蜂ガイル〜蜂は再び恋をすることが出来るのだろうか〜 作:龍造寺
千葉県・放課後・総武高校・学校内
奉仕部の活動を終えて帰り支度をしていると、靴箱で麦野さんとばったり会った。一緒に帰ることにする。
「食蜂、どうかしたのかしら? なんか悩んでいるみたいだけど?」
「え? 私、そんな風に見えてた?」
「見えてた。あなた、すぐに顔に出るんだから。で、悩んでることって何? 自分のことで悩んでいるようには見えないけど?」
私は麦野さんに、雨の日に見かけたずぶ濡れの男子生徒のこと、そして2年生の中でいじめが発生しているらしいことを話した。
「……確かにある女子生徒たちが男子生徒をいじめてるんじゃないかと、噂は聞いたことがあるわ。ただ、誰なのかまではわからないけど」
「……噂だけどぉ……山崎とかいう女子生徒が、久保という男子生徒をいじめてるって流れてるみたい……。雨の日に見たあの男子生徒が久保君かどうかは、まだわからないんだけどねぇ」
「山崎……あー、赤茶のボブヘアーの……」
「知ってるの、麦野さん?」
「知ってると言うか、1年の時同じクラスだったから。と言ってもほとんど話したことはないわ。私はあの頃……アレをやってたし。向こうは気弱そうな男子を見つけては、ちょっかいを出してたっけ」
「ちょっかいって……それ、イジメなのではないのぉ?」
「周りからはそう思われるでしょうね。でも山崎にとっては遊び道具としか思っていないだろうわ」
「な、なにそれ……」
「学校側も強く言えないみたいだからね。山崎の家……政治家と繋がりがあるらしいわ」
「それって権力で言うこと聞かせてるようなものよねぇ……」
家の権力を振りかざすような人は必ずいるものよねぇ。その権力だって、自分が手に入れたものじゃないのに。
「山崎も私には何も言ってこなかったけどね」
「それは……麦野さんがあの麦野グループの令嬢だからだと思うのだけどぉ」
「それを言ったらそうなんだけどね。それで今度はその男子生徒に首を突っ込むということなの? 私を助けた時みたいに?」
「うん。雨の日に関わってしまったから……それにあんな姿を見て、放っておけるほどぉ……私は……冷酷な人間にはなれない」
「……分かったわ。これに関しては食蜂1人にはさせられない。私も協力するわ」
「良いのぉ?」
「山崎絡みってことは……分かるでしょ?」
麦野さんが何を言おうとしているのか、私にもわかった。学校側が放置しているような相手だ。権力を使って何をしてくるかわからない。
そんな相手と向き合うことになるかもしれない。人の役に立つ仕事に就くと心に決めた以上、ここで逃げるわけにはいかない。
「とにかく、私も手伝う。だから1人でやらないでよ」
麦野さんが私の目を見て、真剣にそう言ってきた。私は改めて、麦野さんと本当に友達になったんだなと思った。
「麦野さん、一緒に解決しましょう」
「ええ。私も会社を起こす以上、こういう問題は見過ごせないわ」
こうして私と麦野さんは、山崎という女子生徒がいじめているという久保という男子生徒について、調査を始めることにした。
千葉県・放課後・総武高校・奉仕部。
久保君のことは奉仕部として活動できない。彼が依頼してきたわけではないから。あくまで私と麦野さんで調べることにして、雪ノ下さんたちまで巻き込むつもりはない。
そんなことを考えていたら、比企谷君が戸塚君の話をしていた。
戸塚君は『テニスが上手くなりたい』と相談してきたらしい。総武高校のテニス部は弱小で、予算も権限もなく、ちゃんとした顧問もいないそうだ。
それと、比企谷君をテニス部に入部させたいという願望もあったみたい。しかし雪ノ下さんは、比企谷君を部に入れる案をきっぱりと却下した。
