禍金忌離子のお仕事。   作:七篠魂平

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電波系

「仕事用と私用(プライベート)で分ける?()う言うのネット依存者の言い訳ではないですか?デュアルSIM(シム)の端末でもスマートフォン2回線分の料金が掛かる訳ですよね」

音津(ねつ) 寿碧(としへき)が、黒髪のおかっぱ頭(ボブカット)黒縁(くろぶち)の眼鏡、黒い背広(スーツ)の出る所は出て引っ込む所は引っ込むナイスバディ、禍金(まがね) 忌離子(きりこ)の提案に(いぶか)しげに言葉を返し

「いえいえ、社長様。今しがたの様に急にスマートフォンが故障して『工場(かいしゃ)と連絡が取れない』()の様な場合でも予備(バックアップ)にもう1台お持ちであれば心丈夫と言うものです。今回は()()()()()()がお側に居りまして事なきを得ましたが…」

禍金が名刺を差し出すのに

「禍金機械商会さんね。助かりました。憶えておきます」

感謝の言葉で

「それでは此方(こちら)を…」

長方形の箱を手渡され

()れは…有機EL(イーエル)6.9インチの大画面に5G(ファイブジー)対応SoC(システムオンアチップ)は、アンテリナム(ナイン)バイオ(フォー)、16GB(ギガバイト)RAM(ラム)と、1TB(テラバイト)ROM(ロム)、バッテリーは4900mA/h(ミリアンペアアワー)の大容量。ノンキャリアSIMフリーモデル。最新ハイエンドではないですか」

表記の小難しいスマートフォンのスペック表を読み上げ、感嘆し顔を上げると禍金の姿は無かった

 

音津が帰社して社長室の椅子に座ると気忙しくスマートフォンの入った箱を開け一緒に渡されたTPU(ティーピーユー)素材のケースを嵌めて画面の防護フィルムを貼り電源を入れ

「ぬるぬる~さくさく~」

不気味な声をあげると

「スマホやっぱり壊れていましたか?領収証あったらお願いします」

音津の帰社を見て駆け付けた経理の牧野が言うが

「領収証は無い。()れは私物で…万が一の予備に。今日みたいな事があって出先で緊急の連絡が出来ないと困るだろう」

音津はスマートフォンに夢中で

「電話の件ですが、ご指示の通り森さんに打診しておきました。短納期で数がありますが大丈夫ですか?」

牧野は不安そうだが

「設計変更はあるが随分と以前にやったG13のプレートと大差無い今度も出来るさ」

音津は楽観的

 

「何度も言うけど、無理」

森が定盤(じょうばん)図面(ずめん)を叩きつけるように置き、ぶっきら(ぼう)に言うと

「森ィッ!技術を隠してるんじゃねぞ!どんだけ工場に損害を与えれば気が済むんだ!」

音津はスマートフォンを片手に目を真っ赤に充血させ口角(こうかく)に泡を溜め怒鳴り

「工場に損害?」

森は開いた口が塞がらない

「その技術があれば、もっと仕事を取って工場は稼げるだろうがぁ!スマホ持ってるんだろ、見てみろよ、ネット民が言ってるんだよ!」

「1人で()った仕事ではない。山崎さんに大隈さんと『三人寄れば文殊(もんじゅ)の知恵』と言って、意見を出し合って専用の治具(じぐ)数値制御(エヌシー)のプログラムを作って三人で深夜残業してだからな」

「山崎は定年後の再雇用だったのが、血尿の検査で膀胱癌(ぼうこうがん)が見つかって、もう、引退だろ」

「大隈さんは?」

「高いんだよッ!」

「ハァッ!?それで()()()()()()か?賃金を吝嗇(けち)って作れなくなりました。そう言う事だ」

「お前が遣ってるの見たんだぞ。ネットでも森が遣ったって言ってるんだ」

「山崎さんと大隈さんの補助役の一人として遣っていた。一寸(ちょっと)、其のタブレットみたいな巨大なスマホを置いて話をしろよ…」

森は(なだ)めるように言うが音津は構わずに指でスマートフォンを操作しだし

「そうだ切削油だ。プログラムで出来るんだろう?全交換すると高く付くからよ。臭い臭い機械工は、キケン、キツイ、キタナイ、の3Kにクサイを足した4Kって…プログラムでチャチャッと浄化して綺麗にしろよ、俺は忙しいんだ」

音津はスマートフォンを握り締めフラフラ揺れていて

「プログラムで切削油の全交換は出来ないぞ。何年も交換しない工場はあるが、貯留槽(タンク)と循環装置を増設して定期的にpH(ペーハー)管理をしてだからな。大丈夫か?変な薬でもやってるのか?」

