蜂ガイル〜蜂は再び恋をすることが出来るのだろうか〜   作:龍造寺

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第9話です。


第9話ー蜂は、麦野静乃が気になる。

 

千葉県・夕方・住宅街・その一角。

 

奉仕部の活動を終えて家に帰る途中、私はふと見覚えのある後ろ姿を見つけた。

 

麦野静乃——同じ2ーF組のクラスメイトだ。カバンを右手で後ろに回して持ち、制服の着崩し方も相変わらず。由比ヶ浜さん並みにスカートが短い。

 

彼女、この辺りに住んでいたの?いつもならそのまま素通りするところだけど、最近の奉仕部での出来事が影響したのか、妙な好奇心が湧いてしまった。

 

「……この近くに自宅があるってことかしらぁ?」

 

私はそっと距離を取って、彼女の後をついていった。住宅街の角を曲がり、小さな公園が見えてきた。麦野さんはベンチに腰を下ろし、スマホをいじり始めた。

 

私は物陰に隠れて様子を窺う。

 

誰かと待ち合わせ? もしかして彼氏……?

 

約10分ほど経った頃、足音が近づいてきた。公園に入ってきたのは、スーツを着た30代後半から40代前半くらいの男性だった。

 

麦野さんの父親にはとても見えない。二人はすぐに立ち上がり、近くに停めてあった黒い車に乗り込んだ。そしてあっという間に走り去ってしまった。

 

「……私って、とんでもないものを見てしまったんじゃないかしらぁ?」

 

パパ活……? 

 

そんな言葉が頭をよぎって、背筋がぞっとした。私がワナワナしていると、後ろから突然声がした。

 

「うーむ、今日は緑かぁ〜」

 

「……緑? ……!?」

 

次の瞬間、スカートがするりとめくり上げられた。

 

「なんで私のスカートをめくりあげてるのかしらぁ!? 七海さん!?」

 

慌ててスカートを押さえながら振り返ると、そこにいたのは高鍋七海——中学時代からの親友だった。茶色がかったボブヘアーで、明るくて人懐っこい笑顔が特徴の女の子。横浜の海浜総合高校に通っている。

 

七海さんは手を離して、悪びれもせずに笑った。

 

「だって〜、久しぶりに理沙の後ろ姿を見たから……ついつい♪」

 

「全く、相変わらずですねぇ……高校生にもなってスカートめくられるなんて思いもしませんでしたわよぉ……海浜高校でもそんなことしてるの?」

 

「してないわよ〜! 私がめくるのは理沙だけなんだから!」

 

「なんで私だけなのよぉ……」

 

私はため息をつきながらスカートを直した。七海さんは頭に手を当てて苦笑いしている。

 

「ところで、何してたの? 理沙んちはこっち方面じゃなかったでしょ?」

 

「うん……ちょっとねぇ、気になることがあって……七海さんの家はすぐそこにあるじゃない。道草せずに帰れたんじゃないんですかぁ?」

 

すぐ近くに見える、綺麗な花壇のある戸建てが七海さんの家だ。

 

「冷たいこと言わないでよ〜。理沙を見かけたから、そっと近づいて驚かしてあげたの。びっくりしたっしょ?」

 

「びっくりしましたわ……まさかこんな目に遭うなんて」

 

七海さんはにこにこしながら聞いてきた。

 

「それで、理沙はここで何やってたの?」

「ちょっとクラスメイトを見かけたから……」

 

「クラスメイト……ああ、もしかして麦野静乃さん? そういえば彼女、総武高校に通ってたよね」私は驚いた。七海さんが麦野さんの名前を知っているなんて。

 

「えっと、七海さんが彼女の名前を知ってるのぉ?」

 

「彼女、この近所に住んでるから。理沙と同じクラスなんだ」

 

「同じクラスってだけで、ほとんど喋ったことないけどぉ……」

 

七海さんは少し声を落とした。

 

「悪く言いたくないんだけど……この辺りじゃ、麦野さん『パパ活』してるんじゃないかって噂があるのよ」

 

「パパ活!?」

 

「声大きいわよ〜。30〜40代くらいの男性と、よく街で一緒にいるところを見かけるって。しかも歓楽街で」

 

「……私も今、30〜40代くらいの男性の車に乗って行くところを見ちゃったのよぉ……」

 

「ここで!?」

 

「うん。家に帰る途中だったんだけど、麦野さんを見かけてつい尾行しちゃって……」

 

七海さんは真剣な顔になった。

 

「麦野さん、お金に困るような家庭じゃないはずなのに……お父さんは麦野ホールディングスの社長さんで、お母さんも関連会社の社長さんだって聞いたことあるよ。社長令嬢なのに、どうして……」

 

「社長令嬢は社長令嬢なりに苦労があるってものよぉ……」

 

「そういえば理沙も社長令嬢だったわねぇ」「だった、じゃないのよぉ! 今もそうよぉ!」

 

「ふふっ、理沙は相変わらずの理沙で安心した。上坂の件で暗くなってるんじゃないかって、ずっと心配してたから。電話やLINEでは明るく振る舞ってたけど、余計にね」

 

「……上坂君のことは、もう吹っ切れたから安心して。うじうじしてられないしねぇ」

 

「ということは、総武高校で新しい男を見つけたのかしら?」

 

