ある銀行の・・・   作:適当でいいです

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第27話

ニュースが報じられたのは、日本時間の21時ちょうど。

アメリカの半導体業界メディアがスクープとして放ったその一報は、瞬く間に先進各国の主要メディアへと転載され、世界中のトレーダーの端末をパニックの赤色で染め上げた。

 

22時30分のアメリカ市場の開場を待つまでもなく、そのときまさに開場中だった欧州各国の株式市場が、目に見える速度で急落を開始した。

 

特に、日本と同じくAIが纏う『ボディ』となる精密機器や自動車を作る製造業の比率が高い、ドイツ市場の株価指数(DAX)のチャートは、見るも無残な垂直落下を描いていた。

10分ごとにマイナス1%ずつ機械的に下落していくという、大口投資家のアルゴリズムによる容赦のない機械的な売り浴びせだ。

フランス(CAC40)やイギリス(FTSE100)、スイス、イタリア、スペインの市場も決して例外ではない。ドイツの壊滅ぶりに比べれば若干はマシだったが、それも文字通り、目糞耳糞の『マシ』というレベルに過ぎなかった。

 

そして22時30分。運命のアメリカ市場が開場する。

すでに開場前のプレマーケット(時間外取引)の時点で、普段ならびくともしないような時価総額トップクラスの超巨頭銘柄ですら、軒並みマイナス8%という凄まじいギャップダウン(窓開け暴落)を記録していた。

 

「……始まったな」

 

私は自宅の書斎で、ノートPCの画面に映るニューヨーク市場の板を凝視していた。

ゴングが鳴ると同時に、画面上を狂ったような速度で数字が明滅し、激しい上下運動(ボラティリティ)が巻き起こる。下がったところを「絶好の押し目買いチャンス」と捉えて買い向かう、バブルの慣性に脳を焼かれた強欲な逆張り勢が一定数いるようだ。

 

だが、そんな抵抗も長くは続かない。

開場からわずか30分もすると、買い手は完全に力尽き、チャートは巨大な陰線を引いて奈落へと落ちていき、サーキットブレーカーで一時停止する場面もあった。

 

しかし、相場の魔物はどこまでも意地が悪い。

パニック売りが一巡した深夜2時過ぎ、市場は何事もなかったかのように急激なリバウンド(買い戻し)を見せ、下げ幅を大きく縮小してその日の取引を終えたのだ。

翌朝のニュースだけを見たライト層なら、「一時的な調整に過ぎなかった」と胸を撫で下ろすような、綺麗な下髭ピンバー。

 

だが――これこそが、地銀連合が磨き上げた投資マニュアルの第4章に太字で書かれている、最悪の罠(ベアトラップ)だった。

 

『大局の前提崩れにおける初動の急反発は、大口の売り抜け(ショートカバー)に伴う幻影に過ぎない。この局面におけるリバウンドが罠である確率は、統計上75%を超える。

 規律ある者は絶対に買い向かうな。システムのアラートに従い、淡々とポジションの縮小を継続せよ』

 

深夜の静寂の中、私のスマートフォンが短いバイブレーションを繰り返していた。

地銀連合の『投資管理システム』が、規律を破ったワースト顧客たちの口座から発せられる「前提崩壊」の悲鳴を、機械的に検知し始めたのだ。

 

この嵐の深夜、私の最悪の予念はやはり的中した。

株式市場の追証(マージンコール)の支払いに追われた世界中の機関投資家やヘッジファンドが、現金を捻出するために、莫大な含み益の乗ったゴールドをはじめとする貴金属全般を市場へ盛大に叩き売ったのだ。

円建て・ドル建て問わず、金価格のチャートは一時、崖から飛び降りるような急落を記録した。

 

――だが、これは地銀連合のブレインたちにとって、完全に「想定内」の下落だった。

なにせ、これまでの異常な上昇相場の中で、ゴールドの日足チャートは統計学上のボラティリティの限界を示す「プラス3シグマ」に何度もタッチしていたのだ。

さらに言えば、ボリンジャーバンドのスクイーズ(収縮)からエクスパンション(拡散)を経て、現在の『+2シグマと-2シグマ』のバンドの開き幅(バンド幅)は、なんとゴールドの本体価格の「28%」にまで達していた。

 

歴史的に見てもコモディティ市場でこれほどの歪みが生じることは珍しい。

これを異常バブルと言わずして何というのか

――そんな技術的な嘆きと冷や汗が、連合のブレインたちの間で共有されていた。

 

地銀連合も、このゴールド一極集中スキームの脆弱性は百も承知だったのだ。

だからこそ、彼らは「ここまで価格が落ちたら我々の負け(システム崩壊)である」という、絶対的な『敗北のライン』をあらかじめ厳格に設定していた。

 

そして、このパニック初夜の終値。

ゴールドは日足の+3シグマから、一気にボリンジャーバンドの中央線である「20日移動平均線(20SMA)」を一度は力任せに下に貫いた。

しかし、夜明け前には凄まじい買い戻しが入り、結局は20SMAのラインまで価格を戻すという、非常に大きな下髭を伴う大陰線が形成されたのだ。

 

テクニカル的な形状で言えば、首の皮一枚繋がった形だ。

この程度の下落であれば、連合が定めたリスク管理規定のラインでは、まだ『健全な調整の入り口』に入った程度の扱いに過ぎない。

 

融資先のLTVを致命的に脅かすレベルには、到底達していなかった。防壁は耐えた。

だが、ここからゴールドが中央線を維持して持ち直すのか、それとも-2シグマ、もしくはさらにその下を目指して本格的なトレンド転換を起こすのか。

――それはもう、地銀連合の有能なブレインたちであっても、神のみぞ知る領域だった。

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