森は心配そうに言うが

「だから其を遣れって言ってるんだ!」

話が通じなかった

 

闇に飲まれた工場の一角で高い天井に吊るされたハロゲンライトに照らされマシニングセンタは治具に固定された金属のプレートを超硬(ちょうこう)エンドミルで削っている

「間に合わない。G13のプレートの段取りが其の(まま)で使えて良かったけどな」

森は疲れた表情で呟き

「もっと速く出来るだろ!」

音津は怒鳴り

「速い、安い、美味(うま)い。と三拍子揃わないのが機械工の仕事でね」

「大丈夫だ!速くしないと間に合わないぞ」

オーバーライドのダイヤルを回すが

ガガガガ

異音に慌て元に戻す

「微粒子超硬を使って機械をブン回し精度(うまい)と速さを取れば()()高速度鋼(ハイス)を使ってハイススピード落として安くて精度を取れば()()。高速度鋼をブン回せば精度が出なくて不味(まず)い。現在(いま)やってるのは目の玉飛び出る様な高額の微粒子超硬で機械を(あお)って速くて高精度」

此処(ここ)に元請けから預かった見本の証拠が有る!」

森は困った苦笑で作業着の上着を脱ぐ

「30分で出来る」

「其じゃ遅い」

「その証拠とやらは本当に10分で作れたのか?現実に作れる証拠であっても10分で作れる証拠ではない。1時間位かけて作ったかもな。大切な事なので繰り返すぞ、()()()()()()

「どうしろって言うんだよ」

「現実的に工場の許容量(キャパ)を考えて時間と単価に余裕を持って仕事を持って来るのが零細経営者の仕事で才覚で実力ではないのか?元請けには平身低頭。経営する工場ではスマホを握りしめて怒鳴り散らす。()()を助け()()を憎む。内弁慶が音津工作所社長の仕事なのか?」

「お前は社長に向かって言葉遣いが失礼すぎるぞ、尊敬語で話せ!俺は忙しいんだ!黙ってやっとけ!」

音津は高圧的な態度で迫るが

「なんですかぁ~?」

森は右の(てのひら)を右の耳朶(みみたぶ)を拡大する様に当て

「おいッ、巫山戯(ふざけ)るなよ!死ぬ気でやるか辞めるかだぞ!」

「毎月、毎月、契約を更新している委託派遣社員に、ンな事を言うとどうなるか分かってる?」

バンッ!

顔に作業着を叩き付けられた

 

社長室でスマートフォンを(いじ)る音津を見て

「とりあえず50枚。フル稼働でやって貰っています。残りは納期を後ろ倒しにして貰いました。またスマホでゲームですか?(みんな)天手古舞(てんてこま)いの忙しさですよ」

牧野は言うが

「ああ…」

音津はスマートフォンを見詰めたまま生返事

「派遣会社から連絡がありました。只でさえ人手不足なのに森さんまで辞めてしまって。段取りの出来る人が1人減ると他部所にまで皺寄(しわよ)せが来るんです。もう製造に人を回す為に経理の私が営業みたいな仕事をしているんですよ」

「此からは少数精鋭で行かないとな。色々とやれて楽しいだろう?」

他人事(ひとごと)みたいに…」

牧野は不機嫌

「森が10分で加工出来るプログラムを持ち逃げしたんだ。アレがあれば皆が辛い事も無く数を上げれたんだゾ」

「G13のプレートは30分掛かっていましたし、森さんは『山崎さんと大隈さんとで協力してやった』って言っていました」

五月蝿(うるさ)いな。10分で作れる可能性は(ゼロ)じゃない。詰まんねぇ話をしてないで森を連れ戻す算段をしてろよ。森の野郎、俺に楯突きやがって奴隷労働でこき使ってやる」

音津の視線の先はスマートフォンの画面の儘で()()()()呟く

「それは()()()()()ではないですか?10分で加工可能を否定出来ないからと言って10分で加工が可能にはなりません。幽霊みたいなもので存在を主張する側が目の前に呼び出すべきなんです。そうでないと『幽霊の存在は否定できない』と言うだけで永遠に水掛け論…」

「何が言いたいんだよ」

「社長が直々(じきじき)にプログラムを作って10分で加工して見せて下さい」

「だからプログラムは森が持ち逃げした。取り戻せば、其処(そこ)にあるのに、どうして俺が作らなきゃならない?」

「皆が困っているからです。森さんは戻りません。そんなプログラムが存在するなら、今すぐにでも必要です。社長が証明しなければ永遠に水掛け論です」

 

ドーン!

