。
「申し訳ございません。少々用事を思い出してしまいましたので、私はこれにて失礼いたします。何かございましたら、お気軽にお呼びくださいませ。」
”え?あ、うん、気を付けてね?”
そのまま振り返ることなく私はその場を離れる。遠目で此方の様子を窺う馬鹿どもに対処するために。王女由来の高性能サーチ舐めんなよー?バレバレだし。
先生から見えなくなった位置で走り、即座に問題児どもの目の前に到着する。
さーてさて、こんな朝っぱらから襲撃とか何考えてんだろ。本来は比較的ランダムエンカウントの不良だが、こいつらは違う。時間こそバラつきがあるが、セリカさんを攫うのは何度やっても必ず発生するイベントだが、今回は朝一で来た。
こんな明るい時間帯に、住宅街でとかガバガバすぎる。いくら何でもお粗末だ。しかしそんなことは目の前の屑共には分からない。
あはっ、分かってたらもう少しマシな稼ぎ方するじゃんね?だから適度に折るね☆
それほど戦闘の強い私ではないが、この程度の雑魚どもに後れを取ることはまずない。
では何が問題なのかと言えば、いくつかある。
まずは一つ、先生の前で攫おうとすること。これによって対策が講じられてしまい、尚且つセリカさんも警戒するので人攫いイベントが発生しなくなる。もしくはタイミングが悪くなる。
二つ目。まだ親睦が薄く、あまり信用のされていない先生が近くにいて襲撃されると、シロコっさんとホシノさんが、少しだけ疑いの視線を向けるようになる。この少しが後で響くのだ。
三つ目。以上の事からセリカさんには攫われてもらわないといけないし、先生にはその解決をして信用と実績を埋めてもらわねばならない。だから今行動を起こされると困るのだ。
蹴散らすのは難しくない。だがここで心が折れて夜に行動を起こさないようでは、それはそれで困る。だから適度にボコり「今ではない」と思わせる。めんどくさいね、げろ吐きそう。そんな機能ないけど。
「ふぅー、こんな狭い道で屯してるとか、邪魔なんだけど―。あっ、そんな人の迷惑とか考えられないからやってるのか!ごめんねー、あーしが理解足らなかったわ!めんごめんご☆」
「なんだと、クソガキ。」
「ずいぶん言うじゃねぇか。覚悟はできてんだよな?」
はい。適当に煽って戦闘を発生させます。こいつら頭も精神力も弱いから、適当に罵れば私を無視できない。そしてそのポッキーよりも折れやすい精神を折らないために、手加減に手加減を重ねて丁寧に追い返す。これには大分時間を使った。
「くそっ覚えてやがれ!」
「はぁ、はぁ。お、一昨日きやがれー☆」
よし。これでそれっぽく苦戦して撃退できた。
はぁー、疲れた。せいぜいトッポくらい硬い志持ってから出直せってんだ。え?ポッキーもトッポも大して変わらない?何言ってんの、トッポはこいつらと違って中まで芯のチョコがたっぷりだ。*2
後は暗くなればボスにどやされてセリカさんを攫いに来るだろう。あとはそれを先生が上手く解決するだけ。私がそれっぽく補助して。
たっはー!簡単じゃんね!クソ雑魚な先生をうまく誘導して解決させるのは!*3
その後無性に食べたくなった柴咲ラーメンに、セリカさんのバイト時間が終わってから行く。
食べなくても活動可能な器だが、それはそれ。おいしいものは食べたい。ほら、神に捧げられるのはいつだって生贄かおいしいものだ。だからこれは私への貢物として受け取るのだ。ちゃんと金は払った。
それから会計を済ませて退店するのと、先生からの呼び出しがかかるのはほぼ同時だった。
補足
気絶した主人公ちゃんを運んだのはノノミちゃんです。
主人公ちゃんは任意で重量バランスを変えられますが、ノノミは重心が足でなく全身が重いという事に気が付きませんでした。ホルスだったら気が付いた。
今回取り外した足の重量は合計110キロ程。残りの上半身を合わせれば主人公ちゃんのおおよその体重が分かります。尚、口にすると寝ている間に主人公ちゃんに、頭を角刈りにされます。
ティーパーティー組とリンちゃんは、アヤが足が取り外しできて、やたら重い事を知っています。
頭部以外は大体外せる。頭部を外すと「人の形」として世界から認識されなくなるため、器として弱くなるから。
Q:
あの女?
A:
あの女はあの女。シッテムの箱の中で職務放棄したあの女。