ある銀行の・・・   作:適当でいいです

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第31話

思えば、今、世界中のマーケットを叩き潰している金融ショックと、少し前に端を発したメモリーの新規供給シャットダウン――この二つの危機が描いている構造は、驚くほどに酷似していた。

 

「きっと、すぐにまた元の水準に戻るはずだ」

「一時的な大口の仕掛けにすぎない。ガチホ(長期保有)していれば、いつか必ず戻る」

そう言って、目の前の真っ赤な暴落チャートから目を背け、システムのインジケーターを「日足から週足」へスライドさせて現実逃避を決め込む、うちの顧客を含む投資家たち。

 

「きっと、AIではなく『人の温かみ』を顧客は求めているに違いない。うちの従来型のビジネスは死なない」

「供給停止は来年末までの時限的な話だ。だから再来年になれば、需要に合わせて半導体関連企業がサプライチェーンを強化して、勝手に解決してくれるだろう」

そう言って、工場の稼働停止や基幹部品の不足という致命的なディスラプション(断絶)を前に、希望的観測を並べる地元中小企業の経営者たち。

 

どちらも、本質は同じだった。

あまりにも根拠のない、どこか他人事のようなスタンス。

 

もちろん、彼らが悪いと一方的に責めるつもりはなかった。実際に、今起きている事象は、世界的な半導体カルテルや大口ヘッジファンドの思惑が絡み合った代物であり、一地方の個人や中小企業がどうこうできる問題レベルではないのも事実だからだ。

 

だが、問題はそこではない。

圧倒的な時代の濁流に呑み込まれた、まさに「この極限状況」において、自分は何をするべきか?

それを、我々地銀連合は、バブルの熱気に誰もが浮かれていた数ヶ月前から、耳にタコができるほど『経営』と『投資』の講義で叫び続け、分厚いテキストとマニュアルで叩き込んできたはずだった。

 

投資であれば、感情を殺した厳格な逆指値(損切り)の設定であり、相関性の低い資産(ゴールド)への分散。

経営であれば、供給途絶を前提としたサプライチェーンの即時組み替え、不採算部門の迅速な切り捨て、そして何よりも手元キャッシュ(現預金)の絶対的な確保。

 

「生き残れるかは、もはや他人事の事情(マーケットや時代の回復)に任せて、運良く乗り切れるほど甘くはないんだ……」

 

会議室の重苦しい空気の中、私は心の中で静かに呟いていた。

 

自分でリスクを取り、自分でシナリオを書き換える規律(ルール)を持たない者は、どれほど歴史の浅瀬で足掻こうとも、システムと契約条項という名の冷徹な刃によって、ただマシンのように処理されていく。

地銀連合が用意した「防壁」の内側に残れるか、それとも外側の地獄へ文字通り叩き落とされるか。その運命の分水嶺は、まさに今、この瞬間に執行されようとしていた。

 

「係長、現在の配分です」

 

会議室からフロアに戻った私に、部下がすかさず一枚のスクリーンショットを差し出した。

 

それは、投資管理システムの管理者画面でしか閲覧できない、顧客全体のリアルタイムな資産配分(ポートフォリオ)の縮図だった。

どの銘柄に、全体の何%の資金が投じられているか。買い(ロング)なのか売り(ショート)なのかのポジション方向まで追うこともできるが、今はそこまで細かく精査するのは骨が折れる。

とにかく「顧客がどの投資商品を触っているか」――その大まかな資金移動(フロー)だけを注視していた。

 

なにせ、この歴史的な大荒れ相場だ。

画面の向こうでは、恐怖に駆られた顧客たちがパニック(狼狽)を起こし、買いと売りをガチャガチャと入れ替える「往復ビンタ」の自滅行為が多発している。

もちろん、連合のマニュアルのルールに則って防衛的にポジションを細かく整理せざるを得ない銘柄もあるため、一概に責めることはできないのだが。

 

私が最も気になっていたのは、この「ゴールドすら下がる」という異常事態の中で、顧客たちが連合のテキスト通りに動けているか、という一点だった。

 

すなわち――【株とゴールドの「絶対価値評価」の相場から、FX(為替)の「相対価値評価」の相場へ移れているか】。

 

株式も、そして究極の安全資産と呼ばれるゴールドも、本質的にはそのモノ自体の価格を市場がいくらと値付けするかという「絶対価値」の競り合いだ。

今回のような世界的なパニック時には、手元キャッシュ(現金)を確保するためにあらゆる資産を投げ売りする「総換金売り」が多発する。そうなれば、どんなに優れた資産であっても、売りが売りを呼んで奈落まで売り叩かれる。

 

しかし、FX(外国為替証拠金取引)は構造が根本から異なる。

たとえばユーロドル(EUR/USD)なら、「ユーロの絶対的な価値」と「ドルの絶対的な価値」の突き合わせだ。

仮に世界同時不況でユーロの価値もドルの価値も同時に目減りしていようとも、チャートに現れるのは「今、どっちの価値がよりマシ(優勢)か」という『相対的な勝敗』に過ぎない。

どちらかが下がっても、もう一方も一緒に下がれば、逃げ場が完全に消滅することはないのだ。

・・・少なくとも株式やゴールド相場よりはマシというものだが。

 

つまり、ゴールドすら1週間も安全資産としての機能を失うようなこの狂った混沌相場で、未だに株式相場にしがみつくなど、文字通りの自殺行為だった。

 

「下がると分かっているなら、空売り(ショート)で儲ければいいじゃないか」

 

素人はよくそう口にする。だが、市場の裏で血を流している超エリートの機関投資家や巨大ヘッジファンドたちが、そんな単純な勝ち逃げをすんなりと許すと思うか?

彼らとて人間だ。

今頃、裏では「クソが! 歴史的な大損をこいちまった……! このままだと出資者どもに首を吊らされるぞ。……しかたない、下落の波に乗って安易に空売りを入れてくるマヌケ(個人投資家)どもを、一気に踏み上げて(買い戻させて)金を巻き上げるか」と、極悪な罠を仕掛けているに決まっている。

 

現に、株式市場の週足を見れば綺麗な大陰線を描いているが、日足に時間軸を落とすと、その内実は凄惨極まりないものだった。

ある世界的な超巨大半導体企業の株価は、ある日は「底を打った」という謎のハメ込みニュースで前日比プラス7%も急上昇したかと思えば、翌朝には市場の格下げ発表で下窓を開けてマイナス11%の大暴落。

トレンドも糞もない、個人投資家をピンポイントで屠るためのランダムな乱高下(ノイズ)が、市場のあちらこちらで狂暴に吹き荒れていた。

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