九頭竜に至る集団報告   作:redhot

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ケース6

【第二十二章:テープ】

 

 

 

そのビデオテープが発見されたのは、埼玉県川口市にあるリサイクルショップの、店の奥に積み上げられたジャンク品の山の中からだった。店舗は国道沿いにあって、休日には家族連れで賑わう、どこにでもある中古品店である。家具、衣類、家電、玩具、そして書籍や映像ソフトまで、あらゆる「かつて誰かのものだった物」が所狹しと並べられ、独特の埃っぽい匂いが店内に充満していた。

 

 

 

特対室の調査員がその店を訪れたのは、例によって定期的な『九頭竜』の捜索の一環だった。調査員は二人一組。一人は店内の同人誌や古本のコーナーを重点的に調べ、もう一人はバックヤードに積まれた未整理の在庫を確認する手順になっている。リサイクルショップは、持ち主の不明な物品が集まりやすい場所であり、これまでも数回、こうした店から『九頭竜』のコピー本が発見されていた。

 

 

 

問題のテープは、書籍や雑誌のコーナーではなく、店の一番奥にある「ジャンク品・その他」と手書きされた段ボール箱の中に紛れ込んでいた。箱の中身は、リモコンの効かないテレビの部品、充電の切れた古い携帯電話、取れかけたボタンの電卓、そして十数本のVHSテープや8ミリビデオテープが無造作に放り込まれている、まさに「がらくた」の山だった。調査員が一本一本のテープを確認していた時、その一本が目に留まった。

 

 

 

それは一般的なVHSテープで、黒いプラスチックのケースには何のラベルも貼られていなかった。しかし、テープそのものに貼られた細長い白いシールに、黒の油性マジックでこう書かれていたのである。『九頭竜』。筆跡鑑定の結果、これは紛れもなくトオルの自筆と一致した。トオルが自宅に残した大量のスケッチブックやメモ書きと、まったく同じ筆圧、同じ文字の癖、同じインクの滲み方を示していた。彼はこのテープのラベルを、自分の手で書いたのである。

 

 

 

店長と店員に確認したが、このテープがいつ、誰によって持ち込まれたのかはまったく不明だった。防犯カメラの映像は一ヶ月で上書きされる仕様で、少なくとも直近一ヶ月の記録には該当する持ち込みは映っていなかった。それ以前に持ち込まれ、ジャンク箱の底に長期間埋もれていた可能性が高い。店員の一人は「気がついたらそこにあった」と述べ、別の店員は「前に一度、あの箱を整理した時には見かけなかった。でも、その整理がいつだったかは覚えていない」と暧昧な証言をした。

 

 

 

テープは厳重な封印手順を経て、特対室の分析施設へと移送された。

 

 

 

【第二十三章:再生】

 

 

 

テープの再生は、特対室の地下三階にある「特殊メディア解析室」で行われた。この部屋は壁面すべてが電磁波遮断加工を施され、内部で何が起きても外部に漏れない構造になっている。換気システムは独立しており、空気は全て高性能フィルターを通して循環される。部屋に入室できるのはレベル4以上の認証を持つ職員のみで、今回の再生には分析班の責任者と、映像解析の専門家二名、そして霊的現象の知見を持つアドバイザーとして、結界構築に関わった高野山の僧侶が立ち会った。

 

 

 

テープを再生するためのVHSデッキは、この日のためにわざわざ入手された完全な未使用品である。中古のデッキを使用した場合、内部に残存する過去の再生履歴や磁気の残留が、テープの内容に干渉する可能性が否定できないからだ。デッキは事前に電磁的に完全に消去され、清めの儀式も行われた。

 

 

 

モニターはブラウン管式の旧型テレビが選ばれた。液晶やプラズマディスプレイでは、テープに記録されているかもしれない通常の可視領域外の光や、微妙なフリッカーを再現できない恐れがあるという技術的判断からである。テレビは台座ごと、床に描かれた半径二メートルの結界陣の中に設置され、僧侶がその周囲で静かに真言を唱え始めた。

 

 

 

テープがデッキに挿入され、再生ボタンが押された。

 

 

 

最初にモニターに映し出されたのは、無数の細かい砂嵐のようなノイズだった。VHSテープ特有の、画面を走る横線のノイズ。それが十数秒続いた後、突然、映像が現れた。

 

 

 

