Another Childhood   作:やまうぇ

31 / 34
第31話 止めた一歩の先

部内戦が終わった数日後、男子バドミントン部では、インターハイ地区予選の出場メンバーが発表されることになっていた。体育館の壁際にはホワイトボードが置かれ、監督が持ってきた紙が裏返しのまま磁石で留められている。普段と同じように準備を進めている部員もいれば、会話を切り上げて何度もホワイトボードへ目を向ける部員もいた。

 

大喜はラケットのグリップを巻き直しながら、隣に座る匡を見た。匡はシューズの紐を結び終えている。それなのに、さっきから結び目へ指を掛けては、左右の長さを確かめていた。

 

「匡、紐ほどけそう?」

 

大喜が尋ねると、匡は自分の手元を見た。

 

「ほどけそうではないよ。ちょっと気になっただけ」

「さっきから三回くらい触ってるけど」

 

匡は結び目から手を離し、ホワイトボードへ目を向けた。部内戦では勝った試合もある。だが、大喜のように全勝したわけではなく、上級生相手に取り切れなかった試合もあった。シングルスの出場枠が八人あるとしても、自分の名前が入ると決まったわけではない。

 

「大喜は、あまり緊張してなさそうだね」

「シングルスは、部内戦の結果がそのままなら選んでもらえると思う」

「針生先輩にも勝ってるからね」

「だから、そこで選ばれなかったら、別の理由があるってことだと思う」

 

大喜はグリップテープの端を留め、ラケットを軽く握った。結果については、自分なりに納得している。針生との試合も簡単ではなかったが、勝敗ははっきりついた。選考を前にして根拠もなく自信を失うより、次に何を求められるかを考える方がよかった。匡は短く息を吐いた。

 

「俺は、まだそこまで言い切れないな」

「匡も入ると思うよ」

「そう言ってくれるのは嬉しいけどね。名前が呼ばれたら、その時に安心するよ」

 

二人が話しているうちに、監督がホワイトボードの前へ立った。部員たちが集まり、体育館の空気が静まる。監督は地区予選までの日程と、出場選手には学校の代表として練習や生活の両面で責任を持ってほしいことを伝えてから、シングルスの出場者を読み上げた。三年生四人に続き、針生、西田、大喜の名前が呼ばれる。

 

大喜は小さく頭を下げた。周囲から驚きの声は出ない。部内戦の結果を見ていた者にとって、順当な選出だった。最後に、匡の名前が呼ばれた。隣から、抑えていた息が抜ける音がした。大喜が横を見ると、匡は監督の方を見たまま、膝の上で握っていた手をゆっくり開いていた。

 

発表が終わってから、大喜は肘で匡の腕へ軽く触れた。

 

「おめでとう」

「ありがとう。部内戦で勝ち切れなかった試合もあったから、正直、最後まで分からないと思ってた」

「これで一緒に予選に出れるな」

「こっからだよ」

 

匡は普段と変わらない調子で答えたが、シューズの紐を触ることはもうなかった。監督は続けて、ダブルスのペアを発表すると告げた。大喜は顔を上げる。ダブルスについては、部内戦前にも具体的な話を聞いていなかった。中学ではシングルスを中心に大会へ出ており、本格的にペアを組んで予選を戦った経験もほとんどない。いくつかのペアが呼ばれた後、監督の口から聞き慣れた二人の名字が続いた。

 

「針生・猪股」

 

大喜は一瞬、反応できなかった。周囲の部員が針生と自分へ目を向ける。聞き間違いではないらしい。

 

「俺、ですか?」

 

思わず確認すると、監督が大喜を見た。

 

「猪股は他にいないだろう」

「そうですけど……ダブルスは経験がほとんどなくて」

「だから今から合わせる。針生の経験と、お前の反応の速さを生かせる可能性があると判断した」

 

大喜はホワイトボードに記された自分の名前を見直した。シングルスで予選へ出ることは想像していた。しかし、同じ大会で針生とペアを組み、ダブルスにも出るとは考えていなかった。自分一人なら、苦しい時も判断を変える時も、最後は自分で決められる。ダブルスでは、もう一人がいる。

 

