蜂ガイル〜蜂は再び恋をすることが出来るのだろうか〜 作:龍造寺
千葉県・放課後・バスの中。
ちょうどバス停にバスが到着していたので、今日はバスで帰ることにした。
歩いて帰ってもよかったけれど、雨が少し強くなってきたから。
雨の日だからか、バスの中はかなり混んでいた。私は入り口近くの席に座り、もう一度携帯を確認する。麦野さんからメールが届いていた。
『食蜂、こんなスパムメールなんか無視してていいわ。たちの悪い作り話だと思うわよ』
私はすぐに返信した。
『うん、本当とは思っていないからねぇ』
そう送って、携帯をポケットにしまった。
それにしても、こんなメール……一体誰がやっているのかしら。
疑いたくはないけれど、あのクラスの誰かが……。
奉仕部の依頼ではないことに首を突っ込む必要はない。
でも、私は『変われる部分で変わる』と決めた。
だから……少し調べるくらいは、いいよねぇ。最寄りの停留所で降りて、再び雨の中を歩き始めた。
千葉県・放課後・通学路。
雨の降りしきる中を、テクテクと歩く。
スパムメールのことが頭から離れない。
そんな時、雨が降っているのに傘もささず、ずぶ濡れの男子生徒がいた。どうやら総武高校の生徒らしい。
何をしているのかと思いながら側を通り過ぎようとした時、彼の制服が汚れていることに気づいた。私は足を止めて声をかけた。
「あのぉ~、大丈夫ですか?」
「え……!?」
男子生徒はビクッとしてこちらを見た。
「あ、えっと……大丈夫です。何もないですから……ちょっと転んだだけだから」
転んだだけ……?
でも、背中に靴跡のような汚れがついている。転んだだけでは説明がつかないわねぇ。
「転んだだけって……背中に靴跡みたいのがついてるけど、これって一体?」
「な、なんでもないです」
そう言い残すと、男子生徒は慌てて起き上がり、すぐに走り去っていった。
その後ろ姿は、どこか痛々しく見えた。あの男子生徒……誰かにいじめられているのかしら。
里見君とはまた違う、大人しめなタイプに見えた。
奉仕部とは関係ないけれど、関わってしまった以上、知らんぷりするわけにはいかないわねぇ。
私は傘の下で小さくため息をつき、自宅の方へと歩き続けた。
千葉県・夜・食蜂家・理沙の部屋
すべてを終えて、ラフな格好でベッドに寝転がりながら、今日の出来事を思い出していた。
麦野さんと三浦さんの件はさておき、気になるのはスパムメールと、ずぶ濡れになっていたあの男子生徒のこと。スパムメールはクラス内の問題だろう。
一方、あの男子生徒の件は、学校全体のいじめ問題に発展する可能性がある。
ただ、どこの学年の誰なのかも分からない。
「……ただ、あの靴跡は……女子生徒につけられたものに見えたんだけどねぇ」
もし本当に女子生徒によるいじめだったとしたら……。
まだ断定はできないけれど、靴跡の大きさや形からして、女子の可能性が高い気がする。でも、現場を見たわけではない。
今のところ、できることはほとんどない。スパムメールの方は、これからクラスの様子を注意深く見ていく必要があるわねぇ。雨音が窓を叩く中、私は天井を見つめたまま、静かに目を閉じた。
(……明日から、もう少し周りをよく見てみよう)
千葉県・昼前・総武高校・グラウンド
月が変わると、体育の種目も変わるのよねぇ。この学校の体育は複数のクラス合同で、男子と女子に分かれて行うんだけど、必ず二種類の種目に分かれる。
団体競技なら人数を合わせられるけれど、個人競技になると2人1組になることが多くて、どうしても余る人が出てくる。それが私。
今月の種目は、男子と同じくテニスとサッカーらしい。
私はもちろんテニスを選んだ。中学まで経験者だったし、適当にやっていてもなんとかなるから。ただ、テニス希望者が多くてじゃんけんになってしまったけれど、なんとか勝ち残ってテニスを勝ち取ったわ。
どうせペアを組む相手もいないし、適当にやろうかと思っていたら、声をかけてくれた人がいた。
「食蜂、組む相手いないんでしょ? なら私がペアになるわ」
「麦野さん……麦野さんもテニスになったんだねぇ」
「まあね。小学時代にはテニスをやってたから」
「そうなんだねぇ」
「とにかく準備運動が終わったら勝負しましょうか」
「別に構わないけどぉ、私も負けないよ!」
「私もよ」
こうして私は、1人ぼっちになることもなく、麦野さんとずっとテニスの勝負をして体育の時間を過ごした。戦ってみてわかったんだけど、彼女、小学時代しかやっていないという割にはめちゃくちゃ上手い。
負けたのはどういうことなのぉ!?
