ガチムチアニキと洋楽の女神   作:nelldrip

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笑いのない夜も、笑いすぎる夜もあった。

難民キャンプから生まれたバンドの歌に、コメント欄が初めて静かになった夜。
ゾンビメイクでイタリアのホラー映画オタクの集会になった夜。
十二単を纏って、まさかの自国・天女神樂にコメント欄が沸いた夜。

衣装ネタが一区切りついた後も、数字は止まらなかった。

視聴者数5人から始まった配信が、いつの間にか二十万人を超えていた。
気づけば、洋楽の女神が定着していた。

ガチムチアニキの皮を被った、ただの音楽好きのJKが、世界のどこかにある音楽と、誰かの耳を繋ぐまでの物語。

その締めくくりを、見届けてください。


ガチムチアニキと洋楽の女神

 

## 第十四話 音楽は、生きる力なんだ

 

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衣装ネタも、続いてきた。毎回、何を着るか考えるのも楽しくなってきている。

 

ただ、今日は少し違った。

 

選んだのは、普通の格好だった。ただ、わざとボロさを出した、生活感のある服。今までみたいな、はっきりした特徴のある衣装じゃない。

 

配信を開始する。

 

 お、今日はシンプルだな

 今日は国どこだ?

 

 ……今日のは、ちょっと当てるの難しいかもしれません。

 

 見た目、普通の服っぽいけど、なんか着古した感じだな

 ヒントある?

 

 うーん……ヒントは、特にないです。すみません。

 

 わからん

 マジでわからん

 ごめん、ノーヒントだとさすがに無理だ

 

そうだろうな、と思う。これは、わかりやすい記号がある国じゃない。

 

---

 

 今日紹介するのは、Sierra Leone's Refugee All Starsっていうバンドです。

 

 シエラレオネ……?

 国名なのか、それ

 

 はい、西アフリカの国です。このバンド、結成の経緯が、ちょっと特殊で……

 

少し、言葉を選びながら話す。

 

 シエラレオネは、1990年代から2000年代にかけて、内戦があって。バンドのメンバーは、その内戦から逃げて、ギニアの難民キャンプに避難していた人たちなんです。

 

 ……マジか

 なんか急に重くなったな

 

 難民キャンプの中で、楽器を手に入れて、音楽を始めたのが、このバンドの始まりらしくて。家も、故郷も、いろんなものを失った状況の中で、それでも音楽を続けた人たちなんです。

 

コメント欄の流れが、急に遅くなった。茶化す言葉も、笑いも、出てこない。

 

 そんな状況で、音楽やる気力よく残ってたな……

 なんか、想像つかないわ

 

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 曲を聴くと、明るいんです。リズムも、メロディも。苦しい状況を歌ってる曲もあるんですけど、それでも、暗く沈んでいく感じじゃなくて。

 

少し、声が震えそうになる。

 

 音楽は自由で、生きる活力と希望なんだ――そういうことを、ずっと歌い続けてるバンドで。わたし、これを最初に聴いたとき、なんて言えばいいか分からないくらい、胸が苦しくなって。それで、もっと聴くようになって。

 

 ……

 

コメント欄が、静かだった。誰も、何も茶化さなかった。

 

 すごい話だな、これ

 なんかちょっと、泣きそうになった

 こんな状況からも音楽が生まれるんだな

 

---

 

 すみません、ちょっとしんみりさせちゃいましたね。

 

 いや、いい話だった

 むしろ、ありがとうって感じだ

 こういうのも、もっと聞きたい

 

 ……ありがとうございます。

 

その一言に、少し時間がかかった。今までで一番、リスナーの言葉が、胸に響いた気がした。

 

---

 

そうして、配信を終える時間が来た。

 

 今日は、いつもと違ったな

 また色々教えてくれ

 

 じゃあ……また明日。

 

そう言って、配信を終えた。

 

画面を閉じてから、しばらく動けなかった。

 

数字を見るつもりはなかった。けれど、ふと目をやると、視聴者数も、コメント数も、いつもの衣装ネタの回と変わらないくらい、伸びていた。

 

(笑いがなかったのに……)

 

それなのに、誰も帰らなかった。

 

そのことが、何よりも嬉しかった。

 

知らないうちに、また何かが、静かに積み上がっていた。

 

---

 

## 第十五話 ガチムチ、ゾンビになる

 

---

 

