翡翠の瞳に乾杯 ~日露対魔戦線~   作:D’n A

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第三章 決戦

 

 翌朝、象潟(きさかた)の浜から少し南に位置する漁港に、四人のデビルハンター達はいた。大型のフィッシングボートに乗り込むパワーとソコロフを、波止場に立つ三鷹とジャンナは見守っている。響き渡るターボディーゼルエンジンの轟音に負けないように、ソコロフが大きく叫んで言う。

 

「では、作戦の通りに!ミスター・ミタカと中将は浜で戦闘の準備を!」

「ええ、どうかご無事で!パワー、頼むぜ!!」

「おう!戦車の悪魔の血の味……楽しみじゃのう」

Удачи(武運を)!」

 

 三鷹とジャンナが激励の言葉を送ると、パワーとソコロフを乗せたボートは、エンジンを唸らせながら沖へと駆けていった。残された二人は、すぐさま振り返って浜へと向かう。三鷹は歩きながら、作戦を立てていた時の会話を思い出す。

 

『馬力の強いボートを用意しましたが……戦車の悪魔を引っ張って来れるでしょうか』

『大丈夫デス。サーシャの悪魔はパワフルです』

『それに、なにも綱引きをするわけではありません。戦車の悪魔を怒らせれば追いかけてくるはずです。パワーさん、頼みますよ』

『なっ!ウヌら、ワシを囮にする気か!?嫌じゃー!!』

『大丈夫です、死ぬ時は私も一緒です』

『もっと嫌じゃ!なんでウヌなんぞと一緒に……!』

『アホパワー。二人で生きて帰るって意味だろ。頑張れ、倒したら好きなだけ血を飲んでいいぜ』

『うう〜』

 

 ボートが波を越えながら、沖へ沖へと進んでいく。陸に残った二人の待つ浜が、いよいよ見えなくなろうとしている。ソコロフが波の音とエンジン音の中でも声が通るように、大きな声でパワーに語りかける。

 

「もうすぐポイントです!パワーさん!衛星では大まかな位置しか捉えられておりません!打ち合わせた通り、貴女の鼻が頼り……」

「ヴォエええええええええェェェェ!!」

「嘘でしょおおおおおおおおおおお!?」

 

 ソコロフの大事な話を、パワーはまるで聞かずボートの外へ嘔吐していた。あまりに間の抜けた状態に、ソコロフもまた間の抜けた反応を見せてしまった。

 

「ちょっと!!悪魔でデビルハンターなのに船酔いで死んでるってどういうことですか!?」

「うるへ〜……船酔いなんかしておらん……」

「いやしてたでしょ!?」

「ウヌの操縦が下手くそなんじゃ……あっ……近いぞ……もうすぐじゃ……」

「方向は?」

「少しだけ……右……オえェ……」

 

 ソコロフは尚も吐き続けるパワーに呆れながらも、速度を落としながら面舵を切って目標へと近づく。人間である彼にも、禍々しい雰囲気が感じ取れるようになってくる。

 

「パワーさん、あとどれくらいですか?」

「ウップ……あっ、ここ!この下じゃ!」

「ええ!?急には止まれませんよ!」

「ワシのせいじゃない!」

「吐いてたからでしょ!!」

 

 ソコロフは慌てて燃料を止め、慣性を使いながら旋回しパワーが叫んだポイントへと戻る。ボートが止まると、ソコロフは海の下を見つめる。

 

「いた……大きな影が。いくぞ、“銛の悪魔”!!」

 

 ソコロフが叫ぶと、その手に巨大な赤黒い銛が現れた。先端には鋭く凶悪な()()()が付いており、持ち手から伸びるロープは右の掌へと繋がっている。ソコロフはそれを海中の影に向かって思いっきり振り投げた。

 

「手応えあった!刺さったぞ!浜へと引っ張ります!」

 

 ボートに再びエンジンがかかり、全速力で浜へと向かう。ソコロフの右手から伸びるロープは、後方の海中へと繋がっている。ボートが最大速度になる頃、巨大なそれは海上に姿を現した。

 

 ザパアアアアン!

