【第六章:トオルの遺産】
トオルが生前に製作した同人誌は、確認されているだけで八冊である。『九頭竜』を含め、いずれも発行部数は三十部前後、ページ数は最大でも四十八ページ、最小のものはわずか十二ページの薄い冊子だった。しかし、その八冊すべてが、現在では世界の闇市場において一点あたり最低でも数億円、状態の良いものには十億を超える値がつく。落札者の多くはヨーロッパの旧家や中東の資産家、アメリカのシリコンバレーの奇人たちであり、彼らは作品を美術品としてというより、むしろ聖遺物か何かのように扱っているという。温度と湿度を完璧に管理した地下室に、鉛で裏打ちされた額装を施し、決して直に触れることなく、時には防弾ガラス越しに「鑑賞」するのだという。
奇妙なことに、これら八冊の同人誌のうち『九頭竜』を除く七作品については、読了しても眼球消失の現象は報告されていない。ただし、それらを読んだ者たちは一様に、生涯消えることのない悪夢に苛まれるようになり、最終的には精神を崩壊させるか、自ら眼球を抉り出すか、あるいは海へと入水する事例が後を絶たなかった。まるで『九頭竜』こそが完成形であり、他の作品はそこに至るための習作であったかのようだと、特対室の分析官の一人は報告書に記している。
これらの作品群は、トオルという存在が単なる猟奇的な美術作家ではないことを示していた。彼は何かを「描いて」いたのではない。何かを「開いて」いたのだ。絵画や文章という形式を借りて、この世界と異界との間に扉を設けていた。そして『九頭竜』において、ついにその扉は完全に開かれたのである。
【第七章:境界の外】
『九頭竜』による眼球消失現象が日本国外で一切発生していないことは、特対室の国際情報交換においても確認されている。英語に翻訳されたコピー、中国語の海賊版、フランス語の私家翻訳、いずれも存在は確認されているが、それらを読んだ外国人に症状が出た例はない。また、日本人であっても、海外で『九頭竜』を読んだ場合には発症しないことが、数例の悲劇的な実験によって裏付けられている。カナダに留学中の日本人学生が日本から取り寄せたコピーをバンクーバーで読んだが、何の変化も現れなかった。しかし彼が帰国し、成田空港の到着ロビーで再び同じ本を開いた瞬間、彼の眼球は文字通り「蒸発」した。税関職員の目前で、彼の眼窩から微かな蒸気のようなものが立ち昇り、眼球は瞬時にして消失したのである。
この現象は「地理的限定性」と名付けられ、分析班の主要な研究テーマとなった。現在の仮説では、『九頭竜』が効果を発揮するためには、日本の国土、より正確には日本列島の地殻に蓄積された「何か」が必要であるとされている。この「何か」が何であるのかは未だ解明されていないが、一部の研究者は、日本列島そのものが古代から異界との接点であり、トオルはその土地の記憶を呼び覚ましたのではないかと推測している。
だが、人間以外の存在にとっては、この地理的限定性は適用されないらしい。
【第八章:異形の者たち】
最初の報告は、北海道の山間部にある酪農地帯からだった。
早朝、牛舎の様子を見に来た酪農家が、飼育しているホルスタインの群れの異変に気づいた。牛たちは一様に、眼球を失っていたのである。人間の場合と同様、外傷はなく、眼窩は滑らかな皮膚で覆われていた。そして牛たちは一斉に酪農家の方を向き、存在しない眼球で彼を「見た」。次の瞬間、牛たちの身体は変容を開始した。四肢は異常に長くしなり、本来は蹄であるはずの先端からは無数の節足が噴き出し、背骨は皮膚を破って外側へと湾曲しながら伸張していった。口吻は縦に裂け、その奥からは人間の歯に酷似した、しかし一本一本が二十センチを超える牙が螺旋状に生え揃っていた。
酪農家は辛くも逃げ延びたが、通報を受けた地元警察のパトカー二台が現場に到着した時、そこには既に牛舎の原型はなく、粘液にまみれた何かの繭のような構造物が建物全体を覆っていた。パトカーから降り立った警官四名のうち二名は、その繭から伸びた触手状の器官に絡め取られ、生きたまま繭の内部へと引きずり込まれた。残る二名が発砲するも効果はなく、逃げ帰って応援を要請。最終的に陸上自衛隊の一個普通科中隊が出動し、一昼夜にわたる戦闘の末に「それ」は鎮圧された。
