ある銀行の・・・   作:適当でいいです

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第24話

「坂山様、お疲れさまでした」

 

「ああ、ありがとう。大山さん、君たちのおかげでここまで来られたよ」

 

窓口のブースで、私は晴れやかな表情の坂山社長とガッチリと握手を交わした。

ハイブリッドローンの発売から3年が経とうとしていた2033年。この兵庫県内でも、竹山社長に続く「完済者」が何人も誕生していた。

 

以前の竹山社長のように、完済と同時に膨らんだ融資枠を使ってさらなる投資や事業拡大へと繋ぐ事業者が多いが、中には坂山社長のように、少し意外な別れ方を選択する顧客もいる。

 

「それで、例の『投資管理システム』の利用継続ですが、ローン完済後の月額利用料はこちらになります」

 

私はタブレットに、システム単体利用の契約書を表示させた。

坂山社長はこの完済を機に、基本的には無借金経営へと舵を切る。付き合いとして、我が神戸E銀行からわずかな融資だけは残していくが、それもおそらくいつでも即座に返済できてしまうような端た金だ。

そんな彼ら完済者たちが、銀行との繋がりを断ってでも「これだけは残してくれ」と切望したのが、あの『投資管理システム』の単体利用だった。

 

インフレ下における規律の味、本業へ100%集中できる環境下での投資運用益、そして何より、機械的に積み上がっていくゴールドの旨味――それらを知ってしまった経営者は、そう簡単にはこのシステムから「さようなら」ができない。

そこで地銀連合は、ローンを完済して離脱した顧客がシステムだけを継続利用する場合、月額5,000円の利用料を徴収することにしたのだ。

 

この5,000円を高いと取るか、安いと取るか。その境界線は、ローンの「型式」によって残酷なまでに綺麗に分かれた。

 

事業型の完済・離脱顧客は、なんと「8割」がこの有料システムの継続を望む。

時給換算で動く経営者にとって、月5,000円で24時間の相場監視と前提崩れのアラートを丸投げでき、本業に完全集中できるなら、安すぎてお釣りが来るからだ。

 

一方で、住宅型(個人)の継続率は「3割」ほどに留まった。

理由は単純だ。個人顧客は事業者ほど時間に追われているわけではない。マニュアルが機械的すぎるため、自分でどの手法を使っているかを銘柄ごとにノートへメモでもしておけば、自前で管理(手動ロスカット)できると判断するからだ。

あの「警告無視の塩漬けマン」たちにいたっては、システム自体を煙たがって真っ先に解約していく。

 

「それから坂山様、最後にもう一点。我が地銀連合が誇る『超優良サプライチェーンの輪』の扱いについて、改めてご説明を」

 

私は契約書の後半、特約条項のページをスクロールした。

 

「ローンを組まれていた期間中、過去1年以内に実際の取引実績があった業者様であれば、たとえ坂山様が本日完済され、形式的に連合の輪から離れられても、その既存の業者様たちとだけは、引き続き『超優良顧客(事業型ハイブリッドローン審査合格業者)』として、手数料や金利の優遇レートで取引を継続していただけます」

 

「ああ、それは本当に助かる。あのサプライチェーンのネットワークこそが、今のウチの製品のクオリティを支えてくれているからね」

 

「ただし」

 

私は引き締まった声で、ルールを念押しした。

 

「これから新規に開拓される取引先や、過去1年間まったく取引の実績がなかった業者様に対しては、この優遇は一切適用されません。

 もちろん、この既存業者間での超優良顧客扱いの資格にも期限があり、完済・離脱された直後から『3年間だけ』となります。これ以降は、通常の一般取引レートへと自動的に移行いたします」

 

「うん、きちんと条項にも書いてあるね。把握しているよ。3年あれば、ウチも完全な無借金での自立基盤がさらに強固になる。ちょうどいい執行猶予さ」

 

坂山社長は迷いなく電子サインを液晶に走らせた。

 