マシニングセンタが轟音を立て赤いランプを(とも)して停止し工場は騒然となり

「ネットで調べなきゃわからないって言ってるんだ!」

音津の怒声が工場に響き渡ると

「ハイススピードが過剰だ。いい加減に()()()と認めたらどうだ」

作業着の老人が静かに言った

「だからプログラムは森が持ち逃げした。10分で加工する(さま)を此の目で見たんだ。スマホを返せ!山崎!」

「この携帯電話は(しばら)く預かっておく。プログラムの話ではない。100年前のパリ万博で高速度鋼が世界に発表されて以来、其れが炭化タングステンの超硬工具になろうが機械の動力で工具を押し付けて金属の硬さの差で(むし)り取ってるのに違いは無い。何故に工作機械のプログラムで物理的限界を越えられるんだ?」

「ネットの情報だ!年寄りがコンピュータを理解出来るはずないだろうが、馬鹿ばっかりだ、吃驚(びっくり)するぞォ…アレを見たらよ」

「先代も草葉の陰で泣いているぞ」

「人手不足だって解消なんだよ。俺が意見してやればよ、知っているか?森の奴ネット小説なんて書いてやがって…俺は森の兄貴みたいなものだろう?だからよ俺を主人公にして小説を書かせるんだ『俺はだれの命令も受けぬ!!それが神の命令でもな!!』ってな、其れで有能な若者が俺を目指して工場にやって来る訳ぇ」

「そのネット小説は本当に森が書いたのか?」

「文体が森の日報と同じなんだゼ、間違いない」

音津は山崎に詰め寄り

「経営者たるもの社員(ひと)を使えれば良いんだよ」

「自分が使()()()()のに社員は使えるのか?」

二人は顔を突き合わせ(にら)みあい

「見てろよ、親父の時代より会社を大きくしてやるからよ…っとぉ!」

音津は山崎の手からスマートフォンを()ぎ取り

「目を覚ませ!」

山崎の制止を聞いてか聞かずかスマートフォンを持ち脱兎(だっと)(ごと)

「ごめんなさい。山崎さん。誰も社長を止められなくて」

牧野は山崎に頭を下げる

「『お前の字面(じづら)義弟(おとうと)に似ている』か…それはラオウではないジャギだ」

 

「社長室には居ません。社用車の鍵が有りません。スマホを持って社長は何処に行ったのでしょうか?」

牧野は途方に暮れ

「2ヶ月ばかりの入院と手術で工場を開けてみれば、此の有り様だ。先代には申し開きの仕様もない」

山崎は給湯室で煎れた茶を牧野に差し出し

「ありがとうございます。山崎さん。復帰の方は?」

「早期発見で大事は無さそうだが今までの様には働けんな。()だ未だ若いつもりだったが手術で()()()と体力が落ちた。しかし、どうしてしまったんだ2代目は」

2人は休憩用のベンチに腰を下ろす

「壊れるまでスマホを使い倒していたかと思えば、あの巨大スマホです。それから急に『ぬるぬる~さくさく~』と譫言(うわごと)のように呟くようになって、ネット依存症みたいになって。私、(あこが)れていたのに…うぅ」

牧野は大粒の涙を(こぼ)

「凸凹工科大学工学部機械工学科卒業で音津工作所の御曹司。幾つも工業の資格や検定の試験に合格していて正真正銘の工業界のサラブレッドとは音津寿碧社長の事だったはずがな。大隈と併せて『音津工作所のツートップ』と(たた)えられ先代も『工場の行く末に一片の不安も無い』と病床で俺に言ったのに。…泣くな、若菜ちゃん」

「でも、あんなスマホが無ければ良かったのに」

「何処かで買うとかして手に入れたんだろ、うっく…歳食(としく)って涙脆(なみだもろ)くなって、俺も泣きたい」

2人は(すす)り泣く

 

公園の駐車場に停められた1台のライトバンの側面には【音津工作所】の文字が(しる)されていて

「ぬるぬる~さくさく~」

車内の男はガリガリに痩せこけ延び放題の無精髭に真っ赤に充血した目でスマートフォンの画面を凝視し指を滑らせ不気味な声を発していた

 

そのライトバンを遠くから見ている、黒髪のおかっぱ頭に黒縁の眼鏡、黒い背広の出る所は出て引っ込む所は引っ込むナイスバディ、禍金 忌離子は言った。

「あ~ら、其処の()()()!今日はスマホを使いすぎではございませんか?インターネットはマナーと節度を守ってご利用下さい。でないと大変な事になりますよ。お~ほっほっほっほっ」

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