ある銀行の・・・   作:適当でいいです

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第13話

メガバンクや地銀の最上位層(ファースト地銀のトップ)は、この類似商品の乱造劇を前に、不気味なほど静かだった。

 「そんな面倒な処理や手続きが必要なローンなど不要」と切り捨てているのか。それとも、目先の利益に釣られてザル商品を乱造したバカどもがどう自滅するかを、高みの見物で観察しているのか。

 

理由はどちらでもよかった。とにかく、大手が表立って動いていない今のうちに、取り込める優秀な顧客はすべて我々のシステムに取り込む。それだけだ。

 

このハイブリッドローンが、他行の類似商品と決定的に異なる最強のエンジン。それは、足利の田中さんたちをはじめ、全国で秘密裏に行われていた実験によって100%の成果が実証された『投資益の20%以上は、必ずゴールド(金現物)を購入して自行の金庫に預託する』という鉄のルールだった。

 

前にも説明した通り、これは銀行側にとっては保管・売買手数料で中抜きできる美味しいビジネスだ。しかし、このインフレ時代において、これは顧客側にとっても「無敵の防弾チョッキ」となる。

 

「金価格」×「ドル円」の乗算バリア:

ゴールドの国際価格はニューヨーク市場(ドル建て)で決まる。そのため、日本国内におけるゴールドの価値は、【ゴールド自体の値上がり】に、この2030年の地獄のような【ドル円(177円)の歴史的円安】の上昇分がそのまま乗ってくる。

 

株取引で多少の失敗をしようが、本業の運送業で予期せぬ燃料高騰や車両トラブルが起きようが、この2重の上昇(ダブル・レバレッジ)で膨れ上がったゴールドをほんの少し削る(売却する)だけで、莫大な日本円のキャッシュがノータイムで手に入る。

 

さらに、このシステムの恐ろしいところはここからだった。

 

「社長、あなたの手元で膨らんでいくゴールドの価値は、我が神戸E銀行内での『担保評価』として毎月数%ずつ自動的に上昇していきます」

 

私は身を乗り出し、社長の目をじっと見据えた。

 

「つまり、本業がどれだけインフレで苦しくなろうとも、ゴールドの日本円換算価値が上がれば上がるほど、あなたの枠(与信)は広がる。次に新たな事業投資や、急な資金ショートで追加融資が必要になった時、我が第2融資課ではなく、隣の第1融資課から『事業者ローンの最優遇金利2%』で、いくらでも追加の現金を引き出せるようになるのです」

 

「……金が、金を産む担保になる、ってことですか」

 

他行のザルローンを組んだ連中は、インフレで本業が傾けば金利を15%に引き上げられて死ぬ。

しかし、我が地銀連合のハイブリッドローンを組んだ彼は、本業の需給を「神のシステム(ジャストインタイム物流)」で最適化され、投資で浮いた利益の一部でゴールドを買い、そのゴールドが円安の加速によって勝手に膨れ上がり、追加の融資枠を無限に生み出し続ける。

 

この地獄のような2030年の日本において、彼らは絶対に沈まない「不沈空母」へと改造されたのだ。

 

「これより、灘ロジスティクス様を、我々のシステム(輪)へ正式に接続します」

 

私は笑顔で契約書を差し出した。

3度の挑戦でこのチケットを勝ち取った『灘ロジスティクス』社長の手が、歓喜と興奮でわずかに震えながら、ペンを走らせる。

 

また一つ、優秀な駒の調教(アップデート)が完了した。

隣の席でそれを見ていた樫村課長は、ふてぶてしい笑みを浮かべながら、ニューヨークの金価格チャートを静かに閉じた。

 

――このゴールド戦略とて、絶対に盤石なわけではない。

世界の前提そのものをひっくり返すような「本物の金融ショック」が到来した時、地銀連合の組んだアルゴリズムは狂い始める。

 

たとえば、世界的な株価の大暴落が起きたとしよう。

最初の段階では、ゴールドの価値も多少は連動して下がる。だが、これは予定調和の範囲内だ。むしろ、市場に恐怖が蔓延すれば、世界中の投資家が安全資産としてゴールドをさらに買い漁るため、価格はすぐに跳ね上がる。そこまでは計算通りだ。

 

しかし、その暴落の波が、世界中の金融システムと実体経済の底を突き破って、なおも下落を止められなかったらどうなるか。

 

世界中のヘッジファンドや巨大資本が、株やその他あらゆるレバレッジ取引の「追証(マージンコール)」を支払うためにパニックに陥る。彼らは手元の現金を確保するため、損の出ている資産だけでなく、含み益の乗っているゴールド、シルバー、プラチナ、さらにはベースメタルである銅に至るまで、手当たり次第にすべてのコモディティを市場に投げ捨て、現金化(キャッシュ化)しようとする。

