ある銀行の・・・   作:適当でいいです

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第21話

2033年

 

世間では「日本の製造業が完全復活を遂げた」と賑やかにもてはやされている。

だが、その歪(いびつ)な内実をリアルタイムのデータで握っている我が第2融資課から見れば、それは極めて不均衡で、残酷な選別の結果に過ぎなかった。

 

相変わらず爆発的に儲かっているのは半導体企業だ。そして、その製造装置や材料、検査工程に関与するサプライチェーンの企業なら、どこもかしこも活況を呈しており、株価は右肩上がりのバブルを継続している。これは2020年代初頭から地続きの光景だ。

 

構造がいびつなのは、新しく到来した「AI-IoT時代」の恩恵を受けている、肝心の『製造業』の本体側だった。

 

一口に製造業と言っても、その裾野は果てしなく広い。この激動のインフレ下で時代の波に乗れているのは、自社商品の特徴を極限まで尖らせ、戦略を「特化」させた企業だけだった。

 

例えば、自動車を例に挙げても分かりやすい。

今や車載される何十、何百というECU(電子制御ユニット)の随所にGPU(画像処理半導体)が標準搭載される時代だ。電子部品の塊となった自動車の製造原価は、従来のガソリン車の比ではないほど跳ね上がっている。

 

その高騰したコストを乗せた上で、顧客に何を売るのか?

過酷な環境に耐える「圧倒的な耐久性」か。AIを前提とした未来的な「デザイン」か。あるいは、それらを削ぎ落とした「他社との相対的な安さ」か――。

自社の強みをどこに絞り、市場の反応を見てどれだけ素早く方向性を修正できるかという、経営者の『営業戦略』と『修正力』そのものが、企業の生死を分ける決定打となっていた。

 

そしてこの残酷な実力主義の波は、特に電子機器を搭載するBtoC(一般消費者向け)の製品を扱う業界において、より顕著に、かつ容赦なく現れ始めていた。

 

「係長、今月の結果です」

 

部下の一人が、住宅型ハイブリッドローン加入者の残債、支払い状況、投資益、そしてゴールド評価額の推移を一覧にしたファイルを課内共有フォルダにアップロードした。

 

加入した日によって利息の発生時期や条項拘束の有効タイミングが異なるが、毎日すべてのデータを律儀に追うのは骨が折れる。

そのため、我々は残債をベースにしつつ、各指標が「優良ライン」に達している安全な顧客をフィルタリングして除外し、その下に位置する危険性の高い顧客だけにリソースを集中させる手法を取っていた。

 

加入日から1か月ごとにLTV(ローン融資比率)を算出する、至って普通の銀行業務だ。

 

LTV=残債 ÷ 担保資産価値

 

分母となる担保資産には、円建てのゴールド価格が異次元のダブルインフレと実需によって上昇し続けている。そのため、普通に考えれば不合格ライン(担保割れ)に達する顧客など、そうそう現れないはずだった。

なのだが――。

 

「……事業者ローンの5倍、だと?」

 

弾き出されたアラート顧客のリストを見て、私は思わず声を上げた。

 

「まあ、事業型より住宅型の方が3倍近く契約者が多いですからね。それに事業者は、もともと生き残るために業界分析や財務諸表分析の能力が鍛えられていますから」

 

部下が困ったように眉を下げて補足する。

 

「それにしてもだ。彼らは一体、何を買ってこんな悲惨な数字になっているんだ? 例の管理警告システムで、ポートフォリオの内訳は見られないのか?」

 

「システム部に確認したんですが、システム上でリアルタイムに閲覧すること自体は可能です。

 ただ、それを銀行側の記録としてサーバーに残すのは個人情報保護やコンプライアンス的に極めてグレーであることと、全員分の全取引履歴をログとして常時保存し続けるには、現在のサーバー容量が持たないそうです」

 

「仕様がないな……」

 

私はため息をつき、不合格ラインに最も近い、リストの一番上に君臨している顧客の個別ページを開いてみた。

 

「――っ、へっ……」

 

画面を見た瞬間、あまりの惨状に乾いた笑いが漏れた。

ポートフォリオの画面に並んでいるのは、見事なまでに高値掴みした「塩漬け銘柄」のオンパレード。

そして、その横で地銀連合のシステムが虚しく発し続けた赤や黄色の『警告マーク』が、画面を埋め尽くさんばかりに明滅していた。

 

確かに、システムから「前提が崩れました」と警告されても、実際に損切りをしてポジションをクローズするかどうかは、顧客個人の自由ということになっている。罰則もない。

 

しかし、これはもはや投資ですらない。話にならない。

連合が講習会で叩き込んだはずの「熱湯の規律」を守る気が、1ミリも感じられないのだ。

 

「マニュアルを完全に逸脱した末に莫大な含み損を抱え、結果として利益を出せないからゴールドを積み上げることもできない……。機会損失、甚だしいな」

 

事業者のように「会社の生死」がかかっていない住宅型ハイブリッドローン組の一部は、インフレの焦りから、ギャンブル特有の「現実逃避(損切りの先延ばし)」という本能の檻に、自ら囚われてしまっていた。

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