隣に立つ相手の動き、担当する範囲、次の球、二人で空けてはいけない場所まで考えなければならない。大喜がまだ状況を整理し切れずにいると、針生が横へ来た。

 

「そんな顔するな。俺だって、お前と組むとは聞いてなかった」

「針生先輩もですか?」

「候補には入ってると思ってたけど、決定は今聞いた」

「俺、本当にダブルスの経験ないですよ」

「見れば分かる」

「絶対に自分で取りに行こうとしちゃいます」

「だろうな。でも決まったことだ、今日やって確かめるか」

 

針生は冗談めかして笑ったが、すぐに監督から渡されたペア表へ目を落とした。

 

「シングルスは、自分の判断が悪ければ自分が失点する。でもダブルスは、お前が勝手に動けば、俺がいる場所まで消える」

「分かっているつもりですが……」

「つもりでできるなら苦労しない。俺もお前と組むのは初めてだ。最初から合うとは思ってない」

 

針生はラケットを持ち、空いているコートへ目を向けた。

 

「驚くのは今日の練習が始まるまでにしろ。やるからには、ダブルスでも全国へ行くぞ」

「はい」

 

戸惑いがなくなったわけではない。それでも、針生が一方的に教えるのではなく、二人で組み方を探すつもりだと分かったことで、大喜もようやく自分が立つべき場所を考え始めた。同じ側のコートに入る。数日前まで勝敗を争っていた相手と、今度は同じ一点を取りにいく。

 

その日の全体練習後、大喜と針生はダブルスの動きを合わせた。説明では分かっていても、球が来ると大喜は反射的に入ってしまう。針生も同じ球へ動き、二人のラケットが触れた。

 

「今のは俺が取る位置だった」

「すみません」

「俺も声を早くする。お前は動き始めても、俺が入ったら止まれ」

「やってみます」

「止まって次へ備える。お前が触らない方が攻撃になることもある」

 

次に似た球が来ると、大喜は針生の声で足を残した。針生の返球が浮き、後ろに残った大喜が次を決める。

 

「今のでいい」

「なんか何もしなかった感じです」

「俺の球を邪魔せず、次を決めただろ。十分働いてるよ」

 

一度で身体に定着したわけではない。翌日以降も入りすぎたり、反対に任せすぎたりした。それでも大喜は、自分の球だけでなく針生が次にどこへ動くかを見るようになった。針生も、大喜の反応を止めるのではなく、二人の次の攻撃へ使う形を探していった。

 

「昨日よりは、二人で同じ球に行く回数が減ったね」

「そう?」

「少し慣れてきたんじゃないかな」

「匡の方はどう?」

「同じ攻め方を続けると、上級生には途中から対応されるから、戦い方を広げたい」

 

匡はボトルを置き、コートへ戻った。大喜も立ち上がる。高校で最初の予選へ向かっているのは、自分だけではない。針生も、西田も、匡も、それぞれに選ばれた理由と、選ばれた後の課題を持っている。その中で、大喜にはシングルスとダブルスの二つが与えられた。

 

戸惑っている時間があるなら、その分だけ練習するしかない。

 

放課後の練習が終わり、大喜と匡は片づけを終えて外に出ると、校門前には針生と西田に加えて女子バスケットボール部がいた。千夏と渚のほかにも、同じ二年生の部員が数人いる。西田が先に二人へ気づいた。

 

「おつかれ。遅かったな、片付け班」

「ネットが絡まっちゃいまして」

 

大喜が答えると、匡も続けた。

 

「なにしてるんですか?」

「いや、適当にだべってたところ。針生がスマホばっかり見てるから、話が進まなくてさ」

「見てねえよ」

 

針生が否定した直後、手にしていたスマートフォンの画面が点灯した。西田がすぐに指を差す。

 

「ほら、また来た。彼女を待たせるなって」

「帰ってから返す」

「そうやって毎回後回しにするから、返信が遅いって言われるんだぞ」

「何で知ってるんだよ」

「お、やっぱ言われてたんだ」

 

大喜は二人の会話を聞きながら足を止めた。聞き慣れない単語が一つ混ざっていた。

 

「彼女?」

 