 

 大きな波音を立てて現れたそれは、頭部が大砲、両腕がガトリングでできた怪物だった。一〇メートルほどもある上半身は筋肉が剥き出しになっており、その肩にはソコロフが投げた悪魔の銛が深く突き刺さっている。下半身は千切れて腹部から臓物が垂れ下がっていた。パワーは作戦開始前の三鷹とソコロフの会話を思い浮かべる。

 

『戦車の悪魔ということは、身体が装甲で覆われていたりしますか?此方の攻撃が通るかどうか』

『仰る通り、本来は装甲が厄介な悪魔です。しかし下半身を爆発させた彼奴(きゃつ)は、腹から下を失っていました。我々は剥き出しになった肉から攻撃を与え続け、ついに装甲の殆どを引き剥がしました。万全に回復していなければ、攻撃が通る場所があるはずです』

 

 先ほどまで顔色を悪くしながら嘔吐していたパワーの目に光が宿る。ニヤリと不敵に笑うと、ボートのへりに足をかけて高らかに言う。

 

「なんじゃ!ズタボロのままじゃないか!勝てる!これでも食らえ!!」

 

 パワーは血でいくつものナイフを作ると、次々と戦車の悪魔を目掛けて投げつける。顕になっている筋肉や臓物を切り裂き、戦車の悪魔が不気味な悲鳴をあげる。

 

「怒ったか!ならば追いかけて来いザコ!鬼さんこちらじゃあ!!」

 

 パワーは戦車の悪魔を斬りつけ続け挑発し、ソコロフは突き刺した銛から伸びる悪魔の縄を引っ張りながらボートを浜へと進める。戦車の悪魔は何度か両手を叩きつけるが、届かない。ソコロフは振り返ってその様子を見ながら、自分が言った台詞を思い起こす。

 

『彼奴の武器は大砲とガトリング銃です。海から引っ張り上げたら、しばらくは水で湿気って使えないでしょう』

 

 タイムリミットは不明。だが、間に合うことに賭けるしかない。いよいよ浜に着く。前を見ると、三鷹とジャンナの姿がハッキリと見える。張り詰めていた気が少し緩んだ、その時——

 

「ああっ!!反則じゃあ!」

 

 パワーの叫びが聞こえると、辺りは急に暗くなっていた。上空を見ると、なんと戦車の悪魔が飛び上がっていた。その巨大な体躯が、ボート上へと落下してくる。乗船する二人が、ボートごと押し潰される……その時。

 

「“事故の悪魔”、オネガイ」

 

 ジャンナの言葉と共に大型トラックが空中に現れ、戦車の悪魔と激しく追突した。戦車の悪魔は吹っ飛ばされ、トラックはぺしゃんこになると空中で霞のように消えた。

 

 ドシャアン!

 

 戦車の悪魔は大きな音を立てて浅瀬に落下した。同時にボートは砂浜に乗り上げ、パワーとソコロフは打ち上げられた。

 倒れていた戦車の悪魔が、ギシギシと音を立てながら上体を持ち上げる。腹の断面から剥き出しで突き出ている一対の太い骨の先にはキャタピラがあり、それが脚のようになって浅瀬に着地する。パワーとソコロフもまた立ち上がると、それぞれ三鷹とジャンナの隣に立つ。禍々しい悪魔と、四人のデビルハンターが向かい合った。決戦が始まる——

 

「パワー、リーチが欲しい。今日は太刀を頼む」

「おう」

 

 パワーは自らの血で大太刀を作って三鷹に渡す。その様子を見ていたジャンナが尋ねる。

 

「ソレガ……“血の悪魔”の能力——?」

「地味だと思うでしょう?まあ、これだけじゃありませんがね」

「なんじゃ、失礼な」

「無駄話をしている暇はありません!攻撃来ます!」

 

 ソコロフが叫ぶと、戦車の悪魔はガトリングでできた片腕を四人に向かって振り下ろしてきた。二手に分かれてそれを避けると、三鷹とパワー、そしてジャンナがその腕を駆け上がる。砂浜に残ったソコロフは、悪魔の力で出来た銛を戦車の悪魔の胸部に向かって次々と投げつけ突き刺していく。腕を駆け上がった三人が肩までたどり着くと、パワーは血の大剣を作り出し、自由落下しながら戦車の悪魔の肉体を上から下へと一気に斬りつける。

 

「ガハハハハ!デカいぶん斬り応えがあるわ!」

 

 三鷹は手にした大太刀で、目にも止まらぬ速さで戦車の悪魔の首筋を薙ぎ払う。太い血管が切れ、大量の血が吹き出す。

 

