ガチムチアニキと洋楽の女神   作:nelldrip

2 / 8
洋楽トークが、いつの間にか配信の柱になっていた。
ANGRAのハイトーン、ヴァン・ヘイレンの名前。語れば語るほどコメントが乗ってくる。視聴者数が初めて100を超えた夜、声が震えた。
オーストラリアのパンク、タイの国民的バンド、アルゼンチンの哀愁、インドのフュージョン——知らない国を、知らないバンドを、一つずつ語っていく配信が、少しずつ定着していく。
そしてスペインのバロン・ロホを語った夜。衣装もネタもない、ただ語るだけの配信なのに、今までで一番「聴いてもらえた」と思った。
ガチムチのガワを被っていても、結局届くのは、中身そのものなんだと知った夜。


語れば届く、ガチムチトーク

## 第四話 ガチムチアニキと洋楽トーク

 

---

 

今日も帰ると配信を立ち上げた。

 

あれだけ期待してくれるのだ、遠慮はいらないだろう。

 

これでも結構、知識に自信はあるのだ。

 

配信が始まると、待ち構えていたように、もう数人がコメントを入れてくる。

 

 お、来た来た

 今日も洋楽トークやってくれんの?

 

待たれている。それだけで、なんだかむずがゆいような、誇らしいような気持ちになる。

 

 はい、今日もよかったら聴いてください!

 

そう言って、さっそく語りはじめた。

 

---

 

 ANGRAって、ボーカルのアンドレ・マトス、あの超絶ハイトーンがすごいんですよ。しかも当時十代だったらしくて。ギターのカフー&ロベルトも、技巧がめちゃくちゃで……

 

 お、詳しいな

 なんかキャラと知識量のギャップがすごい

 

 あ、SteelHeartのミリヤム・ボーレンも凄くて。あの高音、わたし最初聴いたとき、これ本当に人間の声かって思ったんですけど――

 

 わかる、あの声は反則だよな

 SteelHeartのあの曲、カラオケで音域死ぬやつだ

 

 しかもライブだとさらに上の音まで出すらしくて、なんか化け物ですよね……

 

 でもまぁ実際そうだから否定できない

 なんでライブの情報まで知ってんだよwwwww生まれてすらねーだろwww

 

3往復ほど、そんなやり取りが続いた。語れば語るほど、コメントが乗ってくる。今までこんなに反応をもらったことがあっただろうか。

 

---

 

 でも凄いね、めちゃくちゃ聴いてるじゃん

 

 あ、はい……結構聴いてたらなんかハマっちゃって。あとで調べたら、当時ものすごく人気だった、って知ったんですけど、納得ですね。

 

オジサン連中、うんうん、と大満足げな様子。コメント欄の温度感が、なんだか妙に温かい。

 

 いまの子でここまで知ってるの、ほんとに珍しいよ

 わかってくれる若い子がいるだけで嬉しいわ

 

正直、ちょっと泣きそうになった。ガチムチアニキの皮を被ったJKの語りがでおっさんたちを泣かせる未来、誰が予想できただろう。

 

---

 

 ほか、どんなの聴くの?

 

そう言われたので、ここはもう少し攻めてもいいかもしれない、と思った。

 

 あ、じゃぁギタリストはどうですか? エディ・ヴァン・ヘイレンとか、ジョン・ペトルーシとか、スティーヴ・ヴァイとか!

 

 ペトルーシってDream Theaterの? マジで詳しいな。 最新まで追ってんのかよ

 ヴァン・ヘイレンの名前出すJK、地球上に何人いるんだ…

 

オジサン連中、大盛り上がり。

 

コメントの流れる速さが、さっきまでとは段違いだった。視聴者数のカウンターが、目に見えて伸びている。

 

(……これ、いける、かも)

 

そう思いながら、わたしは次の話題を探していた。

 

---

 

## 第五話 チャンネル登録50人の夜

 

---

 

 洋楽ガチJKは草

 なんでオジサンよりJKが洋楽詳しいんだよwwwww

 

そんなコメントが流れる。

 

気づけば視聴者数が100を超えている。見たことがない数字だ。チャンネル登録数も、いつの間にか50を超えていた。

 

なんだこれ。

 

---

 

あまりに驚いていると、少し言葉が出なかったらしい。

 

 どうした

 マイク切れてる?