シエラレオネの回から一夜明け、空気を変える必要を感じていた。今日は、今までで一番気合の入った衣装にした。

 

配信を開始する。

 

 来た来た

 今日はどんな格好だ……

 

そして、画面が映った瞬間、コメント欄が一瞬、止まった。

 

ガチムチアニキの肌が、土気色に変色し、ところどころ皮膚が剥がれ、血のようなものが滲んでいる。ゾンビメイクだ。ボロボロの服も相まって、もう普通に怖い。

 

 うわ

 ゾンビwwww

 今日急にホラーかよwwww

 音楽は生きる力どこいったwwwww

 筋肉ゾンビ、強そうで草ww

 

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 今日は、国は……出さなくていいかもしれません。今日のテーマは、イタリアのバンド、Goblinです。

 

 ゴブリン?

 名前は知ってる気がする

 待てよ、それ……

 

何かに気づきかけている人がいる。

 

 プログレッシブロックのバンドなんですけど、ダリオ・アルジェントっていう、イタリアのホラー映画監督の作品を、いくつも手掛けていて。

 

 あ、それだ! ダリオ・アルジェントの音楽の人だ!

 Goblin=アルジェントの音楽担当じゃん!!

 うわ、知ってる人がここにもいたか

 

予想以上の反応だった。ホラー映画好きが、結構多いらしい。

 

---

 

 はい、特に「Profondo Rosso」――「深紅」っていう映画と、「Suspiria」っていう映画のサウンドトラックが有名で。あの不気味なオルゴールみたいな旋律と、プログレのアグレッシブな演奏が混ざってる感じが、本当に唯一無二で。

 

 Suspiriaのテーマ、あれ一度聴いたら忘れられないやつだろ

 あの不協和音、トラウマレベルだよな

 

 あと、ジョージ・A・ロメロの「ゾンビ」――イタリアだと「Zombi」って呼ばれてる映画の音楽も手掛けてて。それで、今日はゾンビメイクにしてみました。

 

 めちゃくちゃ理由が筋通ってるwww

 ガチムチがゾンビ化してる絵、シュールすぎるwww

 

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ここで、コメント欄が完全にホラー映画トークの方向に傾いていった。

 

 ゾンビっていうと、やっぱルチオ・フルチも気になるよな

 フルチ!? あの人もイタリアの監督だよな

 

来た。これも、語りたかった話だ。

 

 あ、フルチ監督も大好きで。あの、「サンゲリア」――海外だと「Zombi 2」って呼ばれてる映画とか。あれ、ゾンビと人間の目とか、すごい有名なシーンがあって。

 

 目に木の棒が刺さるシーン、あれだろwww

 あのシーンでフルチ好きかどうか分かるよな

 

 あと、「ビヨンド」も好きで。あれは、ゾンビ映画っていうより、もっと不条理で悪夢みたいな雰囲気が強くて。最後の展開、本当に救いがなくて、好きです。

 

 救いがないのが好きって言い切るの強いな

 ビヨンドの最後、トラウマ級だもんな

 

 そして、「地獄の門」。これもフルチ監督なんですけど、もう理屈とか整合性とか全部置いといて、ただ不気味な映像を見せ続けてくる感じが、すごく癖になります。

 

 地獄の門まで言うか

 フルチ三大ゾンビ映画、全部出してくるとは思わなかった

 もうこの子、完全にホラーオタクだろ

 

---

 

 あの……すみません、ちょっと熱くなりすぎました。

 

 いや続けてくれ、もっと聞きたい

 ホラー好きのおっさんたち、ガチで沸いてるぞここ

 めちゃくちゃ詳しいJK、もう怖いわ(いい意味で)

 

茶化されながらも、コメント欄の温度は明らかに高かった。

 

 でも、ホラー映画って、グロいだけじゃなくて、音楽とか美術がすごく作り込まれてるものが多くて。そこも含めて、好きになってもらえると嬉しいです。

 

 わかる、その視点

 今夜Suspiria見返すわ

 

---

 

配信を終える時間が来た。

 

 今日はゾンビ映画オタクの集会になってたなw

 次は何だろうな、もう予測不能すぎる

 

 じゃあ、また明日……あ、メイク落とすの大変なんですよね、今日は。

 

 それは知らんwww

 頑張ってくれwww

 

そう言って、配信を終えた。

 

ゾンビメイクを鏡で見ながら、ふと思う。

 

(こんな話、おっさんたちが本当に喜んでくれるんだな……)

 

メイクを落とす作業は、思った以上に時間がかかった。

 

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## 第十六話 ガチムチ、十二単を纏う

 

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イタリア回のホラー映画トークから一夜明け、今日はまた違う方向で攻めることにした。

 

配信を開始する。

 

 来た来た

 今日は何だ……

 

画面が映る。ガチムチアニキが、十二単を纏っていた。何枚も重ねられた、絢爛な色彩の布。

 

 は?

