あるファンドの・・・   作:適当でいいです

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第7話

「……という感じになります。これがジーエン、ひいては今の日本のスーパーが回している基本のオペレーションです」

 

宮内は、自身の店員時代からエリアマネージャーに至るまでの知識を、絞り出すように語り終えた。

 

「貴重なお話でした。実態がよく分かりました」

 

高橋は満足そうに頷くと、ペンを机に置き、冷淡なトーンで言い放った。

 

「じゃあ、まずは生鮮食品はすべてカットですね」

 

その一言に、宮内はぎょっとして身を乗り出した。

 

「す、すみません。生鮮食品をカットとは……仕入れ値をコストカットしろ、ということでしょうか?」

 

「いえいえ。取り扱わない、ということです。一切ね」

 

宮内は口を半分開けたまま、完全に思考が停止した顔になった。

中川の頭の上にも大量の疑問符が浮かんでいる。だが、すでに斎藤ファンドの冷徹な思想に染まりきっている係長の古谷だけは、高橋の狙いの本質に即座に気が付いた。

 

「なるほど……。そもそも『家で料理をする客』は、ハナから相手にしないということですね?」

 

「その通りだ」

 

高橋は薄く笑み、ホワイトボードにマーカーを走らせる。

 

「もし店に人参を置いてみてください。当然、鮮度を保つために専用の冷蔵棚を四六時中つけっぱなしにすることになる。2029年のこの電気代高騰の時代に、それだけで固定費が圧迫される。

 さらにだ、客が人参を買ったとしましょう。彼らはそれをそのまま生でかじりますか? 違いますよね。当然、カレーや煮物といった『料理』に使う。

 そうなると店側は、カレールーも、香辛料も、醤油もみりんも、ありとあらゆる関連商品を仕入れて棚を埋めなきゃいけなくなる。そんな膨大な在庫(ノイズ)を抱えるコストは、うちのファンドには必要ない」

 

「たしかに草加市は二十三区内よりはファミリー層が多いですが、一店舗だけのスモールスタートなら、ターゲットを絞っても十分すぎるパイがあります。毎日まともに料理をする独身者や共働きの世帯が、果たしてどれだけいるか」

 

古谷の追随に、高橋は深く頷いた。

 

「そうです。だから、電気代を喰う冷蔵庫は一切使わない。置くのは、そのまま食べられる惣菜や弁当、菓子類、そして常温のペットボトル飲料だけ。……ああ、冷凍食品は需要があるから冷凍庫は必要ですね」

 

ここで中川が、手元の資料を見ながらおずおずと口を開いた。

 

「あの、草加の物件には最初から冷凍庫が二台残っていましたが……一台はかなり年季が入っています」

 

「じゃあ、その古い一台はコンセントを抜いて、空のまま放置です」

 

高橋の指示は一瞬だった。

 

「間違っても、主婦層が買うような『お弁当向けの冷凍食品』なんて仕入れないように。俺たちが売るのは、今すぐ腹を満たしたい人間への直球(ストレート)だけだ」

 

宮内はただ、この島根から来た怪物たちの「常識破りの引き算」に、寒気を覚えながら圧倒されるしかなかった。

 

「営業時間、平日は17時から21時。休日は11時から21時――といったところでしょうか」

 

「そうですね。それでいきましょう」

 

またしても、高橋たちは宮内の持つスーパーマーケットの常識を、巨大な鉄槌で跡形もなく叩き壊しにかかった。

 

宮内がようやく悟ったのは、自分が斎藤ファンドに雇われた本当の理由だった。

彼らは宮内の持つ「業界の第一線で培ったプロのノウハウ」をリスペクトして迎え入れたわけではなかった。その真逆だ。

業界の常識、商慣習、当たり前とされるオペレーション――彼らは宮内という生きたサンプルからそれらをすべて吐き出させ、その裏に潜む『削れるムダ』を冷徹に洗い出すための基準点(ベンチマーク)として、この男を配置したのだ。

 

「ま、待ってください! 平日の営業が、たったの四時間……!?」

 

宮内は思わず声を裏返した。

 

「そんな短時間の営業で、どうやって売上を立てるんですか? 午前中の主婦層や、昼時の需要をすべてドブに捨てる気ですか!」

 

高橋は哀れみの混じった薄い笑みを浮かべ、ホワイトボードを指で叩いた。

 

「宮内さん、さっき自分で言ったでしょう。平日の午前中に来るのは、特売のチラシを握り締めて1円でも安いモヤシを買いに来る高齢者や主婦層だ、と。

 そんな薄利多売の極みみたいな客のために、午前中から店を開けて、色白の商業高校卒の子供たちに高い時給を払ってレジに立たせる意味がありますか?」

 

「それは……しかし、それがスーパーというものです!」

 

「俺たちが狙うのは、東京で夜遅くまでクタクタになるまで働かされ、満員電車に揺られて草加へ帰ってくる遠距離通勤のサラリーマンや共働き世帯だ。彼らが駅に着くのは何時ですか? 十七時以降でしょう。

 彼らは1円のモヤシのために1時間迷うような真似はしない。今すぐ食べられる弁当や惣菜、冷えていなくてもいいから安い2リットルの緑茶を、一秒でも早く買って帰りたいんだ」

 

高橋の横で、古谷が淡々と数値を補足する。

 

「日中の死んだ時間帯をすべて切り捨てれば、パートのシフトは最低限で済みます。光熱費も、レジの稼働コストも数分の一になる。

 最も需要が爆発するピンポイントの時間帯にだけ全戦力を投入し、圧倒的な高回転で在庫を捌き切る。これがうちのファンドのやり方です」

 

宮内は反論の言葉を失い、ただ目の前のホワイトボードを見つめていた。

そこには、自分が人生を捧げてきた「地域密着型の温かいスーパー」の姿など微塵もなかった。

徹底的に無駄を削ぎ落とされ、特定の時間帯に特定のターゲットから効率よく現金を毟り取るためだけに設計された、冷酷な『現金回収マシーン』の設計図が、そこに完成しつつあった。

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