ある銀行の・・・   作:適当でいいです

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第14話

2031年

 

日本全国でハイブリッドローンが解禁され、あの怒濤の同時発売から半年が経過した。

初期に契約を結んだ灘ロジスティクスなどの優良顧客たちは、すでに2回の四半期(決算期)を無事に迎えている。彼らから集まった膨大なリアルタイムの財務、投資、そして本業の需給マッチングデータ。それらを精査し、分析した結果を元に、我が第2融資課では今後の方針を左右する重要な『中間報告書』が編纂された。

 

私は出来上がったばかりの重厚なデータをタブレットに収め、上司のデスクへと向かった。

 

「課長、ハイブリッドローン発売半年における顧客動向の報告会ですが、来週の水曜の午前中でスケジュールを押さえてもよろしいでしょうか?」

 

私の伺いに対し、樫村課長はパソコンの画面から目を離すことすらなく、怪訝そうに眉をひそめた。

 

「報告会? ……大山さん、それは報告なのかね? それとも会議なのかね? どっちが目的なのか、私にはさっぱり分からないな」

 

冷淡な声が執務室に響く。私は言葉に詰まった。

 

「書類としてすでにそこに出来上がっている(パッケージ化されている)のなら、わざわざ全員の時間を物理的に拘束して集まる必要がどこにある? グループチャットでファイルを回せばそれで済む話だ。何か懸念点やロジックに変なところがあるなら、各自が気づいた時点で返信を投稿すればいい。非同期(スレッド)で処理した方が圧倒的に合理的だ」

 

樫村課長はそこでようやく顔を上げ、眼鏡の奥の冷徹な目を私に向けた。

 

「それとも何かね。綺麗なスライドを作って、プロジェクターの前で気持ちよさそうにプレゼンでもしたいのか? 視覚的な演出で内容をその場限りの『スルー』にされたら、後からデータとして検証し直すこともできない。見落としが発生する方が、銀行組織としてはるかに危険だとは思わないかね?」

 

「……。申し訳ありません、失礼いたしました。すぐにチャットワークで共有します」

 

私は深く頭を下げ、自席へと戻った。

 

信金時代、あるいは古い体質の地銀であれば、「節目の中間報告」となれば支店長や役員をズラリと並べ、仰々しい会議室でグラフを広げて進捗を競い合ったものだ。現場はそのためだけに何日も前から不毛なパワポ資料作りに追われる。

だが、ここは地銀連合の最前線、神戸E銀行第2融資課。

 

無駄な会議(儀式)で身内のリソースを1ミリ秒たりともドブに捨てるな。すべてはデータ化し、非同期で高速回転させろ。

他行が類似商品の対応で右往左往し、無駄な会議を重ねて疲弊している裏で、連合は身内のコミュニケーションコストすら極限まで削ぎ落とした「純粋な合理性の塊」として、静かに牙を研ぎ続けていた。

 

私は樫村課長の指示通り、報告会のスケジュールを取り消し、課内チャットへデータをアップロードした。

 

データ量があまりに膨大でファイルが重かったため、私は章ごとにファイルを分割して送信した。すると即座に、システム部や同僚たちから「PDFをスクロールする1分間弱の時間を節約できた」「何より余計なストレスが削減されて自分の得意分野の精査に集中できる」と、合理性を尊ぶ連合らしい肯定のコメントがタイムラインに並んだ。

 

しかし、その分割されたファイルに記された数字の本質は、一言で言えば『芳しくない』だった。

 

あれほど厳格に講習会を行い、二重のテストでふるいにかけたはずだった。だが、どれだけ机上で完璧な規律を叩き込んでも、実際にお金という「命のポイント」をリアルタイムでやり取りする実戦のゲームが始まると、インフレのプレッシャーから本能的な、目先の利益に惑わされる動きをしてしまう経営者が、数%の割合で出てきているのだ。

 

「――基準以下に達した者が、一般ローンへの格下げ条項に抵触したなら、問答無用で叩き落としなさい」

 

画面から目を離さないまま、樫村課長が冷たく言い放った。

 

その言葉だけを聞けば血も涙もないように思えるが、私にはその裏のロジックが分かっている。ここで言う「一般ローン」とは、隣の第1融資課が扱う事業者ローンのことだ。

地銀連合のハイブリッドローン基準(神のシステムへの完全同調)には満たなかったというだけで、通常の事業者ローン基準で測れば、彼らは依然として市場の「優良」あるいは「超優良」な事業者であることに変わりはない。

 

しかし、それは慰みにならない。

脱落した者は、金利が1.5%から2%、あるいは4%程度へ引き上げられ、レバレッジをかけた投資は禁じられ、自己資本のみでの運用を余儀なくされる。

そして何より致命的なのは、連合が構築する「優良サプライチェーン網からの脱会(キックアウト)」だ。

 

当然、銀行という立場で直接『お前のところは格下げになったから、今度からこの業者とはこの価格で取引しなさい』などと優越的地位を背景に指示をすれば、銀行法や独占禁止法に正面から抵触する。

だからこそ、ここでも連合のシステムは法的な無敵性を担保する。

 

情報はすべて、提携している外部の「経営コンサルタント会社」を経由して取引先ネットワークへ流される。格下げされた業者と取引していた他の中小企業側には、コンサルからこう告げられるのだ。

 

『御社の取引先であるあの企業ですが、銀行審査で最上級(ハイブリッド)から上級(一般融資)へ格落ちしたと耳にしました。焦げ付きのリスクプレミアムを載せなければなりません。ついては、次回の取引からこの金額に改定させていただきます』

 

あくまで民間企業同士が、自律的なリスク管理として取引価格を変更したという精巧な体(てい)を作る。

こうして、規律を破った者は、銀行から直接手を下されることなく、市場の冷徹なサプライチェーンの圧力によって自ずと外側へと弾き出されていくのだ。

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