ある銀行の・・・   作:適当でいいです

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第10話

「……なるほど。これが他行への『防波堤』になるわけですか」

 

新調された第2融資課のデスクで、私は連合が作成した適性検査の実施要領を眺めていた。

 

日本全国の地銀と提携信金による、ほぼ同時のハイブリッドローン応募受付。

あまりのタイミングの一致に、ネットの隅々や一部の鋭い市場アナリストは「裏で何かが繋がっているのではないか」と邪推し始めてはいる。

だが、世間一般はまだこれを「地銀連合」という一つの巨大な生命体としては認識していない。ただの「法改正に合わせた各行の横並びのトレンド」として処理されている。世間とは、往々にしてそういうものだ。

 

そして案の定、フットワークの軽さだけが取り柄の「連合外」の類似銀行たちが、こぞって似たような商品を発売し始めていた。

 

「他行が真似をしてくれて、むしろ好都合ですよ」

 

樫村課長は、お気に入りの万年筆を弄びながら冷ややかに笑った。

 

「金融庁の建前は『投資リスクのために検査せよ』という一点のみ。だから、中身のない他行の類似商品は、適当なペーパーテスト一枚で『投資リスクを理解しました』とサインさせて終わりだ。……だが、我が連合は違う」

 

そう、連合のハイブリッドローンが他行の劣化コピーと決定的に一線を画すのは、あの足利の実験から一貫している『本業(事業経営)の適正も検査する』という鉄の思想だ。

そのために事業経営のテキストもテストも用意されている。

 

法律上、検査の方式は各行の裁量に委ねられている。連合加盟行では、独自のテキストを作成し、章ごとに1時間の講習会を緻密に設定した。

 

参加者はネット、電話、窓口で空いている枠を自由に予約できる。

1章から順に受ける必要すらなく、タイミングが合う章からバラバラに受講しても、最終的にすべての章をコンプリートすればいいという、スマホ時代のユーザービリティに最適化された設計だ。

 

そして講習をすべて終えた後に待つのは、他行のような投資テストだけではない。「事業経営テスト」という、本業の歪みや経営者の知性を丸裸にするもう一つのテストが牙を剥く。

 

「この二つのテストをパスして初めて適性検査は通過となる。そして――」

 

私は手元の業務フローを確認した。

 

「顧客がこの面倒な講習とテストをせっせと受けている間に、裏では通常の融資審査(財務状況や担保の評価)を完全に並行して終わらせておく。両方合格した瞬間、タイムラグなしで即座に1.5%の融資が実行される仕組み(パッケージング)だ」

 

「その通り」と樫村課長は頷いた。

 

「他行の類似商品に流れるのは、ただ『楽をして博打がしたい』だけの無能な経営者だ。そんなゴミは他行に押し付けて、破綻させておけばいい。我々は、この面倒なステップをきっちりクリアできる『規律』と『知性』を持った優良な駒だけを、このインフレ地獄から救い上げ、システムの一部にする」

 

窓口では、早くも講習会の予約を入れる電話が鳴り響き始めていた。

一見、顧客の利便性を考えた親切なステップ。だがその本質は、連合の「神のシステム(ジャストインタイム物流)」に組み込むに値する人間かどうかを分ける、あまりに冷酷なフィルターだった。

 

「課長! 申し込みが止まりません!」

「受講枠の申請が、窓口とネットでバッティングするトラブルがもう20件も出ています!」

 

第2融資課のフロアに、システム部と窓口からの悲鳴のような報告が響き渡った。

 

講習会のための講師や案内係といった人員は、事前に連合のバックアップによって完璧に手配されていた。本店だけでなく、各支店の空いている応接室や会議室をフル活用する手筈になっており、その部屋のキャパシティから逆算して、配置すべき人員の数も精密に弾き出されていたはずだった。

 

計算のロジックは完璧だった。

だが、連合のブレインたちが致命的に計算を狂わされたのは――

 

「想像以上の反響ぶり……いや、この街の『人口密度』を甘く見ていたか」

 

私は殺気立つフロアの真ん中で、手元の端末に次々と表示される「エラー(重複予約)」の赤文字を眺めていた。

 

ここは兵庫県神戸市。人口150万人を抱える大都市だ。

過疎化が進む地方とはわけが違う。栃木県『全体』の人口に匹敵する数の人間が、この神戸という極めて狭い経済圏に密集して生きているのだ。

 

栃木B銀行であれば、広大な県内に分散する支店のキャパシティでこの初期衝動(アクセスの集中)を分散し、じわじわと吸収できただろう。だが、新設されたばかりの我が神戸E銀行の本店機能は、この大都市特有の圧倒的な「面」の圧力に耐えきれず、完全にパンクしかけていた。

 

「大山係長! 10分後に予定されていた第3章の講習、部屋の定員10名に対して15名が押し寄せています! どうしますか!」

 

「……温厚に、穏便にな」

 

私は引きつりそうな顔をなんとか笑顔に固定し、真新しいパイプ椅子を両手に持って立ち上がった。

 

「廊下に椅子を並べろ。スピーカーの音量を上げて、全員に声が届くようにするんだ。せっかくインターホンを叩いて興味を持ってもらった顧客(カモ)だぞ。一人も帰すな!」

 

私が叫び、パイプ椅子を掴んで走り出そうとしたその時、背後から冷徹な声がそれを止めた。

 

「待ちなさい、大山さん」

 

振り返ると、樫村課長が凍りつくような視線で私を見つめていた。

 

「課長、しかしこのままでは溢れた顧客が――」

 

「溢れたなら、次の枠に回せばいい。君の案を実行すれば、廊下に溢れた顧客に『室内のスライドが見えなかった』『漏れ聞こえる声を聴いただけだった』と言い訳を許すことになる。それでは、適性検査の厳格性が担保できない」

 

樫村課長は机の上の『マニュアル』をトントンと指先で叩いた。

 

「そんな雑な講習でお茶を濁せば、ペーパーテスト一枚でサインさせている他行の類似商品と、我が連合のローンの価値が同等に成り下がってしまう。おもてなしの精神など不要だ。必ず、スライドを含めて室内で、完璧な統制の下で講習を行うこと。それが連合の鉄則だ」

 

樫村課長の言葉は、すなわち地銀連合の最高意志。信金時代の「現場の融通」は、この合理の化け物の中では通用しない。

ならば、この頑ななルールを破らずに、大都市特有のトランザクション(処理件数)を捌く別の最適解を出すしかない。私は脳細胞をフル回転させ、即座に修正案を弾き出した。

 

「……分かりました。では課長、システム部に頼んで、現時点でのネット、窓口、電話の『申請数のリアルタイム比率』をカウントさせてください。たとえばネットが7割、窓口2割、電話1割なら、各講習の座席キャパシティをその比率で完全に切り分け、それぞれの申請方法『専用の空席(クォータ枠)』をシステム上でロックします。バッティングしている20件は、比率の偏りによって生じたシステムエラーです。枠を分離すれば、二度と重複は起きません。これでどうでしょう?」

 

一瞬の静寂の後、樫村課長の口元がかすかに緩んだ。

 

「……それならよろしい。すぐにシステム部にコードを書き換えさせなさい」

 

私は小さく息を吐き、受話器を掴んだ。

温厚なフリをしていても、私の体には「地銀連合」の冷徹な血が確実に馴染み始めていた。

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