それとも私の腕が落ちたってことかしら。まあ、腕が落ちたのもあながち間違いではないわよねぇ。中学までは続けていたけれど、高校では全くやっていないんだから。
結局、勝負は引き分けで終わった。
男子の方では葉山君のグループがずっと騒がしくしていた。テニスをやっているだけであれだけ騒がれるのは不思議なものよねぇ。
比企谷君は1人で壁打ちをしていた。どうやらペアを組む人がいなかったらしい。
千葉県・昼・総武高校・校舎裏
私は麦野さんと校舎裏でお昼ご飯を食べていた。使われていない机を出してくっつけて、二人分のスペースを作っている。私はお弁当、麦野さんは購買部で買ってきたパンを食べている。
「ここで食べるお昼ご飯も、なかなか良いわねぇ」
「ここなら誰にも邪魔されないし、ゆっくり食べられるからね」
「私の特等スペースのあそこは、誰が来るんじゃないかとヒヤヒヤしながら食べてたからねぇ」
「あそこより、ここの方がいいでしょ。それに心地よい風も吹いてくるし」
「そうだねぇ」
心地よい風が、私たちの居場所を吹き抜けていく。冷たすぎず、熱すぎず、何とも気持ちいい。
「体育のテニスをしている時に思ったんだけど、テニス経験者だけあって、色々とうまかったわ」
「麦野さんもうまいと思うわよぉ。ジャンピングサーブ、あんなにできる人ってそんなにいないから」
「食蜂、あなたのカーブのかかった弾道も、中学で辞めた人間のそれじゃないわ。あなた、テニス部に入ったらすぐレギュラーじゃないの?」
「それは麦野さんだって、同じじゃないのぉ?」
「総武高校のテニス部は男女ともそこまで強くないらしいから、入部したらレギュラー取れるかもね」
「そうなんだ」
確かに、いつもテニス部の練習をちらっと見ていたけれど、そこまで上手いとまでは言えない人たちがレギュラーを取っているみたい。
どちらかというと、みんなでワイワイ楽しむような部活に見えるわねぇ。
「それに私はもう奉仕部に入ってるし、重複してまで入ろうとは思わないわねぇ」
「まあ、そうでしょうね。私も色々と勉強の方をやり直してるから、今は部活に入る余力まではないわ」
「会社を起こす第一歩を始めたんだからねぇ」
「そうね。これから前途多難が待ち受けてるでしょうけど、それを乗り越えて見せるわ」
ちょっと前までの麦野さんとは大違いで、表情が豊かになったと思う。
あの時の私の決断は、決して間違いではなかったと、今は心から言えるわ。
奉仕部の依頼ではないけれど、私は彼女の背中を押せた……そう自信を持って言えるようになった。
こんな感じで、私と麦野さんは少しずつ交流を深めていったのだった。
千葉県・放課後・総武高校・校舎内。
奉仕部へ向かう途中、お手洗いを済ませて鏡で身なりを整えていたら、廊下の方から話し声が聞こえてきた。女子生徒たちの声だわねぇ。どうやら二人で話しているみたい。
「というか……アレヤバくない?」
「ヤバいよアレ。あの山崎たち……アレがイジメになるって分かってるのかね……」
イジメ?
まさか、あの雨の日に見たずぶ濡れの男子生徒のことかしら。私は耳を澄ませながら、静かに身なりを整えた。
「昨日もハデにやってたっぽいし」
「……久保もなんで、先生とかに言わないのかな」
「1回担任に相談したっぽいよ。それで山崎と両方と話し合いをしたみたいだけど、それが山崎がカチンときて前以上にイジメるようになったとか」
「うわっ〜あの担任も被害者と加害者を一緒に話し合いとかさせるなし……イジメがひどくなったのって担任のせいじゃん……」
「だよね……あの担任、あまりやる気がないのよね……」
「最悪だ〜問題起きても放置されるのがオチか……」
話し声が徐々に遠ざかっていく。私はトイレを出て、二人の女子生徒が歩いていく方向を少しだけ目で追った。2人の会話から得られた情報はこうだ。久保という男子生徒が、
山崎という女子生徒を中心とした4人組にいじめられている。
学年は私と同じ2年生。
クラスはB組。
彼女たちは体育館の方へ向かっていったので、追跡はそこまでにした。今は奉仕部に向かわなければならない。
あの雨の日に見かけたずぶ濡れの男子生徒が、この『久保』という人物かどうかはまだ分からない。
もし違っていたら……いじめの事件が2件あることになる。学校側が問題をきちんと解決するつもりがない、ということにも繋がるわねぇ。私は小さくため息をついて、奉仕部の教室へと歩き出した。
(……久保君、大丈夫かしら)
心のどこかで、あの雨の日の痛々しい後ろ姿が重なって見えた。