ある銀行の・・・   作:適当でいいです

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第2話

翌週、本店から簡素な報告が届いた。

 

『田中不動産。規約違反により、残債一括返還を指示』

 

予測通りの裁定だった。

証拠が揃いすぎている以上、そうならざるを得ない案件だ。

 

だが、その直後に起きた事象は、私の予測を遙かに超えていた。

 

「……本当に入金されたのか?」

「はい。先ほど確認を終えました。指定した当庫の口座に、田中不動産名義で間違いありません」

 

驚くべきことに、一括返済は「すんなり」と実行されたのだ。

端末の画面には、二億五千万円という、地方の不動産屋には似つかわしくない巨額の数字が、無機質に刻まれている。

 

普通、これほどの額を即座に返せと言われて、首を縦に振れる中小企業など存在しない。

『せめて分割にできないか』

『利息を上乗せするから待ってくれ』

そう食い下がってくるのが通例なのだ。

 

なのになぜ、あんな男が二億五千万ものキャッシュを即座に用意できたのか。

 

「なあ、お前の担当だったよな。最近、あそこが所有物件を売ったりするような動きはなかったか?」

「いえ、そんな話は聞いていませんし、登記情報を確認しても動きはありませんでした」

 

私は、部下が持ってきた証拠品――ネット証券の取引報告書をもう一度睨みつけた。

確かに利益は出ている。だが、それはせいぜい数百万円、数千万円の単位だ。

 

短期間で、億単位の現金を形成できるような取引内容では断じてない。

どこから湧いたのだ、この二億五千万は。

 

返済されたことで、信金としてのリスクは消えた。

しかし、私の心には、拭い去れない泥のような違和感が溜まっていた。

 

金の出どころが、もし反社会的勢力やマネーロンダリングに関連するものだとしたら――。

本来、それを調査するのは本店のコンプライアンス部門の領分だ。融資課長の仕事ではない。

 

そう自分に言い聞かせても、胸のざわつきは収まらなかった。

 

その予感は、最悪の形で的中する。

別の部下が、顔を青くして私のデスクに駆け寄ってきたのだ。

 

「課長……。担当エリアの二社、工務店と電気屋なんですが。……田中不動産と、全く同じことをやっていました」

 

「なんだと?」

 

差し出された書類をひったくるように受け取る。

間違いない。事業ローンの資金を使い、ネット証券で「金融投資」に手を出している。

 

今度は、地元の工務店と電気屋か。

業種も規模も違う三つの法人が、この狭い町で、示し合わせたように全く同じ規約違反を犯す。そんなことがあり得るのか。

 

「課長、これ……また『一括』ですよね?」

 

部下の声が震えている。

田中不動産の件を知っている彼には、結末が見えているのだろう。

 

「……そうだな。構造が同じなら、下手したら明日にでも本店から一括返済の指示が飛ぶぞ」

 

私は、窓の外のひどく眩しい陽光を睨みつけた。

田中不動産が、あの二億五千万を「すんなり」返したという前例がある。

もしこの二社までもが、何食わぬ顔で億単位の現金を振り込んできたとしたら。

 

この町の中小企業を、裏で巨大な「財布」か何かに作り替えている存在がいる。

その輪郭が、猛暑の霞の向こう側に、うっすらと見え始めていた。

 

予感は、残酷なまでに的中した。

二つの法人は、田中不動産と全く同じように、一括返済分を即座に振り込んできたのだ。

 

これで確定だ。

これは、経営に行き詰まった者が苦し紛れに手を出した博打などではない。

誰かが、明確な意図を持って計画的に仕組んだものだ。

 

しかも、タチが悪いことに「詐欺」ですらない。

彼らは本当に利益が出る――あるいは、そう見せかける――高度な手法を、誰かから伝授されている可能性がある。

 

今頃、本店では緊急会議が開かれているはずだ。

同じ支店で、同じパターンの規約違反と、同じ異常な即時完済が三件も重なれば、嫌でも異常事態として扱われる。

 

だが、問題はその中身だ。

コンプライアンス部門は、未だに「違法性」を特定できていない。一方で、信金側は融資額を全額、それも現金で回収できている。

実害がないどころか、数字の上では「優良な回収事案」にすら見えてしまう。このねじれが、会議を迷走させているに違いない。

 

決定的な指示は、未だに降りてこない。

他店に対しては『顧客動向に注意せよ』という形式的な勧告で済むだろう。だが、震源地であるこの支店には、本来なら役員やコンプラ部員が乗り込み、べったりと貼り付くレベルの事態だ。

それがないということは……。

 

「課長、本店の会議はどうなってるんでしょうかね」

 

部下が不安そうに、低い声で尋ねてきた。

 

「……ウチも、経営が厳しいからな」

 

私の言葉に、部下が自嘲気味に笑う。

 

「エアコンの電気代すらケチるくらいですからね。工場ならともかく、事務所の冷房を絞ったところで、捻出できるのは数万円程度でしょうに」

 

「ああ。だからこそ、この『即座の現金支払い』は、本店にとっては扱いが難しいんだ」

 

喉の奥が、熱気とは違う理由で乾く。

喉から手が出るほど金が欲しい組織にとって、目の前の「綺麗な二億五千万」は、毒が入っていると分かっていても吐き出せない果実なのかもしれない。

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