禍金忌離子のお仕事。   作:七篠魂平

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残響室

禍金(まがね)機械商会…聞いたことないんだけど。飛び込みでこられても長い付き合いの機械商がいるからねぇ」

事務室の片隅のパーティションで仕切られただけの簡易な応接室で、室内(むろうち) (ひびき)が差し出された名刺を一瞥し、黒髪のおかっぱ頭(ボブカット)黒縁(くろぶち)の眼鏡、黒い背広(スーツ)の出る所は出て引っ込む所は引っ込むナイスバディ、禍金 忌離子(きりこ)に言うと

「いえいえ、禍金機械商会では、機材や消耗品の販売だけではございません。(よろず)、工場のお悩み事を(うけたまわ)ります」

「悩み事…ねぇ、マシニングで(ナニ)か言ってなかったか?」

パーティションの横から首を突きだし事務机の並ぶ一角に呼び掛けるようにしたが茶を出して引っ込んだばかりの加藤の返事は無い

「お困り事がございますでしょうか」

「ああ、弊社(ウチ)さぁ、旋盤屋だって言うのに元請けが五月蝿(うるさ)くて、商工会議所に借金してマシニングセンタを4台導入してしまって。数値制御(エヌシー)フライスやっていた熟練工(じいさん)は『60歳(ろくじゅう)を過ぎたら一旦定年退職で同じ仕事をして給料は3分の1(さんぶんのいち)で再雇用?馬鹿にするな!』って言って辞めちゃって、ずっと求人は出し続けているんだけど、若い即戦力が欲しいのに(まった)く応募が無くて上手く()ってない製造工程なんだけど」

「それでしたら…」

禍金がカサカサとファイルを(めく)り1枚のA4用紙を取り出しローテーブルに置くと

「技術者のお悩み解決。それにインターネットのURL…アドレスか」

室内は興味を引かれ

「はい、日本中の技術者が集い、製造に関する悩みに知恵を出しあい解決しようと言うサイトになります」

「良いサイトだったらさ、禍金機械商会?弊社(ウチ)で使ってあげても()いよ」

「ありがとうございます。()れでは(ひと)つだけ注意点を。何しろ日本中の技術者が集うサイトになります。反対意見も必ず有る事と思われますが無下にせず、耳の痛い意見こそ真摯に受け止める度量をお持ち下さい」

「ああ」

(うつむ)いて気の無い返事をして顔を上げると其処に禍金の姿は無かった

 

4219番(よんにーいちきゅう)1日()に1000個は欲しいそうです」

営業の加藤が情けないような困ったような顔をして進言すると

「う~ん、マシニング1台を4219番専用にして、1回2個取りの治具(じぐ)(こしら)えて、工具は高速度鋼(ハイス)から1本15000円の超硬(チョーコー)エンドミルにして1日600個。これ以上どうしろって言うんだよ。機械のリース代金もあるし仕事は山のように欲しいけど許容量(キャパ)超えてるぞ」

「断りいれましょうか?」

「いや、待て」

室内は難しい顔をして(しば)し腕を組み(うな)りながら考え事をしていたが事務机のPC(パソコン)脇に置いていたA4用紙に視線を移し

(おぼ)れる者は(わら)をも(つか)む。だよなぁ…」

独り言で、PCのマウスを操作し、会計ソフトを閉じ、ブラウザを立ち上げ、ポチポチと一本指打法でURLを打ち込み始め、お世辞にも大きいとは言えない画面(ディスプレイ)に表示された、技術者のお悩み解決サイトに並び立てられる文字と画像の中から

〈悩みを投稿。スレッド作成〉

の、ボタンを探し出すのは、初老に差し掛かった室内にとって、禍金が置いていったA4用紙に記された図説入りの丁寧な操作説明文があっても容易な事とは言いがたかったが、其れを成し遂げると本題となり

〈当方、NC旋盤·フライスによる機械加工工場。マシニングセンターにて、材質S45C、冷間鍛造の羽根付きブッシュ端面を、全長18㎜✕R7㎜の深さ0.2㎜トラック形状に島残し。治具にて二個取り。Φ12超硬エンドミル。サイクルタイム約20秒。サイクルタイム短縮のアイデア募集〉

何とかエンターキーで入力を終え

〈悩みを受け付けました〉

テキストに安堵したが

〈ハイスですと60秒以上は掛かりそうな加工ですね。マシニングの機種に依るのかも知れませんが円弧補間はどうしても時間がかかりますしS45Cは曲がりなりにも炭素鋼です。限界ではないでしょうか?〉

(しば)しの(のち)にスレッドに付いた回答は納得の行くものではなかった

 

()くなる上は…」

白塗りの巨大な箱が立ち並ぶ工場は、鉄を切り裂く重い音に埋め尽くされていて、室内が4219番を加工するマシニングセンタに詰め寄り

「荒井。ちょっと交替(かわ)ってくれるか」

言うと

「はぁ」

荒井は疲れきった表情を浮かべ

(主軸回転数を毎分3000回転から4000回転に、其れに合わせて切削送り速度(えふ)も30パーセント増しで高速化)

ガガガガガガッ!!

