ある銀行の・・・   作:適当でいいです

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第16話

2032年

 

去年の夏に鳴り物入りで発売されたハイブリッドローンは、運用開始からわずか1年を迎えていた。

融資期間が何年、何十年と続く長期のローンにおいて、発売からたった1年で「完済」まで上り詰めた化け物のような事業者が、ついに第2融資課のデータから1社、検出された。

 

その事業者は、初期の枠設定で【FX:5% + 株:10%】という、ハイブリッドローンの中でも極めて攻撃的な、条項制限上最大フルレバレッジ配分を選択していた。

 

もちろん、我々連合が渡した投資マニュアルの精度が高かったこともある。しかし、本人が一企業の事業者(トップ)である以上、株の銘柄選びの際に見る「決算書」や「財務諸表」の分析力は、そこらの会社員投資家とは比較にならないほど詳しかったのだろう。そこに、連合のマニュアルが提示する冷徹なテクニカル分析の数々が組み合わさった。

 

当然、投資に「絶対勝てる手法」など存在しない。

私たちが渡したテキストにも、『このような局面では、この手法は損をしやすい』と、インジケーターの弱点が明確に、かつ不親切なほどびっしりと明記されていた。彼はその「引き際(リスク管理)」すらも完璧に理解し、乗りこなしたのだ。

 

もちろん、選んだ相場(時代)の運が良かったのもある。

一時期の狂乱じみた「生成AIバブル」が一段落したことで、市場はいよいよ実体経済へ落とし込まれる『AI-IoT時代』へと突入していた。身の回りの小物家電から自動車に至るまで、あらゆるハードウェアに搭載される電子部品の大規模な更新(アップデート)が行われ、日本の製造業全般に強烈な追い風が吹いたのだ。彼はその巨大な波を正確に読み、完璧に波頭を捉えて見せた。

 

さらに、連合の心臓部である「四半期ごとのゴールド条項」が、彼の資産を爆発させた。

期間中の実現益は提携しているA証券の口座と完全にリンクしており、このローンの債務者であれば金融庁からも投資実績を証明する「取引証明書」の提示義務が課されている。そのため、利益の誤魔化しは一切効かない仕組みになっているのだが――彼は、驚くべき行動に出ていた。

 

彼は株やFXで得た実現利益の、実に『80%』をゴールド現物の購入に充てていたのだ。

 

「最低20%以上をゴールドにすれば、残りの8割は本業の運転資金や個人の利益にして構わない」と、条項には書いてあったというのに、だ。

 

だが、この狂気じみたゴールド偏重(フルインベスト)が、神がかり的な大アタリを引き当てる。

先述のAI-IoTブームにより、電子部品の端子に使用される「金メッキ」の産業用実需が世界規模でさらに増加。

その上、日本の致命的なインフレと底なしの円安(ドル高円安)は未だ止まらず、両者が掛け算で上昇した結果、このわずか1年間で彼の保有するゴールドの評価益は、恐ろしいほどの数字に膨れ上がってしまった。

 

さらに彼は、その二重レバレッジで得た莫大な余裕資金(キャッシュ)を、今度は本業の会社の利益と合わせて再び同じ投資サイクルへ投入。完全に勝利のサイクル(ループ)を回し始めていたのだ。

 

「……出来過ぎだ」

 

チャットワークに流れてきた完済承認の報告書と、その裏付けデータを見つめながら、私は自席で思わず声を漏らした。

 

あまりにも美しすぎる、漫画のようなサクセスストーリー。だが、目の前の数字の理屈は完璧に通っている。

ローン契約の報告義務によって提出された最新の決算資料と、証券会社の発行した取引証明書が、彼の圧倒的な慧眼と規律の正しさを、何よりも雄弁に証明していた。

 

「ローン完済、ですか。おめでとうございます、竹山社長」

 

第2融資課の特設窓口で、私は目の前に座る初老の男――この2032年に奇跡の爆益を叩き出し、わずか1年でハイブリッドローンを完済した『竹山自動車』の社長、竹山氏にそう告げた。

 

普通に考えれば、これだけの利益が出ればホールドしていたゴールドを全て売却して現金化し、銀行に「さようなら」を告げて堅実な経営に戻るのが一般的だ。

だが、私の手元にあるタブレットには、完済の手続きと同時に、彼が申請してきた「追加融資」のデータが表示されていた。

 

「大山係長、お久しぶりですな。いやあ、お宅のマニュアルとゴールドのおかげで、うちの工場は息を吹き返したどころか、最新のIoT設備を導入する目処まで立ちましたよ。

 そこでね、この勢いでもう一つ上の設備投資をしたい。枠を広げて、もう一発融資をお願いできんかい?」

 

竹山社長の顔は血色良く、目はギラギラと輝いていた。

普段、この手の窓口対応は第2融資課の部下や、窓口担当の一般行員の女の子たちに任せている。しかし、今回は係長である私が直接、最前線に出ていた。

 

理由は2つ。彼が我が第2融資課において「初の完済者」であること。

そして何より、相場を完璧に的中させたことで、彼が『有頂天(ギャンブラー)になっていないか』。

この2点を、私自身の目で厳格に警告(スクリーニング)するためだった。

 

「竹山さん。今回は見事に相場を当てられました。あなたの財務諸表の分析力と、時代の波を捉える慧眼には心から敬意を表します」

 

私は温厚な笑みを浮かべたまま、しかし、その声を一段、低く冷たいトーンへと落とした。

 

「しかし、講習でも耳にタコができるほど言われている通り――次の日に前提がすべてひっくり返ることがたまにある。それが、投資の世界です。

 今回の勝利は、あなたの実力だけでなく、AI-IoTブームという『時代の運』が味方したに過ぎません」

 

「うっ……」

 

私の冷徹な眼差しに、竹山社長のノリノリだった身体がわずかに硬直した。

 

実は、地銀連合のブレインたちは今、加盟行共通のシステムとして、顧客の投資状況をリアルタイムで監視し、危険なレバレッジや過剰投資の兆候が見られたり、さらに選択したテクニカルが崩れたときに警告を発する『管理・警告システム』を極秘裏に開発中だった。

当然これを強制するのはまだ法整備ができていないとして、希望制の無料オプション機能としての実装を予定している。

 

だが、その連合の超高速な開発スピードすらも、この竹山自動車という一人の凡人が叩き出した「1年で完済」という異常な現実が追い抜いてしまったのだ。

ブレインたちの超天才的な演算(シミュレーション)すらも置き去りにするバグ。それが、今私の目の前にいる。

 

「次の投資に、前回の公式が通用するとは限らない。もし、この追加融資の資金で『もう一度大勝ちできる』と少しでも慢心されているなら……私は第2融資課の責任において、今回の融資をお断りしなければなりません」

 

私はアクリル板越しに、彼に無言のプレッシャーを突きつけた。

彼がここで「いや、いけるはずだ!」と本能のギャンブルに走るか、それとも「熱湯の規律」を思い出すか。信金マン時代の熱意を宿した私の目が、彼の本質を値踏みするようにじっと見つめていた。

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