蜂ガイル〜蜂は再び恋をすることが出来るのだろうか〜 作:龍造寺
千葉県・昼休み・総武高校・2ーF組。
それから数日が経った、雨の日の昼休み。いつものテリトリー(特別棟の階段のところ)は雨が降るとびちゃびちゃになってしまうから、仕方なく教室でお弁当を食べることにした。
あの場所は麦野さんにも教えたから、最近は時々一緒に食べていたんだけど、今日は雨のせいで無理ねぇ。
私は鞄からお弁当を取り出した。麦野さんは購買部にパンを買いに行っているみたい。周りを見回すと、いつもの見慣れた光景が広がっていた。
比企谷君は1人でパンをかじりながら
『この教室にいたくない』という顔をしている。
携帯ゲーム機をいじっている子もいれば、クラスメイト同士で雑談しながら食べている子もいる。
そして、騒がしい中心にいるのは——三浦優美子を中心としたグループ。そこにはイケメンの葉山隼人君もいて、もちろん由比ヶ浜さんも所属している。
葉山君を見ていると、なんだか上坂君を思い出してしまう。あの頃の彼も、最初は人の良さそうな顔をしていたけれど……結局は違う人だった。
私はお弁当箱を開きながら、ぼんやりと彼らの会話を聞いていた。
「いやー、今日は無理そうかな、部活あるし」
「別に1日くらい良くない? 今日ね、サーティワンでダブルが安いんだよ。あーしチョコとショコラのダブルが食べたい」
「それどっちもチョコじゃん(笑)」
「えーっ。全然違うし。ていうかお腹超減ったし」
由比ヶ浜さんと三浦さんは、スイーツ会話をしていたところに
「悪いけど、今日はパスな」
葉山君が仕切り直すように言った。三浦さんは不満げな顔で彼を見ている。すると、戸部君が髪をかき上げながら続けた。
「俺ら、今年はマジで国立狙ってっから」
「俺たちは冗談は言ってるつもりはない。本当に国立を目指しているんだ」
スポーツ刈りの島津君が、鬼のような真面目な顔で言った。
サッカー部では『鬼島津』と呼ばれているらしい。
「サッカー部が国立を目指してるように、野球部だって甲子園目指してるんだぜ」
クマのような見た目の龍造寺君が、豪快に笑いながら言った。彼は2年生ながら野球部の4番を任されているそうだ。
葉山君は三浦さんに向かって
「それにさー、優美子。あんまり食いすぎると後悔するぞ」
……葉山君じゃなかったら、かなり危険なセリフよねぇ。
「あーしいくら食べても太んないし。あーやっぱ今日も食べるしかないかーね、ユイ?」
「あーあるある。優美子、スタイルいいよねー。でさ、あたしちょっと予定があるから」
「だしょ?もう今日食いまくるしかないでしょー」
三浦さんがそう言うと、周りが追従するように笑った。でもなんだか空虚な笑い声に聞こえる。
「食べ過ぎて腹壊すなよ」
「だーからー、いくら食べても平気なんだって。太んないし。ね、ユイ」
「や〜ほんと優美子マジ神スタイルだよねー脚とか超キレー。で、あたしちょっと」
「えーそうかなーでも雪ノ下さんとかいう子の方がやばくない?」
「あ、確かに。ゆきのんやば」
「……」
由比ヶ浜さんが雪ノ下さんの名前を出した瞬間、三浦さんの笑顔がピキッと固まった。由比ヶ浜さんもそれに気づいて慌てた。
「あ、や、でも、優美子の方が華やかというか」
三浦さんは爪で机をカツカツと叩き始めた。教室の空気が一気に重くなる。
「それじゃわかんないから。言いたいことがあんならはっきり言いなよ。あーしら、友達じゃん。そういうさー隠し事?とかよくなくない?」
由比ヶ浜さんはしどろもどろになりながら
「ごめん……」
「だーからーごめんじゃなくて。何か言いたいことあんでしょ?」
その瞬間、教室の空気が凍りついた。私はお弁当を食べる手が止まってしまった。
これはただの友達同士の会話じゃない。由比ヶ浜さんは『仲間』であることを強要されているように見えた。
すると、突然——
「三浦、あんたいい加減にした方がいいわよ」麦野静乃さんが、購買部から戻ってきたところで声を上げた。
「は? 麦野? 別にあんたに用はないけど?」
「あなたがしていること、はたから見ていれば気分が悪くなるのよ。そうやって1人の人間を……三浦、あなたは自分の力を見せつけたいのかしら?」
「だーからーなんであんたが出てくるわけ?」
