ある銀行の・・・   作:適当でいいです

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第43話

あの会議からわずか3日後のことだった。

 

地銀連合中央の監査官たちが、津市にある三重F銀行の本店へ突入したという報が私の元に届いた。

彼らは監査室に立てこもるやいなや、本店システムに直結した端末を押さえ、同時にカストディ(資産保管)金庫の現物調査を開始。帳簿上のデータと、金庫に眠っているはずのゴールドバーに刻印されたシリアル番号を、一本ずつ執拗に照合していくという。

 

実物の金塊を数える。その単純にして決定的な作業が始まった時点で、勝負はついていた。

ここから先の事実確認と、誰がどのタイミングで現物を抜いたのかという犯人探しは、もはや私の仕事ではない。連合中央の「お抱え」のプロたちが、法の刃を突きつけてすべてを暴き立てるだろう。

 

しかし──融資課のデスクで報告書の端切れを眺めながら、私の胸には一つの大きな疑問が澱(おり)のように残っていた。

「動機」は何だったのか。

 

単に銀行員が、組織のノルマを達成するため「だけ」に、実物資産の横領という一発アウトの重大犯罪に手を染めるものだろうか。いくら上層部からの突き上げが狂気じみていたとはいえ、それだけで己の人生を棒に振るリスクを冒すとは考えにくい。他にどのような裏の利権や隠蔽工作が絡んでいたのか。

まあ、その領域もまた中央の管轄だ。私のような出向者に下りてくるのは、綺麗に処理され、検閲されたあとの断片的な情報だけでしかない。

 

さらに2か月が経過した。

 

三重F銀行、奈良、埼玉の3行に関するニュースは、世間の耳目を分散させるためか、時期をずらしてバラバラに発表された。

新聞の社会面や経済ニュースの片隅に躍ったのは、『銀行員の顧客資本の横領容疑』という、一見すればよくある「個人の使い込み」を思わせる一般的なワードだった。

 

地銀連合のシステムを揺るがす構造的犯罪であることは巧妙に隠蔽されていたが、その逮捕者のリストは、四日市支店の内情を知る私にとってあまりにも衝撃的だった。

 

営業課長(四日市支店)

 

営業課員(本店1名、同支店1名)

 

システム課長(本店)

 

経理課長(本店)

 

計5名。一過性の不正ではなく、支店の数値を司るシステムと、金の流れを統括する経理、そして現場の営業が完全に結託していた「組織的な大犯罪」の構図がそこにはあった。あの営業課長が口にしていた「身の丈に合わないリスクを背負わせたローンへの恐怖」という言葉は、やはり自らの横領と、それに伴う金庫の破綻を隠すための泥縄式の正論に過ぎなかったのだ。

 

そして翌朝。

私は、四日市支店の融資課フロアに入ってくる人物の姿をじっと見つめていた。

 

ハイブリッドローン融資課長、矢島。

 

彼はいつもと変わらない、少し神経質そうな、しかし規律を重んじるバンカーの顔のまま、何事もなかったかのように自分のデスクへと着席した。その姿を見た瞬間、私の胸の支えがすっと下りていくのを感じた。

 

矢島課長がこうして何事もなく出社してきているという事実。それこそが、あの「不正テスト(審査のザル化)」に、融資課長である彼が一切関わっていなかったという決定的な証明だった。

 

融資課のトップである矢島が関与していないにもかかわらず、なぜあのザル審査が通り続けていたのか。その答えも、逮捕者リストを見れば火を見るより明らかだ。

逮捕された営業課長、そしてシステム課長と経理課長。この3つの車輪が揃えば、融資課を迂回してシステム上の数字を書き換えることも、裏で現物を動かすことも不可能ではない。

 

矢島課長は、融資の「規律」を守ろうとしていた。だが、営業課長からの執拗な圧力と、システム・経理まで巻き込んだ組織的な隠蔽工作の前に、現場の違和感を押し潰され続けていたのだろう。神戸の樫村課長が私に「神経質なほどに観察しろ」と命じたのは、自らの課が汚染されていないかを見極めるため、そして、組織の壁に阻まれて掴めなかった「尻尾」を、外部の目である私に掴ませるための、悲痛なSOSだったのかもしれない。