マシニングセンタは、それまでより打って変わった轟音を立て始め、スプラッシュガードの透明なポリカーボネートの窓には容赦なく水溶性切削油剤が打ち付けられ、鉄の箱の内は白濁の闇に包まれ、重い鋳鉄のテーブルが手前に移動し、緑のランプが灯る

「ひぃぃ」

荒井は悲鳴を上げるが

「15秒…うふふふ」

スプラッシュガードを開けた先には、まるで有刺鉄線のような(とげ)が並び立ち、右手にあるマシニングセンタのディスプレイを凝視していた室内は不気味に笑い

「このバリは油砥石で落としといて、元請けが五月蝿いからな、これから1日に1000個。これでやって」

平然と言った

「ちょっと、戻して下さい。無理です。こんなの!」

荒井は抗議するが

「じゃ、頼んだよ」

と、室内は一顧(いっこ)だにせずマシニングセンタを後にする

 

室内は事務室の自分の椅子に戻り

〈出来たぜ15秒だ。誰だよ『限界』なんて言ったのはよ〉

PCに(かじ)()き自分の立てたスレッドに書き込みをすると

〈信じられません〉

〈暴走させてると、いつか手痛いしっぺ返しを食らいますよ〉

〈煽り過ぎです〉

〈無理です。戻して下さい〉

PCのディスプレイには室内を疑うレスポンスが立ち並び

「まったく『出来る!』って言ってるのに。ミュートだミュート!」

怒りに我を忘れ、見たくない聞きたくない不都合な真実が含まれたレスポンスのユーザーは、片端から見えないように消音(ミュート)していた

 

〈すごいですね。ご教示のほどお願いしたいです〉

〈可能なんですね。素晴らし過ぎます〉

PCのディスプレイには室内を賛辞する言葉ばかりが羅列していて

〈企業秘密です。ごめんなさい〉

そんなレスポンスを返しながら

「もう一丁(いっちょ~)(も~)けられそうだな。技術の室内鉄工所!っと!」

テンション爆上がり

 

「社長、()みません」

営業先から帰社した加藤が何故か超御機嫌(ちょ~ごきげん)な室内を見て、済まなそうに言うと

「はうぁ!」

ひっくり返った

「な、なに」

「ええと『こういうの寄越せ!』って、言われまして、単価上げてくれるそうです」

事務机に置かれたのは4個ばかり4219番だが加工面はキラキラと金属特有の光沢を放っている

「えっ、なにこれ?」

「ウチから出荷された4219番だって言うんですよ」

「荒井か?出荷数は足りてるのか?」

「はい。きっかり1000個」

「荒井の野郎、こんな凄い(すげぇ)技術を隠してやがったのか!」

「荒井さんは昼休みも休まずやってるみたいなんですけど」

「ミュートだミュート!ちょっと待ってろ」

室内は加藤を無視して棚に並ぶファイルのラベルを指差し確認し一冊のファイルを見出(みい)だすと

「荒井が入社時に提出した履歴書だ。凸凹工科大!!荒井の出身校だ!」

叫び

真面目に(まじ)ですか?なんで、そんな人材(ひと)が、こんな工場(ところ)に?」

履歴書を見せようとしない室内に加藤は眉を(ひそ)

「くそが!その技術が有れば儲かるだろうに、隠しやがって。どうしてくれるか」

顔を真っ赤にして怒りを(あらわ)にする室内に

「どうでしょうか?荒井さんの給料をドーンと上げて、猛烈(モーレツ)にヤル気を出して貰うってのは?それで給料上がるひと、営業成績上がるひと、売り上げ上がる工場。皆ハッピーじゃないですか」

加藤は提案するが

「馬鹿かオマエは、厚生年金でも健康保険でも給料上げれば(ナン)(パーセント)で上がって会社と折半で払うんだぞ、だから日本人雇う人件費が最大のコストだ。そこを削らんでどうする!」

一言(いちごん)のもとに切り捨てられた

 

