ある銀行の・・・   作:適当でいいです

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第25話

2034年

 

新しい年が明けた。

我が神戸E銀行の経営は、相変わらず極めて順調、いや、さらにその強固さを増していた。

 

しかし、その裏で。

あれほど表面上の決算を良く見せていたライバル他行の売り上げと利益が、ここへ来てじわじわと、だが確実に減少し始めていた。

 

ハイブリッドローンの類似商品を出した当初、彼らはウチを上回るペースで急成長を遂げていたはずだ。「3%のボッタクリ投信縛り」という、自行の利益を確実に中抜きできるスキームも完璧に作っていた。

 

なのになぜ、今になって失速しているのか?

原因は、夜の街や経営者仲間の間で囁かれ始めた、ある「噂」だった。

 

他行のローン組における『完済者』は、現時点でほぼゼロ。

対してウチ(神戸E銀行)では、すでに10名弱の事業者が完全完済を達成していた。

それどころか、融資額面の半分以上を「実際の返済」と「積み上がったゴールドの担保評価額」の合わせ技で実質的に埋め終えた事業者や個人を含めれば、その数はすでに万単位に達していたのだ。

 

「係長、また最近、1階の窓口が目の回るような忙しさになってきたって悲鳴が上がってますよ」

 

部下がタブレットの受付状況を見ながら、嬉しそうに報告してくる。

 

「そうだろうな。事前に営業課から窓口要員を引っ張ってきて、配置換え(増員)しておいて大正解だったろう?」

 

完済者への余計なルート営業をシステム的に禁止(出禁)にしたことで、行内で最も暇を持て余していた営業課の人員に、わずかな余剰が生まれていた。

なら、そのリソースを、これから押し寄せるであろう「申請者の第二波」を捌く防波堤として使わせてもらうのは当然の判断だった。

 

「それにしても係長、本当にすごいですね。よくここへ来て申請者がまた爆発的に増えるって分かったんですか?」

 

「いいかい、他行でハイブリッド『風』ローンを組んだものの、いつまで経っても減らない融資残高と、毎月むしり取られる3%の手数料に憂鬱になってな。夜、三宮の飲み屋で黄昏れている社長がいたとするだろ?」

 

私はぬるくなったお茶を飲み干し、不敵に笑った。

 

「そのすぐ隣の席で、ウチの完済組や、実質半分完済してあとは消化試合に入っているご機嫌な社長たちが『ゴールドがまた最高値更新したお陰で、もう残債の半分が担保で消えたわ! ガハハ!』なんて大騒ぎしていたら、嫌でも聞き耳を立てるさ。

 で、こう思うわけだ。――『俺たちは乗る船を完全に間違えた』とな」

 

「……ゴールド条項の差、ですね」

 

「ああ。ゴールドという強烈な上昇エンジンのおかげで、ウチの顧客のLTVは劇的に改善し、実質的な担保額の負担が減っている。

 他行の社長たちも、そのスキームの凄さに気づいて、まずは『今の融資元の銀行』で同じことをやろうとしたはずだ。だが、あっちの船にはエンジンになり得るレベルの仕組みが、ウチの半分程度しか備わっていない」

 

他行のローンの10%は、銀行と証券が中抜きするためだけの「ゴミ新興国投信」に消える。だから、残りの5%のレバレッジ枠に地銀連合から入手もしくは流出したマニュアルを裏で使って運用しているのだろう。

 

だが、他行のプロ銀行員たちは、その運用に対して一切の口出し(アドバイス)ができない。

なぜなら、彼ら自身がそのロジックを完全には理解できないないし、他行の顧客資料をベースに運用の仕組み化まで踏み込んで指導してしまえば、著作権や金融商品取引法、さまざまな法に触れるからやれないのだ。

 

「つまり他行の顧客は、ますます担保額が増えにくく、身動きが取れなくなるということですか?」

 

「ああ。マニュアルを自力で完全に読み解いて、孤独に運用できる一部の天才だけが自力で返済していく。

 それが他行の実態さ。そして大半の凡凡たる社長たちは、ついにウチの完済者の数が2桁に届こうとするのを見て、耐えかねてウチの窓口へ並びに来た……」

 

「正確には、最初から『並び直す』、ですね」

 

