願いの物語シリーズ【立花朝陽】   作:とーふ@毎日なんか書いてる

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第10話『傷ついても、人は誰かと生きるべきだと私は思います』

山というのは古来より神域とされてきた。

 

しかし、いつの頃からか人が様々な物を求め、山に入り世界から神秘を奪い、それを燃料に文明を発展させてきた。

 

今になって森を、環境を守ろうと叫んでいる人々はいるが、もはやその行為に意味はない。

 

いや、星の寿命を延ばすという意味では有効かもしれない。だが、失われた神秘はもはや戻らない。

 

変化であれば世界も受け入れられただろう。だが、喪失では還らない。

 

世界には目に見える現実だけが残るのだ。視えないものは消えていく。

 

ただ、それだけだ。

 

「……着きましたね」

 

かつて母や父と来た時と何も変わらない。辛うじて歩ける獣道を抜けて、開けた場所に出る。

 

川は今日も穏やかに流れており、その向こう側には人が立ち入れない深い森が広がっていた。

 

「わ、わぁ、綺麗な所ですね」

 

「そうですね」

 

「川が凄いキラキラで、向こうの森も凄い綺麗ですよ。良い所ですね! あ! 見てください! 魚もいっぱい泳いでますよ! 今日は焼き魚ですかね!」

 

「それも楽しそうですが。そこに泳いでいる魚は神域に近い魚なので触らない方が良いと思いますよ」

 

「エッ」

 

「多分、神罰が下ると思います」

 

「ヒャ、イ、イヤーキレイナカワダナァ」

 

「ふふ。さ。向こうでテントを張りますから、行きましょうか」

 

「ふぁい!」

 

ピンと背筋を伸ばして体を固くしながら歩くひかりさんに笑いながら、私は光佑君と幸太郎さんが作っているテントの方に向かおうとした。

 

しかし、すぐ後ろから悲鳴と共に何かが地面に倒れるような音がして急いで振り返る。

 

「たっ、助けてっ、ください! 朝陽さん! わ、わたし、死にたくないですぅー」

 

「えっと、これは」

 

河原に座り込んでしまったひかりさんの膝の上には、川から飛び上がった魚が数匹跳ねており、どうすれば良いのかと怯えている様だった。

 

私はそれを神様からの贈り物と判断して森に一礼をする。

 

きっとひかりさんの真っすぐな気持ちが神様にも伝わったのだろう。

 

「さ。ひかりさん。行きましょうか。今夜は焼き魚ですね」

 

「うぇええ!?」

 

動揺するひかりさんに手を貸して、共に魚を抱えてテントに向かう。

 

そして、思い出話などを語りながら、夜を待つ事にした。

 

しかし、それよりも早く異変は起こり始めていた。

 

夕食の準備をしていた私の服がクイクイと引っ張られ、そちらに視線を向けて見れば見知らぬ小さな女の子が立っていたのだ。

 

こんな所に子供がいるはずがない。無いが、動揺するよりも早くその子供が発した言葉に私は言葉を失って硬直してしまった。

 

「もしかして、姫乃の娘?」

 

「……っ」

 

「あれー? 朝陽さん。その子は、どこから」

 

「この辺に住んでる」

 

「あっ、そうなんですねぇ。わたし、ひかりって言います。お名前を聞いても良いですかー?」

 

「名前……名前ない」

 

「えぇ!? それは困りましたね」

 

「ひかり、困る?」

 

「そうですね。貴女の事、なんて呼べば良いか」

 

「じゃあ、ひかりがつけて」

 

「私ですか!? これは責任重大ですね……!」

 

私の服を握っていた子はパッと離れるとひかりさんの傍に行って、抱き着きながら話をしていた。

 

私だけでなく、ひかりさんも幸太郎さんにも見えているという事は、見えないお友達ではないのだ。

 

しかし、ここに近寄る様な人は居ないし。住んでいる人が居る訳もない。

 

この周辺に住んでいる人ならば、ここが神域の近くだと知っているからだ。

 

