蜂ガイル〜蜂は再び恋をすることが出来るのだろうか〜 作:龍造寺
千葉県・放課後・総武高校・2ーF組。
結局、今日も麦野静乃さんは学校に来なかった。
体育の後も、授業中も、昼休みも姿を見せなかったわねぇ。すぐにでも昨日の公園を探しに行きたい気持ちはあったけれど、奉仕部には顔を出さないといけない。
行かなかったら平塚先生にどんなペナルティを科されるかわからないもの。
少しだけ遅れても大丈夫よね……。私は屋上と校舎裏を軽く確認してから、奉仕部に向かった。
千葉県・放課後・総武高校・奉仕部。
屋上も校舎裏も、麦野さんの気配はなかった。
今日も学校をサボったということになるわ。
昨日私が声をかけてしまったせいかしら……?
「麦野さん、今どこにいるのぉ……?」
小さく呟きながら、奉仕部の扉を開けた。中には見慣れない男子生徒がいた。初夏だというのに厚手のコートを羽織っていて、なんだか暑苦しい。雪ノ下さんがため息混じりに言った。
「食蜂さん、今日は随分と遅かったわね? もう来ないのかと思ったけれど……」
「あ、ちょっと別件で遅くなったわねぇ」
「別件ね。まあいいわ。久々の依頼者なんだけれど……」
依頼者は、明らかに痛々しい雰囲気の男子だった。
「彼の名前は材木座義輝。色々と痛い人よ」
「痛い人……そうなんだ」
「リサリサ聞いて、なんかわけの分からないこと喋ってるのよ」
「わけのわからないことぉ?」
由比ヶ浜さんが困った顔で説明してくれた。どうやら材木座君は、ずいぶん前からここに来ていて、中二病全開の話し方をしていたらしい。コートもその一環らしいわねぇ。材木座君が私を見て、目を輝かせた。
「うむ……先ほどから気になっておったが、お主……◯◯中学の者ではなかったか?」
「え? なんで私の出身中学を知っているのぉ?」
雪ノ下さんと由比ヶ浜さんの表情が一気に険しくなった。
「まさか、食蜂さんのストーカーかしら?」
「リサリサのストーカー!? それってヤバいよ……」
「待て待て!我を変態ストーカー野郎にするのはやめていただこうか。我も◯◯中学出身だ。我は今と大して変わらぬが、食蜂殿……今とは違い中学時代には『〇〇の
〇〇の
私は思わず顔を赤くした。テニス部時代に無理やりつけられた二つ名だわ。目立ちたくなかったのに、否応にも目立ってしまった……。
「材木座君、本当に同じ中学だったのねぇ……」
話題を変えるために、私は彼の依頼内容を聞いた。材木座君は、ぶ厚い原稿用紙の束を差し出してきた。
「これは我が渾身のライトノベル原稿である。とある新人賞に応募しようと思っているが、感想が聞きたい。読んでくれ!」
「友達がいないから読んでくれと言われてもぉ……」
比企谷君が横から突っ込んだ。
「材木座、お前投稿サイトとかあるだろ。そこで晒せばいいんじゃねえの」
「それは無理だ。彼奴らは容赦がないからな。酷評されたら多分死ぬぞ、我」
結局、私たち4人で原稿を分けて一晩で読むことになった。
千葉県・放課後・通学路。
奉仕部での用事を終えて外に出ると、麦野静乃さんのことが再び気になった。
屋上も校舎裏も確認したのに、結局どこにもいなかった。私は迷った末に、昨日の公園の方へ足を向けた。
……いた。麦野静乃さんが、公園から町の方へ歩いていくのが見えた。私は忍び足で、そっと彼女の後を追った。
(……麦野さん、一体どこへ行くの?)
夕陽が長く影を伸ばす中、私は静かに彼女の背中を見つめ続けた。
千葉県・〇〇市・放課後・歓楽街。
麦野静乃さんの後を追っていたら、気づいたらこんな場所まで来てしまった。どう見ても大人の世界……歓楽街。
ネオンがチカチカ光り、派手な看板が並んでいる。
高校生が来ていい場所じゃないことなんて、一目でわかる。ましてや制服姿でうろうろしていたら、目立つに決まっているわねぇ。
すると、私の周りにすぐに2人の男性が近づいてきた。
「あれ? 君、高校生? 高校生がなんでこんなところにいるのかな?」
「もしかしてパパ活?」
「違います! 私はただ人を探しているだけですよぉ」
「人探しって誰? それってお金持ったリッチなサラリーマンとか?」
「私はパパ活とかしませんよぉ! さっきも言った通り、人を探してるだけですよぉ」
「そんなことより俺たちと遊ばないか?」
「そうだぜ、俺たちと遊ぼうぜ」
この人たち、全然話を聞いてくれないわねぇ! 私はパパ活をしに来たんじゃないのに……。それに、私の体を舐めるように見つめている目が気持ち悪い……。
「私は用がないので、ちょっとどいてもらえませんか」
「そんなの探さないで俺たちと遊ぼうよ」
「そうだぜ」
「結構ですよぉ!」
私は二人の横を通り抜けようとした瞬間、片方の男性に腕を強く掴まれた。
「どこに行こうってんだよ?」
「何するんですかぁ!? 大声を出しますよぉ!」
「大声出したところで無駄だよ。この辺りの連中は我関せずのやつが多いからな」
「そういうこった。君もこういうところに来てるんだから、そういうことに興味あるんじゃないのか?」
2人の目は明らかに私を性的な目で見ている。
このままでは……!