 

コメントに気づいて、あわてて取り繕った。

 

 あ、ごめんなさいごめんなさい。ちょっと視聴者数とかチャンネル登録にびっくりしちゃって……

 

配信始めて三か月で、こんなにいったの初めてで。ちょっと、嬉しくって。

 

声が、少し震えていたかもしれない。

 

 こういう配信なら喜んで聴きに来るよ

 それな。めっちゃ聴きたい

 俺も洋楽はたまに聴く、くらいだけどこういうので教えてくれるなら教えて欲しい

 

なんか、嬉しかった。

 

 えっと……ありがとうございます。すごく嬉しいです。でもこまっちゃうなぁ、わたしこれから居眠りできなくなりそうです。

 

 へ?

 なんで居眠り?

 

 だって居眠りすると、足が床に付いてるじゃないですか。もうキコに足向けて寝れないです。

 

 草草の草

 たwしwかwにwww

 ブラジルは足の下だもんなwwww

 地球の反対側に足向けて寝るな問題、初めて聞いたわ

 

自分の配信がこんなに笑いに満ちてたのなんて、いつぶ……いや、初めてだな。

 

コメント欄が、今までとは違う速さで流れていく。文字の洪水を見ているだけで、なんだか胸の奥がくすぐったいような気持ちになった。

 

---

 

そうしていると、時間が来た。

 

 あ、じゃぁ……また明日! 同じ時間にやります!

 

 ありがと!

 すごく面白かったよ!

 俺も勉強になったわ

 

そう言ってくれるのを見て、配信を終えた。

 

こんなに嬉しい配信は、初めてだった。

 

明日……かぁ。

 

期待されている。そう思うと、明日が待ち遠しかった。

 

---

 

## 第六話 パンクと国民的バンド

 

---

 

今日も配信を開ける。最近、開幕の挨拶すら省略できるくらい、リスナーの食いつきが早くなってきた。

 

 今日はどれ?

 まだまだ知らないバンド出てくるんだろ

 

 はい、今日は二か国分、用意してきました!

 

 は?!

 二カ国?!!!

 英米じゃないってこと?!?!

 

---

 

 まず一つ目は、オーストラリアのバンドで、C.O.F.F.I.Nっていうんですけど。

 

 コフィン? 棺のことか?

 名前からして物騒だな

 

 パンクなんですけど、すごく荒々しくて、勢いがあって。MVとか見ると、なんかすごい熱量のライブやってる映像が多くて……

 

 オーストラリアって意外とパンクシーンあついよな

 AC/DCの国だし、なんか分かる気がする

 

AC/DCの名前が、こんなにナチュラルにコメントに出てくる。ここのリスナー層も侮れない。それなりに鍛えられる猛者ばかりだ。

 

 あの、C.O.F.F.I.Nは結構新しめのバンドなんですけど、勢いだけじゃなくて、ちゃんとグルーヴがあって。聴いてると変に体が動いちゃうタイプの曲が多いです。

 

 いきなり新しい沼に連れていくのやめてくれwwww

 いや連れて行ってくれ、むしろ

 

---

 

 じゃあ、二つ目です。タイの、Bodyslamっていうバンドで。

 

 お、それは知ってるぞ

 Bodyslamはタイだと国民的バンドだろ、有名なはず

 

知ってる人がいた。少し驚く。

 

 あ、知ってる方いらっしゃるんですね! そうなんです、タイだと本当に国民的な存在らしくて。ロックなんですけど、すごくメロディアスで、歌詞もタイの人たちの心情に寄り添うようなテーマが多いみたいで。

 

 タイ語わかんないけど、メロディだけでも泣けるやつあるよな

 そうそう、それ

 

