あるファンドの・・・   作:適当でいいです

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第15話

2031年 11月

 

入社三年目を迎えた赤坂と、古参の指導担当である先輩社員の二名は、金融部株式現物課のデスクで、一人の新しい『パーツ』を前にしていた。

地元の商業高校を卒業し、四月に入社したばかりの新人――新山という名の男子社員だ。

 

「あ、あの……ここ、本当にファンドなんすね……」

 

緊張で肩をすくませる新山を見つめ、先輩社員が「ははは」と乾いた笑いを漏らした。

 

「懐かしいな。赤坂も入社した時はまったく同じ顔をしてたぞ」

 

「そりゃそうですよ!」

 

赤坂は思わず声を張り上げた。

 

「うちの高校の求人票一覧だって、銀行の一般職とか中堅企業の事務、工場作業員ばっかりだったんですから。そんな中に『金融業・トレーダー』なんてポツンと書いてあったら、悪目立ちもいいところですよ」

 

「そういえば、採用担当の営業役員も言ってたな。地元のどの高校に挨拶へ行っても『怪しい投資詐欺の業者じゃないだろうな』って目で見られて門前払いされかけたって」

 

先輩が懐かしむように呟く。

 

入社後、新山たち新人は一般的な企業と同じようにマナー講習を受け、基礎的な金融知識や関連法規を叩き込まれた。そして、講習内で行われたデモトレードの最終日、講師の社員からあっさりとこう言い放たれたのだ。

 

『本配属されれば、皆さんには実際にリアルマネーでトレードしてもらいます』

 

それを聞いた新山は、地元の銀行に就職した高校時代の友人たちに思わず連絡を入れたという。返ってきた答えはこうだ。

『いやいや、高卒の俺たちが新人でやれるのは良くても営業だよ。実際に市場でトレードなんてやるのは、東京の超エリート大学を出た本部の一握りだけだって』

 

(ああ、新山くん……)

 

隣で固まっている新山の横顔を見ながら、赤坂は心の中で深く同情した。

 

(多分、新山くんは『実際のトレード』と言われても、会社からせいぜい30万円くらいの練習用資金を渡されて、おそるおそるやるんだろうな……とか思ってるんだろうな。私もまったく同じだったし……)

 

これから数ヶ月のOJT期間があり、分厚いマニュアルと社内ルールを脳に叩き込む期間があるとはいえ。

まさかその後に、「じゃ、これでやっといて」と、まるでコピー取りの書類仕事でも任せるような軽いノリで『500万円』という大金の運用権限をポーンと投げられるとは、夢にも思っていないだろう。

 

「よし、新山。まずはうちのチャットツールの使い方と、絶対に触っちゃいけない『金券優待銘柄』のリストから覚えるぞ。感情は家に置いてこい」

 

「は、はいっ! よろしくお願いします!」

 

世間の常識から完全に切り離された島根の静かなオフィスで、新たな「怒らないサイボーグ」の育成が始まろうとしていた。

 

同日 埼玉県 草加市 ANSEN

 

「・・・」

 

宮内はまたも黙り込む。

この効率の悪魔たちはさらにサラリーマンの需要を読んだ、エグい商品を持ち込んで来た。

それはプリペイド電子マネーを扱うことだった。

 

「そんなものをスーパーに置いてどうするんですか・・・コンビニにあるじゃないですか・・・」

 

「いや、わざわざコンビニに行かなくてもウチに置いてあれば買っていくんじゃないかな、と。」

 

係長・古谷がとぼけた顔で提案した。

 

「最近はプリペイド電子マネーの用途が増えています。ゲームへの課金、動画配信、各種ネットサービス、それにクレジットカードをサイトに登録したくない層も一定数います。」

 

「成人向け関係を触っているサイトなら特にですからね。」

 

中川が頷く。

 

「コンビニへ寄る理由が弁当や飲み物とおやつを買って帰ることに加えてそれであるなら、逆に言えば、電子マネーだけでもウチで買えるようにすれば、その来店動機ごとこちらへ引っ張って来られるかもしれません」

 

高橋も腕を組んだ。

 

「目的は電子マネーじゃない。コンビニへ寄るという行動を一つ奪うことだ。」

 

安く、それでいてコンビニよりは食べ応えのある弁当が並んでいる。

その環境さえ用意できれば、客は電子マネーだけを買って帰るとは限らない。逆に電子マネーだけのためにコンビニに行く客もそれほど出ないだろう。

彼らの財布を狙うのではない。帰宅途中の動線そのものを、少しずつANSENへ書き換える。

 

「勝負の土台には乗れますね」

 

中川が静かに結論を口にした。

 

「ただ、プリペイド電子マネーを扱うにも、販売手数料や契約コストはこちらが負担することになる。」

 

宮内が眉をひそめる。

 

「利益が出る保証はありませんよ」

 

高橋は一枚のメモを閉じた。

 

「だから実証実験です。」

 

「よし。まずは置いてみるか。契約期間はできるだけ短く。効果が無ければ翌月には切れるよう交渉してくれ」

 

「了解です」

 

本来なら、競合コンビニで電子マネー購入者が弁当や飲料を同時に買う比率まで調査できれば理想だった。

 

しかし、そんな購買データを他社が見せてくれるはずもない。

 

ならば、自分たちで測るしかない。

 

幸い、事前にファンドが用意した準備金も有り余っているし、開業直後の利益で資金にはまだまだ余裕がある。

 

高橋たちは、その余裕を「失敗できる権利」として使うことを選んだ。

 

「この費用は調査費だけでなく、うまく行った場合は広告宣伝費にも化けると思えば安い。」

 

古谷が淡々と言う。

 

「一か月で効果が無ければ撤去。数字が出れば継続。それだけです。」

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