 良く衣装あったなwwww

 なにやるのか想像つかん……悔しいw

 

予想がつかない、という反応が、今日は多かった。

 

---

 

 じゃあ、答えますね。今日は……天女神樂!

 

 ……は?

 アマネ……カグラ?

 待って、それどこの国?

 

 国じゃないんです。日本の、ガールズロックバンドです。

 

 射程広すぎかよwwwwww

 守備範囲なんでもありかwwwwwwwwww

 今まで世界中の国回ってたのに、まさかの自国かよwww

 

---

 

 天女神樂は、2023年に始動した、比較的新しいバンドで。「日本神話×ロックサウンド」っていうテーマを掲げてて。「新世代バンドル」っていうコンセプトも持ってる、アイドル的な雰囲気もあるバンドなんです。

 

 アイドル要素とロック、両方あるってことか

 日本神話モチーフって、十二単着る理由、ちゃんとあったわけか

 

 はい。今後は「和×EDM」とか、「演歌×メタル」みたいな、ジャンルを越えた展開もしていきたい、ってインタビューでも言ってて。すごく可能性を感じるバンドなんです。

 

 演歌×メタルって、想像できないけど聴いてみたいな

 日本にもまだまだ知らないバンドあるんだな

 

 わたし、海外のバンドばっかり紹介してきたんですけど、こうやって日本の新しいバンドも、ちゃんと見ていきたいなって思って。

 

 いいバランス感覚だな

 国内外問わず掘ってくれるの、地味にありがたい

 

---

 

 ……ちなみに、この十二単、重ねが多くて、結構重いです。

 

 はい、いつもの感想枠www

 毎回ちゃんと体感教えてくれるよなwww

 

そんな会話をしながら、配信を終える時間が来た。

 

 まさか自国まで掘ってくるとは思わなかったな

 じゃあ、また明日!

 

そう言って、配信を終えた。

 

十二単を脱ぎながら、ふと思う。

 

(世界中回ってたのに、まさか自分の国でこんな反応もらえるとは……)

 

守備範囲の広さを、改めて自分でも実感した夜だった。

 

衣装ネタ、今日でとりあえず一区切りだ。

 

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## 最終話 ガチムチアニキと洋楽の女神

 

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天女神樂の回の興奮が落ち着いた後、何日か、衣装ネタを休んだ。

 

ネタ切れというより、単純に、衣装を考えるのに疲れたからだ。普通に雑談したり、リスナーのリクエストに応えたり、そんな配信を、しばらく続けていた。

 

そういう「普通の配信」をしている間も、数字は止まらなかった。

 

気づけば、登録者数は、もう三桁の話じゃなくなっていた。

 

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最初の配信、視聴者数5人。それを見て、ベッドに突っ伏した夜のことを、今でも覚えている。

 

母親のアバターが、ハル◯でも長◯でもなくなぜか朝◯で、古い◯撃文庫や◯川スニーカーの解説で、そこそこのファンを持っていたこと。父親が、ガチなオグリキ◯ップのアバターで競馬解説をして、メンバーシップまでやっていたこと。それを見て引き揚げられるお小遣いに、ふんっ、ざまぁみろ、と思っていたこと。

 

あの頃の自分は、まだ何も持っていなかった。

 

ガチムチアニキというキャラを思いついたのも、結局は、頭の悪い思いつきだった。BL本を見て、ストリート◯ァイターとファイナル◯ァイトのキャラを足したような、半分やけくそのデザイン。

 

それが、洋楽の話をきっかけに、少しずつ変わっていった。

 

ANGRAとSteelHeart。Bon JoviとDef LeppardとEurope。聖飢魔Ⅱで火がつき、B'zで一気に弾けた夜。あの夜のコメント欄の速さは、今でも忘れられない。

 

そこから、世界中の国を回った。

 