しかし戦闘後、隊員たちを待っていたのは、筆舌に尽くしがたい光景だった。繭の内部からは、変容しきった牛と、取り込まれた警官二名の「残骸」が発見された。だが、それらが本当に残骸と呼べるかどうかは疑問だった。死体は確かに動きを止めていたが、その組織は既に哺乳類のものではなく、細胞レベルでキチン質と軟骨と植物繊維の中間のような未知の構造に置き換わっていたのである。DNA検査は不可能だった。採取されたサンプルは、検査機器の中で次々と変質し、最終的には塩基配列そのものが意味をなさない記号の羅列に置き換わった。ある分析技官は、「これはもはや生物学ではない」とだけ呟き、そのまま辞職願を提出して姿を消した。
【第九章:鎮圧の記録】
人間以外の生物が『九頭竜』に接触した場合の反応は、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、さらには昆虫に至るまで確認されている。接触経路は必ずしも直接的な読書ではない。ある事例では、眼球を失った飼い猫が主人の枕元に『九頭竜』のページの切れ端を運んできたという。また別の事例では、海岸に打ち上げられたイルカの群れが一様に眼球を失っており、その胃袋からは海水に濡れた『九頭竜』のコピーの断片が見つかっている。本そのものが読まれたのか、それとも本に宿る「何か」が水中に溶出したのかは不明である。
変容した生物は一様に、人間を襲う。積極的に、執拗に、そして極めて効率的に。彼らには獲物を捕食するという生物本来の目的を超えた、何か別の意図があるように見える。それは「数を増やす」ことだ。変容した生物に殺された人間は、死後数時間から数日を経て再び動き出し、殺した相手と同じ異形へと変容していく。これはゾンビや感染症の類ではなく、死体そのものが生物の定義から外れた「何か」へと再編成される現象である。骨格は再構成され、内臓は未知の機能を持つ器官に置き換わり、皮膚の下では無数の触手や節足が形成される。そして何より、死体であったはずのそれらは、眼球のない眼窩で周囲を認識し、生きている人間を探して動き続ける。
自衛隊と警察の合同鎮圧作戦は、これまでに四十七件が記録されている。最大規模のものは、東北地方のとある漁村で発生した事例である。その村では、漁港に水揚げされた大量のイカが一斉に眼球を失い、変容を開始した。変容したイカは互いに融合し、最終的に高さ十五メートルを超える巨大な肉塊となり、村全体を覆い尽くした。住民二百三十四名のうち百八十九名がこの肉塊に取り込まれ、うち四十二名が後に「変容死体」として回収された。残る百四十七名は、肉塊の内部に今も「生存」している可能性が指摘されているが、確認の手段はない。この作戦には陸海空の三自衛隊から約二千名が動員され、最終的に肉塊を焼却するためにナパーム弾の使用が許可された。公式には「大規模な山火事」として処理されている。
作戦に参加した隊員たちの精神的な後遺症は深刻である。彼らの多くは、変容死体との戦闘を「生物との戦いではなかった」と証言する。ある陸曹は心理カウンセリングの席でこう語った。「奴らは死んでいないんです。死ぬという概念が、あれらには最初からない。我々がやっているのは殺害ではなく、運動を一時的に停止させることだけだ。時間が経てば、また動き出す。もっと悪い形になって、もっと我々に近い形になって」と。
変容死体の処理は、特対室の管轄下にある特殊処理班が担当する。彼らは回収した死体を、完全に密閉されたチタン合金製の容器に収め、セメントと特殊な化学薬剤で固化させる。この固化体は「レベル5プラス」の危険物品として、第九倉庫のさらに地下、深度百メートルの岩盤層に掘削された保管坑に埋設される。しかし、保管坑の数は既に不足しつつある。新たな坑道を掘削するたびに、作業員たちは「岩盤が泣いているような音がする」と報告し、掘削機械が原因不明の故障を繰り返すため、工事は遅々として進まない。
【第十章:闇の追跡者たち】