「パワー!コイツの血ィ使えるように飲んどけ!」

「キタキタ!全部ワシの血じゃあ!!」

 

 三鷹が戦車の悪魔の肩から離脱すると、残ったジャンナが構えて呟く。

 

「“チェンソーウィップ”」

 

 ジャンナの手に、いくつものタイヤが連なった鞭のような武器ができた。それぞれのタイヤにはたくさんの回転歯が付いており、その名の通りチェーンソーのようだ。ジャンナはその鞭を振り回し、剥き出しの肉を何度も、何度も痛めつけるように斬りつけていく。先に浜に降りた三鷹が、その様子を見てソコロフに言う。

 

「やっぱりあのヒト、復讐に燃えてますね。大丈夫かな」

「まだ頭に血は上ってないでしょう。今のうちに引き戻します。中将!離脱を!此奴を引き倒します!!」

 

 ソコロフが叫ぶと、ジャンナは浜に向かって飛び降りる。それを確認すると、ソコロフは戦車の悪魔に突き刺した何本もの銛から繋がるロープを引っ張る。ギシギシと音を立てて、戦車の悪魔の上体が徐々に倒れ込んでいく。

 

 ドシン!!

 

 ソコロフと銛の悪魔の馬鹿力で、戦車の悪魔は砂浜に突っ伏した。ジャンナが戻ってくると、三鷹は彼女の手にある鞭を見て言う。

 

「“チェーンソーウィップ”?カッコいいですね」

「事故の悪魔が使ってみろって言ってくれたんデス。なんでこんな武器を思いついたのかは、本人も分からないみたいデスケド……」

「まるで“チェンソーウーマン”ですね。オレも、“チェンソーマン”って呼ばれたことあるんですよ。おいパワー、興が乗ってきた。やっぱチェーンソーくれ」

「ええ〜。めんどくさいのぉ」

「たくさん血ィ飲んだからいいだろ」

「仕方ないのぉ」

 

 パワーが血で作ったチェンソーを三鷹に渡すと、三鷹とジャンナは倒れた戦車の悪魔の身体に駆け寄っていく。チェンソーマンとチェンソーウーマンによる、血飛沫を撒き散らす拷問ショーが始まる。無防備な肉体を、回転歯の駆動音を掻き鳴らしながら斬る。斬って、斬って、滅多斬りにする。気づけば二人とも、返り血で真っ赤に染まっている。それでもなお巨大な身体はゆっくりと息をしていることが分かると、三鷹がジャンナに話しかける。

 

「キリがありません。一旦離れませんか?」

「簡単に死なないならそれでもイイ!そのぶん痛めつけてヤル!」

 

 血のプールを浴びたせいか、ジャンナは既に冷静さを失っている。戦車の悪魔の片腕のガトリングが、ガコンと鳴ってジャンナの方を向く。

 

「ジャンナさん!あぶ——」

「中将!!」

 

 三鷹もまた気づくのが遅れていた。だが、先に気づいていたソコロフが既に駆け寄っていた。

 

 ダン!

 

 発砲音が響く。ソコロフはジャンナに向かってタックルし、抱き抱えながら飛ぶ。二人が砂浜へ転がり込むと、三鷹とパワーが駆け寄った。

 

「ジャンナさん!ミスター・ソコロフ!無事か!?」

 

 ジャンナに傷はなかった。だが、ソコロフの腹部からはドクドクと血が流れている。ジャンナが涙を流しながら母国の言葉で叫ぶ。

 

「サーシャ!サーシャ!」

「中将は……無事ですか…………良かっ……た……」

「ああ……サーシャ!私の……私のせいで!」

 

 三鷹は異国の言葉で話す二人を見ながら、パワーに語りかける。

 

「パワー、血ィ止めてやってくれ」

「分かった。だが、ワシはもう戦えんぞ。自衛隊呼ぶか?」

「……あのヒト次第」

 

 三鷹はそう言うと、泣き声を上げるジャンナに歩み寄り、肩に手を当てて言う。

 

「大丈夫。“血の悪魔”の力、アレだけじゃないって言ったでしょう?パワーに止血と回復を任せます」

「……え?」

「安心してください。死なせません」

「ああ……!良かっタ……!!」

 

 話す二人を横目に、パワーがソコロフの隣にしゃがみ込んで傷口に手を当てる。三鷹が言葉を続ける。

 