いや、神域……まさか、この方は。

 

「そうですねー。うーん。では、綺麗な蒼い瞳をしているので、空ちゃんはどうでしょうか!」

 

「ソラは駄目。友達の妹の名前」

 

「なんと! 確かに名前被りは駄目ですね。では、とーっても可愛いので、愛ちゃんはどうでしょうか!?」

 

「あい。あい? あいって、どういう意味? かわいい?」

 

ひかりさんはその少女を抱き上げて、微笑みながらその意味を語る。

 

「愛とは、人が誰かを想う気持ちです。幸せになって欲しいと願う気持ちを言葉にしたものなんですよ」

 

「そうなんだ。愛。ひかりもアイを愛してる?」

 

「えぇ。出会ったばかりですが。愛ちゃんは良い子ですからね。愛していますよ」

 

「そっか。じゃあひかり。一緒に行こ」

 

「えぇ!? ごめんなさい。私、まだやる事があって。それが終わってからなら、愛ちゃんの所に遊びに行くのも良いんですけど」

 

「駄目。今すぐ」

 

「えっと、ごめんなさい」

 

「……なんで? ひかりはアイの事、愛してるんでしょ? 幸せになって欲しいんでしょ? アイはひかりと話してると幸せ、一緒にいると幸せ。だから一緒に居たい」

 

「それは大変光栄なんですが、実は私、重大な使命をもってここに来ているんですよ」

 

「重大な、使命?」

 

「はい。私の大切なお友達が泣いているんです。お父さんとお母さんが起きなくて。陽菜ちゃんが苦しんでいるのに、見捨てるような事は出来ません」

 

「その陽菜ちゃんは、お父さんやお母さんと一緒に居れば幸せ?」

 

「そうですね。そうなれば幸せだと思います」

 

「そう。なら……」

 

「あの!」

 

私は少女の冷たい目から、何をしようとしているのか察して、不敬だと理解しつつも口を挟んだ。

 

陽菜ちゃんの幸せはジョージ君や里菜と三人だけの世界にある訳じゃない。世界には繋がりがあるのだ。

 

陽菜ちゃんが作り上げてきた世界を、誰かに壊されてはたまらない。

 

「なに? 姫乃の娘」

 

「幸せとは、閉じこもった世界にだけあるのではありません。陽菜ちゃんは確かに二人を望んでいる。ですが、それと同じくらい世界が大事なのです。友達であるひかりさんも、共に生きてきた私や幸太郎さん。そして光佑君や綾ちゃんも、皆大切なんです」

 

「でも現実には苦しい事ばかりなんでしょ? だから人は夢を見る。幸せな夢を。幸せな夢の中にいれば傷つかないから」

 

「それでも、優しいだけの夢は、独りぼっちです。傷ついても、人は誰かと生きるべきだと私は思います」

 

「……お前は、姫乃とは違うね。名前、聞いても良い?」

 

「朝陽です。立花朝陽」

 

「そう。朝陽。じゃあお前が代わりに来るか? そしたら陽菜のお父さんとお母さんは夢の世界からこっちの世界に返してやる」

 

その鋭い視線に、私は心臓を射抜かれて、思わず言葉を失ってしまった。

 

でも、それで願いが叶うならと私は頷こうとした。

 

しかし、肯定の言葉を返そうとした瞬間、私の腕を光佑君と幸太郎さんが掴み、首を横に振る。

 

あぁ、そういえば。そういう約束でしたね。

 

でも……どうすれば。

 

「もう。愛ちゃん! 我儘ばっかり言っちゃ駄目ですよ」

 

「……ひかり。怒ってる?」

 

「そりゃ怒ってます。さっきも言いましたが、私たち今はちょっと忙しいんです。それが終わったら愛ちゃんの家に行きますから。今は駄目ですよ」

 

「……ごめんなさい。きらいに、ならないで」

 