 わたしもタイ語わからないんですけど、メロディの作り方が本当に丁寧で。あと、ボーカルの声の説得力がすごくて、何言ってるか分からなくても、感情だけは伝わってくるんですよね。

 

 わかる人にはわかる名曲、ってやつだな

 

---

 

二か国とも、思った以上に反応が良かった。特にBodyslamを知っている人がいたことで、変に安心感が出たのかもしれない。

 

 今日は知ってる人と知らない人、半々くらいだったかも

 いつもより共有できる感じがあって楽しかった

 

そう言われて、なんだか嬉しくなる。知らないものを教えるのも楽しいけど、知ってる人と一緒に盛り上がれるのも、また別の楽しさがあるらしい。

 

 また今度もよろしくお願いします!

 

そう言って、配信を終えた。

 

---

 

## 第七話 ラテンの哀愁とインドのフュージョン

 

---

 

配信を開けると、今日もすでに数人が待っていた。

 

 今日はどこ行くの?

 もう世界一周してそうな勢いだな

 

 まだまだ序の口です……たぶん。

 

---

 

 今日はまず、アルゼンチンのバンドで、ゾーイっていうんですけど。

 

 ゾーイ? 女の人の名前みたいだな

 

 バンド名なんですけど、ラテンロックっていうジャンルで。アルゼンチンって、実はロックの土壌がすごく強い国で、スペイン語圏のロック――ロック・エン・エスパニョールって呼ばれるんですけど、その中でも重要な存在らしくて。

 

 ロック・エン・エスパニョール、なんかかっこいい響き

 スペイン語の歌詞、響きだけで雰囲気あるよな

 

 そうなんです。ゾーイの曲は、ちょっと切なさとか、哀愁みたいなものを感じるメロディが多くて。明るいだけじゃない、ラテンのロックの懐の深さが好きです。

 

 哀愁のあるラテンロックって、なんか矛盾してるようで惹かれるな

 

---

 

 じゃあ、もう一つ。インドのバンドで、Advaitaっていうんですけど。

 

 インド? お、初めてだな

 インドのバンドって、なんかイメージ湧かないわ

 

 インドは結構面白くて。Advaitaは、ロックというより、フュージョンっていうジャンルになるんですけど、インドの伝統楽器とロックの楽器を混ぜたような音作りをしていて。シタールとか、タブラの音と、ギターやドラムが同時に鳴ってる感じです。

 

 それはちょっと聴いてみたい、想像つかない

 

 最初聴いたとき、わたしも結構びっくりしました。なんか、まったく違う文化が同じ曲の中で喧嘩しないで共存してる感じが、すごく新鮮で。

 

 なんか哲学っぽい説明だな

 Advaitaって名前自体、たしかヒンドゥー哲学の用語だった気がする

 

おっと。リスナーの中に、想定より詳しい人がいるらしい。

 

 あ、そうなんです! 不二一元論、っていう考え方からきてるらしくて。詳しい方いらっしゃって、ちょっと嬉しいです。

 

 まさかここで哲学の話になるとは思わなかった

 この配信、油断できないな

 

---

 

そんな感じで、今日も気づけば時間が過ぎていた。

 

 今日も知らない世界見せられたわ

 ラテンとインド、両方良かった

 

 ありがとうございます! また次回、別の国行きますね!

 

そう言って、配信を終えた。

 

最近、こうやって「知らない世界を見せられた」って言われるのが、地味にこそばゆい。けれど、悪い気はしない。

 

---

 

##第八話 バロン・ロホは伊達じゃない

 

---

 

今日は二か国分の余裕がない。なぜなら、語りたいことが多すぎるからだ。

 

配信を開始すると、もう数人が待っていた。

 

 今日はどこの国?

 また知らないバンド出すんでしょw

 今日も洋楽(?)トークまってるよ!

 

 知らないバンドって言われるの、最近ちょっと嬉しくなってきている自分がいる。それはそれで、なんか危ない兆候かもしれない。

 

 今日はスペインです。バロン・ロホ、っていうバンドなんですけど……

 

 バロン・ロホ?

