ある銀行の・・・   作:適当でいいです

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第44話

「ご苦労だった、大山」

 

受話器の向こうから、神戸の樫村課長の低く落ち着いた声が響く。

 

「ありがとうございます。四日市支店の『膿』は、これで一通り出し切れたかと思います」

 

「ああ、本部の監査官たちも手応えを感じているよ。お前が現場で違和感を拾い集めてくれたおかげだ。すでに手続きは済ませてある」

 

当然、地銀連合ほどの巨大組織ともなれば、これだけの隠密捜査をやり遂げた人間に対して「口頭の労い」だけで済ませるようなケチな真似はしない。数日後、私の個人口座には、口止め料と隠密行動への対価を兼ねた、しっかりとした「3桁万円」の報奨金が臨時ボーナスとして振り込まれる予定になっていた。

 

ひとまずの成功報酬。しかし、私が小さく息を吸い、何かを言いかける前に、樫村課長はそれを察したように冷徹なトーンで釘を刺してきた。

 

「──大山。色々と腑に落ちない点もあるだろうが、そこから先は詮索しないように」

 

「……はい。分かっております」

 

私は短く答え、受話器を置いた。

 

喉の奥に引っかかったような違和感は、確かに消えていない。

なぜ、実物ゴールドの横領というガチの刑事犯罪が、三重・奈良・埼玉という「3つの拠点」で、まるで呼吸を合わせたかのように同時に行われていたのか。

現場の営業課長たちが主導したという横領と、前任の係長たちが手を染めた「不正テスト(審査のザル化)」。一見すると繋がっているようでいて、実はその因果関係の相関は驚くほど弱い。

 

そして何より、あの『NT倍率投信』だ。

なぜ公式発表前の極秘商品を、融資課長である矢島より先に、逮捕された営業課長(現場)の側が正確に知っていたのか。それなのに、なぜ矢島課長は一切の罪に問われず「無罪」のまま席に座り続けているのか。

 

頭の中で、いくつかの仮説(ピース)が音を立てて組み合わさっていく。

 

──最初から、上層部(あるいは人事部や一部の役員)の「本星」が絵を描いていたのではないか。

新投信をハメ込むためのパイプ役として、営業課の弱み(横領)を握って圧力をかけ、融資課のシステムを迂回させてザル審査を強要した。そして、事が中央に露見しそうになった瞬間、国債型ローンという「釣り針」をあえて垂らすことで、地方のトカゲたち(営業課長ら5名)にすべての罪をなすりつけ、綺麗に切り落とした。

 

矢島課長が「無罪」だったのではない。彼は最初から、この壮大な『トカゲの尻尾切り』のシナリオを知っていて、私という外部の目を使って前任者をパージするための「舞台装置」として動いていたのではないか──。

 

理屈は通る。しかし、それを実証する証拠はどこにもない。

いや、現場のいち係長にすぎない私が、これ以上踏み込めるような証拠を、あの完璧主義の連合中央が残したままにするはずがなかった。これ以上の好奇心は、バンカーとしての破滅を意味する。

 

「……私の仕事は、ここまでだ」

 

私は思考に蓋(ふた)をし、ポケットからボイスレコーダーを取り出すと、その内部データを完全に消去した。これで、三重F銀行の「裏の任務(国内不正編)」は名実ともに幕引きだ。

 

残されたのは、あの金融クラッシュを耐え抜いた、四日市の本物の生存者たち。

そして彼らの手元キャッシュを吸い上げるための、牙を剥いた新商品『NT倍率投信シリーズ』。

 

組織の冷徹な闇に紛れながら、私は次のステップへと視線を向けた。

 

事件の裏処理に奔走していた4か月の間に、金融庁の異例とも言えるスピード審議が完了していた。地銀連合の政治力の凄まじさを物語るように、あの『NT倍率投信』はすでに現場での販売が開始されていた。

 

改めて目論見書を読み込むと、この商品の「エグさ」が技術的な側面からもより鮮明に浮かび上がってきた。

この投信の最大のメリットは、何と言っても「運用コスト(組成コスト)の圧倒的な安さ」にある。

 

通常、特定の業界ETFやテーマ型の投資信託を組成しようとすれば、何十、何百という企業の現物株を実際に買い付けなければならない。さらに株価の変動によってポートフォリオのバランスが崩れれば、その都度リバランス(買い直し・売り払い)の調整が発生する。その管理コストは莫大であり、売買のたびに市場へ手数料を支払う必要がある。

 

それに対して、このNT倍率投信は信じられないほどシンプルだ。

ファンドの中身は「日経平均先物」と「TOPIX先物」の2つだけ。同額の枠を確保し、あとはその比率が範囲内に収まっているかを監視するだけでいい。たった2銘柄の先物取引で完結するため、銀行側の運用コストはほぼゼロに近い。

 

それなのに、我々が顧客へ提示する信託報酬(手数料)は「それなりに張る」のだ。

コストは極小、利益は極大。まさに銀行にとっての打ち出の小槌だった。

 

営業の膿が抜けた四日市支店で、私は仕込みを終えた顧客たちの元へ、この「極上の商品」を携えて営業に回った。

 

「社長、先日の金融ショック、本当によく耐え抜かれましたね。

……あの大暴落の際、FXという『相対(あいたい)取引』が、市場のパニックに対して一定の強さを持っていたことは、身をもってご覧になったかと思います。

レバレッジが怖い、ですか? なるほど、お気持ちは分かります。ならば、レバレッジを一切かけない『現物同士の相対取引』という、一般の窓口ではまず取り扱っていない特別なスキームがありましてね。非常に珍しい大口限定の商品ですので、少々手数料は張るのですが……命拾いをした社長のところのような、優良企業にだけ特別にご案内しているんです」

 

社長が身を乗り出す。私はタブレットのチャートを示しながら、さらに心理的な安全パイを差し出す。

 

「この先、日経平均自体が上がるか下がるか、そんなことは誰にも分かりません。ですが、『日本市場の中で、値がさハイテク株(日経平均)が強いのか、それとも実体経済の内需ディフェンシブ(TOPIX)が強いのか』という、国内市場の内部での相対的な強弱(歪み)にだけ賭けることができます。

しかも、ベースは国内株価同士ですから、あの社長を苦しめた『為替リスク』も完全にゼロです」

 

為替で耳を揃えて叩かれた経営者にとって、「為替リスクゼロ」「レバレッジなし」「現物相対」というワードは、砂漠のオアシスのように魅力的に映るはずだ。

 

「これなら……これなら、うちでも乗れるな、大山さん」

 

安堵の表情を浮かべる社長の横顔を見つめながら、私は心の奥底で冷徹な牙を研いでいた。

 

善意のバンカーの仮面を被り、コストゼロの投信で分厚い手数料を毟り取りながら、私は彼らの手元資金を地銀連合の絶対的な統制下へと再び組み込んでいく。四日市の重化学工業地帯に、新しい「規律」の網が静かに広がっていくのを感じていた。

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