願いの物語シリーズ【立花朝陽】 作:とーふ@毎日なんか書いてる
私も、幸太郎さんも過去を知る事は出来ても未来を視る事は出来ない。
お母さんの亡くなった現場で過去を視てしまったばかりに、光佑君や陽菜ちゃんにまで世界の呪いが降りかかって、こんな筈ではと思いながらも、何か出来る事は無いかと二人で戦い続ける毎日だった。
でも、そうやって目を逸らし続けてきた現実が、今ここに広がっている。
病室のベッドにはあの日から眠り続けているジョージ君と里菜がおり、里菜のベッドには泣きつかれて、眠っている陽菜ちゃんが居た。
何も出来なかった。
どうにか光佑君と陽菜ちゃんに降りかかる破滅の未来が消えたかと思えば、これだ。
世界はとことん陽菜ちゃんを追い詰めるのが好きらしい。
本当に気分が悪い。
でも、本当に悪いのは誰でも無い。私だ。
ずっと里菜の傍に居たのに。中学から数えていったい何年私は目を塞いできたのだろうか。
自分が本当に嫌になる。
「……朝陽さん」
「幸太郎さん。外に」
「分かった」
ソファーには眠る綾ちゃんと光佑君が居て、私と幸太郎さんはみんなを起こさない様にしながらそっと外に出た。
暗く重い空気だ。
でも、きっとこういう時にこそ、明日が見えない夜にこそ、朝陽は必要なのだと思う。
「幸太郎さん。私、行きたいところがあるんです」
「前に言っていた所かい?」
「えぇ。そこなら」
「あ、あああ、朝陽さん!」
不意に名前を呼ばれ、静かにそちらを見てみれば、ひかりちゃんが緊張した様子で立っていた。
その目は真剣で、震える両手を握り締めながら勇気を振り絞っている様に見える。
「私も、連れて行って、下さい」
「駄目です」
「エッ」
「これから行く場所は言うなればあの世。帰って来られる保証はありません。貴女には陽菜ちゃん達の未来を」
「だからこそです!」
「っ」
ひかりちゃんは私の腕を掴んで叫ぶ。
精一杯、その名の通り、眩いばかりの心で私に訴えかけていた。
「み、みんな、誰かの為にって、勝手に傷ついて、傷つけて! 勝手過ぎます! 残された人の事も考えてください! ジョージさんも、陽菜ちゃんのお母さんも、朝陽さんも! みんな代わりなんて居ないんです! 陽菜ちゃんにとって、みんな大切な人で、誰一人だって欠けちゃいけないんです!」
「……ひかりちゃん」
「だから、私も一緒に行きます! 朝陽さんは確かにお日様かもしれないですけど、私だってひかりですから。ひかり二倍です! ひかりが二倍なら、あの世だって照らせます!」
「なら、俺も行くよ。実は俺も名前に光が入っていてね。これで三倍だ」
「こ、光佑さん!?」
「光佑君まで」
「誰かを想って傷ついて、傷つけるのは君も一緒だよ。ひかりちゃん」
「ぁ、ぅ。デモデモ」
「母さんも父さんもさ。勝手に居なくなっちゃ困るんだよ。綾の結婚だって、俺に全部任せるつもり?」
「そう、ですね。幸太郎さん。私はもう何も言えません」
「僕もだよ。降参だ。こんなにも眩しい光に囲まれちゃ何も言えないさ。おとなしく僕はみんなに幸せを届けるとしようか」
私と幸太郎さんは両手を上げて、降参の合図をした。
それから二人を連れて車に向かい、目的の場所に向かって幸太郎さんに車を動かして貰う。
「さて、連れていくとは言ったけど、光佑君。ひかりさん。二人にはちゃんと守ってもらう事がある」
「うん」
「は、ははは、はい」
「現地では朝陽さんの言う事をちゃんと聞いて、勝手な事はしないこと。いいね?」
「わかったよ」
「ハイ!」
「それと……光佑。行く前に大切な話がある」
「……何? 父さん」
「綾の結婚とはどういう事だ? 綾と付き合っている奴がいるのか!?」
「もう。幸太郎さん。前見て運転してください。はい。運転にー集中ー」
「朝陽も知っていたのか!? どんな奴なんだ。光佑! 事と次第によってはソイツを血祭りにあげないと」
「昔の幸太郎さんが出てますよ。はい深呼吸して」
「クッソ、あんなに可愛い綾に浮いた話が無いなんておかしいと思ったんだよ。やはり何者かが裏で動いていたのか!」
「陰謀とか無いですから」
「帰ったら綾に聞かないと……! あーくっそ。さっさと二人を起こして帰るぞみんな!」
「もう。また綾ちゃんに怒られちゃいますよ」