「けど、パワーはミスター・ソコロフの元から離れられません。オレたち二人だけで倒さなきゃなんねえ。作戦を続けますか?諦めて自衛隊を呼びますか?」

「もう少し、頑張らせてクダサイ……!ダイジョウブ、頭、冷えました」

 

 涙を拭き、決意に満ちた目で答えるジャンナ。三鷹はそれを見ると、次の作戦を伝える。

 

「“事故の悪魔”の力……破壊力があるのは分かりました。戦車の悪魔は満身創痍です。オレがあのガトリングの囮になるんで、アンタがトドメを」

「えっ、そんな……危険デスヨ!」

「オレにもパワーの血が流れています。銃創程度なら自力で回復出来ます。寧ろこっちが“血の悪魔”との契約の本命なんで」

「……ワカリマシタ。私の手で、決着をつけマス」

 

 ソコロフのロープから解放された戦車の悪魔が、ゆっくりとその上体を起こす。ズタズタに斬りつけられた傷口から、大量の血を流している。その動きは緩慢で、キイキイと金属が擦れる音がする。

 

「パワー、ヘルメットだけ作れるか?流石にド頭吹っ飛ばされたらたまんねえや」

「武器は?チェーンソーは使いにくいじゃろう。それにソイツは血を沢山使ってるんじゃ、返せ」

「何でもいいから遠距離武器」

「じゃあこの銃をもっていけ。弾が切れたらウヌの血を使え」

「ありがとよ」

 

 三鷹はパワーにチェーンソーを返し、代わりにライフルとヘルメットを受け取る。ジャンナとともに戦車の悪魔の方へと向き直る。戦車の悪魔もまたゆっくりとこちらを向く。最後の戦いの火蓋が、切って落とされた。

 

 ダダダダダ!

 

 戦車の悪魔が両腕のガトリングを乱射し、銃弾の雨が降る。三鷹がその中に突っ込み、ライフルを打ち込んで激しい銃撃戦となる。大きすぎる的を前に、三鷹の撃つ弾は当然の如く全て命中する。一方、戦車の悪魔が撃つ弾はほぼ当たらない。一発だけ鳩尾に当たったが、パワーの血の力ですぐに回復する。後方にいるジャンナが力を行使する。

 

「“炎上事故”!」

 

 戦車の悪魔の身体を目掛けて、タンクローリーが宙を駆けて突進する。

 

 ドカアン!

 

 激突と同時に大爆発が起こり、戦車の悪魔の身体は激しく燃え上がる。炎が収まると、黒焦げになった戦車の悪魔が現れた。その動きは、更にぎこちなくゆっくりになっている。

 

「くっ……まだ死なナイ!」

「でももう少しです!あと一発…………アレ、マズくねえか……?」

 

 三鷹が青ざめた顔をして戦車の悪魔の頭部を見上げる。大砲でできた頭部が、赤く光っている。主砲を打ち込む準備を始めているのが、目に見えて分かった——タイムリミットだ。

 赤く光る主砲を前に、破壊された故郷の光景がジャンナの脳裏によぎる——この海辺の町。身を挺して守ってくれた育ての親。好き勝手言いながらも全力で戦ってくれた魔人。そして、夢の中で恋をしていた目の前のデビルハンター。全てが、また壊されてしまう。ジャンナは前に出て、三鷹に背を見せて言う。

 

「大丈夫——あの弾頭を利用しマス」

「利用?どうやって——」

 

 三鷹が問いかけると、ジャンナが振り返ってこちらを見る。その表情は、寂しげな笑顔を浮かべていた。

 

「元気でね……()()()()

 

 その儚げな表情と声色に、三鷹は胸騒ぎを覚えた。ジャンナは前を向き、三鷹を置いて戦車の悪魔の方へと走っていく。「待て」と叫ぶ三鷹の声は、もう届かない。ジャンナは三鷹に気を取られている悪魔の背後に回り、背中を駆け登って頭部に到達する。頭上に立つと、大砲の装填部に手を当てて叫ぶ。

 

「“爆発事故”!!」

 

 ドガアン!という大きな爆発音と共に、戦車の悪魔の頭の内部の火薬が暴発した。頭を形作る大砲は吹き飛び、下顎だけが残っている。巨大な悪魔はとうとう力尽き、浅瀬に向かって倒れていく。だが爆発ともに、ジャンナもまた身体を回転させながら上空へと吹き飛んでいた。

 

 (第四章 追憶 につづく)

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