ある銀行の・・・   作:適当でいいです

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第38話

「なぜ、このタイミングで不正が露呈したと思う?」

 

樫村課長の問いに、私は冷徹な現実を口にした。

 

「組織やスキームが急膨張している時期は、多少の不正や運用の欠陥は『データのノイズ』としてスルーされやすいものです。よほどあからさまな身内の泥棒でもない限りは……。

 それが、今回の株クラッシュ、超円高、そして緊急利上げのトリプル・ショックによって、隠しきれない明確な異常値として水面に浮き上がってきた。そういうことですね」

 

「そうだ。最初は中央のリスク管理部門も、不正とまでは疑っていなかった。『このエリアだけ、やけに焦げ付きの“額”ではなく“率”が高いな』という、微かな違和感(スパイク)を検知しただけだった」

 

課長は手元の極秘タブレットをスクロールさせ、システム監査のログ画面を私に見せた。

 

違和感を抱いた連合中央が極秘裏に内部調査をかけたところ、三重F銀行が実施していた投資適性テストの内容が、連合の内部マニュアルが定める最低基準(底)を大幅に下回る「超簡易版」に書き換えられていた事実が、複数検出されたのだ。

 

「少数または短期間であれば、問題作成者の未熟さや、現場の適性不足として処理されただろう。だが、あまりに数が多すぎた。

 本来のフローは、担当者が作成したテスト原案を、係長などの上長がチェックして承認する形になっている。そこで、本部のシステム部門が動いた」

 

課長の声のトーンが、冷徹なトリアージ官のそれに変わる。

 

「該当する複数の係長の端末に対し、各行のシステム部門が『遠隔トラッキング』と『バックグラウンドの画面録画』を同時に仕掛けて24時間監視した。結果はクロだ。

 担当者がマニュアル通りに作成した正規のテスト問題を、上長である係長が自らの手で、意図的にザルな内容へと改ざんしている決定的な瞬間が記録された。それが3回繰り返された時点で、犯人が確定した」

 

「なるほど。言い逃れのできない完全な社内不正(モラルハザード)ですね」

 

私はため息交じりに呟いた。

三重F銀行──日本最大の重化学工業地帯を背負う三重県において、彼らは県内5位の弱小行にすぎない。

中京圏特有の極めて堅実な風土が災いし、我が連合のインフレヘッジ・スキームを公式発表前に提案した際も、ほとんどの有力地銀が乗ってこなかった。結局、上位行は抑えられず、5位の三重F銀行をパートナーに選ぶしかなかった。

 

優秀な他行にシェアを潰されるという恐怖。5位行という悲哀。それが、現場の係長たちを「テストの改ざん」という禁手へ走らせたのだろう。

だが──私に同情するつもりは毛頭ない。規律を破ったツケは、等しく身を滅ぼす数字となって返ってくるだけだ。

 

「……ところで課長。なぜ、埼玉や奈良ではなく、私が三重の火消しに充てられたのですか?」

 

私の少し意地悪な質問に、樫村課長は苦笑いを浮かべた。

 

「奈良だとここから近すぎて、現地と変な情(身内意識)が湧くかもしれないと、上が神経質になっている。かと言って埼玉だと、君の居た栃木の拠点に近すぎる。この組織の上の連中が、どれだけリスク管理に対してパラノイド(偏執病)か、君が一番よく知っているだろう」

 

「なるほど、遠すぎず近すぎない、利害関係のない第三者としての私ですか。いかにもあの神経質な頭取会が考えそうな人事だ」

 

私は席を立ち、極秘メモの入ったタブレットの電源を落とした。

法律上は「白(適法)」だが、地銀連合の規律としては「完全な黒」。

 

他行のザルな審査よりマシなどという言い訳は、これから三重の重工業地帯に吹き荒れる利上げの嵐の前には何の意味も持たない。簡易テストで適性があると錯覚させられ、身の丈に合わないリスクを背負って今にも窒息しかけている大口の経営者どもが、三重F銀行の周りで死に体になっているはずだ。

 

「分かりました、三重へ行きます。現場の泥棒猫たちを叩き出し、あの地獄でまだ息をしている『真の優良顧客』を見極めて、彼らに本物の規律(教育)を叩き込んできますよ」

 

「法(金商法)は犯していない。だから警察には引き渡せない。だが、簡易テストを乱発したことで、我が連合に莫大な営業損失と信用の毀損を出したのは事実だ。

 だから上層部は、その係長どもにこう突きつけた。『今すぐ沖縄の信金へ転籍してくれ。大人しく席を移すなら、個人への損害賠償請求は見送ってやる』とな」

 

「なるほど、実質的な強制連行ですね。賠償金で一生を破滅させられたくなければ、南国の幽霊ポストで一生大人しくしていろ、と」

 

カモフラージュ用に作られた幽霊信金を内情を知っている者の流刑地として使う。

なるほど、東京や名古屋などの有力地銀には解剖された銀行経営でも、他行にとっては絶好の材料になるかもしれない。

とくにETF運用や短期債運用などは特に・・・

 

あの密談から3か月後。

私は内密の出向・転籍手続きをすべて終え、三重F銀行の四日市支店へと赴任した。

 

四日市──夜になれば巨大なコンビナート群が冷たい光を放つ、日本屈指の重化学工業地帯だ。

この3ヶ月の間に、地元の金融地図は劇的に塗り替わっていた。連合結成当時は県内5位の弱小行にすぎなかった三重F銀行は、現在の金融ショックを経て、一気に3位までジャンプアップしていたのだ。

我々が強かったわけではない。上にいた上位2行が、利上げと円高のツイン・ショックによる国債暴落とレバレッジの逆回転に耐えきれず、勝手に自滅して沈んでいった結果だった。

 

私の新しい戦場は、本店の置かれた県庁所在地の津市ではなく、実体経済の最前線であるここ四日市支店だ。

 

着任した私がまず着手したのは、南国へと文字通り『蒸発』させられた前任の係長が残した膨大な融資枠の穴埋めと、彼らが弄った投資適性テストの難易度を、マニュアル通りの「正規の基準」へと静かに戻すことだった。

だが、問題はすでに「簡易テスト」で通過してしまい、投資枠を手に入れている既存の事業者たちだ。いまさら銀行側の不備を理由に、「テストがザルだったので再試験を行います。不合格なら枠を取り消します」などという不利益変更は、法的に100%不可能だった。

 

「法的な縛りは動かせん。だが大山くん、悲観することはないぞ」

 

三重での私の新しい上司、ハイブリッドローン融資課長の矢島が、四日市の重苦しい曇り空を見つめながら低く言った。

 

「この激震を、あの緩いテストの知識だけで耐えきった事業者たちがいる。……それはすなわち、我々が本来求めていた最高難度のテストであっても、自力で十分に通過できたはずの『本物の規律』を持った生存者たちだ」

 

矢島課長の言葉に、私は深く頷いた。

 

「生存者バイアス、ですね。前任者のモラルハザード(甘え)という最悪の濾過器(フィルター)を、皮肉にもこの市場クラッシュという荒波が補完し、本当に優秀な顧客だけを残してくれた、と」

 

まったく、本当に皮肉な話だ・・・

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