「比企谷君が集団行動についていけるわけがない。受け入れる側も、あなたを受け入れないでしょう」
比企谷君も、その辺りは分かっていたらしく、否定できなかった。
「最も、あなたという共通の敵を得て一致団結することはあるかもしれないわね。けれど、排除するための努力をするだけで、それが自身の向上に向けられることはないの。だから解決にはならないわ。ソースは私」
雪ノ下さんが言っていることもわかる。特に女子はそういうことになりやすいから。
「なるほどな……え、ソース?」
「ええ。私、中学の時、海外からこっちへ戻ってきたの。当然『転入』という形になるんだけど、そのクラスの女子は私を排除しようと躍起になったわ。誰一人として、私に負けないよう自分を高める努力をした人間はいなかった……あの低能ども……」
雪ノ下さんの背後に、どす黒い何かが見えた気がした。相当根に持っているわねぇ……。比企谷君が苦笑いしながら言った。
「ま、まぁなんだ。その、お前みたいな可愛い子が来たらそうなるのはしょうがないんじゃないの」
「……っ。え、ええ、まぁそうでしょうね。彼女たちと比較して私の顔立ちはやはりずば抜けていたといっていいし、そこで減り下って卑屈になるほどこの精神はやわではないから、ある意味、当然の帰結と言っていいでしょう。とはいえ、山下さんや島村さんも可愛い方ではあったのよ? 男子からの人気もそれなりにあったようだし。けれど、それは買うだけの話であるので、学力やスポーツ……」
あはは……雪ノ下さん、なんだか言いたい放題言っている感じがする。
そういえば、中学の時、私の周りにもそういう人はいた。私と話している時は良いことばかり言っていたのに、私がいない時には悪口を言っている子がいたわねぇ。
「どうにかして、戸塚を強くできないもんかね……」
「珍しい。誰かの心配をするような人だったかしら?」
「やーほら。誰かに相談されるのって初めてだったんでついなー」
「私はよく恋愛相談とかされたけどね」「恋愛相談ねえ……」
「と言っても女子の恋愛相談って、基本的には牽制のために行われるのよね。食蜂さん、あなたなら分かるでしょう?」
「分かるわねぇ」
上坂君の件で嫌というほど分かったから。好きで付き合っていた頃は恋は盲目で、周りが見えていなかった。あの女とその周りの協力者たちが裏で計画を立てていたなんて……。
「比企谷君、女子って表ではニコニコしてるけど、裏ではとんでもないこと言っている可能性もあるから」
「どういう意味だよ?」
「表では『お似合い』とか言っておいて、裏ではとんでもない計画を立てていた……まさか卒業式の日にあんなことしてくるなんて思ってもいなかった……」
「何の話だよ?」
「卒業式の日に人の彼氏を寝取るとか……マジでありえないっ!! 思い出しただけでも腹が立ってきたねぇ」
私の中からどす黒い何かが出てきた気がした。雪ノ下さんが少し驚いた顔で言った。
「あら、食蜂さん、あなた彼氏がいたの?」
「中学時代の少しの間だけだったけどぉ……いたわねぇ……」
「へぇ~どんなやつだよ?」
「葉山君みたいなヤツ……中学時代バスケ部のエースだったヤツ……」
「あー、イケメン野郎か……」
「卒業式に食蜂さんを捨てて、違う女に……その男、最低ね」
「そうねぇ……最低男……」
「で、その最低男は総武高校にいるのか?」
「いないわねぇ。2人とも海浜総合高校に行ったから……」
「この学校にいたら、あなたの分まで言ってあげたのに……」
ふふっ。雪ノ下さんに論破されたら、あの二人の精神はもたないと思うわねぇ。
でも、怒ってくれたことにちょっと嬉しかった。身内以外で怒ってくれた人は、七海さんと麦野さんと雪ノ下さんだけだから……。
そんな話をしていたら、由比ヶ浜さんが戸塚君を連れて奉仕部に入ってきた。
「やっはろー」
