ある銀行の・・・   作:適当でいいです

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第18話

「ゴールド条項……最初はただの抱き合わせとか、連合の口座維持手数料ビジネスの一環かと思ってましたが、まさかこれほど顧客のメリットになるとは……」

 

私の後ろからモニターを覗き込んでいたチームの部下が、感嘆の息を漏らした。

 

私はデスクのモニターに向かい、第2融資課が抱える顧客の資産状況一覧をチェックしていた。タブを切り替え、顧客ごとのローン残債と、彼らが四半期ごとに買い溜めてきた預入ゴールドの評価額を対比させる。

 

画面には、信じられない数字の羅列があった。

 竹山社長の身に起きた、ドル建て金価格の上昇と国内インフレ(円安)による『ダブルインフレ』。そこにAI-IoTブームに起因する「金メッキの実需インフレ」までが綺麗に乗っかった。結果として、まだ発売から1年しか経っていないというのに、ローン残債の「25%以上」をこのゴールドの時価評価だけでカバーできてしまう合格ライン間近の候補者が、ずらりと並んでいた。

 

「ウチも手数料が入るし、顧客にどうしても追加融資が必要な状況ならね、『これだけのゴールド(資産)をお持ちなら、隣の普通の事業者ローン窓口(第1融資課)へ行けば、目の色を変えて満額貸してくれますよ』と笑顔で案内できる。この量のゴールドを持っているんだ。他行の担保額審査だって、余裕で超優良顧客扱いになるだろうよ」

 

「なるほど、Jカーブ(高額設備投資を回収するまで続く経営赤字。これがなくなれば継続して黒字額が出ると仮定してグラフにしたら『J』の形になることから。)を乗り越えるための追加資金を、ウチのリスクなしで他所から引っ張ってこさせられるわけですね。

 まさにWin-Winってやつですか」

 

部下が納得したように頷く。

だが、私は首を横に振り、マウスホイールをスクロールさせながら、このスキームの本当の『恐ろしさ』を部下に語りかけた。

 

「ああ。だがな、そのとき顧客は心の底から思うだろう。――『この銀行の言う通りにしていて本当に良かった』『自分たちは正しい選択をしたんだ』とな」

 

「……え?」

 

「システムに強制的に2割買わされていただけの自分たちがまるで『投資の勝ち組』になったと錯覚するんだ。そして、地銀連合という組織への絶対的な信頼……いや、『信仰』を完成させる」

 

そうなれば、もう講習会や厳しいテストの心理的ハードルはずっと下がる。

顧客は自ら進んで連合のマニュアルを聖書のように崇め、次の指示を物乞いするように待つようになるだろう。

 

「私たちは彼らを救っているんじゃない。現物資産という絶対に外れない首輪を嵌めて、私たちのロジックから一歩も外に出られない『忠実な家畜』に仕立て上げているんだよ。

 貸し剥がしも倒産も起きない、完璧な管理社会の完成だ。……これが、連合のブレインたちの作ったハイブリッドローンの真の姿(ゴール)だ」

 

私の冷徹な言葉に、部下は喉を鳴らし、それ以上言葉を紡ぐことができなくなった。

モニターの放つ青白い光が、従順な優良顧客たちの名前を無機質に照らし続けていた。

 

「なんでもっと融資を連発しないんだ!」

 

静まり返ったフロアに、怒号が響き渡った。

何事かと、私たち第2融資課の行員は一斉にキーボードを叩く手を止め、窓際にある課長席へ視線を向けた。

 

詰め寄っているのは、営業課長だ。血走った目で樫村課長のデスクを叩いている。

 

「他行の『ハイブリッドローン風商品』の契約者数が、もうウチの2倍近い差をつけられているんだぞ!

 私が直々に足を運んだ大口の営業先でもな、『お宅の神戸E銀行さんは動きが遅いなあ。もう兵庫産業銀行さんと話がついとりますわ』って鼻で笑われたんだ!」

 

――兵庫産業銀行。

確か県内4位の、明石市や淡路島周辺に強い地銀だ。ウチがこの神戸市中心部で今の築浅空きビルを見つけ、ドブ板営業の拠点を築いていなければ、真っ向からエリアがかち合っていたはずの競合だった。

 

「落ち着いてください、営業課長」

 

樫村課長は、激昂する営業課長を前に、コーヒーを一口すすって完全に冷めきった声を返した。

 

「金融庁も国会の野党も口を酸っぱくして言っていた通り、これは普通のローンじゃない。本業の事業の上に、レバレッジ投資という『ダブルリスク』を載せた劇薬のような商品なんです。

 慎重な審査……ですら足りないくらいだ。顧客への『教育』が何より不可欠だと、頭取も仰っていたじゃないですか」

 

「それは理屈だ! 頭の固い政治家や役人の建前だろ!」

 

営業課長はさらに声を荒らげる。

 

「現実の数字(マーケット)を見ろ! 他行の決算をチェックしているのか!? 審査をユルくして貸し出しまくっている他行は、利息と手数料収入で軒並み業績が右肩上がりだ! このままじゃウチは神戸の覇権を奪われるぞ!」

 

「……ウチほどではないのではないでしょうか?」

 

樫村課長の背後から、私が静かに会話に割って入った。

営業課長がギロリと私を睨みつけるが、私は温厚な笑みを崩さない。

 

私の言った「ウチほどじゃない」という言葉。これは、決してハッタリでも負け惜しみでもない。事実、現在の兵庫県内の地銀において、最も盤石な経営状況を誇っているのは、我が神戸E銀行だった。

確かに、目先の貸出残高や、表面上の売上高・営業利益といった「見栄えのいい数字」だけで言えば、ザル審査で契約を乱発している兵庫産業銀行などの他行に軍配が上がるかもしれない。

だが、ウチが他行を圧倒しているのは、経営の血流そのものである【キャッシュフロー】だ。

 

第2融資課のモニターの裏側。そこには、規律を守る顧客たちが条項によって強制的に買い積んできた、あの膨大な「ゴールドの評価益」が、円安とインフレの掛け算によって毎月爆発的に積み上がっている。

他行が帳簿の上の「貸出金(いつ焦げ付くか分からないリスク)」を増やして喜んでいる横で、ウチは実体のある「現物ゴールドの利権(最強の流動性)」を、コストゼロで内部に還流させ続けているのだ。

 

「表面上の契約数という『石』をいくら集めても、地盤沈下が起きれば一瞬で崩壊しますよ、営業課長」

 

私は手元のタブレットに、兵庫産業銀行の危ういレバレッジ比率の予測データを表示させ、営業課長に見せるように滑らせた。

 

「他行は融資を乱発することで、会計上の「未収利息」を計上して営業利益を膨らませていますが、これは顧客が破綻すれば一瞬で不良債権(貸倒損失)に変わるリスク資産です。

 一方、ウチは【顧客が購入したゴールドの売買・保管手数料】という確実な現金収入(フィービジネス)を得ており、かつそのゴールド自体が最強の担保として機能しています。

 不況期において「利益は意見、キャッシュは事実(Profit is an opinion, cash is a fact)」と言われる通り、ウチのキャッシュフロー重視の戦略は、実務上、他行より何倍も生存確率が高いアプローチです。」

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