この異常事態に対し、国家機関以外の者たちも動きを見せている。ある指定暴力団の若頭補佐――仮にKとしよう――は、自身の実子が眼球を失ったことを契機に、組織の総力を挙げてトオルの足取りを追い始めた。暴力団の情報網は、時に警察を上回る。彼らは正規の流通に乗らない情報や物品の動きを把握しており、トオルの作品を取引する闇の仲介人たちにも接触できる。Kの調査は、トオルが昭和の終わり頃、東北地方のとある閉鎖的な漁村に長期間逗留していたという情報を掴んだ。その村の名は記録上は存在せず、地図にも載っていない。ただ、古い海図の余白に「龍口村」とだけ書き込まれているのが確認されている。
Kは配下の者たちに村の探索を命じたが、派遣された組員五名のうち四名は未帰還、一名は眼球を失った状態で発見された。眼球を失った組員は、組織の事務所に収容されたが、その夜のうちに変容を開始した。彼の身体から生じた触手によって事務所にいた組員七名が殺害され、うち三名が変容死体となった。最終的にK自身が火炎放射器で事務所ごと焼き払ったという。現在Kは、組織の壊滅的な損害にもかかわらず、より一層の執念でトオルの痕跡を追い続けている。
一方、より静かな追跡者たちもいる。とある古書蒐集家の老人は、戦前から三代にわたってトオルの作品を追い続けてきた家系の末裔である。彼は特対室の調査員に対し、トオルとは特定の個人の名ではなく、時代を超えて受け継がれる「役割」ではないかという仮説を提示した。「九頭竜という概念は、古くは平安時代の説話にも現れている。水底に眠る九つの首を持つ竜が目覚める時、世界は終わると。トオルはそれを現代に蘇らせただけだ。だが、呼び起こしたものをもう一度眠らせる方法も、どこかにあるはずだ」と老人は語った。その老人は数日後、自宅の書庫で眼球を失っているのが発見された。彼の手には、古い和綴じの写本が握られており、その最後の頁には墨でこう記されていたという。「九頭の竜は九つの門。門は開かれしが、閉じる鍵は最初の門の向こうにあり」と。
【第十一章:日常の陰で】
今日もまた、全国の同人ショップや古本屋に、特対室の調査員たちが訪れている。彼らは店の棚を一冊ずつ確認し、時にはバックヤードの在庫まで徹底的に調べ上げる。調査は長時間に及び、店舗によっては閉店時間を過ぎても続けられる。調査員たちの目は、一般の客や店員には見えない恐怖に晒され続けている。彼らは知っている。次に『九頭竜』を手に取るのは、もしかすると自分かもしれないということを。実際、これまでに七名の調査員が勤務中に『九頭竜』を発見し、そのまま眼球を失っている。彼らは発見時のマニュアルを忠実に守り、直ちに「目を閉じ、本から手を離し、後退せよ」という手順を実行したにもかかわらず、である。手に取った瞬間、あるいは視界にその表紙が入った瞬間に、既に「読んで」しまっているのではないかという疑念が、現場の調査員たちの間では常識となっている。
それでも彼らは探し続ける。なぜなら、『九頭竜』は今も増え続けているからだ。オリジナルが消失したというのに、コピー本は後を絶たない。印刷の痕跡がなく、紙質も年代もバラバラで、インクの成分すら特定できないものが大半である。ある冊子は和紙に手書きで写されていた。別の冊子は戦前に製造された粗悪な藁半紙に印刷されていた。明らかに平成以降に製造されたはずのコピー本であるのに、紙の経年劣化が百年以上前に製造されたものと一致する事例すらあった。時間軸そのものが捻じ曲げられているのではないかと、分析班は深刻に検討している。
そして、オリジナルは今も「日本のどこか」にある。いや、「どこか」ではないのかもしれない。特対室の一部の研究者たちは、オリジナルは日本という国土そのものに溶け込んでいると考え始めている。山々の稜線、海岸線の曲線、河川の流れ、それらが巨大な記号を形成しており、日本列島そのものが一冊の本なのではないかと。そして我々は皆、その本の上に住み、ページの上を歩き回り、無意識のうちにそれを「読んで」いるのではないかと。
九頭竜は、誰かが読むのを待っている。深い水の底で、九つの首をゆっくりと揺らしながら。