 

市場から「買い手」が消え、あらゆる現物の価値が文字通り地球規模で蒸発する暗黒の瞬間。

そうなれば、もう我が地銀連合だろうが、日本政府だろうが、いかなる国家権力であっても手が出せない。

 

「……大山係長」

 

いつの間にか私の真後ろに立っていた樫村課長が、私の肩に重い手を置き、窓の外の灰色の空を見つめながら低く呟いた。

 

「もし、万が一にでもその『引き金』が引かれた時はね……我が神戸E銀行のオフィスも、地下の巨大金庫も、文字通りすべてが空(から)になっているよ」

 

すべてを呑み込む巨大なブラックホール。

連合のブレインたちが、その「最悪のシナリオ」すらも視野に入れながら、紙一重の崖の上でこの1.5%の要塞を回しているのだと知り、私の背中に冷たい汗が伝った。

 

豊岡E-1信用金庫。

地銀連合が裏で糸を引く「幽霊信金」のうち、我が神戸E銀行が資金と人員を分担して受け持っているダミー組織だ。うちの銀行は、県内に2つの幽霊信金を抱えている。

 

豊岡E-1信用金庫: 兵庫県北部、但馬地方で一番の市街地を管轄

 

西脇E-2信用金庫: 兵庫県中央部、東播磨の市街地を管轄

 

これらは「カモフラージュ」として他行のバカさ加減に埋もれてしまったが、解散させることなく、当初の計画通りに稼働させていた。

重役陣には連合から「そこそこ使える人材」を送り込んでいるため、完全にコントロール下にある。審査自体は意図的にザルにしてあるため、集まってくる顧客は「玉石混交」、いや圧倒的に「石(無能)」の方が多い。だが、実際に運用を始めてみると、数打ちゃ当たるの理屈で、中にはキラリと光る「玉(優良な事業者や、規律ある個人顧客)」が紛れ込んでくる。

 

ザル審査の泥の中から、奇跡的に掬い上げられた「玉」のデータ。

それは、上位レイヤーである我が神戸E銀行の本店サーバーへと、リアルタイムで吸い上げられる仕組みになっていた。

 

「灘ロジスティクスの件が片付いたな。では大山係長、次はそこのデータにある『玉』の回収に向かってくれ」

 

樫村課長から手渡されたタブレットには、豊岡E-1信金で奇跡的に黒字を叩き出している地元の建材メーカーのデータがあった。

 

――数日後。私は再びネクタイを締め直し、但馬地方の市街地へと飛んでいた。かつてドブ板営業で回った懐かしい街並みだ。だが、今回は違う。確実なデータを握った上での「一本釣り」の営業だ。

 

「……というわけで、是非とも我が神戸E銀行の『本物のハイブリッドローン』へお乗り換えいただきたいのです」

 

応接室で私の提案を聞いた建材メーカーの社長は、しかし申し訳なさそうに頭を掻いた。

 

「いや、大山さん。せっかく神戸からわざわざ来てもうて悪いんやけど、うちは今の豊岡E-1信金さんで十分に満足しとるんよ。担当の若い子もどんくさいけど一生懸命やし、今回の新商品もすぐ通してくれたしな」

 

「左様ですか……」

 

「信金さんには昔からお世話になっとるからね。金利がほんの少し下がるからって、大手の神戸E銀行さんに乗り換えるんは、筋が通らんわ」

 

社長の言葉は、地方の経営者によくある義理人情に満ちたものだった。私は「そうですか、それは残念です」と温厚な笑みを浮かべ、それ以上深追いはせずに身を引いた。

 

――断られて、悔しいか?

いや、私の胸の内は至って穏やかだった。

 

彼が豊岡E-1信金に恩義を感じて残れば残るほど、彼が稼ぎ出す利息や手数料の収益は、迂回ルートを通って、最終的にはすべて親玉である我が神戸E銀行、ひいては地銀連合の懐へと転がり込んでくる。ウロボロスの輪からは、誰も逃げられないのだ。

 

もちろん、神戸E銀行に引き剥がせなければ、あの強力な「ゴールド現物購入ルール」を強制適用して利権を100%吸い上げることはできない。それは少しばかり残念ではある。

だが、県内のすべての優良顧客を神戸E銀行が独占しすぎれば、それこそ「独占禁止法」や「不当な顧客誘引」として金融庁の目に留まるリスクが高まる。

 

外側からは『どんくさい地元の信金に、神戸E銀行が営業競争で負けた』ように見える。

この「適度な敗北」と「収益の分散」こそが、連合の存在を完全に不透明にする最高の保護色(カモフラージュ)なのだ。

 

私は帰りの駅のホームで、豊岡E-1信金の通帳を持ったまま嬉しそうに歩く社長の後ろ姿を見送りながら、静かに缶コーヒーを口にした。

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