「嫌いになんてなりませんよ! 私も少し強く言い過ぎました。ごめんなさい愛ちゃん。でも、さっきの事だけ分かっていただけると嬉しいです」

 

「分かったよ」

 

愛という名を付けられた少女はひかりさんから離れると、数歩川に向かって歩く。

 

そして、いつの間にか日が落ち始めていた空に右手を向けて握り、地面に下ろした。

 

「ひかりにこれ以上怒られたくないし。返してあげる。願いは十分集まってるしね。奇跡を起こすには十分だ」

 

「……」

 

「でも、忘れないで。朝陽。人はいつか夢の果てに来る。例外は無いよ。だから朝陽ともまた会う事になる」

 

「……分かりました」

 

「ふふ。そんなに怖がらないで。姫乃も待ってるからさ。お前をお姉ちゃんにするのも面白いかもな。それと、ひかり?」

 

「はい。なんでしょうか」

 

「こっちに来て」

 

「はいはい」

 

ひかりさんは無防備に立ち上がると少女の傍により、少女に言われるまま小指を絡めた。

 

そして幼い声で歌う少女に合わせてひかりさんもその誓約を謳う。

 

「約束だよ。ひかり。ひかりはもうアイの物だから。その時が来たら、ずっと一緒だよ。ずっとね」

 

「えぇ。分かりました」

 

「……うん。今は良いけど。すぐ我慢出来なくなっちゃうかも」

 

「そしたらまた会いに来てください。あっ、こっちから行かないと駄目ですよね」

 

「ふふ。大丈夫。ひかりがどこに居ても分かるから」

 

「そうですか? なら良いですけど。でも、またここに来ますよ」

 

「分かった。じゃあ、またね。ひかり」

 

「はい。また」

 

何でもない事の様にひかりさんは少女に手を振って、少女はそれを見て笑うと川の上流へ向かって走っていった。

 

その姿が完全に消えた事を確認して、私は深く息を吐いた。

 

心臓に悪い。

 

ここが神域だと、人が立ち入るべきじゃないと母が言っていた意味がよくわかった。

 

しかし、私は呑気に笑いながら座って飲み物を飲んでいるひかりさんを見て、気が抜けたように笑ってしまった。

 

「どうしたんですか?」

 

「いえ。ひかりさんは凄いなと思いまして」

 

「凄い? と言われましても……。あ。子供の扱いが上手いって事ですかね!? 朝陽さんにそう言って貰えると、私も自信が出てきましたよ!」

 

「ふふっ」

 

「あー。子供と言えば、あの子は結局どういう子だったんですかね。近所の子供だという事は分かったんですけど。名前が無いとか、言っている事も何だかよく分からなくて」

 

「子供は誰でもそういう時期があるんだよ。ひかりちゃん。中二病って奴だったかな。いてっ」

 

「だ、大丈夫ですか!? 今、え? 森の方から何かが?」

 

「うん。木の実みたいだ。どうやら怒られたみたいだね」

 

「えぇ……森の神様的な存在にですか……?」

 

「かもね。まぁ可愛い子だったし。恥ずかしかったのかもね。あいてっ、いてっ」

 

「今度は野いちごが!? 本当に大丈夫ですか? 光佑さん」

 

「まぁ、多分光佑さんも気に入られているみたいですね」

 

「何も話してないけど」

 

「まぁ、神とは魂を視ますから。きっとそれで気に入られたんですよ」

 

「それは光栄だけど……まぁ良いか」

 

「なんだか良く分からないですけど、良かったって事ですかね」

 

「そうだね。今日はひかりちゃんに助けられたよ」

 

「え!? 私、本当に何もしてませんけど、そんなに頼りになりましたか? へへ。やっぱり子供の扱いが上手いって事ですかね。じゃあ、じゃあ。光佑さんから見て、私の対応はどうでした? 点数で教えてください!」

 

「まぁ百点以外の点数は付けられないだろうね」

 

「本当ですか!? やったー! これで子供が出来ても良いお母さんになれそうです」

 