西田が振り返る。

 

「大喜、知らなかったのか?」

「誰のですか?」

「この流れで俺だと思う?」

 

西田が自分を指すと、大喜は申し訳なさそうに首を横へ振った。

 

「すみません。西田先輩ではないと思いました」

「聞いてから否定するより傷つくな、それ」

「まさか、じゃあ」

 

大喜は探るような目で針生を見た。

 

「針生先輩、いつからですか?」

「この春」

「誰ですか?」

「お前、急に質問が多いな」

 

ふと、大喜の頭の中には針生と仲の良い女子が一人浮かび上がった。中学の大会にも顔を出し、針生を名前で呼び、競技や予定のことまで自然に話していた人物がいる。針生は短く息を吐いた。

 

「花恋」

「やっぱりだ」

 

大喜の声が、校門前に響いた。その反応に、渚たちも驚いて大喜を見る。大喜は千夏へ向き直る。

 

「ちーちゃんは知ってたの?」

「ごめんね、花恋から聞いてた」

「いつ?」

「付き合い始めたときかな」

「まさか渚先輩も?」

「私は針生くんに彼女がいることを今知ったよ」

 

渚が答えると、大喜は少しだけ安心しかけたものの、すぐに針生と千夏を見直した。

 

「花恋ちゃんも、針生先輩はまあ別だけど、ちーちゃんは知ってたのに……俺には教えてくれなかった」

「別に秘密にしてたわけじゃないよ」

 

千夏が苦笑しながら答える。

 

「花恋も、自分から大勢に話してたわけじゃないし、私から話すことでもないと思ったから」

「俺は大勢の中の一人だったのかな」

「違うと思うよ」

「でも花恋ちゃんとは、ちーちゃんの次に長い付き合いなのに」

 

大喜の声には、本気で責めるほどの強さはなかったが、何か消化しきれていない顔をしている。匡が大喜の横から針生へ頭を下げる。

 

「俺も今知りました。おめでとうございます、針生先輩」

「ありがとう」

「匡は普通に祝うんだな」

 

西田が言うと、匡は大喜を見た。

 

「喜ばしいことですし。大喜は高校生にもなって子供かと」

 

大喜は首を大きく振り、強く否定する。

 

「花恋ちゃんに恋人ができるのって、大きなことじゃん。それが針生先輩ならなおさらだよ」

「何でお前への報告が必要なんだよ」

 

針生が冷静に尋ねる。大喜は少し考え、ラケットバッグの肩紐を持ち直した。

 

「それはそうなんですが、なんというか、こうモヤっとするというか、仲間外れ感がすごいというか」

「それは花恋に言ってくれ」

「針生先輩より幼馴染歴が長いのに」

「年数は関係ないだろ」

 

針生が表情を変えずに返したことで、西田が腹を抱えて笑い始めた。渚も耐え切れずに顔を背け、女子バスケ部の生徒たちからも笑い声が上がる。千夏もとうとう声を上げて笑った。大喜はその声を聞いて、今度は千夏の方を見る。

 

「ちーちゃんまで笑わなくてもいいじゃん」

「ごめん。でも、大喜くんらしいなって思って」

「どこが?」

「大事なことなら、自分にも言ってほしかったってところ」

「普通そう思うでしょ」

「うん。花恋には、大喜くんが拗ねてたって伝えておく」

「それは言わなくていい」

「じゃあ、針生君との交際に実は大喜くんの許可が必要だったって伝える?」

「もっと言わなくていい、花恋ちゃんに怒られる」

 

大喜が慌てて止めたため、また全員が笑った。さっきまで練習や予選の話をしていた校門前の空気は、すっかり変わっていた。大喜はからかわれていることに不満そうだったが、本気で怒っているわけではない。針生と花恋が付き合ったことが嫌なのでもなかった。ただ、自分にとって大切な二人の間に大きな変化があったのに、それを知らなかったことが寂しい。

 

それがあからさまに顔に出ていた。針生はスマートフォンを取り出した。

 

「もういいか。花恋に返すぞ」

「俺のことは書かないでください」

「お前が許可を出してくれないって送る」

「針生先輩」

「冗談だ」

 