衣装ネタで、何度も「は?」と言われた。ペルーのポンチョ、中国のチャイナドレス、ベトナムのアオザイ。イスラエルのトーブで、一人だけ気づいた人がいたこと。イタリアでゾンビメイクをして、ホラー映画オタクの集まりみたいになった夜。

 

シエラレオネの回では、誰も茶化さなかった。あの静かな空気を、今でも覚えている。

 

トルコ、インド、インドネシア、フィリピン、タイ、オーストリア、スイス、チェコ、台湾、日本。そして、東欧八か国を早着替えで駆け抜けた、あの息切れする夜。キューバ、クリスチャン、ロシア。仮面とフリルでゴシックに堕ちた、あの不思議な親近感の夜。そして、エジプトの「エジプトコール」。

 

考えてみれば、メディアミックス発のAve Mujicaから、新世代バンドルの天女神樂まで。毛色も文化圏も全然違うはずなのに、気づいたらどっちも同じ熱量で語っていた。守備範囲って、自分で決めてた境界線より、もっと広かったのかもしれない。

 

アイドルコスで、千早と春香を本気で語った夜もあった。歌に全部を懸ける子と、みんなの真ん中で笑う子。ガワの全然違う二人を、どっちも本気で好きだと言えたのは、ガチムチのガワを着てるわたしだったから、かもしれない。

 

milktubを語って、おっさんたちと一緒に父の守備範囲の広さに笑った夜。グリーングリーンのエンディングから、もういない一人の作家さんのことを、みんなで思い出した夜。あれは、知らない曲を教えるのとは、また違う嬉しさだった。

 

あの日々を、一つひとつ思い出すと、今でも笑ってしまう。

 

---

 

ある日、ふと、登録者数のページを開いた。

 

数字を見て、しばらく、声が出なかった。

 

二十万人を超えていた。

 

スマホを持つ手が、少し震えた。

 

最初の配信の視聴者数、5人。あのときの自分に、この数字を見せたら、絶対に信じないだろう。

 

---

 

それだけじゃない。

 

最近、自分が紹介したバンドの再生数が、急に伸びることがある、と気づいた。

 

名前を出すと、その日のうちに、コメントで「聴いてみた」「ファンになった」という声が増える。

 

ある日、自分が紹介したバンドの一つから、何かのメッセージが来ているのに気づいた。

 

中身を見て、また、声が出なくなった。

 

(わたしの配信、向こうにまで届いてたんだ……)

 

ガチムチアニキの皮を被って、洋楽の話をするだけだった配信が、いつの間にか、世界のどこかにある音楽と、誰かの耳とを、繋ぐきっかけになっている。

 

洋楽の女神。その愛称が定着してるのをみたときは、なんだか泣きそうになった。

 

---

 

母親に、最近の登録者数を見せたら、目を丸くしていた。

 

「えぇ…なにこれ、わたし娘に負けてんだけど?」

 

ふん、と思いながら、ちょっとだけ得意げな顔をしてみせた。

 

父親には、まだ何も言っていない。今度、競馬の話のついでに、こっそり自慢してやろうと思っている。

 

---

 

今日も、配信を開ける。

 

画面の向こうに、ガチムチアニキが映る。中身は、相変わらず、ただの音楽好きのJKだ。

 

 今日はどこの国ですか?

 

そう聞かれて、少し笑う。

 

 今日は、ちょっと、今までの振り返りをしようかなって思います。

 

そう言いながら、配信を始めた。

 

気づいたら、ここまで来ていた。

 

これからも、まだ知らないバンドが、まだ知らない国が、きっとたくさんある。

 

その全部を、これからも、語っていこう。

それを楽しみに、待っていてくれる人が、いるのだ。

 




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。



第十四話〜最終話、「ガチムチアニキと洋楽の女神」編、そしてシリーズ完結でした。



シエラレオネ回の静かな空気、イタリア回のホラー語り、天女神樂での自国回帰と、これまで積み上げてきたものを、最終話で一気に振り返る構成にしました。

視聴者数5人から始まった話が、二十万人、そして「洋楽の女神」という愛称にまで辿り着くところまで、書き切れたことが何より嬉しいです。



ここまでお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。

ガチムチアニキの皮を被った彼女の物語は、ひとまずここで一区切りですが、アニキの配信はまだ終わりません。
他の国も、Ave Mujica、アイマス、miktubも。全部書いてあるのでそのうち出そうと思います。
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