ある銀行の・・・   作:適当でいいです

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第35話

日本の政策金利は、これによって1.0%から1.75%へと垂直跳びを見せた。

1%という大台。それは遡ること7年前、2026年11月に、日銀が死に物狂いで0.25%の利上げを敢行し、やっとの思いで乗せた国境線だった。

しかし、当時の利上げは、自発的なものではなかった。

オーストラリアが利上げフェーズに入り、アメリカ、イギリス、欧州が足並みを揃えて0.25%刻みで引き上げる中、日本だけが置いていかれるのを恐れた政治的パフォーマンス――「仕方のない追随」に過ぎなかったのだ。

 

だが、今回は違った。

大画面に映し出される経済学者や証券会社の解説担当者の顔には、生気がなかった。

『利上げしなければ、この国が破産する』。

黒幕たちに背中を押されたわけでもない、100%自発的な決断。

皮肉なことに、円安という積もり積もって巨大化した刃先が、日本の経静脈を完全に引き裂く寸前になって、国家はドブ板の現実へ這い出てきたのだ。

 

デスクのスマートフォンが、狂ったように通知のバイブレーションを震わせ始める。

ニュースサイトのコメント欄、SNSのタイムラインは、一瞬で絶望の叫び(スクリーム)に塗りつぶされた。

変動金利で家を買った住宅ローン債務者。

「スワップ金利美味すぎ」と、レバレッジをかけて円売り(クロス円ロング)を握りしめていたFX投資家たち。

さらには、金融の仕組みなど何も知らない、ただ電気代の値上がりに怯えていた一般市民。

 

「バブル崩壊」「地獄が来た」「日銀に殺される」――。

 

他行の『新興国アクティブ投信』を掴まされ、時間軸の概念すら持たない他行の顧客たちが秒速で消し飛んでいく中、地銀連合の檻の中で大山の「規律」を守り抜いた事業者たちもまた、強烈な爆風に晒されていた。

だが、彼らは死んでいない。

4時間足以上の時間軸で投資し、その警告メールを受け取り、歯を食いしばって損切りボタンを押した彼らは、日本中の全企業の中で、おそらく上位5%に入る『被弾回避組』として、辛うじて酸欠の市場に踏み止まっていた。

 

「……係長。阿鼻叫喚って、こういう事を言うんでしょうか」

 

大阪の敗走兵だった部下が、青ざめた顔でタブレットを握りしめ、大山を見上げた。

大山はすり減った万年筆を胸ポケットに差すと、窓の外、怒号が響いているかのように錯覚する神戸のオフィス街を見下ろした。

その目は、冷徹なほどに乾いている。連合のブレインの末端に籍を置き、出世を捨てて現場の泥水をすすり続けてきた男だけが持つ、冷ややかな視線だった。

 

「そうだな。あれだけ『ドル円を下げろ』『利上げしろ』と毎月の会合ごとに騒ぎ立てておいて、いざそれが現実になったら、今度は『経済が死ぬ』と政府を呪う。まったく、勝手な奴らだ」

 

「それ、私も入っているのですが」

 

と部下は苦笑いする。

大山は小さく息を吐き、自分の端末に映る「住宅型(サラリーマン)」の設定変更ログの山を見つめた。

日足から週足へ、現実から目を背けるために目隠しをした者たちのドットが、次々と灰色(デフォルト)へ変わっていく。

 

恐れていた未来は、予測をはるかに超える速度で、すべてのリスクを一度に引き連れてやってきた。

 

数行の信用金庫が破産申請を出したという速報が流れた直後、街の景色は一変した。

シャッターの閉まった信金の前に群がる群衆。それは瞬く間に「取り付け騒ぎ」という名の暴動へと姿を変え、周辺の金融機関、そして我が地銀連合の店舗へと飛び火するのに時間はかからなかった。

だが、地銀連合を襲った地獄は、他行のそれとは本質的に異なっていた。

 

「円建てゴールドの評価額が……まだ止まりません! 下落スピードは落ちていますが・・・」

 

ディーリングルームに悲鳴が響く。

驚異的なスピードで進む円高。それに引きずられるように、これまで無敵を誇っていた円建てゴールドの価格が、減速しながらも底なしの砂地を落ちるように下がり続けていた。

それだけではない。インフレの恩恵を謳歌していた外国通貨建て資産、とりわけ米国株の評価損益が急落。追随するように日本株も全面安となり、市場からあらゆる『価値』が蒸発していた。

 

大山が教壇でどれほど説いても、人間の強欲は止められなかったのだ。

FXに移行していながら、時間軸の手法を切り替えて目隠しをし、規律を破ってクロス円の円売り(ロング)にしがみついていた者たちは、言うまでもなく一瞬で消し飛んだ。

結果として残ったのは、多数の「担保割れ」の山だった。

 

「係長! ロビーが……ロビーがもう持ちません!」

 

別の部下の声が裏返っている。

神戸E銀行のロビーは、預金を引き揚げようとする一般客と、システムに「NO」を突きつけられてハイブリッドローンを強制解約された顧客たちの怒号で、完全に混沌(カオス)の極みに達していた。

金庫にあるはずのゴールドは担保割れで銀行に没収され、住宅も、工場の設備も、一瞬にして差し押さえの対象となった人間たち。

 

「金を返せ!」「俺のゴールドはどこへ行った!」「大山を出せ!」

 

他行の窓口が「預金者の不安」で揺れているのだとすれば、地銀連合の店舗は、システムに全てを毟り取られた人間たちの「怨嗟」で燃え上がっていた。

連合の美しすぎる「3ム排除の檻」が壊れた瞬間、牙を剥いたのは、システムを信じ切っていた人間たちの狂気だった。

大山は、怒号で床が震える融資課のデスクで、静かに自分の端末の電源を落とした。

画面が消える直前、あの「日足から週足へ」と目隠しを切り替え続けていたサラリーマンたちの口座ステータスが、一斉に赤から黒――『デフォルト(債務不履行)』へと染まるのを見届けた。

 

「……係長。どうするんですか、これ……」

 

部下が涙目で大山の袖を掴む。

大山はゆっくりと立ち上がり、すり減った革靴の紐を締め直した。ブレインの末端。現場の係長。この地獄の最前線に立つために、自分はあえてこの席に残り続けたのだ。

 

「どうもしないさ。全員、自分が選んだ手法の『結果』を受け取っているだけだ」

 

大山はロビーへと続く重い扉に手をかけた。

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