針生が言うと、大喜は疑わしそうに画面を見た。西田が大喜の肩を軽く叩く。

 

「まあ、針生の彼女さんも直接会った時に言おうと思ってたのかもしれないぞ」

「本当ですか?」

「知らない。今考えた」

「ひどいですね」

 

大喜はそう答えたが、先ほどより表情は戻っていた。針生がスマートフォンをしまい、大喜へ目を向ける。

 

「明日はサーブ周りからやるぞ。今日、最後に一回詰まっただろ」

「はい。でも、その前のラリーは合ってました」

「一回合ったくらいで満足するな」

「あの合った時の感覚は忘れないようにしておきます」

「ならいい」

 

競技の話へ切り替わった針生の声に、大喜も自然と表情を改めた。

 

「また明日、お願いします」

「花恋の件で腑抜けてたら、今度は本当に連絡するからな」

「その連絡は関係ないですよね」

「効くだろ」

「効きますけど」

 

最後まで納得していない大喜を残し、針生と西田は駅の方向へ歩き出した。渚たちも千夏へ手を振り、それぞれの帰路へ分かれていく。大喜と千夏は並んで住宅街へ向かった。しばらく歩いたところで、大喜が息を吐く。

 

「花恋ちゃん、針生先輩と付き合ってたんだね」

「まだ言ってる」

「だって、ずっと知らなかったから」

「怒ってる?」

「怒ってないよ。二人が付き合うのが嫌なわけじゃないし、針生先輩なら安心できる」

 

大喜は前を向いたまま、少し間を置いた。

 

「でも、花恋ちゃんから聞きたかったなって」

「うん」

「針生先輩からでもよかった。どっちも近くにいたのに、俺だけ知らなかったのがなんか寂しかっただけ」

「匡君も知らなかったよ」

「匡は花恋ちゃんと小さい頃から付き合いがあるわけじゃないでしょ」

「それもそうだね」

 

千夏には、大喜の言いたいことが分かった。幼い頃から続く関係を、大喜は当たり前のように大切にする。離れている時期があっても、頻繁に連絡を取っていなくても、大事な出来事なら自分にも教えてほしいと思う。大喜にとって、幼馴染とはそういう存在なのだ。

 

「今度、花恋に会ったら聞いてみたら?」

「うん。一言くらい言ってほしかったって言ってみようかな」

「花恋なら、たぶん謝る前に笑うよ」

「やっぱり言うのやめようかな」

 

千夏が笑うと、大喜もようやく笑った。しばらくすると、大喜の方から練習の話を始めた。

 

「ダブルス、昨日よりは合ってきたと思う」

「針生君と?」

「うん。任せる球は分かってきたけど、試合になったら身体が先に動くかもしれない」

「大喜くんは、届くと思ったら行くもんね」

「ちーちゃんにも分かる?」

「小さい頃から見てるから。バドだけじゃなくて、何でもそうでしょ」

「何でも?」

「転びそうな子がいたら自分が間に入るし、荷物が落ちそうなら先に手を出すし」

「それとダブルスは違わない?」

「身体が先に動くところは同じ」

「そう言われると、直すの難しそうだな」

 

大喜が困ったように笑う。

 

「全部直さなくてもいいんじゃない?」

「どういうこと?」

「針生君が取る球だけ、動く前に分かるようにするとか」

「そのために声を出してもらってる。でも、見てると聞こえる前にどうしても動いちゃうんだよね」

「じゃあ、考えなくても止まれるまで練習するしかないね」

「針生先輩と同じこと言ってる」

「それしかないんでしょ?」

「実際そうかも」

 

競技の話へ戻ると、大喜の歩き方もいつもの調子へ戻っていった。家に着き、夕食や入浴を済ませた後も、大喜はリビングでタブレットを開いていた。画面に映っているのは、放課後のダブルス練習だった。大喜は再生と停止を繰り返しながら、針生との位置関係をノートへ書き込んでいる。台所では母が翌朝の準備をしており、隣の部屋からは祖父が見ているテレビの音が聞こえていた。千夏が麦茶を持ってリビングへ入る。

 