「あ……比企谷君っ! と食蜂さん」
「戸塚か」
「戸塚君」
戸塚君は比企谷君の方に歩み寄って、彼の袖口を握った。仕草が女の子っぽいわねぇ。
「比企谷君たち、ここで何をしてるの?」
「俺と食蜂はここの部活動だけど……お前こそ、なんで?」
「戸塚君……何か用があるんだよねぇ?」
「今日は依頼人を連れてあげたの、ふふん」
由比ヶ浜さんはなぜか胸を張って言った。
「やーほら、なんてーの? あたしも奉仕部の一員じゃん? だから、ちょっとは働こうと思ってたわけ。そしたらさいちゃんが悩んでる風だったから連れてきたの」
「由比ヶ浜さん」
「ゆきのん、お礼とかそういうの全然いいから。部員として当たり前のことしただけだから」
「由比ヶ浜さん、別にあなたは部員ではないのだけど」
「違うんだっ!?」
確かに由比ヶ浜さんは正式に入部したわけじゃない。入部届も平塚先生から認められていない。
「ええ、入部届をもらっていないし、顧問の承認もないから部員ではないわね」
「書くよ! 入部届くらい何枚でも書くよっ! 仲間に入れてよっ!」
ほとんど涙目になりながら、由比ヶ浜さんはルーズリーフに入部届を書き始めた。
「で、戸塚彩加君、だったかしら? 依頼内容はそこの男が言ってた『テニスが強くなりたい』だったかしら?」
「は、はい」
「……奉仕部は便利屋ではないわ。あなたの手伝いを自立を促すだけ。強くなるもならないもあなた次第よ」
「そ、そうなんだ……」
戸塚君は少し落胆したような表情になった。由比ヶ浜さんが入部届を書きながら、微妙な雰囲気を察知したのか言った。
「ほらっ! でもさーゆきのんやリサリサ、ヒッキーならなんとかできるんでしょ?」
……由比ヶ浜さんの言う通り、私ならテニスを教えることはできると思う。でも私の技術はあくまで中学レベルのもの。そんな技術しかない私が高校生男子に教えることができるのか、少し疑問が残るわねぇ。
「……ふぅん……あなたも言うようになったわね、由比ヶ浜さん。食蜂さんやそこの男はともかく、私を試すような発言をするなんて」
雪ノ下さん、なんだか笑顔になってない? 変なスイッチが入ったんじゃないのかしら。
「いいでしょう。戸塚くん、あなたの依頼を受けるわ。あなたのテニスの技術を向上させる、ということでいいのよね?」
「は、はい。ぼ、僕が上手くなれば、みんな一緒に頑張ってくれる、と思う」
かっと見開かれた雪ノ下さんの目に威圧されたのか、戸塚君は比企谷君の背中の後ろに隠れながら答えていた。なんだか見ていて可愛いと思ってしまった。
「まぁ、手伝うのはいいんだけど、どうやんだよ?」
「さっき言ったじゃない。覚えてないの? 記憶力に自信がないならメモを取ることをお勧めするわ」
「おい、まさかあれ、本気で言ってたのかよ……」
雪ノ下さんが冗談であんなこと言うわけないわねぇ。
「僕、死んじゃうのかな……」
「大丈夫だ。お前は俺が守るから」
比企谷君、その台詞、BL好きの女子が聞いたら餌食にされるわよぉ。
「ふむ、戸塚君は放課後はテニス部の練習があるのよね? では、昼休み特訓をしましょう。コートに集合でいいかしら?」
戸塚君の返事を遮って、雪ノ下さんは明日からの段取りをテキパキ決めていった。
「その時は食蜂さんにも手伝ってもらうから、そのつもりで」
「ええ、依頼ならやるしかないわねぇ」
「りょーかい!」
由比ヶ浜さんの元気な声とともに、入部届の紙が雪ノ下さんに差し出された。逃げようとする比企谷君にも
「それって……俺も?」
「当然。どうせお昼に予定なんてないのでしょう」
「……悪かったな……予定がなくて」
比企谷君はため息をつきながら、渋々了承した。
こうして、翌日の昼休みから戸塚君のテニス技術向上のための特訓が始まることになったのだった。