地銀連合は、去る者をも完全には突き放さない。

既存のサプライチェーンだけは「3年間」という期限付きで保護し、緩やかに離脱させる。しかし同時に、新規のネットワーク構築や長期の放置に対しては一滴の甘やかしも与えない。

 

坂山社長が帰りのエレベーターに乗り込むのを見送りながら、私は手元のタブレットに収まった契約データを見つめた。

システム利用料としての月5,000円のストック収入。そして、3年間という期限付きの首輪で縛られたサプライチェーン。

金を貸していなくても、私たちは彼らを『地銀連合の生態系』の中に閉じ込め、手数料を徴収し続けている。

 

貸付利息の代わりに「システム利用料」と「決済ネットワーク」で稼ぐ――それは、融資というリスクを完全にゼロにした状態での、銀行ビジネスの究極の進化系(ストックビジネス)だった。

 

「じゃあ、営業禁止リストに坂山様を載せておいて」

 

「了解です。即時反映します」

 

部下が手慣れた手つきで端末を叩き、坂山社長のステータスを書き換えた。

 

『営業禁止リスト』――。

それは、本店の営業課や各支店の営業行員たちがリアルタイムで共有している、文字通り「この顧客には絶対に営業の声をかけるな」というブラック、あるいはグレー指定のアラートリストだ。

 

普通、この手のリストに載るメンツというのは決まっている。

今まさに融資が焦げ付きかけている要管理先、利払いが遅延している問題顧客、あるいは金融庁が公式に指名手配(通達)した反社会的勢力の関係者やその疑いがあるフロント企業……その大半が、そういった「関わると銀行が火傷をする相手」だ。

 

しかし、我が第2融資課――ひいては地銀連合のルールでは、この死線を潜り抜けてハイブリッドローンを「完済した超優良顧客」もまた、そのリストに即座にぶち込まれる仕組みになっていた。

 

理由は、拍子抜けするほど単純で、そして極めて合理的だ。

 

想像してみてほしい。

顧客たちは、インフレの荒波の中、血を吐くような思いで本業の事業を回し、連合の冷徹な規律に従ってレバレッジ投資の恐怖に耐え、ようやくの思いで「完済」という名の解放を勝ち取ったのだ。

 

そんな人生の記念碑的な瞬間に、何も知らない営業課の男が飄々とした態度で現れ、

「坂山社長、おめでとうございます! つきましては、新しく出た我が行イチオシの投資信託のパンフレットを持ってきまして……」

「融資をもう一度組み直しませんか? 今度のインフレ時代は不動産投資ですよ、いかがでしょう?」

 などと、ノルマ目当ての浅薄なセールスをかけたらどうなるか。

 

間違いなく、顧客は激昂する。

『お前たちは、俺がどんな思いでここまで辿り着いたか何も分かっていない』と。せっかく築き上げた銀行への絶対的な信頼(信仰)は一瞬で反転し、不信感へと変わるだろう。

 

せっかく完済者の8割が、リスクゼロの純利となる「月額5,000円のシステム利用料」を機嫌よく払い続けてくれているのだ。強欲な営業の空回りによって彼らを怒らせ、縁を切られたら、銀行にとっては甚大な損失でしかない。

 

さらに言えば、坂山社長を含む一部の事業者は、完済後も「現物ゴールド」をそのままウチの金庫(保護預かり)に預けっ放しにしている。私たちは、そこからさらに毎月、手堅い『ゴールド保管料』という名の利権を毟(むし)り取ることだってできるのだ。

 

――金を貸している時だけがビジネスではない。

目先の融資ノルマしか頭にない古い営業行員に、せっかく連合の頭脳(ブレイン)が作り上げた「リスクゼロの完璧なストック型生態系」を踏みにじられて堪るか。

この営業禁止リストは、無能な身内の強欲から、最も大切な『金の卵を産むガチョウ』を守るための防壁だった。

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