腕を振りほどこうとしたけれど、男の力は強くてびくともしない。
怖くなって震えていると、突然、男たちの背後から鋭い声が響いた。
「ちょっと、あんたたち」
次の瞬間、麦野静乃さんが現れ、迷わず男たちの股間を思い切り蹴り上げた。2人の男がその場でうずくまり、地面に転がる。
「食蜂、こんなとこで何してるの。ほら、逃げるわよっ!」
「麦野さん!?」
私は麦野さんに腕を強く掴まれ、慌ててその場を離れた。
千葉県・〇〇市・放課後・〇〇駅前。
駅前の広場まで来て、ようやく麦野さんが私の腕を離してくれた。彼女の表情はまだ少し怒っているようだった。
「食蜂、なんであなたがあんなところにいたのかしら?」
「え、えっと……麦野さんの姿が見えたから、声をかけようと思って……そしたら歓楽街に……」
「嘘ね。……自宅近くの公園からずっとつけてきたでしょ? 私、チラチラ見てたから分かってるのよ」
「……バレてたのぉ!?」
「バレバレよ……あなたって本当に尾行が下手ね……」
麦野さんは額に手を当ててため息をついた。私は恥ずかしくて顔が熱くなった。
それから彼女は駅前のベンチに腰を下ろした。私も隣に座る。
「それに前にも言ったはずよ。あなたには関係のないことって」
「……関係なくはないわよぉ……私は、あなたの『心の声』を聞いたわ」
「!!」
麦野さんの表情が一瞬、固まった。
「校舎裏の机のあれ……見ちゃったの」
「……偶然にね。麦野さんを探している時に、たまたま机の文字を見てしまったわ」
「……」
「あれは……助けを求める声だった……」
麦野さんはしばらく黙っていたけれど、やがてぽつぽつと話し始めた。
「食蜂、あなたのお父様は、あなたが悪いことをしたら怒ってくれるかしら?」
「……そうねぇ……私が悪いことしたら、お父さんに全力で怒られるでしょうねぇ……平手打ちが待ってるかも」
「そう……それが普通なんでしょうね……私のお父様は……パパ活なんてやってる娘を怒ることもしない。むしろ、遠ざけようとしている……私はただ、怒って欲しかった。私のことをもっと見て欲しかっただけなのに……」
私は黙って彼女の話を聞いた。麦野さんは、小学校低学年まではお母さんに愛情を注がれていたらしい。
でもお母さんが関連会社の社長になってからは、執事やお手伝いに丸投げされ、お父さんは最初からほとんど関心がなかったと言う。
中学に入ってからはわざと不良になって、お父さんの注意を引こうとした。
パパ活もその延長だった。
「……でも何をしても、お父様は私を遠ざけるだけだった」
麦野さんは西の空に沈みゆく夕陽を見つめながら、静かに言った。
「食蜂……あんたも何か話しなさいよ?」
「私も話さなきゃダメ?」
「私だけが話すなんて不公平じゃないの? まあ、あなたに不幸な話があれば、の話だけど?」
「……あはは……あるにはあるんですけどぉ……麦野さんに比べれば小さいことなのでぇ……」
「いいから話しなさい」
私は中学の卒業式の日のことを話した。上坂君にフラれたこと、新しい女ができたこと……。
「……最低な男ね……。私なら顔面に一発、二発パンチをお見舞いしてるわ」
「……私は武闘派じゃないので……そんなことしませんよぉ……」
「殴られても当然な男ね。もちろんそのマネージャーの女も」
私たちは少しの間、互いの過去を話した。中学時代の夢や、家族のこと、孤独だった日々……。
「こんなに人と話したのも久しぶりだわ」
「内に溜め込むよりも、喋って吐き出した方が気持ちは楽になるからねぇ」
「……本当、食蜂、あなたは変わってる。誰も私に近づきはしないのに、あなたは私のことを気にして近づいてきた」
「言葉では言い表せないけどぉ、なんだかほっとけない気持ちが優先してねぇ……」
麦野さんは驚いたような顔で私を見た後、ふっと小さく笑った。
「食蜂……そんな言葉を真顔で言えるなんてね……。というか、そんなこと両親にも言われたことないわ……ホント……あなたって変わってるわね」
「別に変わってなんか……そんなことよりも……パパ活はまだ続けるつもりなのぉ?」
麦野さんは夕陽を見つめながら、ゆっくりと答えた。
「……パパ活……もうやめることにしたわ。こんなこと続けてもお父様には何にも響かない。むしろ遠ざけられるだけ……だったら他のことをして、お父様の目を絶対に向けさせる……」
「まさか!?」
「食蜂、まさかと思うけど、警察沙汰だとかそういうもの考えたんじゃないでしょうね?」
「違うのぉ?」
「違うわよ。私も、小学生の頃に夢見たことを再開しようかと思ってね」
「夢って?」
「それは……秘密よ」
「そこまでもったいぶって話さないなんてぇ……」
「……そうね……ちょっと耳貸して」
麦野さんは私の耳元で、そっと自分の夢を教えてくれた。自分で会社を興して、自分の力だけで大きくして、立派な会社を作り上げる。
麦野グループの力を借りずに、お父様に認めさせること。それは、とても力強い夢だった。
「私と麦野さん、ちょっとはお友達になれたのかなぁ?」
「さて、どうでしょうね? 私も友達じゃない人間にここまで話したりはしないと思うんだけど?」
「それってそういうことだよねぇ?」
「とにかく家に帰りましょうか。あなたも家族が待っている家に帰りなさい」
「麦野さんは?」
「私もあなたの家の近くの自宅に帰るわ」
「それじゃ、途中まで一緒に帰りましょうよぉ?」
「わかったわ……全く、私もあなたみたいな人をほっとけなくなっちゃったわ」
「ありがとうございます」
「褒めてないんだけどね」
私たちは並んで夕焼けの道を歩いた。麦野静乃さん……少しだけ、距離が縮まった気がしたわねぇ。
今回も昼間投稿です。