「あぁ、子供か。いや、それは難しいんじゃないかな」

 

「えぇ!? 突然の手のひら返し!?」

 

「いや、まぁ俺も詳しい事は分からないけど、母さん。どうかな」

 

「そうですね。恐らくですが、ひかりさんが恋人を作るのは難しいかもしれませんね」

 

「うぇええ!? な、何故……どうして」

 

「さ。じゃあ色々と終わりましたし。帰りましょうか」

 

「え? 終わったって、私の将来ですか? 朝陽さん?」

 

「はーい皆さん。撤収の準備をしますよー」

 

「なんで無視するんですか? 朝陽さん? こっち見てください? 朝陽さーん?」

 

私は幸太郎さんや光佑君と共に帰りの準備をして、元来た道を通って車へ向かう。

 

山から離れて走り出した時、電波が戻ったためか、一気に着信やメッセージなどが届いた。

 

その中には私たちが居なくなっている事に気づいた綾ちゃんの怒りメッセージや、二人が起きた事を喜ぶメッセージもあった。

 

約束は果たしてくれたらしい。

 

私は携帯電話を握り締めながら神様と、母に深く感謝した。

 

私の幸せな日常へと帰るのだ。今日からまた新しく始まる幸せな日常に。

 

「あーうー。どうしてこんな事に。私の幸せ家族計画が」

 

「あ。幸太郎さん。今思いついたのですが、あの方も光佑君なら許してくれるのではないでしょうか」

 

「まぁ、その可能性はあるね。朝陽さんもそのお母さんも気に入っているみたいだし」

 

「……俺の意思は無視?」

 

「あら。光佑君。こんなに可愛い子が不満なんですか?」

 

「不満なんて無いけどさ。ひかりちゃんにも選ぶ権利があるでしょ」

 

「おっと光佑君。その逃げ方は甘いな。それだとひかりさんが頷いた瞬間、君は逃げ道を失うぞ」

 

「……う」

 

「言い直しなんてさせませんからね。今が攻めどきですよ! 幸太郎さん!」

 

「そうだね。朝陽さん。ひかりさん! さっき朝陽さんが君に恋人は難しいと言っただろう?」

 

「ひゃ、ひゃい! そ、そうですね」

 

「実はその例外がいるんだ。今、君の横に座っているんだけどね」

 

「横って、うぇぇえええ!? 光佑さん!?」

 

「父さん。母さん」

 

「残念だが、僕も朝陽さんも止めないぞ。諦めろ。光佑君」

 

「そうそう。貴方があの子を想っているのは知っていますが、男なら二人一緒に愛してみせなさい」

 

「無茶言わないでよ」

 

「なんだ光佑君。君の大切な妹の為に、こんな危険な場所まで一緒に来てくれた人を無下にするのかい? 幸せにしてやりたいとは思わないのかい」

 

「そうですよ。そして早く私に可愛い孫を抱かせてください」

 

「本音はそれか」

 

「当然じゃないですか! ようやく色々な問題が解決したんですから。これからは自分の欲望に正直に生きますよ。私は」

 

「えと、えとえとえと。光佑さん、私、その!」

 

「ひかりちゃんも落ち着いて。この二人に流されなくて良いから」

 

「あ。今思い出したんですけど。陽菜ちゃんも光佑君の事が好きなんでした。里菜もジョージ君も反対しないでしょうし。光佑君には頑張って貰わないといけないですね」

 

「おいこら親。倫理観はどうした。流石に法律だって許さないだろ」

 

「大丈夫。お父さんがお願いすれば国がバックアップしてくれるぞ!」

 

「そうそう。お母さんも西宮院の方にお願いすればいくらでも裏工作出来ますから」

 

「この人たちはまったくもう」

 

呆れたように頭を抱える光佑君を見ながら私は笑う。

 

窓の外に流れる景色はすっかり夜になってしまったけれど、心地の良い夜だ。

 

これから来る明日に期待しながら私は胸を躍らせるのだった。

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