 また聞いたことないやつだ

 

そう言われると思った。でも、これは語らせてほしい。

 

---

 

 バロン・ロホって、スペイン語で「赤い男爵」って意味なんですけど――

 

 赤い男爵? なんかかっこいい

 第一次大戦のエースパイロットかなんかにいたよな、それ

 

 あ、それです! たしか、その人から取ったらしいです。1980年代からやってる、スペインのヘヴィメタルだと一番の老舗格、みたいなバンドで。

 

 へぇ、結構歴史あるんだな

 

 すごいのが、スペインのメタルって、フランコ政権が終わったあとに一気に文化が花開いた時期と被ってて。バロン・ロホはまさにその最初の世代なんですよ。だから歌詞にも、自由とか、抑圧からの解放とか、そういうテーマがすごく多くて。

 

 なんか急に社会の話になったな

 でもおもしろい、続けて

 

ここで一瞬、止まりそうになった。普段は茶化されるだけのこの手の話に、ちゃんと食いついてくれる人がいる。さすがオジサン。それだけで、声のトーンが自然と上がっていく。

 

 スペインって、メタルって聞くとちょっと意外なイメージあるかもしれないんですけど、実は土着の文化、フラメンコのリズムとかと、メタルがすごく自然に混ざってる国で。バロン・ロホはそこまで露骨にフラメンコ色を出してはいないんですけど、もっと後の世代――例えばマゴ・デ・オズみたいなバンドだと、もっと顕著にそういう要素が出てきたりして……

 

 マゴ・デ・オズも知ってんのか

 いや、もう詳しすぎでしょ、なんなの

 

知ってる。当たり前だ。父親が聴いていたCDの中に、確かに紛れていた。

 

 あのギターのフレーズの泣き方とか、明らかにスペインのギタリストにしか出せない湿度があって。アメリカやイギリスのメタルとは、ちょっと違う色気があるんですよね。

 

 湿度とか色気とか、そんな評し方されると聴きたくなるな

 今すぐ調べるわ

 

コメントの速度が、いつもよりゆっくりだった。けれど、その分、一つひとつが重い。茶化しではなく、ちゃんとした感想が、ちゃんとした熱量で返ってくる。

 

---

 

 ……でも、これだけ詳しいの、なんでなの?

 

そう聞かれて、少し迷った。

 

 えっと……お父さんの影響、なんですけど。お父さん、ジャンルとか国とか関係なく、ひたすら聴く人で。家のリビングが、もうずっとそんな感じだったので。

 

 羨ましい英才教育だな

 うちの親父はずっと演歌だったわ

 

 演歌も、たぶんすごく深い世界だと思いますよ。

 

 お、フォローしてくれるのか

 

 いえ、ただ、わたしが詳しくないだけです。

 

 草

 正直で好き

 うけるwww

 

---

 

そうやって話していると、気づけば時間はあっという間に過ぎていた。今日は二か国分どころか、一国分の話だけで配信時間がほとんど終わっていた。

 

 今日、一国だけだったのに、めちゃくちゃ濃かったな

 もっと聴きたかった、また今度やってくれ

 

 あ、はい! また機会があれば、もっと深く掘りますね!

 

 次回も楽しみにしてるよ

 

配信を終えてから、しばらく余韻が抜けなかった。

 

普段の、衣装も小道具もない、ただ語るだけの配信。なのに、今日は今までで一番、ちゃんと「聴いてもらえた」気がした。

 

(これ、別に変なキャラとか、ネタとか関係ないんだな……)

 

ふと、そう思う。

 

ガチムチアニキの皮を被っていても、結局聴いてもらえているのは、中身そのものなんだと、初めて少し実感できた夜だった。

 

---




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第四話〜第八話、「語れば届く、ガチムチトーク」編でした。

最初はガワとのギャップだけで聴かれていたはずなのに、いつの間にか語っている内容そのものに耳を傾けてもらえるようになっていく。
知らない国、知らないバンド。
世界はまだまだ広いですが、次回、ついに国内に踏み込みます。
それも、生半可な相手ではありません。
乞うご期待!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。