「あなたがこのクラスの空気を悪くしてるんでしょ? その辺、自覚持った方がいいわよ。由比ヶ浜、あなた誰かと会う約束があるんでしょ。さあ、行きなさい」
「む、むぎのん……ありがと」
由比ヶ浜さんは麦野さんに頭を下げて、慌てて教室から出ていった。
「何勝手なことしてんの? あーしはユイとまだ話してたんだけど?」
「話すですって? あれは一方的にヒステリーを起こして、自分の意見を押し付けてるようにしか見えなかったけど? あなたはあれが会話だと本当に思ってるのかしら?」
「なっ!?」
麦野さんはそれだけ言うと、自分の席に戻っていった。購買部で買ったパンを手に、平然とした顔で。
「大将気取りで虚勢を張るのは別に結構なことだけど、自分の縄張りの中だけにしていた方がいいわよ。そうじゃないと化けの皮が剥がれるかもよ」
「はっ……何言ってんの? 意味わかんないし」
三浦さんは麦野さんに言い返す言葉が見つからず、苛立った様子で携帯をいじり始めた。
教室の空気が一気に悪くなり、クラスメイトたちが次々と理由をつけて外に出ていく。私は静かにお弁当を食べ続けた。
(……麦野さん、やっぱり熱い人なんだな)
雨の音が教室に響く中、私は小さく微笑んだ。
千葉県・放課後・総武高校・2ーF組。
今日は一日中、雨が降り続いていたわねぇ。
もうすぐ梅雨に入るのかしら。昼休みの三浦さんと麦野静乃さんのやり取りは、正直新鮮だった。
今までの麦野さんなら、由比ヶ浜さんが困っていても、あそこまではっきりと助け舟を出すことはなかったかもしれない。でも……私が彼女の背中を少し押してあげたから、本来の彼女が少しずつ表に出てきているのかもしれないわねぇ。
「麦野さんは……今日は雨の日だから、屋上や校舎裏にはさすがに行かないよねぇ」
そう思いつつ、私は奉仕部へと向かった。
千葉県・放課後・総武高校・廊下。
奉仕部の活動を終えて、雪ノ下さんや由比ヶ浜さん、比企谷君といつも通りのやり取りを繰り広げたわ。由比ヶ浜さんによると、昼休みに会っていた相手はやはり雪ノ下さんだったらしい。
「むぎのんがかばってくれて、ちょっとびっくりした」
由比ヶ浜さんがそう言うので、私は『麦野さんは元々、困っている人をほっとけないタイプなのよぉ』と答えた。
すると比企谷君が怪訝な顔で聞いてきた。
「なんでお前がそんなこと知ってんだよ」
「それは私と麦野さんとの秘密ですっ!」
そう言い切ると、雪ノ下さんが興味深そうにこちらを見た。
「食蜂さん、あなた麦野さんと知り合いだったの?」
「知り合いというか……友達だよぉ」
「そうなの。彼女はあまり他人と話すことはなかったんだけど、あなたと友達なのは意外ね」
「意外って……そんなに意外ですかぁ?」
「意外ね」
比企谷君が横から口を挟む。
「雪ノ下、お前こそ麦野と話したことあんのかよ?」
「昔、小学生の頃だったかしら……1人でいた彼女と、少し話したことはあったわ」
「金持ち同士のアレか」
「下品な言い方ね。社交界と言った方がいいわ」
「庶民からしたらどっちでもいいわ」
そんなやり取りをしながら、私は雨がザーザーと降りしきる窓の外を眺めていた。
雪ノ下さんも雪ノ下グループのご令嬢だし、麦野さんと話していてもおかしくはないわねぇ。
千葉県・放課後・総武高校・靴箱。
上靴から靴に履き替えようとした時、制服のポケットに入れていた携帯が振動した。メールの着信だった。
内容を確認すると……スパムメール。
「スパムメール……こんなの送ってこないで欲しいんだけどぉ……」
クラスの連絡網から送られてきている。
誰かがこんなメールを流しているってことかしら?私はすぐに麦野さんにメールを送った。
『クラスの連絡網からスパムメールが来たんだけど、麦野さんにも来てる?』
2、3分後、麦野さんから返信が届いた。
『私にも来たわ。風俗の広告や、うちのクラスの男子が海浜総合高校の女子と遊んでいる、とか……食蜂も?』
私はすぐに返信する。
『私のは、うちのクラスの男子の誰かが他校の生徒に暴力をふるってる、って……これって何なのかしらぁ?』
メールを閉じ、上靴から靴に履き替えて傘をさした。外はまだ雨が強く降っていた。
傘の下で、私はもう一度携帯の画面を見つめた。
(……クラスの連絡網から、こんなメールが流れるなんて……誰が、何のために?)
少し不安になりながら、私は雨の中を歩き出した。
今回は昼間投稿です。