「まだ見てるの?」

「うん。最後の練習ゲームで、任せられた時と入っちゃった時に何が違ったのか確認してる」

「分かった?」

「相手を見すぎて針生先輩を見るのが遅い。相手が打とうとしているときにはもう身体が動いちゃってる」

 

大喜は画面を戻した。針生が前へ入り、大喜が後ろで足を止める。針生の返球が相手を押し込み、次の球を大喜が打っている。その次のラリーでは、大喜が針生の前へ入り、二人の位置が重なった。

 

「ここ。最初は止まれたけど、その次はまた入ってる」

「一回できたら、ずっとできるわけじゃないんだね」

「頭では分かってても、落としたくないと思うと動いちゃうのがな」

 

地区予選が近づき、シングルスだけでなく、経験の少ないダブルスにも出場する。大喜は選ばれたことを喜んでいたが、結果が勝手についてくるとは考えていない。画面を見つめる目には、練習後から続く力が残っていた。千夏はコップをテーブルへ置いた。

 

「大喜くん、ちょっと頭下げて」

「どうして?」

「練習のことばかり考えてるから。少し力を抜いた方がいいよ」

「頭を下げると力が抜けるの?」

「リラックスにいいって聞いた場所があるの」

 

大喜は不思議そうな顔をしながらも、言われた通りに頭を下げた。千夏は大喜の頭のてっぺんへ指を置く。渚から聞いた位置が本当に合っているのか、自信はなかった。

 

「百会っていうところなんだって」

「ひゃくえ?」

「この辺。たぶん」

「最後に、たぶんって付いたけど」

「動かないで。位置が分からなくなる」

「最初から分かってる?」

「今探してるの」

 

千夏が軽く押すと、大喜の肩が上がった。

 

「痛い?」

「痛くはないけど、変な感じ」

「じゃあ、少し弱くする」

「効いてるのかな」

「まだ始めたばかりでしょ」

 

千夏は力を緩めた。しばらく黙っていると、大喜が息を吐く。

 

「どう?」

「押されてる間は動画を見なくて済むから、それは楽かも」

「それなら、私じゃなくてもよくない?」

「ちーちゃんがやってくれてるからだよ」

「動いたら怒られると思って?」

「それもあるかも」

 

大喜が笑った。千夏も笑いながら、指を離した。大喜の代わりにコートへ立つことも、ダブルスの答えを教えることもできない。それでも、練習から帰った後に、一度手を止めさせることならできる。千夏はテーブルの端へ置いていた自分の予定表を開いた。

 

「地区予選のシングルスの日、午前中に近くで練習試合があるの」

「うん」

「今日、終わる予定の時間を監督に確認した。片づけが長引かなければ、そっちの会場にも行けると思う」

「見に来てくれるの?」

「間に合えばだけど。行ってもいい?」

「もちろん。ちーちゃんが来てくれるなら嬉しい」

 

大喜は迷わず答えた。千夏の指先に思わず力が入り、離したつもりだった指が再び大喜の髪を押した。

 

「痛い」

「あ、ごめん」

「終わったんじゃなかったの?」

「今ので終わり」

「急に強くなった」

「位置を確かめただけ」

「絶対違うと思う」

 

大喜が笑う。千夏も言い訳を諦めて笑った。大喜は再びタブレットへ向き直った。千夏はコップを持ち、練習試合の予定表を畳む。

 

「根を詰めすぎないでね」

「うん。この二つだけ見たら終わる」

「二つが増えないように」

「気をつけます、千夏先輩」

「そういう時だけ先輩って呼ばないの」

「じゃあ、ちーちゃんも早く休んで」

「分かってる」

 

千夏は予定表を持ってリビングを出た。大喜は画面へ視線を戻す。針生が前へ入り、自分が後ろで足を止めた場面。何もしなかったように見える一歩が、針生の返球と、その次の自分の攻撃へつながっている。大喜はその場面で動画を止め、ノートへ短く書き込んだ。

 

針生先輩の球を見る前に、位置を確認する。次の映像を再生すると、大喜の足はまた針生の前へ出ていた。一度できただけでは、地区予選では使えない。大喜は再生位置を戻した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。