ある銀行の・・・   作:適当でいいです

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第19話

「チッ……! 口先だけで営業成績が上がると思うなよ!」

 

唾を飛ばして激昂していた営業課長だったが、私の提示したキャッシュフローの冷徹な現実を前に、最後は忌々しそうに足音を荒らげて引き下がっていった。フロアに再び、キーボードの静かな打鍵音が戻る。

 

「――それにしても大山係長、今の営業課長が言っていた他行の話なんですけどね。他行の類似ローンには『ゴールド条項』自体が無いことがほとんどらしいですよ」

 

パーテーションの向こうから、さきほどデータを見ていた部下が、椅子のキャスターを転がして私のデスクに近づき、声を潜めて言った。

 

「ほう……?」

 

私は思わず椅子を回し、部下の方へと身を乗り出した。

 

「いい情報だ。知っている限り、詳しく話をしてくれないか?」

 

連合非加盟の地銀の重役、あるいは融資審査のブレインたちだって、地元のトップを走るエリート、もしくはエリートだった者たちの集まりだ。

「事業の上に投資を載せる」というダブルリスクを、何の防護服もなしに抱え込むことの恐ろしさは、骨の髄まで知っているはずなのだ。

 

確かに彼らにも事情はある。

営業成績(ノルマ)を出さなければ、インフレ時代を生き残るために融資の金利を上げざるを得なくなる。

だが、そんなことをすれば客離れが起きる。

客が離れれば、さらに営業成績が悪化してノルマが重くなる……という終わりのない地獄のループに入る。

それは、かつて私が勤め、そして破綻に今も一歩ずつ歩み寄る『A信用金庫』でも全く同じように起きていた、地方金融機関の悲しいサガだった。

 

しかし、それにしても「ゴールド条項無し」は、さすがに無防備がすぎる。

 

「彼らも馬鹿じゃない。ゴールドという現物の『保管リスク(セキュリティコスト)』を嫌っただけじゃないのか?

 例えば、ゴールドの代わりに『アメリカ国債』を強制的に買わせてプールさせているとか、何か別の裏付け資産を使っている形跡はないのか?」

 

「それが、本当に何もないらしいんです。ただ融資した原資で株やFXを転がさせて、その帳簿上の利益だけで金利を相殺するスキームのようです」

 

「……」

 

私は言葉を失い、喉の奥がカラカラに乾いていくのを感じた。

 

『裸売り(ネイキッド・ショート)』。

 

金融実務において、裏付けとなる現物資産を一切持たずに、空売りやリスク取引を敢行する破滅的な暴挙を指す言葉が、私の脳裏にべっとりと張り付いた。

他行のバカどもは、インフレと円安という巨大な津波が迫る海岸線で、防弾チョッキ(現物資産)も着ずに、ただ「お札の束」という紙切れの防壁を積み上げて喜んでいるのだ。

それが崩れた瞬間、何が起きるか。考えるだけで背筋が凍りついた。

 

「いや……いくら追い詰められた地銀のサガとはいえ、エリートの集まりがそこまで無防備なバカをやるだろうか?」

 

私の元信金マンとしての常識が、微かな違和感を告げていた。いくらノルマに追われているからといって、金融庁の目を盗んで完全な「裸売り」を突っ走るほど、彼らも間抜けではないはずだ。

私は自席のPCで、兵庫産業銀行のウェブサイトを開き、彼らが大々的に売り出している類似ローンの電子パンフレットをダウンロードして隅々まで読み込んでみた。

 

「……なるほど。そういうカラクリか」

 

画面をスクロールさせながら、私は思わず得心のいった声を漏らした。

 

「レバレッジ商品への5%枠はウチの真似だが、残りの10%枠は、自行が抱える『投資信託』しかラインナップさせない仕組みになっているんだな」

 

パンフレットの選択肢にずらりと並んでいたのは、ベトナム、インド、ブラジルといった上位新興国の株価平均に連動する投信の数々だった。

一応はインデックス型(指数連動)の形を取ってはいるが、新興国向けの投信は、オルカン(全世界株式)やS&P500といったメジャーなものに比べて信託報酬(手数料)がはるかに高い。

さらにその下には、銀行とベッタリ提携している系列証券会社が組成した、怪しげな「アクティブ型投信」の数々がこれでもかと並んでいた。

 

オルカンなどの超メジャーな優良投信であれば、信託報酬の手数料は年率0.05%〜0.2%にも満たないのが今の常識だ。

しかし、兵庫産業銀行が顧客に強制している投信のラインナップは、購入時手数料や信託報酬を合わせて「3%以上」を平気で毟り取っていく極悪仕様だった。

 

「はは、なるほどね。証券会社もこの『ハイブリッドブーム』に乗っかって、一気に信託報酬で稼ぎにきたわけか」

 

私は画面を見ながら、乾いた笑いを漏らした。

彼らはゴールドという「現物資産の盾」を持たない代わりに、顧客の融資原資を信託報酬3%の身内の投信に突っ込ませることで、『顧客が勝とうが負けようが、銀行と証券会社だけは確実に即座に儲かる手数料(キックバック)のシステム』を構築していたのだ。

 

「でも、まあ……下手に投資教育も無しに、地元の社長たちに個人の裁量で個別株のデイトレードをさせるよりは、これでもマシな方か」

 

新興国株インデックスなら、ボラティリティは高くとも、世界的なインフレの波に乗って長期的には上昇する目もある。

それに、プロ(一応は)が運用する投信の枠内に資金を縛っておけば、社長が焦って仕手株に全財産を溶かすような最悪の破滅だけは防げる。

他行は他行なりに、自分たちの「古い手数料ビジネス(フィービジネス)」の延長線上で、顧客の資金をコントロールしているつもりなのだろう。

 

だが、私はモニターを閉じ、心の中で冷ややかに首を振った。

彼らは分かっていない。世界的なインフレと通貨安の嵐が本気を出した時、新興国市場が真っ先に「資本逃避(キャピタル・フライト)」の直撃を受けて大暴落するという、歴史が何度も証明してきた悪夢のシナリオを。

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