「その通り。当初の状況を思い返してみろ。ウチの審査をパスするには、面倒な講習を何時間も受けて、厳しい経営と投資のテストをクリアしなきゃならなかった。

 それを嫌がって、テキストやマニュアルだけ掠め取るか、一通りの講義を聞いた時点で『あっちの兵庫産業銀行なら、テストなしで2倍の速度で即日貸してくれるぞ』と逃げ出した連中が、当時は大勢いたはずだ」

 

私は手元の端末で、過去の「審査ドロップアウト(辞退者)リスト」を開いた。

彼らはもれなく、最初の段階でウチに詳細な財務状況の申請書類を出している。

 

どのタイミングでウチの規律から逃げ出し、他行のザル審査に魂を売ったのか。そのデータは、すでに私たちの手の中にすべて揃っていた。

 

「さあ、お帰りなさい、迷える子羊たち。……見せてくださいね、一度ウチの『熱湯の規律』を舐めて逃げ出した君たちが他所でどれだけ鍛えられたかを。」

 

ローン借り換え申請者による、まさに「大移動」と呼ぶべき現象が全国の各都道府県で一斉に起きていた。

 

顧客の流出を前に、兵庫産業銀行をはじめとする他行もようやく重い腰を上げ、移動先(彼らはそれを「地銀連合」という巨大な一枚岩の組織とはまだ認識せず、個別の地銀のスタンドプレーだと思っている)のスキームを慌てて真似し始めた。

「我が融資商品にも、現物ゴールド条項を組み込みます!」と。

 

しかし、その泥縄式の対応が、完全に火に油を注ぐ結果となった。

 

『――じゃあ、今までの「新興国投資信託オンリー」という強制条項は、一体なんだったんだ!?』

 

顧客たちも、そこまでバカではなかった。

他行がこれまでに提示していたあの不自然な投信のラインナップが、顧客の資産形成のためなどではなく、銀行と提携証券会社が中抜きするための「手数料(信託報酬3%超)目的」だったのだと、この裏切りによって誰もが確信したのだ。

 

さらにタイミングの悪いことに、この世界的なインフレは新興国を容赦なく破壊し始めていた。

先進国以上に外貨準備が脆く、購買力のない新興国の国家・国民財政や企業収益は、コスト高騰の直撃を受けて急激に悪化。

そのため、彼らが強制的に買わされていた新興国株価指数インデックス投信は、バブルの浮力を失い、月に10%もの下落を3か月連続して記録することもあるような暗黒期に突入していた。

 

手数料で3%毟り取られ、元本の内の10%分は毎月10%ずつ溶けていく。

そんな泥船から逃げ出そうとしたら、銀行側から「これからはウチもゴールドを選べます!」と言われたのだ。経営者たちが「ふざけるな」と激昂し、通帳を叩きつけてウチへ駆け込んでくるのは当然の帰結だった。

 

「――ここからが、本当の勝負所だ」

 

私の言葉は、目の前の部下に向けたものではなかった。

窓口に殺到する顧客たち、そしてすでにウチで借りて運用している顧客にも向けている。さらに言えば、この歪んだ市場全体にも向けた、虚空へと放った独り言だ。

 

新興国市場とはいえ、インフレ下での株価低迷。

それは、世界を覆うバブルの中堅市場ですら、いよいよ息切れを始めたという明確な危険信号(サイン)に他ならない。

 

この新興国クラッシュの波が、一体いつ先進国市場へと飛び火して襲いかかってくるか。

そして、歪な半導体バブルだけで保っている先進国市場の中で、国力が落ちきった「日本」が真っ先にその生贄として襲われる可能性も、十分に考え得るのだ。

 

だからこそ、今、改めて『規律』が必要になる。

 

『目を付ける先は自分の目を、逃げるか決めるのはシステム式』

 

講習やテスト、私たちが配り続けた投資マニュアルにも明確に記されている絶対原則の一つだ。

家電量販店の熱量や、ファンダメンタルを自分の「目」で見て違和感を察知して銘柄や通貨ペアを決める。

そして、予測が外れてテクニカルの前提が崩れたなら、自分の感情(意地や祈り)は一切挟まず、あの管理警告システムのメールに従って機械的に「逃げる(損切り)」。

 

戻ってきた迷える子羊たちに、もう一度この熱湯の規律を叩き込まねばならない。

そうしなければ、遠からずやってくる「本物の暴落」の津波が押し寄せた時、ウチの防壁(ゴールド)の内側にいるはずの彼らさえも、一瞬で市場に呑み込まれてしまうからだ。

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