蜂ガイル〜蜂は再び恋をすることが出来るのだろうか〜 作:龍造寺
千葉県・放課後・帰り道。
麦野静乃さんと並んで歩いていると、道沿いにあるガチャガチャの自販機が目に入った。私はふと足を止めた。
「ちょっと待っててね」
「食蜂、あなたはガチャに興味あるの?」
「私だって興味あるわよぉ」
私は小銭を入れてガチャを回した。出てきたのは、透明なカプセルに入った四つ葉の髪飾り。もう一つ回したら、今度は青い葉っぱの髪飾りだった。私は四つ葉の髪飾りを自分につけ、青い葉っぱの方を麦野さんに差し出した。
「はい、これ。お友達になった印に、と思って」
麦野さんは少し驚いた顔をしたけれど、すぐに受け取ってくれた。
「食蜂、ありがとう……こんなプレゼント、身内以外では初めてかも。大切にするわ」
「喜んでもらえて何より」
「食蜂とお揃いになるのかしらね」
「私のは四つ葉のクローバー。幸運を呼ぶって言われてるやつだけどね」
「私はまだ青い葉っぱ……まだ青いけど、見事に成長して立派になって見せる。あのお父様を超えるような存在に」
「ふふっ、麦野さんって意外に熱い人なんですねぇ」
「まだ……お母様がちゃんと育ててくれていた小学校低学年の頃は、学校の行事にも進んで参加していたわ。執事やお手伝いさんに丸投げされるようになるまではね」
麦野さんは西に沈む夕陽を見ながら、静かに続けた。
「食蜂、あなたこそお節介な人なんでしょ?」
「私は……ただほっとけなかっただけでぇ……」
「そういうのをお節介って言うのよ。まあ、そのお節介のおかげで……色々と考え直す時間や、新たな決意ができたわけだけどね」
麦野さんは少し照れくさそうに笑った。
「とにかく、何か困ったら私に言いなさい。すぐに駆けつけてあげるから」
そう言って、麦野さんはスタスタと歩き出した。
「なにやってるの、食蜂? ボサッとしないで帰るわよ」
「別にボサッとしてないわよぉ!」
私は早歩きで彼女の横に並び、そのまま途中まで一緒に帰った。
千葉県・夜・食蜂家・理沙の部屋。
麦野さんのことは少し前向きになれた気がしたけれど、奉仕部として正式に依頼を受けた材木座君の原稿を読むのが残っていた。
3人で分担したのはいいけれど、1人あたりの分量も結構あるわねぇ……。
ファンタジー系の学園異能バトルモノらしい。中二病全開のルビと、熱いセリフがたくさん並んでいる。
雪ノ下さんや由比ヶ浜さんはちゃんと読めるのかしら……特に由比ヶ浜さんは途中で投げ出す可能性が高そう。
私は原稿を読み進めているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
千葉県・放課後・総武高校・2ーF組。
昨夜遅くまで原稿を読んでいたせいで、今日の授業中はずっとうつらうつらしてしまった。
比企谷君も寝ていた気がするけど、由比ヶ浜さんはいつも通り元気いっぱいだった。あの原稿を読んであの元気さは逆にすごいわねぇ。由比ヶ浜さんと話したけれど、原稿という単語すら出てこなかったので、読んでいないことが確定したわ。
麦野さんは普通に学校に来ていて、昨日プレゼントした青い葉っぱの髪飾りもちゃんとつけてくれていた。
それがなんだか嬉しかった。
千葉県・放課後・総武高校・奉仕部。
奉仕部に行くと、雪ノ下さんもうつらうつらしていた。どうやら彼女も徹夜で読んだらしい。
由比ヶ浜さんはほとんど読んでいなかったので、比企谷君に突っ込まれて渋々読み始めた。
そこへ、材木座君本人が部室の扉を荒々しく叩いて入ってきた。
「頼もう。さて、では感想聞かせてもらおうとするか」彼は椅子にどっかり座り、腕を組んで偉そうに構えて感想を求めてきたわねぇ。
雪ノ下さんは珍しく申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい。私にはこういうのよくわからないのだけど……」
材木座君は高揚した表情で答えた。
「構わぬ。凡俗の意見を聞きたいところだったのでな。好きに言ってくれたまえ」