 

私は冷たくなったコーヒーを飲み干し、静かにパソコンの電源を入れた。

嵐は去った。金庫の底に巣食っていた怪物たちは連れ去られ、四日市支店には、静かで、冷徹な「規律」が戻ろうとしていた。

 

「規律は戻っても、信頼は戻ってこない、か。」

 

大規模横領のあった三重F銀行には多くの抗議と借り換え申請客が押し寄せて来た。

まあ、当然だ。

メガバンクや有力地銀ならいざ知らず、県内3位の弱小と有力の狭間のような立ち位置の地銀では致命傷になるやもしれない。

さて、ここからどう立て直すか・・・

 

「ん? 住宅型ばかりか?」

 

私は部下の差し出した融資申請書の束をめくりながら、眉をひそめた。

 

「はい。横領報道の翌日である今日に限っての話ですが、解約や他行への借り換えを前提とした『プラン変更の申請書』を見ると、ほぼすべてが住宅型ハイブリッドローンの顧客になります」

 

部下の言葉を聞きながら、私は顎に手を当てて考え込んだ。

──いや、考えれば自然か。

 

この激震の最中であっても、事業者が三重F銀行から離れられない理由、つまり「うち(三重F銀行)でなければならない決定的な売り」がある。

 

単にゴールドを担保にして手堅く運用するだけなら、隣の愛知県にいくらでもある有力地銀へ移ればいいだけの話だ。しかし、この三重F銀行には、他行が逆立ちしても真似できない2つの強みがあった。

 

1つは、事業者同士を結ぶ全国規模の「超優良サプライチェーン網」の仲介力。これを県内で握っているのは地銀連合たる三重F銀行だけだ。

そしてもう1つが、さっき部下も興奮していた、MACDをはじめとするテクニカル指標が反転して市場が終わればその直後に判定して、その銘柄の撤退を推奨するメールを自動で送ってくれる「管理システム」の無料利用権。

 

実利とシステムを重んじる事業者(経営者)ほど、報道の表面だけを見て感情的に動いたりはしない。

 

「事業型の方々は、抗議や怒りの電話をかけてくるより、むしろ『私の資本はお宅のカストディ金庫にちゃんと残っているのだろうな?』という、冷徹な事実確認の連絡がほとんどだそうです。コールセンターのオペレーターたちからの聞き取りですがね」

 

部下は少しホッとしたように苦笑いを浮かべた。

生存者たちは、やはり賢明だった。実物のゴールドが中央の監査であれなんであれ、「保全されている」と分かれば、サプライチェーンと管理システムという利権を捨ててまで、わざわざ他行へ移るリスクは冒さない。

 

一方で、解約の嵐が吹き荒れている「住宅型」には、それがない。

事業者型のように、銀行にしがみついてでも維持したい独自の付加価値(リターン)がないのだ。

 

「他所の同じスキームを使っている地銀に、いつでも移れる身軽さがある。……いや、本当に資金余力がある人間なら、抗議の電話を入れる時間すら惜しんで、私たちが引き留める隙すら与えずに、もうとっくに他行へ資金を飛ばしているか」

 

私がそう呟くと、融資課のフロアに乾いた沈黙が流れた。

 

去る者は追わず、「残った本物」だけを囲い込む。

住宅型の流出は一時的な手数料の損失にはなるが、地銀連合のポートフォリオを健全化させるための「新陳代謝」とも言えた。

 

私は申請書から視線を外し、生存者リストの筆頭にある企業のデータを画面に呼び出した。

 

「よし、事業者型の対応は今のままでいい。実物ゴールドのシリアル照合が済んだら、顧客リストから順次、例の『NT倍率投信』のアプローチを開始するぞ。営業課の毒(膿)は抜けた。ここからは融資課主導で、彼らの資産を次のステージへ引き上げる」

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