画面は暗い室内を映していた。おそらく夜間の撮影だろう。光源は画面の外にある小さなスタンドライトだけのようで、部屋の大部分は暗がりに沈んでいる。かろうじて判別できるのは、床に座っている一人の若い男の姿だった。彼は画面の中央やや左に位置し、右側の空間に向かって微笑みかけている。トオルである。年齢はおそらく十代後半から二十代前半。痩せ型で、長めの髪を無造作に束ね、くたびれたTシャツを着ていた。手にはスケッチブックを持っている。

 

 

 

「今日は遅くなっちゃったね」

 

 

 

トオルの声が、テレビのスピーカーから流れ出した。それは驚くほど明瞭で、穏やかな調子だった。彼は右隣の空間を見つめながら話している。その視線の先には、何も映っていない。ただ、壁紙の剥がれかけた白い壁があるだけだ。

 

 

 

しかし、返事はあった。

 

 

 

「気にしないで。あなたが描きたい時に描けばいいの」

 

 

 

女性の声だった。若々しく、澄んだ声。スピーカーから流れるその声は、確かに録音されたものだった。雑音でも空耳でもない。明瞭な言葉として、トオルの言葉に応答している。しかし、画面の中に声の主の姿はない。

 

 

 

「ありがとう、ムラサキ」

 

 

 

トオルが言うと、別の方向から別の女性の声がした。

 

 

 

「今日は何を描くの?」

 

 

 

これもまた、さっきとは違う声だった。やや低めで、落ち着いた、それでいてどこか芯の強さを感じさせる声。画面の中では、トオルがその声のした方――今度は正面やや右――を見て、スケッチブックを掲げてみせる。

 

 

 

「アルトリア、今日は君の肖像を描こうと思ってるんだ。この前、窓辺に立ってる姿がとても美しかったから」

 

 

 

「光栄です」

 

 

 

声だけが返ってくる。姿はない。

 

 

 

映像は約四十分間続いた。その間、トオルはひたすら穏やかに「彼女たち」と会話を続け、時折スケッチブックに鉛筆を走らせている。会話の内容は、本当に他愛のない日常的なものだった。今日食べたものの話、外の天気の話、近所で見かけた猫の話、トオルが読んでいる本の話。時には、彼女たちの方から話題を提供することもあった。

 

 

 

「ねえ、トオル。今日、窓の外に変な雲が出てたよ。竜の頭みたいな形の」

 

 

 

「ああ、見たよ。この季節には珍しいよね、ああいう雲」

 

 

 

「何かのお告げかもね」

 

 

 

三人目の声が加わる。これは少し幼さを感じさせる、あどけない声だった。

 

 

 

「アスナ、お告げって、何の?」

 

 

 

「さあ。でも、面白いことが起こりそうな予感がするの」

 

 

 

「面白いことかあ」

 

 

 

トオルは笑う。その笑顔は、本当に幸福そうだった。彼は孤独ではなかった。少なくとも、彼自身にとっては、この部屋は多くの大切な人々で満たされていたのである。

 

 

 

【第二十四章:影】

 

 

 

映像が進むにつれて、立ち会っていた分析官たちは、ある異変に気づき始めた。

 

 

 

トオルの背後や周囲の暗がりの中に、何かが映り込んでいる。

 

 

 

それは「姿」と呼べるほど明瞭なものではなかった。むしろ、光の加減で生じた錯覚のようにも見える、極めて薄い、頼りない存在だった。しかし、注意深く観察すると、それがトオルの会話の相手と完全に同期していることがわかった。

 

 

 

トオルが右を向いて話しかける時、その方向の闇の中に、かすかな白い揺らめきが生じる。それはまるで、薄いベールか煙か、あるいは熱気による陽炎のような、実体のない光の歪みだった。しかし、その揺らめきは単なるランダムなノイズではなく、どこか人の形を思わせる輪郭を持っていた。肩のライン、首の曲線、腰のあたりのくびれ。それが一瞬、浮かび上がっては消える。

 

 

 

声が別の方向から聞こえる時、揺らめきもまた、別の場所に移動している。まるで、不可視の存在が、カメラの感度の限界ぎりぎりのところで、かろうじてその痕跡を残しているかのようだった。

 

 

 

分析官の一人が、映像のコマ送りを開始した。一秒間に三十フレームの映像を、一コマずつ進めていく。すると、あるフレームと次のフレームの間、わずか三十分の一秒の間に、闇の中に明確な人のシルエットが映り込んでいるのが確認された。長い黒髪を腰まで垂らした、華奢な女性の横顔。次のフレームではそれは消え、別の場所に、金髪をツインテールに結った別のシルエットが現れる。その隣には、藤色の長い髪を風もないのに揺らめかせている影。銀色のショートヘアの影。亜麻色のウェーブのかかった髪の影。そして、銀色の髪を結い上げた、王冠のようなシルエットを戴く影。