しかし雪ノ下さんの感想は容赦なかった。文法的な間違い、中二病的な表現の多さ、設定の矛盾……次々と指摘していく。
由比ヶ浜さんの『よくわからなかった』、比企谷君の『なんかの作品のパクリ』という一言……。材木座君が燃え尽きた人みたいになってしまっていて、慌てて私は
「ちょっと、みんな言い過ぎじゃないのぉ?」
比企谷君が手を顔に置きながら
「別に材木座の小説が全てではない。面白いのはいくらでもある」
「あなたがこの間読んでいたような?」
「ああ、面白いぞ。俺の勧めは……」
「機会があればね」
「……」
「大丈夫?材木座君?」
私は声をかけたが、材木座君はしばらくプルプルと震えていたけれど、突然立ち上がった。
「……また、読んでくれるか」
「何でも何度でも挑戦しなきゃいけないよねぇ……」
「食蜂理沙殿……それは我を応援してくれているのか?」
「ライトノベル作家になりたいんでしょ? だったら何度でも何度でも書かないといけないでしょ? そうやって上手くなっていくんだからねぇ」
「リサリサ!?」
「食蜂、お前、何を言って」
「何事もやってみる価値はあると思うのよねぇ。ここで諦めさせるより、私は挑戦させる方にかけてみるわねぇ。確かに雪ノ下さんにあそこまで言われたら普通なら心が折れるでしょうけどぉ、それを反骨心として力に変えれば……」
「フッ、食蜂理沙殿……貴殿の言う通り、何事も挑戦してみよう。酷評も我を成長させてくれる糧にしてみせるさ」
そこにいたのは、室町幕府の剣豪将軍ではなく、材木座義輝としての笑顔だった。彼は『人に読んでもらえることが嬉しい』と言い残して、堂々とした足取りで部室を後にした。
閉じられた扉が、なんだか眩しく見えたわねぇ。歪んでいても、間違っていても、それでも前に進もうとするなら、それはきっと正しい。
麦野さんも材木座君も、自分の足で前へ歩き出した。なら私も……歩み出さなければならない。
子供の頃に夢見た『人の役に立つ』という漠然とした夢を、ちゃんと形にしなくちゃいけないわねぇ。
千葉県・放課後・総武高校・屋上。
雪ノ下さんたちと別れて、私はなんとなく屋上へ向かった。
今日も西の空が夕日に染まっていて、綺麗だった。北風が少しひんやりと体を吹き抜けていく。
「立て続けだけどぉ……麦野さん、材木座君の背中を押すことができたんだよねぇ」
うまくいったかどうかは、まだわからないけれど……それでも、少しは自分を褒めてもいいよねぇ。あの二人は、自分の夢に向かって歩み始めた。
なら私も、漠然とした『人の役に立つ』という夢を、現実的なものにしなくてはいけないわ。
『人の役に立つ』という抽象的なものから、具体的にどんな仕事があるのか考えてみた。学校の教師はどうかしら?
教卓の前に立って、生徒たちに勉強を教える……。
今の私がそれができるのかしら……。医療関係、警察官、新聞記者……
思いつく職業を並べてみても、どれも今の私には遠く感じる。そう思った時、材木座君に言った自分の言葉が頭をよぎった。
『何事も挑戦』……自分自身で言っておきながら、自分ではやらないなんて、それじゃただの甘ったれた言葉になってしまうわね。
「私も変わらなくてはならないわねぇ……」
無理に全部を変える必要はない。でも、変えなきゃいけない部分はちゃんと変えていかないと。人見知りの部分とか……積極的に人と関わる勇気とか……。風が少し強くなった。
私は屋上のフェンスに寄りかかり、夕焼けの空をじっと見つめた。麦野さんは自分の力で会社を興して、お父様に認められる夢を追いかけるって言っていた。
材木座君は、どんなに酷評されても書き続けるって決めた。2人とも、ちゃんと自分の足で一歩を踏み出した。
「……私も」
小さく呟いて、私は微笑んだ。まだ漠然としているけれど、ちゃんと形にしていこう。
人の役に立つって、どんな仕事なのか、どんな自分になればいいのか、少しずつ探していこう。夕陽が沈むのを、今日はずっと見ていたいと思った。