私は助手席で呆れたように溜息を吐きながら、幸太郎さんを落ち着けようと言葉を重ねるのだった。
流れていく車の窓から見える景色を見ながら、私は遥か昔の事を、数日前に見た夢を思い出していた。
そう。あれはまだ母や父が生きていた時の事だ。
暑い夏の日。私は父や母と共にとある山に来ていた。
そこは観光地という訳でも無いし、キャンプ場として有名という訳でも無かった。
ただあまり有名ではない山であるという事と、人があまり足を踏み入れる場所では無いのだろうという事だけが分かった。
道は整備されておらず、獣道の様な所を通って、山の奥へ奥へと母は進んでゆく。
父は私を抱き上げて、母の背に付いていきながら山の奥へと向かっていった。
どれほど歩いただろうか。
不意に木々が無くなり、開けた場所に出た。
そこはやや大きな川が流れている場所であり、川の向こう側には私たちが通ってきた以上に深い森が広がっていたのだ。
「じゃあここで休憩しましょうか」
母はそう言うと、川から少し離れた場所に荷物を下ろし、父がその場所にテントを作ってゆく。
奇妙な場所だった。
寒気がするほどに奇妙な場所だ。
何が奇妙かと言えば、見えないお友達の様子がおかしいのだ。
ソワソワと落ち着かない様子で私たちが歩いてきた森の方へと移動し、ジッと川の向こうを見つめている。
……川の向こうには、何かあるのだろうか。
「朝陽。駄目ですよ」
「っ! な、なにが!?」
「あの向こう側に行くことはいけません。貴女も薄々は気づいているんでしょう?」
お母さんの言葉に、私は一瞬迷った後、小さく頷いた。
何となくという事なら、私はこの場所を理解していた。
おそらく、ここはこの世とあの世の境だ。
「あの川の向こう側があの世。こっち側がこの世。違う?」
「やはり朝陽は天才ですね。素晴らしいです!」
「え、へへ。まぁね」
「ただ一つ注釈を付け加えるなら、あの世という言い方は正しくないですね」
「そうなの?」
「はい。あちら側は神域。神の領域です」
「神様……って、テレビとかに出てくる雲の上に居る偉い人?」
「あぁ。天上の神々ですか。アレもまぁ確かに神と言えば神なのですが、私が言っているのはこの星に最も古くから存在する神の事です」
「一番古い、神様」
「そう。言うなれば星の神。全ての命が産まれ、還る場所。全ての命が巡る場所に宿る神です」
「うむむ?」
「ふふ。朝陽にはまだ早いですね。でも、いつか理解する日が来ますよ。貴女もまた星に選ばれた子ですから」
「それって、朝陽が凄いってこと?」
「そうですね。凄いという事です」
「そっかー。えへへ」
「そう。貴女は凄い子です。天上の神々ですら触れなかった運命の中心点。世界の希望が始まる起点にして、絶望の終着点。貴女さえ世界に居るならば、きっとこの世界は何度でも温かな陽が昇るでしょう。明けない夜はない。私の希望。朝陽」
「んにゅ?」
「貴女ならきっとどんな暗闇も晴らせるでしょう。笑顔を、優しさを忘れないでね」
「お母さん?」
「今日ここで話した事を、貴女は覚えていないでしょう。ですが、時が来れば思い出します。この世界を照らす為に」
「……おかあ、さん」
「眠いでしょう。ここはそういう場所ですからね。今は眠りなさい。幸せな夢の中で」
そう言って母は私の頭を優しく撫でた。
その感触が、心地よくて、温かくて、私はその穏やかな世界で眠りについていたのだ。
ずっと忘れていたことを唐突に思い出したのは、母のいう時が来た。からだろうか。
おそらくはそういう事なのだろう。
母が私に嘘を吐いた事はない。母の言葉はいつだって確かな意味があった。
里菜とジョージ君が眠った後に夢を見た事だって偶然じゃ無いだろう。
ここに、答えがあるのだ。
「さ、着いたよ」
幸太郎さんの合図に私はドアを開けて、外に出た。
あの日と同じ様に暑く、セミの声が響いているその場所は何も変わっていない。
いや、一つ違う事があった。
「朝陽さん?」
「行きましょう。幸太郎さん。光佑君。ひかりさん」
私は森の奥で、あの日と変わらず穏やかな微笑みを浮かべている母を見ながら、いつかの時と同じ道を歩み森の奥へと向かった。
あの世とこの世の境……いや、神域へ繋がる場所へ。