「別にそんな人いないからぁ!」

 

「まあ、元気そうならいいんだ」

 

七海さんは優しく微笑んだ。「理沙の顔も見れたし、私も頑張らないとね。2年生になって初レギュラー取ったから、練習試合とか本番の試合になったら、見に来て欲しいな」

 

「私に?」

 

「当たり前でしょ、親友なんだから。応援があったら、いつも以上の力が出ちゃうんだよね〜」

 

「はいはい、わかったわよぉ。気分が向いたら行くわねぇ」

 

「ありがと、理沙!」

 

私たちはしばらく他愛もないおしゃべりを続けてから、それぞれの家に帰路についた。夕陽が住宅街をオレンジ色に染めていく中、私は少しだけ胸が軽くなった気がした。

 

(……麦野さんのこと、どうしようかしら。放っておくべき? それとも……)

 

 

 

千葉県・朝・総武高校・2ーF組。

 

登校して自分の席に座ると、昨日のことがどうしても頭から離れなかった。

 

麦野静乃……。七海さんの話では、自宅の近くでパパ活をしているという噂があるらしい。

 

普通ならそんな話、簡単に信じられないけれど、あの30代〜40代の男性と車に乗っていく現場を直接見てしまったら、現実味が一気に増してしまう。クラスはいつも通り騒がしい。

 

比企谷君は机に突っ伏して寝ているし、由比ヶ浜さんは三浦グループと楽しそうに話している。

 

麦野静乃さんは、今日は珍しく朝から来ていた。席に着くなり、すぐにスマホを取り出して操作を始めている。制服の着崩し方は相変わらず派手だわねぇ。……あの男性は何者かしら? 

 

会社の関係者? それとも本当に……わからないことだらけで、ため息が零れた。

 

千葉県・昼前・総武高校・2ーF組。

 

次の授業は体育。女子は更衣室に向かうことになった。いつもなら麦野静乃さんはサボるはずなのに、今日は素直に更衣室へ向かっている。珍しいわねぇ……。

 

私は少し間を置いてから教室を出て、更衣室へと向かった。

 

千葉県・昼前・総武高校・女子更衣室。

 

2年生女子の更衣室は、いつもより少しざわついていた。私は端のロッカーを陣取り、着替えを始めた。

 

麦野静乃さんは、私の右から4番目のロッカーを選んだみたいね。

 

今日の体育は何をやるのかしら? 

 

先週はバレーかバスケって聞いていたのに、急に持久走に変更されたらしい。

 

着替えながら、つい麦野静乃さんの方に視線が向いてしまった。彼女はすでに大胆に下着姿になっていた。黒いレースの下着……高校生が着けるようなものにはとても見えない。派手で、明らかに高級感がある。

 

私が思わず見つめていると、麦野静乃さんが鋭い視線をこちらに向けた。

 

「何? 何か用かしら?」

 

気の強い、どこか高飛車な声。社長令嬢らしい威圧感があって、私は慌てて目を逸らした。

 

「い、いえ……何も……」

 

「そう。ならいいんだけど」

 

麦野静乃さんは鼻で小さく笑うと、素早く体操服に着替えてロッカーを閉め、さっさと更衣室を出て行った。

 

残された私は、なんだか気圧されてしまった気分だったわ。すると、後ろから黒田杏子の声が飛んできた。

 

「食蜂さん! さっさと着替えてくれる? 鍵が閉められないでしょ!」

 

「黒田さん、ごめんなさいっ!」

 

「謝るぐらいなら、早くしてね!」

 

私は急いで体操服に着替えた。みんなもうほとんど着替え終わっていたらしい。

 

 

千葉県・昼前・総武高校・グラウンド。

 

今日の体育は持久走だった。由比ヶ浜さんたちは三浦グループと一緒に楽しそうに走っている。相模南さんのグループも固まって走っているけど、明らかにペースが遅い。黒田さんたちのグループも同じく。

 

麦野静乃さんは1人で淡々と走っていた。いつもサボっているイメージがあったから、不真面目な走り方をすると思っていたけれど、意外としっかりしたフォームで走っている。

 

私は1人で走りながら、ふと中学時代を思い出した。七海さんと同じテニス部で、毎日練習に明け暮れていた頃。上坂君はバスケ部のエースで……あの女はマネージャーだった。あの頃は、まだ何も知らなかった。

 

「ほらっ! ぼさっとしないで走りなさい!」

 

柳葉先生の大声がグラウンドに響く。私は別にぼさっとしていないはずだけど……。走りながら、麦野静乃さんの後ろ姿を目で追っていた。昨日のあの男性のことが、どうしても頭から離れない。

 

(……麦野さん、本当にパパ活なんてしてるの? それとも、ただの噂?)

 

走るペースを少し落として、私は彼女の背中を見つめ続けた。何か、放っておけない気持ちが胸の奥で小さく疼いていた。

 




高鍋七海→中学時代からの理沙の親友。中1の時、誰にも話しかけられない理沙、そんな彼女を見た七海は話しかけたことがきっかけで親友となった。

上坂の件の時も、理沙を応援し後押しもしたのだ。だから上坂が理沙を捨てたこと、バスケ部のマネージャーの女も許してないし、今でも怒っている。
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