 

 

 

六つの影が、トオルを取り囲むようにして、闇の中に立っていた。

 

 

 

彼女たちの輪郭は、人間のそれでありながら、細部に違和感があった。肩の上あたりに浮かぶ光輪のようなもの、背中から伸びる弓の形、腰の後ろで揺れる九本の尾のようなもの、耳の位置から伸びる機械的なパーツ、身体を覆う光のライン、そして手にした巨大な盾。これらは、トオルのスケッチブックに描かれたデッサンの細部と完全に一致していた。

 

 

 

特に対象的なのは、彼女たちの「目」だった。シルエットであるにもかかわらず、その目の部分だけは、かすかに輝いている。全員が、トオルを見つめていた。愛情に満ちた、限りなく優しい眼差しで。そして時折、その輝きは、カメラのレンズの方へと向けられることがあった。彼女たちは、自分たちが隠し撮りされていることを、知っていたのである。

 

 

 

【第二十五章:テープの最後】

 

 

 

映像の終盤、トオルはスケッチブックを閉じ、大きく伸びをした。

 

 

 

「今日はここまでにしようか。みんな、遅くまでありがとう」

 

 

 

「こちらこそ。おやすみなさい、トオル」

 

 

 

「いい夢を見てね」

 

 

 

「また明日」

 

 

 

「ゆっくり休んで」

 

 

 

「お茶、冷めないうちに飲んでね」

 

 

 

「私たちはいつでもここにいるから」

 

 

 

声が次々と重なり、そして闇の中の影たちが、一斉にトオルに近づいていくように見えた。彼女たちの白い手が、トオルの肩や背中や髪に触れる。トオルは目を閉じて、その見えない感触を受け入れている。その表情は、言葉にできないほどの安らぎに満ちていた。

 

 

 

そして最後の瞬間、画面が一瞬、激しいノイズに覆われた。砂嵐のような画面の乱れ。そのノイズが収まった時、モニターに映っていたのは、トオルの部屋の窓の外の風景だった。夜の闇。遠くに見える街灯の明かり。そして、窓ガラスに映り込んだ部屋の内部。

 

 

 

ガラスに反射した部屋の中には、トオルの姿があった。そして彼の周囲には、六人の女性たちが、今度ははっきりとした実体として映り込んでいた。彼女たちは皆、トオルのデッサンに描かれた通りの姿で、ガラス越しにカメラを見つめている。それは、窓ガラスという媒体を通してのみ、彼女たちの本当の姿が可視化された、一瞬の奇跡のような映像だった。

 

 

 

テープはここで終わる。最後のフレームが静止し、そのままブラウン管に焼き付く。僧侶が結界を強化するために真言の声量を上げる中、分析官たちは凍りついたようにモニターを見つめ続けた。

 

 

 

映像解析の結果、このテープに記録された映像には、改竄や合成の痕跡は一切認められなかった。また、女性たちの声についても、声紋分析の結果、六名の異なる個人の声であることが確認された。しかし、その声紋データを警察のデータベースと照合しても、該当する人物は存在しなかった。彼女たちの声は、この世界のどこにも登録されていない、未知の人間の声だったのである。

 

 

 

さらに不可解なのは、テープの磁気記録の経年劣化状態だった。このテープは製造から少なくとも二十年以上が経過していると推定されたが、映像と音声の品質は、まるで昨日録画されたばかりのように鮮明だった。通常、VHSテープは年月とともに磁気が弱まり、画質が劣化する。しかしこのテープは、時間の経過による劣化を一切受けていなかった。まるで、記録された瞬間から現在まで、テープの中の時間だけが停止しているかのようだった。

 

テープは現在、「レベル5プラス」の危険物品として、第九倉庫の最深部に保管されている。このテープを見た分析官の一人は、後日、精神的な不調を訴えて休職し、そのまま復帰することなく辞職した。彼が残したメモには、こう走り書きされていた。

 

「彼女たちは、今もまだテープの中でトオルと話している。テープを止めても、彼女たちは止まらない。僕が見ていない時も、彼女たちはそこで動き続けている。そう感じるのは、僕だけだろうか」

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