室内がキラキラと輝く4219番を片手に

「なぁ、仲本。これ加藤が『荒井がやった』って言っているんだが、どう思う?」

問うが

「そうですね。元のサイクルタイム20秒のプログラムなら出来るんじゃないですか?」

仲本は困ったような顔をしていて

(それじゃあ数が上がらねぇんだよ)

内心思い

「それがなぁ…15秒で此れが出来たって言うんだよ」

話を盛り

「15秒ですか?絶対に無理ですよ其れ」

「お前がやるか?」

「僕が4219番をですか?イヤイヤイヤ荒井さんが適任と思いますです」

千切(ちぎ)れんばかりに首を横に振る仲本に

(みんな)が楽に成るよな。俺もさ荒井が入社した時の履歴書を確認したんだが、凸凹工科大卒でさ…(ナン)で隠すんだろうな。此れ持って他の社員(みんな)に探りを入れてくれ」

キラキラの4219番を手渡すと

「高木さん。此れ社長が荒井さんが10秒で加工したって。荒井さん隠していますが凸凹工科大学工学部機械工学科を首席で卒業した機械加工の天才だって、4219番は荒井さんが適任ですよね?皆に探りを入れて下さい」

仲本は恐怖に怯え泳ぐような足取りでキラキラの4219番を高木に手渡し

「志村さん。此れ仲本さんが荒井さんが6秒で加工したって、荒井さん凸凹工科大大学院まで卒業した工学博士だって。荒井さんが適任ですよね?志村さん、此れ持って皆に探り入れて下さい」

高木は志村の姿を認めキラキラの4219番を押し付ける

 

室内が事務室で伝票の整理をしていると

「社長、俺はもう怒りに打ち震えています!これが、3秒で超高速加工できるのを、あの凸凹工科大の准教授にまでなったって言う荒井の奴!どうして、何も語らないんですか、何故、皆が楽になるのに隠すんですか!?」

工員が怒り狂って詰め寄り

其処(そこ)迄の逸材であったか)

ほくそ笑む

「まぁ落ち着け碇矢(いかりや)。他の社員に伝えろ。皆で荒井を無視(シカト)するんだ。『無視しないで。教えるから仲良くして』って言い出すまで、挨拶も返すな!いいな」

「はいッ!」

 

「荒井さん。もう尾鰭(おひれ)背鰭(せびれ)までついてウナギイヌみたいになってますよ」

加藤はマシニングセンターで4219番の生産に(いそ)しむ荒井に声を掛ける

「ああ、加藤さんですか、加藤さんだけですよ。無視せずに話をしてくれるのは」

「実際どうなんです?凸凹工科大卒業って噂は」

「大学とか入っていません。凸凹工科大学()()()()()()電気科卒。履歴書を確認すればそう書いてあります。高校卒業して電験の資格で電気工事の仕事をしていたのですが、仕事中に3(メートル)の脚立から落ちて腰の骨を折って全治3ヶ月の重症。地に足の着いた仕事をしたいと思い職業安定所(ハローワーク)に相談して紹介されたのがこの工場で…」

「社長が『辞めやがったら他所(よそ)で機械工の仕事が出来ると思うな』って威張ってましたけど」

「機械工なんか此の工場を最後に二度とやりたくはありません」

「はぁ…」

加藤の溜め息は深い

「高校時代からの友人が『また電気工事の仕事をしないか』って誘ってくれていますから、強電(でんき)の仕事を(まな)(なお)して機械の工場(ここ)はキリの良いとこで辞めたいと思います。()()。このイジメは思っていた以上に堪えました」

荒井の言葉に加藤は言葉もない

「一つだけ教えて貰えますか」

「はい」

「このキラキラの4219番はどうやって」

「プログラムロックキーが掛かった状態ですから何も出来ません。ただ最初の20秒のプログラムがメモリーに残っていたんですね。全てのCNC工作機械で出来るかどうか分かりませんが。暴走プログラムから元の20秒のプログラムに戻したんです。綺麗ですし何よりバリがでない。遅れた分は昼休み潰してサービス残業をして数を間に合わせた。バリとか言いますがあの鉄の刺を油砥石で擦り落とすのは苦行以外の何物でもない」

荒井は湿布と包帯の巻かれた(おの)が右手をじっと見つめた

 

室内鉄工所の建物を遠くから見ている黒髪のおかっぱ頭に黒縁の眼鏡、黒い背広の出る所は出て引っ込む所は引っ込むナイスバディ、禍金 忌離子は言った。

「あーら、()()()()。大切ですね」

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